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フレイム・ビースト編

雪原の大地

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炎の獣は群れを成して戦う。

その先に死神が待っていようとも。

自らの運命が変えられないと知っていようとも。

それでも彼らは進み続けるしかない。

力の限り……それに抗うしかないのだ。


____________

北の大地

???


ローラが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
体にかけられているのは動物の毛皮のようで、とても暖かい。

目を擦りながら上体を起こす。
すると自分の体に違和感を覚える。
服装はキャミソールにホットパンツと、そのままだが右腕に黒い腕輪のようなものが付けられていた。
ローラはそれを外そうと力を入れるが、予想以上に密着していてびくともしない。

諦めて周囲を見渡すと、必要最低の家具しか置かれていない円形状の部屋だった。
中央には木造りの長方形のテーブルと2つの椅子が置かれ、隅には簡単な作りの暖炉がある。
暖炉の中は激しく炎が上がっており、部屋の中はローラにとっては熱いほどだった。

「どこよここ……」

全く状況が掴めずにいたローラだったが、そこに部屋のドアを開けて入って来る者がいた。

青髪のローブ姿の男。
それはレイだった。

「あ、あんた……」

レイの手には四角いトレイを持っており、その上には食器が乗せられている。

「ああ、起きたね」

にこやかに応えるレイ。
だがローラは体を震わせる。
もしかしたら自分は誘拐されたのかもしれない。
そう思った途端、ベッドから飛び降りて走り出していた。
ローラはレイを押して部屋の外へ。

中継ぎの小さな部屋を通り、さらにもう一つあるドアを開けて勢いよく外へ出た。
その瞬間、暴風と共に感じる寒気。
ローラは外の風景を見て言葉を失った。

目の前に広がったのは雪原。
その雪原に等間隔に円形状のテントがいくつも張られていた。
雪が少し降るが、その中で時より吹く風にローラは自分で両肩を抱いた。

「その格好だと凍えちゃうよ」

そう言って後ろからやってきたレイはローラに動物の毛皮でできたコートを着せた。
ローラはそれを手繰り寄せる。
震えながらもレイを睨んで叫んだ。

「どこなのよ、ここは!!」

「王都より少し北のヨルデアンという地域だよ」

ローラは眉顰めた。
以前、学校で学んだことを思い出す。
世界地図は見たことがあり、その場所は記憶していた。

北のヨルデアンは雪原地帯は広漠な地域。
土地勘のない者が足を踏み入れたら、ほぼ100%遭難すると言われている。
さらに高位の魔物も多いという噂から、よほどのことが無いかぎり王宮騎士団でも近づかない場所だった。

「こんなところに住んでるなんて……」

「住み心地は悪くないよ。空気も綺麗だしね」

「でも、強い魔物が出るって……」

「ああ。魔物のほとんどはボスが倒しちゃったって聞いたよ」

その言葉にローラは瞬間的に赤髪の男を思い出す。
逆に考えたら、あんな"化け物"に勝てる魔物が思い浮かばないほどだ。
この広漠な土地に生息していた魔物のほぼ全てを討伐するなんて信じ難い話だが、あの赤髪の男なら簡単にできてしまいそうだ。

