最弱パーティのナイト・ガイ

フランジュ

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フレイム・ビースト編

出発

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ヨルデアン
広漠なる雪原のどこかにある集落


ベンツォード砦にいるスパイの情報によって王都の北西にある町・"コーブライド"に駐在する王宮騎士の警備が数日間、手薄になるとのことがわかっていた。

それに乗じてコーブライドにある騎士の宿舎を占拠する。
町の警備を掌握しようという作戦だった。

ここから一気に王都へ侵入して王宮騎士団を壊滅させるというのが最終目標。

まずはレイ、シグルス、ローラという少数精鋭で先にコーブライドへと向かい制圧。
時間差で他のブラック・ラビットのメンバーが町へ入って足並み揃えて王都へ……とういう流れだ。


ローラは集落の中にある一つのコテージにいた。
ここはローラ、たった1人に与えられた家だ。
民族的な絨毯が敷かれ、家具が並び、暖炉には炎、断熱がしっかりとなされているのか室内は少し動いただけで汗が滴りそうなほどだ。

ローラは防寒着である毛皮のローブを纏い、大きめのリュックを背負う。
腰には高級感のある細剣のレイピアを差す。
これが伝説の武具であるロイヤル・フォース"月の剣・グロウゼル"だ。
渡された際、軽く抜いて振ってみたが、その扱いやすさに驚いた。
確かに女性でも簡単に振れる剣で、さらにワイルド・ナインの波動にも耐えられる。

ローラは深呼吸してから出口へと向かう。
そして振り返り、数日暮らした部屋を見渡すと外に出た。

外は快晴だった。
日の光が降りしきった地面の雪に反射して一層眩しい。

コテージの前にはレイとシグルスがいた。
白っぽいローブに大きな杖、青髪のレイ。
黒い修道服の上に毛皮のコートを羽織った、ボサボサの緑色、長髪のシグルスだ。

出てきたローラを見たレイが笑みを浮かべて言った。

「準備できましたか」

「え、ええ」

妙な緊張感があった。
まさか姉が所属していた王宮騎士団に反旗を翻すことになるなんて思いもよらなかった。
だがレイが言うように姉のゼニアが殺されたことが陰謀だとしたとするなら真相を知りたい。
あの時の事件がメリル・ヴォルヴエッジの独断でおこなわれた犯行ではなく、全て仕組まれたことだとするなら恐ろしいことだ。

「コーブライドを目指すなら、そのまま南に下りたいところだけど、そうなるとベンツォードが目と鼻の先になってしまう。だからまずヨルデアンを東に進んで森林地帯に入る。ここを南東方面に進んでロスト・ヴェロー付近に抜けることにする」

「わかったわ」

「森林地帯は魔物の住処だ。少しレベルも高いから警戒は怠らないように進もう」

「レベルってどれくらいなの?」

「だいたいレベル8か9だね。たまにレベル10の魔物も出たりするけど稀なことさ」

ローラの顔は引き攣った。
北は高レベルの魔物が多いと聞いていたが、まさかそこまで高レベルの魔物が複数体ウロウロしているとは。
ローラにとっては完全に未知の世界だった。

「レベル8とか9が"少しレベルが高い"ってあんた達の感覚どうなってんのよ」

「まぁ最初は逃げてたけどね。シグルスもそうだろ?」

「ああ」

シグルスは頭を掻きながら頷いた。
"最初は逃げていた"ということは今は警戒しながらであれば倒せるということなのだろう。

「とにかく出発しましょうか。他の四人がここに帰って来る前に出発したい」

「四人?」

「ホロとカッツェ、アイヴィー……そしてセリーナさ」

「セリーナ……」

ローラは眉を顰めた。
リア・ケイブスの一件を思い出すと気分が悪くなる。
あの時はセリーナに締め殺されるところだった。
レイは青ざめているローラの表情を見て言った。

「彼女には会いたくないだろ?」

「そうね……」

「何があったのかは詳しくは聞かない。誰だって苦手な人間はいるからね。なぁシグルス」

「ああ」

レイはシグルスに同意を求める。
すぐに返答したシグルスはまた頭を掻いた。

「シグルスは双子なんだ。さっき言った"ホロ"っていうやつなんだけどシグルスと瓜二つなのさ」

「へー」

「シグルスとホロは一緒にいると喧嘩ばかりしているから違う仲間と組ませてあるのさ」

「シグルスが喧嘩?想像できないわね」

「酷いもんさ。どっちが先に生まれたかなんてどうでもいいことだと思うけどね。ただそれだけで何十年も喧嘩してるんだってさ」

「なにそれ」

ローラはクスクスと笑った。
本当にどうでもいい話しだ。
結局、この世界は波動数値や地位や財産によって判断される。
そんな世界で"生まれた順番"なんて些細なことだ。

