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秩序の牢獄編
ジェニス・ハリス
しおりを挟むナイト・ガイのメンバーは事件の詳細を聞くため場所を移した。
この町の騎士団本部だった。
真四角でシンプルな木造二階建ての作りで全体的に補修してあり綺麗だ。
ギルドからもそう離れてはいない。
団長室と思われる部屋へ通されたガイとメイア、クロード。
日当たりのいい部屋で縦に置かれた長テーブルに向かい合わせでソファがある。
奥には書斎机があり、席に着いていたのは先ほどの女騎士がいた。
ここまで馬で先に戻ってきていたのだ。
綺麗な顔立ちだが、それに見合わないほど顔色が悪く、特に目の下のクマが目立つ。
だが、それ以上に3人の表情を歪ませたのは部屋の状態であった。
「申し遅れた。私は"ジェニス・ハリス"。どうぞ、遠慮なく座ってくれ」
女騎士ジェニスからソファに座るように促されたが3人は躊躇する。
なにせこの部屋の散らかりようはレディの部屋とは思えないほどだったからだ。
長テーブルの上には大量の酒の瓶と同じ数のグラス。
そのほとんどが飲みかけだ。
床にはヒールが転がり、ソファの腰掛け部分には女性ものの下着が散乱している。
さらに、その上には赤いドレスが無造作に脱ぎ捨てられてあった。
ガイは目のやり場に困っており、メイアは異様なまでの酒の匂いに眉を顰めている。
この状況にクロードはため息混じりに言った。
「いや、結構。それより今回の事件が秩序造物主絡みであったとするなら君たち騎士団はどうするんだ?」
「捜査せざるを得ないでしょう。それに秩序造物主が犯人とも限らない。もし秩序造物主なのであればおかしい事件だから」
「どういうことだよ」
ガイが割って入る。
それに答えたのはメイアだった。
「さっきクロードさんが言ってたけど秩序造物主が関係すると、その人は行方不明になる。でも今回はそうじゃない。そうなれば"二つの可能性"が生まれる」
「二つの可能性?」
「ええ。一つは"秩序造物主が犯人ではない"。もう一つは"秩序造物主が犯人だが、何らかの理由で死体を隠さなかった"」
メイアの発言を聞いたジェニスは静かに頷いた。
そしてすぐに少女に問いかける。
「どちらが有力だと思う?」
「後者だと思います」
「なぜ?」
「この町で犯罪を犯すことのリスクは多大です。なにせ"町を汚している人間である"と判断されれば自分が消えてしまう可能性がありますから。この町の住民は極度にそれを恐れているように感じます。だから犯人は秩序造物主であり、"何らかの理由で死体を処理できなかったと考えるのが自然だと思いました」
「君も頭がいいね。だけど感情的におこなった犯行であるならどうかな?リスクを顧みずにとった行動であれば、犯人が別にいるとも考えられる」
「それは……」
メイアが口を閉じる。
このジェニスの意見は説得力があったからだった。
なにせ自分の隣に立っている兄は、良いか悪いかは別として理性というより感情で動くことが多かったからだ。
そこにクロードが割って入った。
「これは感情的犯行というより計画的犯行に思えるけどね」
「どうして?」
「感情的になった人間が、わざわざ時計塔の上までカトレアを連れていって突き落とすなんて真似するかな?カッとなったらその場でやると思うけどね」
「確かに……そうね」
「それに、この事件の犯人が秩序造物主でも、そうでなかった場合でも僕たちはすぐにわかることになる」
「どういうこと?」
「秩序造物主たる者、この綺麗な町で犯罪を犯す者を野放しにしておくかな?」
クロードの言葉に一瞬だけ眉を顰めて思考するジェニスだったが、すぐにハッとして口を開く。
「そうか……犯人が別にいたとすれば、そいつは行方不明になる……いや、その前にギルドに秩序造物主から依頼が届くはず」
「そう。もし今回の事件の犯人が秩序造物主であれば依頼は届かない。自分自身が正義に基づいて汚いと感じた人間を始末したに過ぎないからね。逆に犯人が別にいるのであれば町を汚くしたと判断して、犯人探しでギルドに依頼が来る。つまり遅かれ早かれわかることなのさ」
「なるほどね。だけど明日なんて悠長なことを言っていたら、犯人が別にいた場合は逃げられる可能性があるのではない?」
「どちらにせよ僕たちも捜査するさ。秩序造物主という存在は僕たちが受ける予定の依頼に障害となりそうだからね」
「依頼主はカトレアでしょう。人に言えないほどの仕事であれば彼女からしか受けられないのでは?」
「もう一人、この依頼の内容を知ってる人物がいるから、そっちから仕事をもらうつもりさ」
「そう……私からは以上よ。もし何かわかったら教えてちょうだい」
「ああ。わかった」
会話が終わり、3人はジェニスの部屋を出た。
廊下を歩いて出口を目指す際、男の騎士とすれ違った。
なぜかはわからないが、すぐにクロードが話しかける。
「すまない、ちょっと聞きたいんだが」
「え?なんです?」
「もしかして昨日この町で"社交パーティー"か何かあったかい?」
「ええ、昨日は毎月開催されてる音楽祭がありましたよ」
「ジェニスも参加した?」
「もちろん。ハリス家はこの町でも大きい家柄ですから」
「領主のサンドラは?」
「来たと思いますよ。なにせ"領主"ですからね」
「音楽祭というのは何時まで?」
「深夜の鐘が鳴るまでですよ。そのせいか、こんな大事件があってもジェニスはなかなか起きなかったですよ」
男性騎士は苦笑いしながら言った。
さらにクロードは質問する。
「ちなみに音楽祭の会場にも時計塔の鐘の音は聞こえるかい?」
「聞こえますよ。それどころか、あの時計塔の鐘は町全体に聞こえてるはずですから」
「そうか。ありがとう」
クロードが騎士に対して少し会釈して挨拶すると再び廊下を歩き出す。
ガイは気になることがあってか、騎士と別れたあとすぐに口を開いた。
「なんで"パーティー"があるってわかったんだよ」
「彼女の部屋のソファに脱ぎ捨てられたドレスだ」
「は?」
「下着の上にドレスがあったろう。脱ぎ捨てていくなら服の中でも着用率の低いパーティー用ドレスが一番下になるはず。そう考えると恐らく前の日にパーティーがあって、そのまま寝てしまったんだと思っただけさ。事件があったと聞いて急いで着替えるために脱ぎ捨てたんだ」
「そういうことか……だけど、それがどうしたんだよ。パーティーがどうとか関係あるのか?」
「大ありさ。恐らく秩序造物主は高位貴族か高ランク冒険者だ。でなければ高額な依頼料を支払えない。そんな人間は多くはないだろうからかなり絞られる。大きい家柄と言われるジェニスや領主のサンドラを疑うのは当然だろ?」
「確かにそうだな」
「カトレアの突き落とされた時間がわかれば、夜に音楽祭に出席していたジェニスとサンドラを容疑者として残すか外すかを判断できる」
「カトレアを突き落とした時間なんてわかるのかよ」
「わかるさ。それを今から調べに行く」
クロードはニヤリと笑うと半信半疑のガイをよそに歩みを進める。
3人はカトレアの死亡時刻を調べるため、再び時計塔へと向かうのだった。
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