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フレイム・ビースト編
イザーク・パルデン
しおりを挟む深夜のベンツォード。
窮地に立たされた"イザーク・パルデン"は馬用の鞭を握る手に自然と力が入る。
なぜバレた?
この冒険者との会話には注意を払っていた。
対応も完璧だったと思うし、他の生き残りたちとの会話でも怪しまれるような部分などなかった。
だが、この冒険者は"アッシュから一番最初に生き残りたちの情報を聞いた時にはもう犯人はわかった"と言っていた。
確かにイザークの状況は悪い。
しかし、それ以上になぜ自分が怪しまる結果になってしまったのか……今はその興味のほうが強かった。
星空よりも明るい松明の光によって曝け出されたイザークの姿は今日の昼間に会った時と同じ。
紫色の髪を七三分けにし、ぴっちりしたブラウンの胸ポケット付きレザージャケット、上から防寒用のローブを羽織る。
下はカジュアルなグレーのスラックスを穿き、腰にはレイピアを差していた。
クロードは一歩前に出た。
お互いの距離は数メートルほどか。
だがイザークは微動だにせず、ただの無表情。
抵抗する様子は全くなかった。
そんな落ち着いたイザークが口を開く。
「どうやっても言い逃れできない状況……なんですかね?」
「そうだね。その"袋の中身"を見たら確定してしまうだろう」
クロードが言う袋とは馬に括り付けられた長い布の袋だ。
「さっき言ってましたが、なぜ"中身"がわかるのです?」
「ガイに"エマ・ランストン"を見張らせていたからだ」
「どうして……?」
「君が罪を着せるなら妥当な人物だと思ったからね。調査していることを知ったエマが姿を消したとなれば犯人は自ずと決まる。君はそれを狙っていつもの手口で誘拐したんだろ」
「まさか誘拐するところを見ていた?それなのに黙っていたというのですか」
「ガイには心苦しいことをさせたが致し方ないと思った。もし彼女の命を奪うようなことがあればその場で対応してもらおうと思ったが……エマはまだ生きてるね?」
イザークは袋の先端を開ける。
すると見覚えのある髪の色が見えた。
そのまま髪を鷲掴みにして顔を見せると、それは間違いなくエマだった。
弱々しくも白い息を吐いているのが見える。
「ケイレブやウィルバーは怪しまなかったですか?」
「少しは怪しんだよ。見るからに隠し事をしているからね。けどスパイとしては可能性があっても吊るしの犯人としてはありえない。さらにその逆もしかりだった」
「なぜ?」
「君と別れた後、僕は再度ケイレブに会った。ウィルバーの方にはメイアを行かせて、あることを確認した」
イザークは眉をひそめて見せてエマの髪を無造作に離す。
彼女の首は力なく揺れた。
「ケイレブの秘密を知ってるかい?」
「無断で食糧を食べていることでしょう」
「違う。彼は"女性恐怖症"だ」
イザークは初めて驚いた表情をした。
全く把握していなかった情報だったのだ。
「彼はここの女騎士から執拗に嫌がらせを受けていた。それは度を越したものとなり、いつしか精神的な病を抱えていたんだ。ウィルバー医師にも確認したが間違いない」
「……」
「女性恐怖症の人間が女性を攫ってこれるとは到底思えない。彼は犯人ではないことは会った時点でわかった」
「女性恐怖症になる前にやっていたことかもしれないでしょう」
「それは無い。ケイレブの女性恐怖症はこの砦に来てからすぐに発症しているようだ。吊るされた遺体の状態を見るにここ最近のものもあったから、砦に来る前や砦に配属になった頃からケイレブが断続的に犯行に及んだというのは無理がある」
まさかケイレブが女性恐怖症だっとは思いもよらなかった。
単にケイレブは少し女性が苦手な存在であろうとしか感じなかったが、このクロードという男は短い時間でケイレブが女性恐怖症であることを見抜いたというのか。
