最弱パーティのナイト・ガイ

フランジュ

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秩序の牢獄編

領主とメイド

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領主サンドラ・ガンドッドの屋敷に到着したのは夕刻の少し前だった。
太陽の色がオレンジに変わる頃、メイアとクロードは黒い鉄でできた門の前に立つ。
驚くほど広い敷地を取り囲む石壁と黒鉄のフェンスは圧倒的だ。

壁とフェンスの高さは10メートルほどか。
人間の跳躍力では侵入不可能であるし、侵入できたとしても問題がある。

「これは、また随分と用心深いな」

「封波石ですか?」

「そのようだね」

敷地を取り囲むにしてあるフェンスは全て封波石で作られているようだ。
門を閉めれば、この敷地内では波動が使えない。

クロードは構わず鉄扉を開けて中へ入る。
慌てて後に続くメイア。
2人が入ると鉄扉はゆっくりと閉じた。

屋敷の玄関へと向かうが誰も出てくる気配はない。

「人の気配を感じませんね」

「ああ」

庭はしっかり手入れがされ、屋敷も比較的に綺麗だった。
警戒しつつ庭を抜ける2人が一番気になったのは至る所に置いている"石像"だ。
形は女性から男性、さらには子供から老人まで様々なポーズで作られている。

「地の波動で作ったものでしょうか?」

「恐らく、そうだろうね」

誰が作成したものかわからないが、とても精巧で近くまで寄ってみなければ石像であるともわからないほど。
あたかも、みながここで生活しているかのような躍動感があった。

数百はありそうな石像が等間隔で立つ庭から、さらに一直線に進んで屋敷の玄関まで辿り着く。

屋敷の玄関ドアの前に立った2人。
クロードは横の外壁に取り付けられた竜の形を模したドアベルを鳴らす。
ベルは大きな音を立てるが、屋敷の中から反応は無い。

「留守……?」

「可能性はある。確か昨日は夕刻に街中で出会ってるからね」

そう言いつつもクロードはドアノブに手を掛け回す。
するとなぜかドアが開いた。
この行動には、さすがのメイアも反応する。

「勝手に入ってもいいんでしょうか?」

「開いてるなら誰かしらいるだろう」

構わずクロードは屋敷の中へと入った。
すると、すぐに奥の方から声がした。

「どうぞ、入ってくるといい。久しぶりの客人だ。歓迎するよ」

クロードとメイアは一度、顔を見合わせてから声が発せられた方へと向かう。
内玄関から左廊下へ、さらに奥に進むと半開きになったドアから蝋燭の明かりが漏れていた。

ここまで来るまで廊下の壁を見ていたメイアは眉を顰める。
壁には"四角い跡"のようなものが残り、その四角い跡の中は他の壁に比べて色合いが濃く新しく見えた。

クロードは警戒しつつドアを少し開けて中を覗く。
中は広い部屋で右奥壁伝いに暖炉、左奥にはステージのようなものがあった。

ステージの上には黒髪の若い女性が裸体を晒して椅子にポーズを取って腰掛ける。
両足を組んで膝に両手を置くというシンプルなものだったが、美しい白い肌と容姿によって色気はあった。
その前、数メートル先には車椅子に座る男性の背中が見えた。

メイアも顔を覗かせるが、女性の裸体を見て驚き、すぐに顔を両手で覆った。

「すまない。作業中でね」

車椅子の男性が言った。
男性の前にはイーゼルが置かれ、その上には木枠にめいいっぱい広げられた皮紙があった。

部屋に入れずにいるメイアとは違い、クロードはこの空間に足を踏み入れる。
暖炉を背にして立つと、車椅子の男性の背中に声を掛けた。

「失礼、ベルを鳴らしても反応がなかったもので」

「構わないさ。こちらこそ申し訳ないね。集中しているとベルが鳴ったことに気づかないんだ」

「ドアを開けた音には反応できたようでしたが」

「パメラが言ったんだ。"誰かがドアを開けた"とね」

クロードはステージの上で椅子に座る黒髪の女性を見た。
それは昨日、出会ったメイドのパメラだった。

「パメラ、頼む」

「はい」

男性の言葉を聞いて、パメラは椅子から立ち上がる。
やはり全身には何も身につけておらず、完全に生まれたままの姿であった。

パメラはステージから降りて、男性の後へと移動すると車椅子を回転させてクロードの方を向ける。
やはり座っているのは領主のサンドラ・ガンドッドだった。
長めのブラウンの髪をオールバックにして固めてある青年だ。

