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ディセプション・メモリー編
根源
しおりを挟む太陽が空のちょうど真ん中に来る頃、ガイ、メイア、クロード、そして護衛対象であったミラの4人は"王都マリン・ディアール"に到着した。
かつては南方にあった王都だったが、全ての地域へのアクセスを考えて大昔に移動したものと思われる。
現在は王国の中央に位置するマリン・ディアールは巨大な壁と鉄扉によって守られていた。
周辺の魔物はレベル5からレベル7程度で冒険者ランクBほどであれば難なく狩れるほどの地域だ。
生息する魔物はさほど強くも無いにも関わらず、ここまで強固な石壁と厳重な警備はやはり"王都"だからなのであろう。
ナイトガイのメンバーはちょうど北門にいた。
長蛇に伸びる人の列を無視して進む。
列に並ぶ冒険者や商人たちの視線が痛かったが、ミラは何食わぬ顔で進んでいく。
ようやく門の前に辿り着くと両サイドに重厚な鎧を身に纏った男女の騎士がいた。
検問をしていた2人はミラに気づくと、男性騎士の方が声を荒げて言った。
「おい貴様、止まれ!列を無視して入ることは許されない。さっさと後ろまで戻るんだ!」
ミラはキョトンとした表情を浮かべたが、すぐに笑顔になる。
「お勤めご苦労様です。これを」
そう言ってミラはローブの中から一枚の封筒を取り出すと男性騎士に渡した。
「なんだこれは?」
「読めばわかります」
「……」
男性騎士が鋭い眼光でミラを睨みつける。
かなり"面倒"と言った様子だったが、ため息混じりに裏を見る。
そこに押されていた封蝋印を確認すると表情がみるみる青ざめる。
「お、お開けしても……?」
「ええ。どうぞ」
騎士が封蝋を取って中に入った手紙を読む。
すると体が震え出したかと思うと持った手紙を丁寧に折って封筒へと戻した。
騎士にはもう凛々しい顔は無く、涙目になっていた。
そして、あらためてミラに向かうと姿勢を正して頭を下げる。
「この度の御無礼を……お許し下さい」
「いえいえ!真面目にお仕事なさってますね。これからもお願いします」
「勿体無いお言葉です……」
「では、私たちは入ってもいいでしょうか?」
「どうぞ、お気をつけて」
「ありがとう」
ミラが笑みを浮かべて言うと、男性騎士は頭を下げたまま道を開けた。
一部始終を見ていた列に並ぶ冒険者や商人は眉を顰め、もう1人いた検問の女騎士も首を傾げていた。
構わず、ミラは王都へと入っていく。
ガイとメイアは困惑した様子で後に続いたが、クロードだけは鋭い視線をミラへと送っていた。
___________________
マリン・ディアールの城下町は多くの人々が行き交い活気にあふれていた。
武具屋、雑貨屋なども1店舗だけではない。
ずらりと並ぶ出店は他の町とは比べ物にならないほどの量で圧巻だ。
城下町はほとんど平民街といっても差し支えなく、さらに城のある中央へと進むと貴族街となり雰囲気が変わる。
ミラが先行するが、なぜか向かう先はギルドの方向ではなく中央だった。
城下町から数十段ある階段で仕切られた作りの貴族街へと足を踏み入れるが、街並みは綺麗に整備され、王城を見上げるほど奥へと進むと広場があった。
広場の真ん中には噴水。
端々には木作りの2人掛けベンチがいくつか置かれている。
先にはさらに階段があり、それをあがると王城へと向かうような形だった。
ガイとメイアは困惑よりも感動の方が勝った。
まさか自分たちのような小さな村の平民が王城を望むことになろうとは思いもよらなかったからだ。
「すごいです……」
「ああ。俺なんかがこんなところまで来れるなんて……」
2人は呟くように言った。
しかしクロードは違い、黙々と前を進むミラに対して声をかけた。
「ミラ、ちょっと聞きたいんだが」
「なんでしょう?」
ミラは王城へ向かうための階段前で立ち止まって振り向いた。
「城下町の賑わいに比べて、ここは静かだと思ってね。いや……静かどころか人気が全く無いんだが」
クロードの言葉にガイとメイアもハッとして周囲を見るが人が全くいない。
考えるに、それは貴族街に入る階段をのぼってからずっとだった。
「どういうことなのかな?」
「それは、これがあなたにとっての"罠"だからです」
「なんだと?」
「私はあなたの正体を知ってます」
「なるほど。そういうことか」
ガイとメイアは2人の会話が全くわからなかった。
ミラとクロードは睨み合うように視線を送り合っていると、周囲に金属が擦れるような音が聞こえてくる。
急ぐように大勢の騎士たちが緊張の面持ちで広場を取り囲み始めた。
焦ったようにガイが言う。
「こ、これはどういう事なんだ……」
「ガイさん、メイアさん、こちらに来て下さい。彼から離れて」
「どう言う意味ですか!」
メイアがミラに向かって叫んだ。
すると王城がある階段の上から女性の声がする。
「ガイ!メイア!」