「次にウィルバー医師だが、僕は彼が前団長であるザイナスの死亡に関わっているのではないかと思った。ザイナスが死ねばスパイであっても吊るしの犯人であっても知的な彼の推理によって捕まる心配は無くなるからね」
「それで、どうだったのです?」
「僕の予想通りだったよ」
「どういうことです?」
「ザイナス・ルザールは……まぁ言ってしまえば"自殺"だ」
イザークは驚愕した。
そんなことはウィルバーからは聞いていない。
ザイナス・ルザールの死因は流行病。
遺体も見たが外傷は全くなく綺麗なものだった。
「意味が……わからない」
「わからないだろうね。君には人の気持ちを理解する能力が欠落しているようだから」
確かにイザークにとって他の人間とは利用するだけのもので、それには全く興味が無い。
「ザイナスは君が吊るしの犯人でありスパイであることもわかっていた。だが、それがわかった時にはもう体の限界を迎えていた。寝たきりのザイナスは自分で動くことができず、かといってこの事実を他の騎士団の人間に言えずにいたんだ。なにせ犯人は騎士団のナンバー2である副団長だからね。自分の病状と第三騎士団の現状を鑑みれば事実が広まると混乱に繋がる。この状況を打開するには団長の交代しかないと考えたザイナスは自ら毒を飲んで自殺した。そして最後に最も信頼できる人間に後を任せたのさ」
そう言ってクロードは少し右後ろに立っていたアッシュを横目で見た。
そんなアッシュの眼光は冷ややかにイザークを睨んでいる。
「ウィルバーにはザイナスの死因はわかっていたが言えずにいた。なにせ彼にはザイナスの"自殺の理由"がわからない。こうなれば自分が毒を盛ったと勘違いされかねないからね」
「……」
「エマについては説明の余地はないだろう。怪しいと言っても、こうして君の罪をなすりつけられようとしているわけだから犯人であるはずはない」
「なるほど……だけど、なぜ最初に私だと思ったのかな?それが気になってしょうがないよ。だって私以外、全員怪しかっただろう?」
「そうだね。"君以外の生き残りの全員が怪しい"。それが不自然すぎたのさ」
イザークはハッとした。
ここに来てようやく自分の犯したミスに気づいたのだ。
「このベンツォードに駐在している騎士の人数は五十人ほど。その生き残りが四人。そのうち怪しい人物が三人。普通ならおかしいと思うけどね。よくもまぁ怪しい人物が都合よく三人も生き残ったものだと」
「そういう……ことか……私は……こんなミスをしていたなんて……」
「僕にはどう見ても犯人が自分の罪を隠すために怪しい人物だけを生き残らせたとしか思えなかった。つまり"生き残りの中にいる一番怪しくない人物"が最も犯人である可能性が高いと考えた」
少し深く思考すれば気づくことではあったが、イザークにはそんな余裕も時間も無かった。
計画を実行に移してしまった時にはもう終わった出来事を思い返すことすらしなくなっていたのだ。
「そうなると自ずと辿り着く結論がある。君が騎士団のメンバー数十人を殺したんだろ?」
「なんだと!?」
この情報が初耳だったアッシュは驚く。
後ろに立つローゼルの表情も青ざめているようだ。
「君はこの計画をアッシュとローゼルが不在の時を狙った。元々この二人はネルーシャンに調査に行くことになるはずだった。二人に吊るしの現場を見られたら自分に辿り着くのは時間の問題だと思った君は計画を実行した。だが問題がそこで起きる」
「問題……そうか、盗賊か」
「そう。盗賊団であるブラック・ラビットがスパイを殺しに来た。理由は"吊るし"だろうと推測している。彼らにとってそんな重罪を犯す人間にスパイなんてさせていたら自分達にまで火の粉が及ぶと考えたんだろう。"協力関係にもある第三騎士団にいるスパイは連続殺人犯"なんて酷いものだ。だが不運と言うべきか、盗賊団の襲撃とイザークの計画は重なってしまった」
「だが俺とローゼルちゃんはすぐに帰ってきた……ちょうどヤツらと鉢合わせたんだ」
「それで運良くイザークは助かった。だが幸運は続かないよ。なにせ僕がこの砦を訪れたのだから」
クロードはそう言って鋭い眼光でイザークを見た。
