最弱パーティのナイト・ガイ

フランジュ

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フレイム・ビースト編

アイザック

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こんな小説を読んだことがる。

ある町に7人の兄弟がいた。
彼らは身分が高く、何不十分ない生活を送る。

ただ兄弟の中で唯一、仲間外れにされていた者がいた。
それは兄弟の中でも体が弱い末っ子。

名前は****という。

彼はその体の状態からか寝たきりで、いつも他の兄弟が中庭で遊ぶ光景をベッドの上から窓越しに眺めるだけだ。

だが彼は寂しくなかった。
なにせ彼には1人だけ友達がいたから。

それは"死神"だった。
いつも彼の話し相手になってくれる。
特に死神が世界各地を旅した話を聞くと胸躍る気持ちになった。

ある日、いつものように中庭で遊ぶ兄弟たちを見ていた彼の前に死神が現れる。

突然、死神は彼に言った。

"一緒に旅をしないか?"と。

しかし、それは無理な話だ。
何せ彼は病弱で、まともに外に出たこともない。

そこで死神はある提案をした。

"君の魂を兄弟の誰かの中に入れたらいい"

意味がわからなかった。
魂を他の誰かの中に入れる?
そんなことが可能なのか。

だがこれは彼にとってはチャンスだった。
可能だろうが不可能だろうが、どうせこのままなら死んでいるのと同じだ。

彼は死神の提案に従った。
今度は兄弟ではなく自分が主人公になる時がきた。


だが……死神の友達は彼だけではなかった。

兄弟、全員と友達だったのだ。

兄弟、全員が死神の提案に従っていた。

それぞれが抱える悩みを見抜いていた死神は、兄弟の中でたった1人だけ選んでいた。

その人物の中に兄弟全員の魂を押し込めた。

これは死神にとって実験に過ぎない。

死神は一つの器にいくつの魂が入るのか?
それしか興味がなく、どうしようもなくそれを試したかっただけ。

死神に情などはない。
口上手く人間社会に深く入り込んで最後は魂をもてあそぶ。
それだけの存在にすぎなかった。

"このお話"には魔王も魔物も出てこず、ただ死神がどれほど狡猾こうかつなのかを描いているだけだ。


ある意味、自分の境遇に似ていた。
死神になんて出会ったことはないが、自分の中には兄弟が5人いる。
それがなぜなのかはわからない。

気づいた時にはもうそうだったからだ。

____________


森林地帯の開けた場所。
少しづつではあるが雪が強く降り始めて、剥き出しの地面を白く染め始める。

獄炎を名乗る男はローラとアイヴィーをかばうようにして前に立った。

正面にいるのは"アイザック"と呼ばれた男。

短い白髪と白のローブ。
今にも倒れそうな顔色だが、凄まじい殺気を獄炎の男に飛ばす。

2人の間にはアイヴィーが作った土のドームがあったが、すぐにそれは崩れた。
中にいたシグルスは片膝をつき状況を確認する。
あまり飲み込めずにいるのようだが、アイザックの姿を確認すると途端に固まった。

シグルスも"アイザック"という男を知っているようだ。

アイザックは獄炎の男から目を逸らすことなく口を開く。

「シグルス、お前は下がってろよ。お前は数少ない友達だからさぁ。殺したくはない」

「……ああ」

シグルスはゆっくりと立ち上がり、後退りした。

「"道"はできたな」

これで完全に向かい合うのは獄炎の男とアイザックだけだ。
待っていたかのようにアイザックはローブの中にあった腕を前に突き出した。
手に握られていたのはにレイピア。
レイピアの切先は獄炎の男に向けられている。

