最弱パーティのナイト・ガイ

フランジュ

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エターナル・マザー編

暗黒演舞

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"六大英雄ゾルア・ガウス"

戦闘能力だけで言えば六大英雄の中で最も強いとうたわれた武人。
炎の波動の使い手であり、その強さはレベル10の魔物、数百体を一瞬にして灰にするほどだと言われている。

その逸話は時を経るごとに大きくなったものなのか、はたまた事実であるのかはわからない。

なにせ六大英雄という者たちが存在したかどうかすら謎なのである。

だが、もしも現在にこの男がいたとするならば……

間違いなく"世界最強の波動使い"だろう。


____________


ステージを見下ろす観客たちの興奮は高まっていた。

ナイトガイから出るのはS級冒険者のエリザヴェート・ダークガゼルガ。
長い黒髪によって顔が全く見えない。
白いワイシャツに黒いロングスカート、黒のマントを羽織った女性。
手に持つのは自分の背丈ほどある折りたたまれた大鎌だ。
彼女から放たれている黒いオーラは空間を歪めるほど。

ブラックラビットから出るのは赤髪の男、ゾルア・ガウス。
アップバングの赤髪でサングラス。
黒のパンツと黒のロングコート。
漆黒のロングコートは背中部分から赤い血管のような歪な細い線が血管のように全体へと伸びている。
ゾルアは武具を持っていない。
恐らくのコートが武具なのではないかと予測できる。
体からは真っ赤なオーラを発しており、こちらも空間が歪むほどだった。

2人は向かい合う。
ただ、それだけで観客席からは大きな歓声が上がった。

間に入る審査は緊張を隠せない。
大将戦であるため波動が使用可能だ。
その旨を2人に告げ、さらにルールの追加を伝える。

試合中に"対戦相手"、"審判"、"観客"のいずれかに被害が及び死亡させた場合は失格とする。

というもの。
予選での出来事のことだが、赤髪の男ことゾルアの波動によって審判が死亡した。
本来、ルールには審判や観客の死亡による失格は無い。
今までにそんなことは無かったからだ。
だが、今回は様々な要因を鑑みてのこと。

これを聞いたゾルアはニヤリと笑って言った。

「あくまで"試合中"ということだな?」

「あ、ああ……そうだ」

審判は息を呑んだ。
この赤髪の男は一体何を考えているのか全くわからない。
試合以外での死亡は容認されていることの確認など何の意味があるのだろうか?

審判は大きく首を横に振った。
考えても仕方ない。
とにかく、この試合を一刻も早く終わらせることが自分の責務と思い、両者に距離を取ることを伝えた。

2人は数メートル離れる。
お互いが振り向いて相手を見ずに下がった。

距離にして15メートルほどか。
身体能力次第ではワンステップで相手の間合いまで近づけるような距離だ。


審判は両手を大きく上げる。
そして振り下ろしと同時に叫んだ。

「決勝!大将戦……始め!!」

その声を聞いた観客たちは大いに盛り上がる。
満員の観客席の熱気は最高潮に達していた。


……だが、そんな観客たちを尻目にゾルアとエリザヴェートは全く動かない。

2人に送られる声援が次第に罵声へと変わる。
なにせ数秒、数分たっても動かないからだ。

「なにやってんだ!!」

「さっさと始めろ!!」

「こっちは金払って見に来てんだぞ!!」

ステージ上、中央端にいる審判も交互に2人に視線を送る。
ゾルアはコートのポケットに両手を入れ、エリザヴェートは大鎌を展開すらせずにいた。

そして、ようやく動いたのはゾルアの"口"だった。

「早く始めろ……だそうだ。来ないのか?」

「あ、あ、あ、あなたこそ、攻めて来ないのかしら?」

エリザヴェートの言葉に大きくため息をつくゾルア。
どちらも両者の試合を見ている。
相手の手の内はある程度わかってはいたが、わかっているからこそ警戒心を強めていたのだ。

だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
先に動いたのはゾルアだった。
右手をコートのポケットから出すと、爪を立てるようにして指先に力を入れた。

その行動を見たエリザヴェートは鎌を握る両手に力を入れる。

「なら少し様子見がてらに……」

ゾルアはそう言うと右腕を腰に少し溜め、スイングするように下から上へ腕を振り上げた。
スピードはさほど早くは無い。
脱力に近い動きだった。

だが、その動きによってなのかエリザヴェートが立つ地面に抉るようにして4本の切り裂き跡が一瞬にして入る。
さらにその線を追うようにして炎柱が走った。
炎は天をも貫くほど巨大で燃えがった。