イザークは満天の星空を見上げると同時に深呼吸する。
「ちなみに私が言った言葉の何に引っかかったのかな?」
「最初に君に会った時、僕は君にこう言った……"婚約者の件、残念だったね"と。そしたら君は"いいんです"と答えた」
「それがなにか?」
「まだ死亡が確認されてないのにも関わらず、この返答に違和感をおぼえたのさ。恐らく婚約者含めて調査隊の全員を殺したのは君だろうと思った。君の頭の中ではもう婚約者という存在は死んでいるのだろうと」
「凄いですね。まるで第一騎士団長のようだ。そうですよ。私が皆を殺した犯人で間違いないです」
この場の緊張感が一気に増した。
イザークは手に持った馬用の鞭を捨てると、腰に差したレイピアをゆっくりと抜いた。
「でも、さすがにこのまま捕まるわけにはいかない。ちょうどアッシュ団長も封波剣を持っていないようですから。私の"雷の波動"は最大の力を発揮できますね」
そう言って笑みを浮かべるイザークはレイピアのグリップを逆手に持ち替えると勢いよく振り上げた。
恐らく砦の騎士たちを殺めた方法で、ここにいる者たちを攻撃するつもりなのだろう。
砦の騎士の死因は感電死だっとウィルバー医師が言っていた。
騎士たちも攻撃されたと知れば反撃に出るのが普通だがイザークには傷一つないところを見ると、一撃で数十人を仕留めるほどの威力であると簡単に推測できた。
ガイは目を細めてイザークを見る。
暗がりによって闘気の流れが曖昧で動き出すまでに数秒かかった。
左腰のダガーのグリップを握ると一歩踏み込みが、その行動は一手遅かった。
「我が雷撃は確実に君たち全員を殺す」
そう言ってイザークが地面に剣を突き立てた。
「え……!?」
目を見開き、地面に突き立てたレイピアのグリップを握る手に何度も力を入れているのがわかる。
「なぜだ!!なぜだ!!なぜなんだぁ!?」
イザークの叫びが空を切る。
その姿を見たアッシュがニヤリと笑って前に出た。
「イザークちゃん。まさか"波動が使えない"なんて言わないよねぇ」
「なぜだ……まさか私は……波動を封印されているのか!?」
動揺するイザークにゆっくりと近づくアッシュ。
イザークは構わずレイピアを力強く握り続けるが何も起こらなかった。
「君の波動の威力は凄まじいとザイナス前団長から聞いていた。人間的にも優秀で判断力もあるとくれば正攻法でいくよりも奇策の方が油断するだろうと思ってね」
「まさか……」
イザークはハッとして"胸元"を触った。
するとそこには妙な感触があるのがわかった。
「君には聞きたいことがある。君の雇い主はブラック・ラビットのボスか?」
「……ふふふ」
イザークは俯いて不気味に笑っていた。
眉を顰めるアッシュはさらに口を開く。
「何がおかしい?」
「私が"雇い主"の話をしたとしても、この組織に属している団長殿にはどうすることもできない」
「どう言う意味だ?」
イザークはすぐに剣を地面から引き抜くと、その刃を自分の首元に当てて瞬時に引いた。
勢いよく出る流血で地面の雪は真っ赤に染まる。
そのままイザークは力なく後ろへと倒れ込んだ。
絶命までさほど時間を要しなかった。
「まさか自ら命を断つとは……」
そう言ってアッシュはイザークの死体の方へと歩き、レイピアで掻き切った傷口を覗き込むようにしゃがみ込んだ。
そこにクロードも近づく。
「恐らくイザークの本当の雇い主はブラック・ラビットではないな」
「あの口ぶりからすればそうだろうねぇ」
「まぁ、さっきの会話で誰なのかは予想はついた」
「俺もなんとなくわかったが……この予想が外れていれば嬉しいねぇ。とてつもなく面倒な話になりそうだ」
アッシュはため息混じりに言うと、イザークの死体に手を伸ばして胸元のポケットに指を入れた。
そのままイザークの胸ポケットから"銀色の櫛"を取り出すと指でクルりと回して自分の胸ポケットへと戻した。
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