「どこの誰かは知らないけどさぁ。そこをどかないなら死ぬしかないなぁ」

「お前みないな人間が、そんな上品な武具を使うなんてな。笑わせるね」

「くふふ」

アイザックが不気味に笑った。
なぜ、そんな相手を挑発するような真似をするのか?ここにいる全員がそう思い冷汗をかく。

瞬間、アイザックの持つレイピアが少しだけ光を放つと音もなく獄炎の男が後方へと吹き飛ばされた。

「はい、直撃。邪魔者には早々に退場願おう」

仰向けに倒れた獄炎の男。
このことで視界は開け、アイザックはアイヴィーを凝視できた。

「ん……おかしいな。なぜ貫通してない?このまま串刺して終わりの予定のはずだが」

もっともらしく首を傾げるアイザックだが、すぐにその原因となった人物は勢いよく上体を起こす。

「危ない危ない」

「なぜだ……なぜ生きてる?」

「とてつもなく速い攻撃だな。原理はわからんが"氷の波動"だということはわかった」

「なぜ生きてるかと聞いたんだ!!」

「そう怒るなよ。ただ攻撃の前兆が見えたから防御しただけだ」

そう言って立ち上がり、手で体についた雪を払う。
アイザックは剣の切先を突き出したまま、表情が引き攣っていた。

「見えただと?見えるわけないだろう。今までそんな人間はいなかったんだぞ……」

「今までがそうだっただけで、これからはそうじゃない。俺には見えてるからな」

「まぐれだ」

「それなら、もう一度やってみたらいい」

その言葉を言い放った瞬間、アイザックの剣が少しだけ白く光ると何かが高速で飛んだ。
それは目にも止まらぬスピードで獄炎の男へと向かう。

だが男の動きは、それ以上に速かった。

アイザックが放った"何か"が着弾する前に杖を振り上げて炎を起こして防御する。

「なぜこの攻撃が見えるんだ……?」

「"攻撃が見える"というのは語弊があるな。俺が見えるのは攻撃する前のあんたの動きだ」

アイザックは眉を顰めた。
意味がわからないといった様子だが、後方にいるローラはその正体に気づいた。

「闘気が……見えてるんだ」

ローラが呟くと獄炎の男はニヤリと笑う。
そしてすぐにドン!と地面を蹴って前に出た。
数十メートルの距離だが、このスピードなら数秒あれば到達するだろう。

アイザックの剣がピカピカと連続して光る。

「数穴開けてやる」

「お前の動きはわかってるさ」

獄炎の男の体が一瞬にして炎に包まれるとアイザックが飛ばした"何か"は全て燃やし尽くされた。

そしてゼロ距離まで間合いを詰めた獄炎の男。
炎が消えて姿を現したところにアイザックが上体ごとレイピアを引いてから再び光らせる。

「馬鹿が、この距離なら回避できまい!!」

軌道は獄炎の男の顔面狙い。
一瞬で終わらせるつもりだった。

だが男は冷静に、振り向くようにして首を外側にひねってアイザックの攻撃をいとも容易たやすく回避した。
ほぼ同時にズドン!という轟音が森林内に響く。

見るとアイザックの体が徐々に"くの字"に曲がっていく。
獄炎の男はアイザックの攻撃を回避したと同時に視界に入れることなく左拳、杖のナックルガードでボディブローを放っており、それが右脇腹を直撃していたのだ。

「が……はぁ……」

「人間が一番無防備になる瞬間を知ってるか?」

アイザックは激痛によって、その問いに答えることはできない。

「それは攻撃を放った瞬間さ。そして、この時が最もダメージが入りやすい」

左拳を振り抜くとアイザックは吹き飛び地面を転がる。
アイヴィーもシグルスも唖然としていた。
アイザックはこの組織の中で言えば最強最悪の波動使い。
この男の波動は誰にも見えないため勝てる人間などいない思っていたが、こうも簡単に倒してしまうとは。

「恐らく今まで初撃だけで仕留めて勝ってきたんだろうが、それが見切られればこんなものだ。自分の強さを過信しすぎたな」

アイザックという人格は決して弱いというわけではない。
むしろ普通の波動使いであれば歯が立たず、その波動の性質から、全く気づくことなく殺されてしまうだろう。

だが、この獄炎と名乗る男はそれ以上の強さ。
たったそれだけの簡単な話だった。
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