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エターナル・マザー編
見えぬ心
しおりを挟むメイアが教室へ戻るとクラウスは目を合わせることすらせず不貞腐れた様子だった。
安堵するメイアだったが、それ以上に実技講師ハリスから聞いた話が気になって授業に集中できずにいた。
"ゼニア・スペルシオの死について"
この事件はメリル・ヴォルヴエッジの犯行であり、そこには個人的な動機もあった。
それを考えると前実技講師であったゼニアが波動の教科書について疑問を持ち、学校側へ問いただしたこととは因果関係は皆無なように思える。
だが、メイアはここに何か深い業を感じていた。
深刻な表情のメイアを気づかうように女子グループは一番後ろの席に集まる。
みなはクラウスの一件でメイアが悩んでいると思っているのだ。
この優しさにメイアは再び涙ぐむ。
明日は学校が休校のため、エリカの提案で訓練所に集まってメイアから波動を教わろうという話になっていた。
そこに男子グループの中の"卑屈組"も数人、オドオドしながらも名乗りを上げて加わることとなった。
この状況をよく思わないのか、無視し続けることもできずにクラウスは女子グループたちを睨んでいた。
____________
授業が全て終了すると、女子グループはそれぞれ用事で校内へと散らばる。
昨日一緒に寮まで帰ったジューンも職員室に用があるからと別れ、メイアは1人で寮の自室へ向かっていた。
廊下を歩いていると、腕を組んで壁に寄りかかる男子生徒がいた。
「クラウス君……」
メイアの表情はこわばる。
立ち止まったメイアの目の前に移動するクラウスは鋭い視線を向けた。
その目からは苛立ちや嫌悪が伝わってきた。
「そんなものぶら下げて自慢のつもりか?」
「……え?」
クラウスはメイアが反応するより先に手を伸ばす。
向かった先はメイアの胸元の波動石。
そのまま波動石を無造作にむしり取ると勢いよく地面に叩きつける。
その衝撃でメイアの波動石は粉々に割れてしまった。
「そんな……」
この波動石は旅の初めにカレアのギルドでもらった思い出深いもの。
ここまで色が濃くなるまで数ヶ月は掛かったが崩れるのは一瞬だった。
メイアは両膝をつき、粉々になった波動石を丁寧に拾い上げる。
そんなメイアを見下すクラウス。
この状況はクラウスが望んだものだ。
だが、なぜか心がモヤモヤする。
目の前の平民は自分の嫌いな相手ではあったが気は晴れない。
クラウス自身、このいい知れぬ感情がなんなのかわからなかった。
「明日は訓練所に行くなよ!わかったな!」
ただ、それだけ言ってクラウスはその場から立ち去って行った。
メイアは1人だけ取り残され、粉々になった波動石を拾い集めるのだった。
____________
拾い集めた波動石の破片で何度か指を切った。
それでも大事なものだったのでメイアはほぼ全ての破片を拾い上げて優しく手に包む。
メイアは寮へ戻ろうとしたが、少し風にあたりたいとアカデミアと学校の間にある庭園のベンチに座っていた。
時刻はもう夕陽が沈む頃合いだ。
俯いたまま顔を上げられずにいたメイア。
そこに近づく気配がした。
実際には花のような香りがしたのだ。
なんの匂いなのかわからないが凄くいい香りがしてメイアは顔を上げる。
そこに立っていたのは見覚えのある褐色肌の屈強な体つきの男性だった。
「あらあら、また泣いてるの?」
「あ、あなたは……」
「申し遅れたわね。は"マイヤーズ"よ」
マイヤーズは胸に手を当てて名乗った。
この男性こそ、西地区の物流を仕切る元締めであり、貴族たちも頭の上がらない人物。
「やっぱり……」
「あら、私のこと知ってたの?」
「いえ、朝に貸していただいたハンカチに名前のような刺繍がしてあったものですから、もしかしたらと」
「なかなか察しのいいお嬢さんね。お隣、いいかしら?よかったら話を聞くわよ」
マイヤーズはニコニコしながら言った。
それは大人のお節介ではあったが、今のメイアにとっては救いのような言葉だった。
メイアは軽く頷くと、マイヤーズは隣に座る。
朝は気が張っていたせいで気づかなかったが、やはりマイヤーズからは香水のいい匂いがした。
メイアは今日あった出来事をゆっくりと丁寧に語った。
マイヤーズは初めこそは険しい表情をしていたが、なぜか話が進むにつれて妙に笑顔になっていく。
「……と、いうことがありました」
「へー。一つ言えることがあるわ」
「なんでしょう?」
「そのクラウス君って子は、メイアちゃんのこと"好き"なのよ」
「え……?」
何を言われているのかわからないメイアは唖然とする。
そんなことあるはずはない。
なにせあれだけ敵意剥き出しで"魔物並み"の殺気を放っていた相手だ。
その真逆である"好き"という感情をクラウスからは微塵も感じなかった。
マイヤーズは続けた。
「男の子はね。好きな女子に意地悪したくなるものなのよ。気を引きたくて」
「そんな感じには見えませんでしたけど……」
「多分、自分でもその気持ちに気づいてないパターンね。だからエスカレートしちゃったのかしら」
メイアは眉を顰めて思考する。
しかし、いくら考えても答えは出なかった。
「考えてもわからないでしょ。人の心なんて計り知れないものよ」
「でも、なぜマイヤーズさんは……」
「クラウス君の気持ちがわかるかって?私もそうだったからよ」
クスクスとマイヤーズは笑った。
確かに"人の心"なんて目に見えないものだ。
考えたところでわかるはずはない。
だがマイヤーズ自身、この出来事は経験済みだったようだ。
「メイアちゃん、明日は訓練所に行くことをオススメするわ」
「え……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ。メイアちゃんなら絶対に大丈夫」
マイヤーズの満面の笑みを見たメイアはまた泣いた。
ここに来てから自分の心の弱さを知り、それを見透かしたかのように色んな人に励まされている。
メイアはこのアカデミアの入学によって勉学以上の何かを学べている気がした。
「あらあら、また泣いちゃって。私のハンカチを使って」
「は、はい……」
メイアは学生服のポケットからピンク色のハンカチを取り出して涙を拭いた。
その際、花のようないい香りがして心が落ち着いた。
「このハンカチもいい匂いがします……」
「そうでしょう。とても高級な香水なのよ。あまり作れないから王都にしか出回ってないわ」
「なんの香りなんでしょう?」
「これは"サンスベリアの香水"よ」
「サンスベリア……って確か……」
「サンスベリアの花言葉は"不滅"や"永久"と言われているわ。それにちなんで、この香水は高貴な家柄が永続するようにという願いをこめて使う貴族もいる。なんと、あのザラ姫様もご愛用よ」
「そう……なんですか」
「とにかく明日は頑張ってね」
「ありがとうございます」
メイアも笑顔になり、その表情を見たマイヤーズも満足そうだ。
"最後に"とマイヤーズは一つの小瓶をメイアに渡した。
その小瓶はサンスベリアの香水が入っているとのことだった。
高価なものと聞いていたので、メイアは断ろうとしたが、マイヤーズは「これをつけてクラウス君の本当の心を引き出しちゃいなさい!」と鼻息荒く語る姿に圧倒されて受け取るはめになるのだった。
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