その声の主を見ると、それは"ローラ・スペルシオ"だった。
「ローラ、生きてたのか!?」
「そんなことはどうだっていい!!今すぐにその男から離れなさい!!」
「な、何を言ってる……?」
眉を顰めるガイはローラの隣にいた人物を見る。
ボロボロのグレーのローブを着た赤い短髪の男。
ガイとメイアはその姿に見覚えがあった。
男は階段をゆっくりと降りてくる。
その手にはドス黒いナックルガード付きの杖が握られていた。
「兄貴……?」
「ガイもメイアも無事で何よりだ」
「ヴァン・ガラード……」
クロードが無表情に言った。
階段を降り切ったヴァンはミラより前に出る。
ガイ、メイア、クロードが立つ場所から距離は数十メートルほど離れていた。
ヴァンは怒りに満ちた声を放つ。
「よくも……うちのリーダーを殺してくれたな」
「殺したのは僕じゃないよ。運悪く高位の魔物に出くわして死んだ彼に二度目のチャンスを与えてあげたんだ。感謝してほしいくらいさ」
「それも貴様が仕組んだことだろう」
「否定はしない。僕の能力には条件があるからね。誰かに殺してもらわないと効果が発動しないんだ」
「貴様の事情など知るか。ガイとメイアを誘い出したのも計画のうちか!!」
「手紙のことをローラから聞いたか。いやまさか来るとは思わなかったんだ。でも、やはり君の言う通り、思いやりのある素晴らしい家族だね」
「2人を返してもらうぞ」
「君こそ、僕の武具を返してもらおうか」
冷ややかな表情のクロードと怒りに満ちたヴァンの眼光同士がぶつかった。
一方、ガイとメイアは思考が追いつかなかった。
何が起きているのか全くわからない。
しかし、それでも時間は無常にも進む。
周囲にいる騎士たちも腰に差した剣を抜き始めて前に構えていく。
緊迫感の中、ガイはヴァンとミラがいる方へと後退りし始めた。
やはり自分の考えていたことが当たったしまったのだ。
2人の会話を聞くに、どうしても拭い去れなかった疑問がようやく解けたような気がした。
「クロード……お前……まさか」
「ガイ、君も兄と同じく気づいていたな」
「やっぱり、そうなのか……俺は……俺は……」
「まぁ、ベオウルフは駆け出し冒険者からしたら泣いて逃げ出すほどの強い魔物だからね。あの時、死んだのが"一人"なんて運のいい方さ」
その言葉にガイは震えて始めた。
呼吸が荒くなり、涙が頬を伝う。
それに構わずクロードが続けて言った。
「流石にこの場所でこの人数を相手にするのは愚策だ。恐らく騎士団長らもいるだろうから」
「逃がさんぞ!!」
「そう熱くなるなヴァン。君の悪い癖だよ」
「メイアも、そいつから離れろ。俺が終わらせる」
「わ、私は……」
メイアはゆっくりとクロードとヴァンを交互に見た。
2人はお互い視線を逸らそうとはしない。
「私はクロードさんと行きます」
「メイア……お前……」
この時、初めてヴァンはメイアの姿を見る。
家を出てから一切会っていない妹は見違えるほど大人っぽくなった。
しかし、そこには"あるべきもの"が無かった。
「メイア……なぜ、闘気を放っていないんだ……まさか……そんな……」
あまりの衝撃に言葉を詰まらせるヴァンを見たクロードはニヤリと笑う。
「君のリーダーと一緒さ」
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ヴァンは叫びながら、一歩前へ踏みつけるように足を出す。
ローブの中から白い石を取り出すと、親指に乗せてコインを弾くようにして上げる。
そして右腰に溜めた黒い杖をストレートパンチを打つようにして突き出した。
「"獄炎弾"!!」
黒杖のナックルガードに当たった石は高速でクロードへと飛ぶ。
「"無限収納"」
クロードの言葉に反応するように前方に闇の渦ができ、ヴァンの放った石は闇の中へと消えていった。
「ローラに波動を使われる前に、ここを離れるとしようか」
「逃げられると思ってるのか!!」
「ああ。なにせロスト・ヴェローの時には無かったスキルが戻ってきたからね」
「なんだと!?」
ヴァン含め、取り囲んでいた騎士たちは息を呑んだ。
一瞬して広場の石床は真っ黒な泥のようになり体が沈んでいく。
「"ダークネス・フィフス"……"暗黒海"」
「クソ……」
「楽しかった旅もここで終わりとは残念だが致し方あるまい。もし、またメイアに会いたくなったら北の山脈の魔城まで来るといい。その時は僕の武具を忘れるなよ」
「貴様!!」
「一足先に行くよ。"生きていたら"また会おう」
そう笑みを浮かべて言うと、先にクロードとメイアだけ黒い泥の中に沈み消えていった。
広場にいた他の者たちは、ゆっくりと泥の中に取り込まれていく。
数刻して彼らはクロードの"暗黒海"というスキルによって転移させられる。
その場所は王都の遥か上空、雲の上。
広場にいた数百にもなる騎士たちの大半はこの落下で死亡した。
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