「随分と勘のいいメイドですね。僕が雇いたいくらいだ」

「ふふ。それは無理だな。彼女は私の専属なのさ。君たちとは昨日会ったね。確か町を出るという話を聞いていたはずだが」

「少し問題が起こってしまって身動きが取れなくなりまして」

「そうか、それは災難だったね。それで、ここには何用で?」

「少し聞きたいことがありまして」

「何かな?」

「あなたが秩序造物主オーダー・クリエイター?」 

あまりにも唐突な質問にサンドラやパメラだけでなく入り口のドア付近で部屋を覗くメイアすらも唖然とした。

少し間があって、サンドラが含んだような笑みを浮かべると口を開く。

「なぜ、そうだと?」

「もしそうなら一番腑に落ちるからですよ」

「残念ながら私ではないね。もしかして昨晩の事件を調べてるのかな?」

「ええ。状況から見てギルドマスターは確実に自殺ではない。さらに、この町で犯罪はリスキーとなれば犯人は秩序造物主オーダー・クリエイターということになる。

「私がカトレアを殺したと言いたいのか?」

「その可能性を考えていたところです」

サンドラはまた笑った。
一方、後ろに立つパメラは無表情であったが視線はクロードを睨んでいるようだ。

「できれば、この足を言い訳にはしたくないが私は歩けない。それに昨日は音楽祭に出席していたから、どちらにせよ私にカトレアは殺せないよ」

「あなたの後ろのパメラはどうかな?」

「彼女もずっと私といた」

クロードはサンドラが座る車椅子を見た。
形状からいって、誰かに後ろから押してもらわなければ動けない構造だ。

「他に聞きたいことはあるかな?」

「ここで働いている人間はどこに行ったのです?」

「それはわからない。何せ突然いなくなるものだから私も最初は困ってね」

秩序造物主オーダー・クリエイターの仕業とは考えないのですか?」

「それを考えてどうなるものでもないだろ。なにせ消えてしまったものだからね。今はパメラと二人で楽しく暮らせているし、何不自由ない」

「なるほど。ちなみに家族は?」

「みんな死んだよ」

「"アンジェリカ"も?」

「"アンジェリカ"?誰だそれは」 

サンドラは即答した。
この発言にはクロードは眉を顰める。
完全に的が外れてしまったからだった。
橋の下の老人の情報を鑑みれば、元はここで働いていたのだろうと思っていたが違ったようだ。

「悪いことは言わない。これについて調べるのはここまでにしておいた方がいいよ。"彼"か"彼女"かはわからないが、秩序造物主オーダー・クリエイターという存在のおかげでこの町は変わることができた。私はこれでいいと思っているからね」

「カトレアが死んでもですか?」

「自殺でないなら事故の可能性だってある。あまり考えすぎるのもよくないよ」

「確かにそうですね。不躾ぶしつけな質問の数々、お許し下さい」

「いや構わない。話せてよかったよ」

笑みを浮かべるサンドラに対して、クロードは少し頭を下げて部屋の入り口へと歩いた。

部屋を出て行こうとした時、ふと思い出したようにクロードは口を開いた。

「ああ、そうだ、あともう一つ」

「なんだい?」

「"スージー"という女性をご存知ですか?」

「いや知らないな。パメラ、君は知ってるかい?」

サンドラは後ろ立つパメラへと質問を移す。
しかしパメラは首を傾げた後、すぐに首を横に振った。

「知らないそうだ。力になれなくて、すまないね」

「いえ、いいんです。では僕たちはこれで失礼します」

「ああ。よかったら、また来てくれ」

サンドラの笑顔を背にクロードとメイアは部屋を後にした。
屋敷の廊下を歩く2人は思考を重ねていた。

「どう思う?」

「嘘は言っていないように聞こえました。それに領主様とパメラさんにはカトレアさんを殺めることは不可能です。二人は音楽祭に出席していましたから」

「そうだね。老人の件も、もしかしたらと思ったが……」

「カトレアさんに結婚相手がいたことは嘘なのでしょうか?」

「それはわからない。ただ老人が支えていた"アンジェリカ"という少女がこの家と無関係なら、結婚相手とやらは別の貴族の家で働いているのかもしれない。もしかしたら別の町にいるか」

「それだと探し出すのに時間が掛かりますね。別の町なら探すのは無理です……」

「ああ。老人の話は支離滅裂で信憑性にかける。こうなれば考えないようにしたほうが良さそうだね」

コーブライドという町は小さくはあるが、"貴族"という存在は多く住んでいた。
その中からカトレアの婚約者を探し出すことは困難だ。
考えうる情報は多くあったが、そこからの進展は期待できるものではなかった。

「ひとまずギルドに行こうか。ガイの様子が気になる」

「そうですね」

2人が屋敷の外に出ると、もう太陽が落ち掛けていた。
時刻は午後五時。
クロードとメイアは騎士のジェニスにところへ行くよりも先にガイに会うためギルドへと向かった。
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