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エターナル・マザー編

実戦

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アカデミア 学校


その日の空は青々とした快晴。
早朝から暖かい風が草木を靡かせる気持ちのいい日だ。

メイアはマイヤーズの助言通り、訓練場へ行くことを心に決めていた。

クラウスのことを考えると鼓動が早くなる。
それは彼に対する怖さなのか、それともマイヤーズが言った通り、自分のことが気になっているということに対してなのか、どちらとも言えない緊張感だった。

メイアは学校の制服に着替え、マイヤーズから渡された香水が入った小瓶をスカートのポケットから取り出して見つめた。

意を決して小瓶の蓋を開ける。
すると部屋全体に花の香りが漂った。
少しだけ手につけて首筋をなぞると、馴染んだのか自然と匂いは感じなくなった。

そしてメイアは部屋を出た。

____________


メイアが訓練場に到着すると、既にクラスメイトが揃っていた。
女子が多いが、中には数人の男子もいた。

広い敷地の一ヶ所に集まるグループ。
なにか様子がおかしい。

メイアが近づくと聞き慣れた声がした。

「クラウス、それは一体どういうことですか?」

エリカの声だった。
その言葉に反論するように、すぐに男子の声がする。

「どういうことも何もない。あいつは来ないって言ったんだよ!」

クラウスだ。
落ち着いたエリカとは裏腹に、憤りと焦りを感じさせるような声。

メイアがさらに近づくと、その場にいた者はそれに気づく。
一斉にメイアに視線が注がれるが、みなが安堵の表情を浮かべていた。

ただ1人を除いて。

「なんで、お前ここにいるんだよ!昨日来るなって言っただろ!」

「クラウス!なぜクラスメイトに意地悪するのです!」

「こいつはクラスメイトじゃない!」

「あの時だって、そうやってジュリーを……!」

エリカは言いかけて口を閉じた。
そんなエリカを目を細めて睨みつけるように見るクラウス。

「あいつが死んだのは俺のせいだって言いたいんだろ」

「い、いえ……そんことは」

この時、メイアはジュリーが学校に来なくなった理由を自然と悟った。
恐らくクラウスは、今メイアにしているようなことをジュリーにもしていた。
そのことでジュリーはサンシェルマの忙しさを理由に学校に来なくなっていたのだ。

"学校で意地悪されているから行きたく無い"
そう言うのは簡単だが、親に無用な心配をかけたくなかったのだろう。

メイアは意を決して前に出た。

「クラウス君、いいですか?」

「な、なんだよ!お前も俺が悪いって言いたいのか!」

「いえ、そんなことは無いです。ただ、思ったのですが、もしかしてジュリーさんも"本当の波動の使い方"を知っていたんじゃないですか?」

「え……」

「それが気に入らなかったから意地悪していた。違いますか?」

「俺は意地悪なんて……」

「"憧れ"は時に"嫉妬"にもなりうる。認められたいのは痛いほどよくわかりますよ。私も……いえ、誰だってそうですから」

クラウスから言葉が発せられることはなかった。
全てがメイアの言う通りだったからだ。

「クラウス君、私と戦ってみませんか?」

「な、なんだと!?」

「私はあなたに"本当の自分"を知ってもらいたい」

「意味がわからない……俺は俺だ!」

「いえ、今のクラウス君はクラウス君じゃない」

一同、顔を見合わせていた。
メイアの言っていることが理解できる人間はいなかった。

ここに来てから初めて見るメイアの鋭い眼光にクラウスは息を呑む。

「エリカさん、ハリス先生を連れて来てもらってもいいですか?見届け人は必要だと思いますので」

「え、ええ。わかりました」

困惑しつつもエリカは数人の女子生徒と共に学校の方へ走って行った。

数刻の後、学校の方からエリカと女子生徒、そしてその後ろを眠気眼をこするハリスが歩いてくる。
ハリスの歩みが遅いせいでグループがいるところに到着するまで時間を要した。

第一声はそんなハリスからだった。

「お前らな、なんで今日に限って……休校日だぞ」

「申し訳ありません。先生」

「優等生……やっぱりお前か」

"優等生"というセリフにクラウスの眉が動いた。

「こんなことをして何になる?ただの自己満足じゃないのか?」

「私は自己満足のために波動は使いません」

その言葉にハリスは少し驚いた表情をする。

「お前はつくづく"俺が知ってるやつ"にそっくりだな。まぁいい、やりたいならやったらいい」

「ありがとうございます」

「ただし、危ないと思ったらすぐに止めるからな」

「お願いします」

ハリスはため息をつく。
この調子だと目の前の女子生徒は手加減するつもりはないだろうと思った。
相手が"貴族"であろうと関係ない。
そんな確固たる意思が伝わる瞳に苦笑いする。

「他の生徒は離れていなさい」

ハリスが促すと訓練場の中央に立つのはメイアとクラウスだけになった。

向き合う2人はそれぞれ武具を構える。
メイアはステッキ型の訓練用武具。
クラウスはソード型の訓練用武具だ。

クラウスの腰に差したソードのグリップを握る手が少し震えている。
初めての実践だったからだ。

一方、メイアはステッキ型の杖を前に構えるが表情は冷ややかだった。

こうしてクラスメイトが見守る中、高貴族と冒険者の戦いが始まろうとしていた。
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