最弱パーティのナイト・ガイ

フランジュ

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秩序の牢獄編

秩序造物主(2)

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テーブルに着く車椅子のサンドラは、ゆっくりとティーカップを置いた。

クロードが持ってきた絵の少女と目が合う。
その表情は何か寂しそうなものに見える。

サンドラは視線を移してクロードを睨むようにして見て言った。

「なぜ秩序造物主オーダー・クリエイターが複数人いると?」

「そうでなければ説明がつかないことがあった。まさに今回のカトレアの事件がそうさ。もし毎回、時計塔から突き落として殺しているんだとすれば真下に監視役がいる。広場の周囲を確認する者がね。二人以上の協力者がいなければ危険な作業だ」

「それは誰なんだ?」

「いつも夕方になる頃に現れる老人だろう。元はこの屋敷の執事なんだろうが、記憶が曖昧で定かではなかった。だがこの絵で確定したよ。老人が仕えていたのはアンジェリカ・ガンドッド。つまりこの家の執事だった」

「もしそうだったとして、その執事がなんだというんだ?もう随分と前に仕事をやめた執事だろう」

「いや、老人の仕事は続いていた。それは広場の監視と時計塔の内部にある地下に繋がる鉄扉の鍵を開けること。秩序造物主オーダー・クリエイターの一人はここを通って地上に出て、落とされて死亡した人間を地下へと運ぶという役割をする」

「おいおい、それだと"落とす人間"と"監視役"のほかに"地下を移動する人間"もいなければなるまい」

「そう。これについてはメイドのパメラ含めて騎士のジェニスとの共謀も疑っていた。この町でも高位の貴族である彼女なら資金には困らなそうだ。だが騎士団本部にある彼女の部屋に入った時、散乱した衣服や下着、飲みかけの酒の瓶を見て犯人像からの著しく掛け離れていると思った。だから、ここから別の人物を疑い始めた」

「誰だ?」

「冒険者の"デュラン・リンバーグ"さ」
 
サンドラの表情はさらに曇った。
この名前は確実に身に覚えがあると感じとれる。

「彼は野心家に見えて、その行動は不自然だ。なぜこんな町の小さな仕事を受け続けるのか?疑問はまだある。あなたと彼だと身分が違う。なぜここに接点があって共謀しているのかがわからなかった」

「私はそんな人間とは無関係だよ。ギルドには行かないし知りもしない。もしかしたら顔なら見たことがあるかもしれないけどね」

「そう言うだろうと思って僕はずっと"あなたがサンドラ・ガンドッドではない"という仮説を立てて動いていたのさ」

「なんだと……なぜ、そんな……いつから私を疑っていたんだ……?」

「最初から。あなたと会った時から疑っていた。恐らくこの人物はサンドラ・ガンドッドではなく、秩序造物主オーダー・クリエイターかその関係者だろうと」

サンドラは絶句した。
最初の出会いなど、とても些細なものだったはずだ。
クロードと話した時間はものの数分。
そんな短時間で一体、何がわかるというのか?

構わずクロードは口を開く。

「"なぜ?"って顔をしているね。僕が気になったのはあなたの"靴の裏"だ。まず車椅子に乗った人間に会ったら真っ先に見る場所さ。あなたの靴の裏にはごく僅かの擦り減りと泥が固まったような白い土がついていた。この町はほぼ全てが石床で土なんて靴底にはつかない。なにより"歩けない人間"の靴底が擦り減っていたり、靴の裏に土がついているなんて違和感でしかなかった」

「……」

「確信できたのはその後、時計塔を見に行った時。時計塔周辺の広場の作りは特殊だ。時計塔を真下から見るためには必ず階段を降りる必要がある。だが君は生まれた時から歩けないはずなのに、『真下から見たら圧巻』と言った。だから最初に僕があなたに持った印象は"なぜこの男は歩けるのにそれを偽っているのだろう?"ということだ」

「私が歩けるとして、歩けることを偽っていることと秩序造物主オーダー・クリエイターであることがどう繋がるんだ?」

「サンドラ・ガンドッドは生まれた時から歩けない。それは町の人間なら誰でも知ってる。もしそれが偽物だとするなら、一体誰なのか?」

サンドラは笑みを浮かべた。
相手を挑発するような表情だ。
わかるはずは無い……と思ってのことであろう。

「ここで僕はある推理をした」

「どんな?」

「サンドラ・ガンドッドにすり替わった人物というのは"幽霊"なんじゃないかと」

「ふふふ、なんの冗談かな?」

「冗談ではない。その人物はもう死んでいる。世間上ではね」

サンドラから笑みが消えた。
一転して眉を顰める。

「あなたは元冒険者。デュラン・リンバーグと同じパーティメンバーだった男。パメラも同様だろう。あなたは街中で刺されて死んだとされるてる。恐らく事件の揉み消しはサンドラと入れ替わった後にあなた自身がやった。今の顔は波動を使って変えてサンドラ・ガンドッドとして生きるている」