「"炎獣《えんじゅう》の鉤爪《かぎづめ》"……まぁ挨拶程度さ」

振り上げた腕を下ろして、燃え盛る炎を見るゾルア。
笑みを溢したのも束の間、すぐにそれを崩して片眉をぴくりと動かす。

なぜか、あれほど燃え上がっていた炎が消えると中から姿を現したエリザヴェート。
しかも地面には爪痕があるが、エリザヴェートが立っている場所は無傷だった。

「やはり噂通りか。"闇の波動"……不吉な」

「ヒヒ……」

瞬間、エリザヴェートはドン!と地面を蹴ってゾルアへ向かって突撃する。
その際、横一回転し、同時に大鎌を展開。
鎌による高速の横斬りはゾルアの首元へと迫った。

「それで首を取ったつもりか?」

ゾルアは上体を後ろへと反って鎌を回避。
大振りになったエリザヴェートへ追撃するために体をバネのように戻すと、その勢いのまま顔面目掛けて右ストレートを放った。

ゾルアの右拳はエリザヴェートの左頬に打ち込まれる。
ドン!と鈍い音が闘技場全体に響き渡った。

「確実に骨が折れたぞ。感覚でわかる」

「……」

「!?」

ゾルアは拳を引かず、振り切るつもりだった。
だが白目を剥いていたエリザヴェートの視線はすぐにゾルアへと向けられる。
その見開かれた眼球、殺意に満ちた視線はゾルアが腕を引くほど。

エリザヴェートは振り切った鎌の方向へと回転する。
大鎌を構え直すと上から下へ向けた振り下ろし攻撃。

ゾルアが横に回避すると、エリザヴェートは再び回転して構え直して横払いの攻撃。
大鎌を使用しているとは思えないほどの高速連携にゾルアはバックステップで距離を取る。

「回転して攻撃の隙を消し、さらに攻撃に繋げるのか。まるで"ダンス"だな」

"暗黒の演舞"といってもいい。
連続攻撃はさらに続く。

ゾルアが前に出て攻撃しようとしても、エリザヴェートは攻撃後、後方回転によって距離を取って間合い外へ。
そこからハイスピードの鎌の攻撃でゾルアが反撃しても回避されてカウンターを狙われる。

ゾルアは攻めるのをやめて何度かバックステップを繰り返して距離を取った。

エリザヴェートはその場でクルクルと回転しながら鎌も回して肩に乗せる。
無理に前に出て攻めることはしなかった。

「ど、ど、ど、どうかしら……私の鎌は?」

「なかなか面白いじゃないか」

そう言ってニヤリと笑うゾルアの体にはいくつかの切り傷があった。

「ここまで傷を負うのは何百年ぶりだろうか」

「な、な、な、なんですって?」

「それこそ南の辺境の村で''青髪の女"と戦って以来だろう」

「……」

エリザヴェートは首を傾げる。
この男が言っていることの意味がわからなかった。

さらにゾルアは続けて、

「そういえば闇の波動の使い手とは長く会ってなかったから忘れかけていたが、少し試したいことがあったんだったな。ちょうどいい、いずれはやらなければならないことだ」

「た、た、た、試したいこと?」

「もしかしたら殺してしまうかもしれないが……まぁ、その時はその時だ」

ゾルアはおもむろに右腕を前へ出して、そのまま横に肘を曲げる。
すると体から熱波が幾度となく広がり、漆黒のコートをなびかせた。

ただならぬ気配を察知したエリザヴェートは鎌を構え直して地面を踏み締める。
ダッシュしようとした瞬間、先ほどと同じように地面は切り裂かれ炎が上がる。

「こいつを出すのは久しぶりだ。なにせ、この時代には、そこまで強い相手なんていなかったからな。頼むから一瞬で灰になるなよ」

炎を闇の波動で掻き消したエリザヴェートは目の前の男を見る。
その姿は先ほどまでとは異なるものだった。

漆黒のコートが真っ赤に染まり、逆に血管のように伸びていた線が黒くなっていた。
完全に真逆の色になっていたのだ。

焔魔三獣えんまさんじゅう……」

その言葉に反応するごとく、さらに熱波がエリザヴェートへ向かって放たれた。
熱は波動によるもので掻き消せるが、それによる風圧は波動ではない。
攻めようとしても、この風圧によって前に出ることができなかった。

「"隻眼せきがん焔鳥えんちょう"」

放たれていた熱波は逆にゾルアへと戻る。
熱は右前腕へと収束して炎が形を成す。

それは大きく羽を広げた"炎鳥"だった。

炎鳥は額に縦に一本だけ傷のような線があるだけで瞳はない。
それは広げられた翼を折りたたみゾルアの腕に着地した。
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