「なんで、あたしをここに連れて来たの?」

「君が特別だからさ」

「特別?」

「君の波動スキルは恐らく世界最強だ。恐らくボスよりも強いし、君の姉……いや、第一騎士団長をも超える」

自分が姉を超え、さらに第一騎士団長、赤髪の男よりも強いとはありえない話だった。

「まさか……冗談でしょ」

「冗談でここまで連れて来たと?」

「……」

言葉が出なかった。
レイの表情は真剣だったからだ。
彼は嘘を言ってはいない。

「少し歩こうか。見せたいものもあるし」

「え、ええ」

レイが先を歩き、ローラがそれに続いた。
雪が降り積もっているせいで歩きづらい。
しっかり踏み締めて歩かないと足がとられそうだ。

「ローラさん、あれを」

レイがそう言って見せたのは、テントが張られていない一面が雪原の場所。
そこには10人ほどの子供が走り回っていた。

子供たちはレイの姿を見ると手を振った。
レイもそれに応えるようにして手を振りかえす。

「彼らは孤児でね。なぜ彼らには親がいないと思う?」

「わからないわ……」

「彼らの親は平民。全て騎士団に殺されてる」

「え、なんで?」

「それは、とある"波動の技術"が関係している」

「波動の技術?」

「ああ。"波動連続展開"という技術を知ってるかい?」

ローラは眉を顰めた。
確かそれはメイアが言っていたものだった。
実際には見たことは無い。

「あたしのパーティメンバーができたと思うけど……」

「ほう。あれができるとなればかなり優秀だね。教えられて一朝一夕で覚えれるような技術じゃない」

「それが何の関係があるってのよ」

「あの技術は"波動数値を無視"する。この意味がわかるかい?」

「まさか……」

「"波動連続展開"ができる人間は高波動も低波動もない」

「だからって騎士団が平民を殺していると?」

「もちろん"騎士団"なんて名乗っては来ない。全て賊のせいにして隠蔽してきた」

「でも、なんでそんなことを?」

「騎士団のほとんどは貴族だろ?そして貴族である君にも経験があると思うけど、彼らは一体どんな要素で体裁ていさいを保つのか」

「波動数値……」

「御名答。もし、その波動数値に格差が無くなってしまったら貴族はどこで見栄を張ればいい?」

「たったそれだけで貴族……騎士団が平民を殺めるなんて信じられないわ」

「彼はにとっては"たった"じゃないのさ」

ローラは思い返す。
確かに親も、姉も、親戚も、学校の友人もすべてが"波動数値"でローラを見ていた。
"低波動"というだけで見る目は全く違う。
口には出さずとも心の中では確実に蔑んでいただろう。
口に出さなかったのはローラがスペルシオ家であったということがあったから。
これも高波動の家柄、高波動であるため三大貴族と言われる地位にいた。
この世界でのヒエラルキーの高低は波動数値で決まるのだ。

「それが……騎士団を潰す理由?」

「もう一つある。南の方へは行ったことはある?」

「アダン・ダルに行ったけど……」

その言葉にレイは驚いた。
さらに眉を顰めて思考している様子だ。

「なぜアダン・ダルに?」

「冒険者ランク上げるためよ。南の方で強い魔物が出たって言うから」

「それだけ?」

「どういう意味よ。何かあるの?」

「我々とあそこの領主とで、ある契約を取り交わしていた」

アダン・ダルの領主はローラの元婚約者のオーレル卿だ。
あの町で起こった事件によって一年ほど前に死亡していると思われる。

「契約って?」

ローラが聞くとレイの視線が落ちた。
視線の先はローラが右腕に付けている腕輪だ。

「それだよ」

「これってなんなの?」

「封波石で作った拘束の腕輪。保険で君には付けておいた」

「あんたねぇ……それはいいとして、どういうことなのよ」

ローラは腕輪のことよりも気がかりなことがあった。
それはオーレル卿と盗賊団との間で取り交わされていた"契約"とやらだ。

「封波石は南のアダン・ダル付近でしか採掘できない。それを横流ししてもらっていた」

「なんのために?」

「活動資金を得るため。封波石の採掘権は王宮騎士団と一部の高貴族にある。採掘される封波石のほとんどが彼らに渡るが、その数パーセントを領主から買い入れて売っていた。もちろん極秘でね」

「……」

「だが明らかに羽振はぶりのよくなった領主を見た騎士団は勘づいた。度々、第二騎士団長の姿が目撃され始めたんだ。管轄でもないのにわざわざ数日かけてアダン・ダルまで来るのは相当に目立っていたよ。そのあたりで急遽、第六騎士団ができたと記憶している。恐らく我々のことを警戒してのことだろう」

第九騎士団の管轄は南だ。
つまりアダン・ダルもそれに含まれる。
第九騎士団の団長はリリアン・ラズゥ。
彼女との出会いはリア・ケイブスだった。
騎士団員に化けたセリーナがリリアンを捕縛し、荷馬車に乗って南から来た……というのは、この話に関係していることなのか。

「ここで入手していた資金は孤児を食べさせるために全て使われている。貴族と違って、この組織の人間に誰も私腹を肥やそうとする者はいない。それはここで育った者のほとんどが孤児だったからだ」

「それが騎士団を潰したい理由……」

「不十分かな?」

ローラは広い雪原を見た。
そこには元気に走り回る子供たちがいる。

この光景を見ることによって、これまで自分がこの盗賊団に抱いていた嫌な感情は払拭され始めていた。
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