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フレイム・ビースト編
謎
しおりを挟むヨルデアンの南東にある森林地帯。
獄炎と名乗った男によってアイザックは制圧された。
シグルスが言うには組織の中では相当な強さを誇り、性格はレイとは真逆で残虐であるとのこと。
獄炎との戦いの後、気を失ったアイザックの髪の色は青色へと戻っているため、今は恐らくレイなのだろう。
ローラを仕留めるために来たアイヴィーは2人の戦闘中、隙を見て姿をくらました。
ローラとシグルスに背負われたレイの3人は獄炎の案内によって森林地帯の東にある小屋へ向かった。
元々は南下してコーブライドという町に行くために目印としてブラック・ラビットが建てた小屋だったが、今は獄炎の寝床となっているそうだ。
小屋に到着する頃には日が落ちていた。
ローラの足はもう限界で今にも倒れそうな状態だった。
フラフラになりながらも小屋に入るローラ。
レイを背負ったシグルスもそれに続く。
小屋はさほど大きくはない。
左右に分かれた2つの寝床と奥には小さな暖炉がある。
ローラには様々に気になることがあった。
なぜ自分が襲われたのか、獄炎という男は何者なのか。
謎が解ける前にさらなる謎が増えていくという状況ではあったが、抱える疑問よりも疲労感の方が勝っていた。
寝床はローラとレイが使い、獄炎とシグルスは暖炉の火の前で体を休めた。
____________
早朝、寒さで目を覚ましたローラは上体を起こす。
室内を見渡すと向かいの寝床にはレイが眠り、暖炉の前にはシグルスが寝ていた。
「……あの人、どこいったんだろ?」
ローラは2人を起こさぬようにとゆっくりと立ち上がると、小屋の入り口まで向かい外に出た。
日の光が降り積もった雪に反射して眩しい。
そんな中でも細目で辺りを見渡していると森の中に人影が見えた。
短い赤髪の男。
ボロボロのグレーのローブ、腰には異様な形状の黒い杖を差してあり、手には今さっき仕留めてきたのか小動物が抱えられていた。
「ずいぶん朝が早いじゃないか」
「寒さで起きてしまって」
ローラにはまだ警戒心があった。
素性も不明、なぜ助けてくれたのかも不明、なぜこの場所に滞在しているのかも不明……と謎だらけの男だ。
「そうか。まぁ寒さってのは慣れるまで時間が掛かるからな」
そう言って小屋への方に歩いてくる。
ローラはその姿をまじまじと見ていた。
「なんだ?」
「え……っと、なんで助けてくれたのかなって」
「さぁ、なんでだろうな」
ローラは眉を顰めた。
何の理由もなく助けたということなのか?
この世界では無利益に人は動かないというのが暗黙の了解であるはずだ。
だが、ふと思うに自分が知り合った人物の中で同じような人間がいたことを思い出す。
「じゃあ、俺からも質問。なぜこの森林に入った?」
「それは……」
3人の目的、もといブラック・ラビットの目的は王都侵攻。
そして騎士団を壊滅させることを最終目標としていた。
そんなことを部外者に話せるはずはない。
「言いたくないならいいさ」
「いえ、話せるわ」
「ん?」
「姉の死の真相を知りたい。だから王都へ向かおうとしていたのよ」
「わざわざヨルデアンからロスト・ヴェロー、コーブライドを通ってか?」
「ええ。あたしは"黒い兎"だから」
「なるほど。なかなか複雑な事情のようだな」
この男が"複雑な事情"と言うのは無理もないだろう。
ブラック・ラビットのメンバーであるローラが同組織と思われる者達に襲われていたのだから。
「あたしたちのことは知ってるの?」
「"黒い兎"の噂はBランク以上の冒険者なら誰だって知ってるさ。"その組織には絶対に手を出すな"というのは北の常識さ」
「助けたこと後悔した?」
「いや、俺は知っていても助けただろうな」
笑みをこぼして語る獄炎。
その表情と言葉を聞いたローラはやはり彼と似ていると思った。
獄炎の男はさらに続けて、
「だが今はあまり目立った行動は控えたい。これでも身を隠してるんだ」
「全く隠してないじゃない」
「そう見えるか?」
「目立ち過ぎよ」
呆れ顔のローラの表情を見て、獄炎は苦笑いしながら頭を掻く。
「まぁ、とにかくそういうことだから朝飯を食ったらさっさと出て行ってくれ」
「はぁ……」
「不満か?」
「いえ別に」
助けてもらって文句も言えるはずもなかった。
ローラはこれ以上は口をつぐみ、2人で小屋へ入るとささやかな食事を済ませるのだった。
____________
昼前頃になると雪も少し降り始めてきた。
森の中の雪はこうして消えることがないのだろう。
ローラとシグルスは小屋の前で助けてくれた男と向かい合う。
レイは相変わらず起きないため、シグルスに背負われていた。
獄炎は笑みを浮かべて口を開く。
「まずはロスト・ヴェローに行くことだな。そこで休んでからコーブライドに向かうことをおすすめするよ」
「ええ。そうします」
「では、またどこかで」
そう言って獄炎は小屋の中へ戻ろうとした。
ローラはハッとして引き留めるようにして言った。
「あ、あの!」
「ん?」
「そういえば名前は?」
「名乗ってなかったかな?」
「"獄炎"とは聞きましたけど」
「ああ、そうだったか。俺の名はヴァン。"ヴァン・ガラード"だ」
「え……じゃあ、ガイとメイアの……?」
ローラの心臓の鼓動が早くなる。
この獄炎こそガイとメイアの兄であるヴァンであった。
そして2人の旅の目的である人物だ。
「ガイとメイアを知ってるのか?」
「え、ええ。兄から手紙がきたからロスト・ヴェローへ行くって。旅の途中で出会って、イース・ガルダンまではずっと一緒だったんだけど……」
「手紙?なんのことだ?」
「え……?」
「俺は手紙なんて送った覚えないぞ」
ローラは眉を顰めた。
彼ら兄妹の旅の目的であったヴァンと出会えたことは幸運と言っていい。
だがガイとメイアの旅のきっかけとなったはずの"兄からの手紙"というのは一体なんだったのか?
再び大きな謎が増えるのだった。
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