「まぁ顔貌、体つき、髪の色、波動数値まで全く同じってなれば、どこか違うところを求めたくなるのかな?」

「え……そんな人いるの?」

「ああ。現にここにいる」

レイはシグルスを見る。
お決まりのようにシグルスは頭を掻いた。
表情はボサボサの髪によって見えず、恥ずかしいのか憤りを感じているのかはさっぱりわからない。

ローラは自分の境遇を思い出す。

「あたしの家族とは違いすぎるわね……長女は"最強"、次女は"病弱"、三女は"低波動"。たったこれだけで世間からの見られ方は違う。父や母はゼニアお姉様がいなかったら自ら命を断ってたかも」

「そうかな?そう思わないけどね」

「え?」

「どんな子供が生まれても愛を注ぐのが親心ってものさ。学校にだって行かせてもらったんだろ?愛されている証拠じゃないか」

「入学までは波動水晶は触ったことが無かったわ。期待してたのよ、その時はまではね。でも今は厄介払いしたいはずよ」

「ずいぶんとひねくれてるね」

ローラはムッとしたが、すぐにため息をつく。
このレイの発言は間違ってはいなかった。

「ずっと陰で"低波動“ってバカにされてれば捻くれもするわよ」

「確かにそうかもね。でもその低波動が世界を動かすんだ。波動数値"2"なんて選ばれし者と言っても過言じゃない。単純に言えば世界に存在する全波動使いの中で二番目に強いということになる。ある意味、"波動使いの頂点"さ」

「それは流石に言い過ぎじゃない?」

「町を覆うほど広範囲に波動を封印する雨を降らせて、一方的に自分だけが波動を使用できるなんて最強以外のなにものでもないと思うけど」

レイが言うことには説得力があった。
確かにローラの波動は間違いなく対人最強。
発動してしまえば高波動、ワイルド・ナインであろうと関係なく波動を封印し、さらにローラ自身は一度見たワイルド・ナインの波動スキルを水属性に変換して模倣できる。

だがローラは少し気になることがあった。
家出後、ガイと一緒に実家に戻った際にゼニアから聞いた話だった。

「そういえば……波動数値"1"の人間は世界を支配するほど強いって聞いたわ。波動を封印する能力より強いスキルって何かしら?」

ふとした疑問だった。
ワイルド・ナインの波動数値は通常の波動数値と違って強さの基準が逆転している。
つまり、この世界で最強の波動使いは波動数値"1"の人間ということだ。

「ああボスが話してたね。ボスの昔のパーティリーダーが波動数値"1"だったみたいだ」

「え……」

「波動の能力は"時間"に関係しているものだとか。詳しく聞かなかったからわからないけどね」

ローラは首を傾げる。
"時間"に関係する、というのは情報としては曖昧な気がした。
どんな能力なのか見当がつかない。

「そのリーダーはどうなったの?」

「旅の終着点でボスを含めたパーティメンバー数人で殺したようだ」

「え……なんで?」

「さぁ?ボスからはここまでしか聞いてない。あまり興味ないからね」

ローラは言葉を失った。
パーティということはゾルアは元冒険者である。
一緒に旅をしていた仲間を最後に殺めなければならなかった理由とは何なのか?
何度も思考を重ねても全くわからなかった。

「まぁ、とにかくセリーナが帰って来る前に出発しよう。私もあまり会いたくない人物だからね」

「レイも彼女のこと苦手なの?」

「あの性格じゃあ、誰からも好かれないでしょう」

そう言って笑みをこぼすレイに釣られてローラは笑った。
わからないことや辛いことを考えても仕方ない。
今は姉の死の真相を知ることが最優先だ。

こうしてローラはレイとシグルスと共に王都の北東にあるコーブライドの町を目指すこととなる。
まずは森林地帯を抜けなければならないが、出発してすぐにヨルデアンは猛吹雪に見舞われた。
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