最弱パーティのナイト・ガイ

フランジュ

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フレイム・ビースト編

フレイム・ビースト

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ヨルデアンの南東にある森林地帯まで辿り着いたローラとレイ、シグルス。

数日の間、猛吹雪の中で歩き続けてようやく森林地帯に入ることができた。
この頃にはもう雪はすっかり小降りとなっていたが、それは生い茂る木々が暴風を遮断しているからなのだろう。

ヨルデアンの半分を占めるほどの森林地帯は東側に数百キロ続く。

まずはここを東側へと進み、ブラック・ラビットが目印で建てたとされる小屋を目印として、そこから南下する。
すると、ちょうどロスト・ヴェロー付近に出るという。

ここからさらに南西へ進むとコーブライド、その下に王都がある。

森を掻き分けて進む一向。
ほとんど休憩なく歩き続けたことでローラの疲労はピークに達していた。
無造作に降り積もった雪のせいで地面に踏み締める足にも自然と力が入る。
それがローラを苦しめる一つの要因だった。

最後尾を歩くローラを心配してレイは速度を落とし横に並んで歩いた。

「もうすぐ休憩できますよ」

「も、もうすぐって……いつよ?」

「明日の朝……かな?」

「はぁ!?」

ローラの叫び声は森に響き渡った。
現状、日の位置とお腹の減り具合を合わせ見ると恐らく時間的には昼だ。
明日の朝まで歩き続けるなんてできっこない。

だが先頭を行くシグルスの歩くスピードは全く落ちず、その後ろのレイも同様。
この2人は疲れというのを感じないのか?

「あんた達、よく平気に歩けるわね……」

「鍛え方が違うからね。なぁシグルス」

「ああ」

先頭のシグルスが頭を掻くのが見えた。
息を切らすローラは呆れたように言った。

「嫌味に聞こえるんだけど」

「そんなことないさ。それじゃ"鍛えが甘い"ローラさんのために少しここで休憩にしましょうか」

「あんたねぇ……」

背中越しだがレイがニヤついているのはすぐわかった。
シグルスが軽く頷くと立ち止まり、背負った荷物を雪の上へと下ろす。
それぞれが大木を背にして座り込んだ。

ローラの足はもう限界を迎えていた。
もしかしたら、今日はもう歩けないかもしれない。

しばらくの沈黙、その静けさに耐えかねて口を開いたのはローラだった。

「そういえば、あんたが盗賊団に入る理由ってなんだったのよ。他人の子供や親がどうこうなんて貴族は気にしないでしょ」

「まぁ確かに。それは成り行きみたいなところさ。本当はボスに助けてもらったんだ。その借りを返したいだけだ」

「助けてもらった?」

「ああ。私は敵前逃亡で牢獄行きが決まっていた。屋敷も包囲されていて帰れない。そんな、どうしようもない時に拾ってもらったのさ」

「ふーん」

「ボスはああ見えて面倒見はいいんだ。子供も好きみたいだしね」

ローラは眉を顰める。
ゾルア・ガウスという男からは全くそういう印象は感じない。

「感謝してるのさ。それに騎士のやり方は組織の中にいれば嫌というほど目にする。場所によっては権力を振り翳《かざ》してやりたい放題だ。その犠牲者があの集落にいる子供たちなんだ」

「第四騎士団もそうだったの?」

「否定はしないでおくよ。正直、ロスト・ヴェローの一件があってよかったと思ってる。そう思ってる人間は多いんじゃないかな?」

「どうして?」

「その周辺を担当していたのが第四騎士団だが、みんな好き勝手やってたからね。私も人のことは言えない。見て見ぬ振りをしていたから」

レイは自分も同罪であると言いたげだったが、それは口にはしなかった。
深刻そうな表情を見る限り、あまりいい思い出ではないことは容易に想像できた。

「さて、長話はここまでにしよう。先に進んで早めに目的地辿り着いておかないとね」

「え……もう行くの?」

「ああ。予定通りいかないとボスの機嫌が悪くなる。あれでもかなりキッチリした性格なんだ」

そう言って苦笑いするレイ。
レイとシグルスは立ち上がり荷物を持つ。
ローラも立ち上がろうとするが足に力が入らなかった。

「ごめん。足が痛くてさ」

「雪道を歩い慣れてなければそうなる。仕方ないさ」

レイはローラの手を取って、ゆっくりと立ち上がらせる。
青年のまっすぐな顔が近づき、ローラは少しだけ顔を赤らめた。

「ありがと、もう大丈夫」

ローラがそう言うが、何故かレイは手を離そうとしない。
レイの表情を見ると強張っているように見えた。

「ど、どうしたのよ?」

「!!」

瞬間、レイは思いっきりローラの体を押した。
その勢いでローラは後方へと倒れ込む寸前に目に飛び込んできたのはジャラジャラと甲高い金属音を響かせて地面から突き上がる"細い何か"であった。
それはレイの腕を貫通し、肘の辺りから切断する。

