最弱パーティのナイト・ガイ

フランジュ

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エターナル・マザー編

メイアとクラウス

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早朝。
メイアは一通りの荷造りを終えた。
数日と短い間ではあったが自分の過ごした借宿を眺める。
ベッドと机、椅子しかない殺風景で小さな部屋だ。

ここで学んだことはこれから先、大きな糧になるだろう。
それは決して勉学だけではない。
初めての同年代の友達と過ごした日々は自分を成長させてくれたと感じた。

様々な感情が入り混じる中、部屋のドアをノックする音が聞こえる。

メイアが廊下に出ると、そこにいたのは学長のエメラルド・ラジェットだった。
相変わらずの三角眼鏡と無表情で、その姿は見る者を緊張させる佇まいである。
エメラルドの出身は不明だが、高位の貴族たちからも信頼をおかれる存在であることはクラスメイトのエリカから聞いていた。

「準備はできましたか?」

「はい」

メイアはエメラルドに促されて、彼女の後を追うようにして廊下を歩く。

「あなたが来てから、あのクラスの雰囲気が変わった気がしますね。とても明るくなりました」

エメラルドの不意の言葉にメイアは少し顔を赤らめた。

「自分は何もしていないです。むしろ御迷惑をかけたのではと思ってました」

「ああ、クラウス君のことでしょう」

「え、ええ」

メイアの心残りだったのだ。
戦闘訓練の際、メイアが勝利した後にクラウスが言った言葉。

"この香りは……姉様"

その発言がメイアを悩ませていた。
マイヤーズからもらった香水が関係していることは確かだ。

「クラウス君のお姉さんは騎士団のクラリス副団長ですよね?」

「ええ。そうですよ」

「クラリス副団長もこのアカデミア出身なのですか?」

「ええ、そうでしたね。ここだけの話ですが、あまり出来のいい生徒ではなかったですね。どちらかといえばクラウス君の方が才能はあると思いますよ」

「え?」

メイアは困惑した。
クラリスは第二騎士団の副団長である。
以前にクロードから聞いたことがあるが騎士団の"番号"は階級。
つまり数字が若いほど有能な人材が多くいる組織ということだ。

「最初に彼女が配属されたのは第四騎士団でした。第四は北東の豪雪地帯にある町の周辺を守る部隊です。年中、雪が降るので炎の波動使いを多く欲しがっていて、それでクラリスが呼ばれて入団したのです」

「あの、"でした"……というのはどういうことでしょうか?」

「一年ほど前でしたか……北の町で事件があって、それで第四騎士団は解散になったようです。それから第四にいた騎士達はそれぞれ別の騎士団へ配属し直されたのです。クラリスは第二騎士団へいきましたが、まさか副団長とは……」

「事件……」

「クラウス君の様子がおかしくなったのもこのあたりからのようです」

「どういうことですか?」

「他の生徒に妙な事を言っていたみたいです」

「妙な事?」

「"姉様が変だ"と」

エメラルドの言葉にメイアは眉を顰めた。

「でも、それ以前からクラウス君は……」

「横暴だった?」

「ええ……」

「確かにそうですね。そのせいか一人の生徒は不登校になってる。原因はそれだけではないでしょうが、それでも要因の一つになっていたのは間違いはない」

不登校になった生徒というのは"サンシェルマのジュリー"のことだ。

「あの頃は私が介入するほどではないくらいの些細なものでしたよ。ちょっとした子供が考えつく嫌がらせ程度。あなたにおこなったものほどではなかった」

「そう……だったんですか」

「まぁ自分より才能がある人間を見たら嫉妬する気持ちは痛いほどわかります。でも間違いなく今のクラウス君は以前とは違っている」

戦闘前にメイアがクラウスに言ったことは事実だったようだ。
やはりジュリーは波動の才能があり、それはクラウスを超えていた。
そこに嫉妬したクラウスはジュリーに子供ながらの嫌がらせをしたが、そこまで陰湿なものでない。
ジュリーが学校に来なくなった一番の要因は"サンシェルマの繁盛"であった。

「ですが、"クラリス副団長が変"というのはどういうことなのでしょう?」

「さぁ?私には分かりかねます。ですが……もしかしたら北の町で起こった事件が関係しているのではないかと思ってますよ」

「ちなみに、その事件というのは?」

「詳しいことはわかりません。というか……全く情報が無い」

「情報が……無い?」

それは不可解な話だった。
小さな事件程度なら情報が無いのはわかるが、エメラルドが語った内容でいけば、この事件では一つの騎士団が無くなっている。
それほどの事件でありながら何の情報も流れてこないというのはおかしい話だ。
噂というのは物流と一緒で人伝によってやってくる。
そして噂というのは"事"が大きければ大きいほど人は黙っていられない。
必ずそれは流布するものだが、それが全く無いということは情報がどこかで規制されたと考えるのが妥当なところだろう。

「あと、もう一つ。私からの助言です」

「なんでしょうか?」

「"波動連続展開"の話は貴族の前では絶対にしないこと。これだけは必ず守ることです」

その言葉を言ったあたりで、メイアとエメラルドはアカデミアの玄関口に到着した。
学校とは違い、大人の研究者たちが忙しなく歩く廊下だったが、ちょうど円形状の広間になった玄関付近に何人か学生の姿があった。

隣の席のジューンと励ましてくれたエリカ。
仲がよかった女子生徒たちと、さらに数人の男子生徒までいた。

「メイアちゃん!」

「ジューンちゃん!」

メイアは生徒たちに駆け寄る。
目には少し涙があった。
他の生徒たちも目を潤ませて鼻をすする。

「また近くに来たら顔を出して下さいね」

エリカが笑みを溢して言った。
その言葉にメイアは涙ながらに頷く。

「メイアちゃん、元気でね……気をつけて」

「ええ。ジューンちゃんも」

メイアは他の生徒たちにも別れを告げると、手を振ってアカデミアを後にした。

アカデミアの庭園には研究者たちが多くおり、相変わらずメイアには見向きもしない。
そしてようやく門の前まで辿り着くと、そこにはクラウスがいた。

メイアは警戒するが、クラウスの表情に敵意などは無かった。
少し顔を赤らめ、手には小さな箱のようなものを持っている。

「クラウス君……」

そう呟くとクラウスはスタスタと小走りで近づいて手に持った箱を徐に前に出した。

「これ、悪かった」

「え?」

クラウスの勢いに負けて、メイアは小さな長方形の箱を受け取った。

「今度会った時は絶対負けない」

目も合わせずに、それだけ言うとクラウスはアカデミアの方へと全力で走り去ってしまった。
メイアは振り向き、それを目で追ったが、クラウスはみるみるうちに遠のき姿を消した。

メイアはクラウスから貰った箱をそっと開ける。
中には綺麗に菱形ひしがたを模った白い石のイヤリングが入っていた。
恐らくこれは波動石だが以前に持っていたものよりも大きい。
それにメイアにはまだ早いような大人びた作りだ。

「これ、どこかで見た気が……」

イヤリングを手にとって思考するが全く思いたある節はない。
メイアは首を傾げながらも考えるのをやめた。

それ以上にクラウスという少年に少しでも心の変化があったとするなら、この学校に来た意味はあったのだろう。

メイアはそう思って笑みを溢しつつ、クロードたちと合流するため町の中心部へと向かった。
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