「なぜ、そんなことを?」

「あなたはこの屋敷に強盗に入ったんだろ?そして本物のサンドラや屋敷で働く人間を殺した。本当はこのまま逃げるつもりだったが、"ある問題"が起こったんだ」

サンドラは息を呑んだ。
この男はどこまで知っているというのか?
町に来てまだ数日だというのに、ここまで早く辿り着くとは思いもよらなかった。

秩序造物主オーダー・クリエイターは誰にも見えない幽霊ような存在でなければならないのに……

____________


朝日が時計塔の後ろから上がる。
徐々に気温が上がるが、石床に染み込んだ水分が蒸発し始めて空気を涼ませていた。

そんな矛盾した環境の中でメイアとデュランが向かい合って立っていた。

デュランが左腰に差した鞘を握る手は自然と力が入る。

「……問題?なんだそれは」

「その日、"盗品"の移動に失敗してしまったんですよね?」

「なぜだ?」

「あなた方は外に出るために町の地下を移動することにした。盗品を持ったまま街を歩いていたら目立ちますから。でも地下には強力な魔物が住み着いていたので上手くいかず、下流にある部屋に盗品を隠した」

「それなら盗品なんて置いて、すぐに逃げればいいことだろ」

「それができなかったんです。もし貴族である領主を殺したとなれば騎士団は必ず証拠を掴んで地の果てでも追いかけてくる。手ぶらで逃げて指名手配なんてことをされたら手元に何も残らず大損ですから。そこでパーティメンバーを死んだことにして領主と入れ替わった。幸運なことに領主の息子のサンドラ・ガンドッドの顔は誰も見たことがない。見ている人物は屋敷の人間だけですが、あなた方が強盗に入った時に口封じで殺してしまっている。だからバレる心配もない」

「……」

秩序造物主オーダー・クリエイターは、なにも"秩序"を保つために町を綺麗にしていたわけじゃない。自分たちの犯罪をカモフラージュするためだった。町を汚くする人間は行方不明になるなら、あなた方が殺した屋敷の人間が消えても違和感はない。町の住民たちは"ああ、彼らもそうだったのか"と思って終わるだけです。事件の時間軸的は真逆ですが」

「鋭い推理だね。"ナイト・ガイ"という名を聞いた時にもしやと思ったが、ここまで賢くて、さらに強いとはね」

「自白と受け取っても?」

「まだ聞きたいことはある。カトレアが死んだ件はどう考えているんだい?」

デュランは少し笑みを浮かべて言った。
何か余裕を感じさせるような表情だ。

「カトレアさんを突き落としたのは、あなたですよね?そして地下を移動したのはサンドラさんです」

「どうやって?サンドラはメイドのパメラと一緒に音楽祭に出ていたはずだろ」

「音楽祭は夜にありました。ステージ上をスポットライトで照らせば客席は見えない。パメラさんと車椅子に乗せた土人形を残せば成立する。領主の屋敷の庭には沢山ありましたから、サンドラさんの波動属性は土で造形などが得意なのだろうという推測です」

「なぜ、今回は行方不明にならなかったと思う?」

デュランは真剣な表情へと変わった。
恐らく、この出来事は犯人である秩序造物主オーダー・クリエイターでも理解できない部分だったのだろう。

「あの日、老人が時計塔の地下へ通じる扉の鍵を開けなかったからです」 

「どうして?」

「老人には極度の記憶障害がありました。恐らく自分で地下の鍵を持っていても仕事を忘れてしまうと思って鍵を猫のスージーの首輪に付けていた。"猫のスージーを見る"ことで仕事を思い出せるようにしていたんです。でもあの夜は何故か猫のスージーと会えなかった。だから地下の鍵を開けられず、コンサートホールから移動してきたサンドラさんは地上に出ることはできなかったんです。だからカトレアさんの遺体は残ったままになってしまった」

「なんで、"あの晩"に限ってそんなことが起こったんだろうね……」

「それはわかりません」

メイアがそう言うとすぐに空気が変わった。
凄まじい殺気がデュランから放たれているように感じる。

「この話は騎士団にはしたのかい?」

「いえ、まだです。ジェニスさんには秩序造物主オーダー・クリエイターの正体はわかったとだけ言ってあります」

「そうか……ならカトレアと同じく、君と仲間を消せば済むことかな?」

「ここでは目立ちますよ」

「誰がここでやると言った?」

デュランは左腰に差した鞘を力強く握った。
すると地面に四方八方へ向かって亀裂が入る。

瞬間、時計塔の真下の広場は崩れ、デュランとメイアともども地下へと落ちていく。
早朝ということもあってか、この周辺を歩いている人間はおらず、落ちたのは2人だけだ。

"恐らく事故に見せかけて行方不明にさせるつもりなのだろう"

落ちる際、そうメイアは冷静に思考した。
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