「なに!?」

ローラは倒れ込む。
しかしシグルスが即座に走ってローラを抱えると、そのままのスピードで森の奥へと進んだ。

「シグルス!!レイはどうするの!?」

「……」

シグルスは無言で走った。
木々を掻き分けて、慣れたように雪道を進む。
ローラは抱えられながらも、遠のくレイを見た。
しかし木々に遮られ、もうその姿を確認することはできない。

どこまで走るのか、いつまで走り続けることができるのか……ローラには想像がつかなかった。

ある程度、進んだあたりでようやく開けた場所に出た。
そうは言っても降り積もった雪は変わりはしない。

シグルスは膝まで降り積もった雪を蹴って進んでいたが、何かに足を取られて前のめりに倒れ込む。
投げ出されたローラは柔らかい雪の上を転がった。

「シグルス。あなたは黙ってなさい」

少女のような声だった。
その瞬間、倒れたシグルスを包み込むようにして土で形成された円形状のドームが覆う。
すぐに土のドームの中からドンドンと叩く音が聞こえるが、びくともしていない。

森の中から姿を現したのは、先ほどの声の主で間違いない。
見た目は自分と変わらないほどの若い女性だった。
ブラックとブラウンが混ざった髪でパーマのかかったツインテール。
黒色のガーリーワンピースの上に黒いコートを羽織る。
大きな眼鏡をかけており、そこから覗くやる気のない眠そうな目。
そして数百ページはありそうな分厚い本を抱えていた。

「お初にお目にかかるわね。ワイルド・ナインのお嬢さん」

「だ、誰よ……あんた」

「私はアイヴィー。あなたを殺す者」

うつ伏せに倒れたローラは地面に手をついて起きあがろうとするが力が入らない。
ただアイヴィーと名乗った少女を凝視することしかできなかった。

「なぜ、私を殺すの?」

「何故って命令だから」

「誰のよ」

「ボスの命令」

ローラは絶句した。
全く意味がわからない。
この少女はシグルスの名前を知っていた。
十中八九、ブラック・ラビットのメンバーだ。
そうなれば"ボス"というのは確実にゾルア・ガウスだろう。
だがなぜゾルアがそんな命令を下したのか理解できない。

「んー。でもどうやって殺そうかしらね?やっぱり頭を一発で潰してしまったほうがいいかしら。あまり時間をかけてると波動を発動してしまうだろうから」

アイヴィーは笑みを溢しているようだ。

そこから動きは一瞬だった。
ローラの頭上、数十メートルの高さに丸い岩が形成されていく。
大きさはちょうどローラの頭をすっぽりと覆うほどだ。

やはりローラは動かずにいた。
数日間ずっと歩き続けた疲労だろう。

「さよなら、水のワイルド・ナイン。違う出会い方なら友達になっていたかもしれないのに残念だわ」

アイヴィーがそう言い放った瞬間、重力に身を任せた丸い岩がローラの頭上目掛けて落とされた。

もう回避の余地などなく、一方的で無慈悲な攻撃と言わざる負えない。

ローラは強く目を閉じて衝撃に備えた。
それをしたからどうなるわけでもない。
恐らく、これが落ちたら即死だろう。

だが……何故か一向にその時はこなかった。

そればかりではない。
ローラは頭上に熱を感じ、さらに焦げ臭ささが鼻を刺激する。
この雪原の大地で考えられないものだ。

「私の波動を一瞬で"灰"にするなんて……何者?」

ローラはアイヴィーの方を見た。
アイヴィーの視線はローラの後ろにあるようだ。
首が回らず、アイヴィーが見ている者の姿を確認することはできない。

すると、すぐに男の声がした。
声の質から言えば恐らく若い男だ。

「何か騒がしいと思って来てみたら……状況はよくわからんけど楽しそうだな。ぜひ俺も混ぜてくれよ」

「私は……何者かと聞いたのよ」

「俺か?これでも、ちょっとは名の通った冒険者なんだけどな」

「冒険者?」

「ああ。"フレイム・ビーストの獄炎"……とは言っても、今やパーティは俺一人だがね」

そう名乗った男は雪を踏み締めて歩いているようだ。
ローラにとって敵なのか味方なのかはわからないが、この状況が打破できるのであればどうだっていい。

この"獄炎"と名乗った男に全てを賭けるしかなかったのだ。
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