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エターナル・マザー編
逃走
しおりを挟むアカデミアにある学校に体験入学をしたメイア。
1日目の科目が全て終了する頃には、もう夕方近くになっていた。
平民ということもあって、目立った行動は謹むべきと思っていた。
だが思いの外、目立ってしまったことに自責の念を感じる。
悪いことをしたわけではなかったが、明らかに高位の貴族の反感を買いかねない行動だった。
それは実技講師のハリスが波動で作った岩を破壊したこと。
入学以来、クラスの生徒は誰もやったことがないことだった。
それを、いとも簡単にやってのけたとなれば目立たぬはずはない。
あの後、メイアの席の前には数人の女子生徒が集まった。
波動の使い方を習いたいと言ってきていたのだ。
だが、そんな中で一番前の席に座る男子生徒"クラウス"は、ずっとメイアを睨んでいた。
自分が最も優れていると思っていたのに、簡単に抜き去られる。
それが自分よりも身分が低い平民の冒険者だとするなら、なおのこと面白くない。
もしかすると、これがクロードの言っていたことなのではないかとメイアは思った。
自分の現状、弱さを受け止めることができない……"それはまさに子供"
確かにクラウスの身分は高いが、メイアよりも"精神的に下"の存在だった。
____________
この日の放課後、メイアが驚いたことがもう一つあった。
それは女子の列の一番前に座る生徒である"エリカ"から話かけられたこと。
"もしよろしければ"と顔を赤らめ、畏まった様子で、波動の使い方を教えて欲しいと言ってきたのだった。
メイアは二つ返事で了承した。
こうなると簡単に他の女子生徒も続く。
メイアはたった1日で女子の間では人気者になってしまったのだった。
こうして1日目が終わり、メイアは隣の席で仲良くなったジューンと共に寮へ向かう。
寮も席順と同じで、低い地位にある者は一番遠い。
メイアの部屋が一番遠く、ここでもジューンとは隣同士だった。
廊下を歩く2人。
メイアは"友達と学校から帰る"という特別な時間を愛おしく思った。
こんな経験ができるのも、パーティメンバーののおかげだ。
ジューンは学校で話しきれないことがあったのか、メイアを質問攻めにしていた。
「そういえばさ、メイアちゃんって兄妹いるの?」
「いるよ。兄と旅をしてるの」
「へー。お兄さん、かっこいい?」
「かっこいい……かな?」
メイアは眉を顰めて思考した。
ガイがカッコいいかはわからないが、なぜか女子からモテることは確かだった。
何か目に見えない魅力でもあるのかは不明だが。
「メイアちゃんは好きな人いないの?」
「え?」
突然の質問で心臓が跳ねる。
メイアは恋というものは未経験だった。
「誰か気になる人とかさ」
「気になる人……」
メイアには思い当たる人物はいなかった。
クロードのことを想像はするが、これは恋とは違う"好き"なような気がする。
メイアは苦笑いしつつ、その問いに答えた。
「いないかな」
「そうなんだぁ」
「ジューンちゃんは、好きな人いないの?」
「私もいないかなぁ。だってうちのクラスの男子なんて傲慢か卑屈かのどっちかでしょ」
ジューンは間髪入れずに答えた。
"卑屈"はわからないが、"傲慢"を指す人物は容易に想像できる。
「特に"ベルフェルマ家"ときたら」
「ベルフェルマ?」
「メイアちゃんに突っかかってきたクラウス君よ。姉が第二騎士団副団長だからって、威張り放題よ」
「ああ、ザラ姫の護衛のクラリス・ベルフェルマ……」
メイアはサンシェルマでの一件を思い出す。
自分は飛び跳ねてはみたが、結局、ザラ姫の姿もクラリスの姿も見てはいない。
だがクロードが口走ったクラリス・ベルフェルマという女性の名前は覚えていた。
メイアは苦笑いしながら言った。
「でも自分の身内が凄ければ、自分も凄くなった気になると思うわ。それは錯覚なんだけど」
「錯覚されたら困るわよ。凄いのはあくまでクラリス副団長でしょう。ねぇ、なんか男子って子供っぽいわよね」
「私もそう思う」
「メイアちゃんのお兄さんも子供っぽい?」
「そうね。ここに着いた日に、ちょっとしたことで怒っちゃって。なんでそんなことで怒るんだろうって思ったわ」
「わかる!男のプライドなのかしらね」
2人の他愛もない会話が続き、あっという間に寮の部屋の前に辿り着いた。
メイアはジューンと笑顔で別れると部屋へと戻る。
色々あったが、本当に楽しい1日だったと思った。
こんな日が永遠に続いてほしいと思えるほどに。
メイアはいつもの服に着替えると机に向かった。
貸してもらった教科書に目を通すとメイアは気になる部分を見つける。
それは波動に関する教科書の中だった。
実技講師のハリスが読んでいたものと同じものだったが、"明らかにおかしい部分"がある。
他の教科については別にそんなところは見当たらなかったが波動の説明については何か妙だった。
首を傾げるメイアは、この件を次の日の実技の際にハリスに質問しようと心に決め、眠りにつくのだった。
____________
朝、メイアとジューンは一緒に教室へ向かう。
2人が教室に入ると妙な雰囲気に顔を見合わせた。
ザワザワと教室の前の方で男子グループと女子グループが分かれて話し込んでいる。
相変わらずクラウスはメイアを見ると鋭い視線を向けたが、すぐに仲間内との会話にもどった。
メイアとジューンは女子グループに近づいた。
「どうかしたの?」
「ああ、お二方、おはようございます」
笑顔で対応したのは女子グループのトップとも言うべき存在のエリカだった。
微笑んだ彼女の表情はすぐに曇る。
「それが一昨日の夜にサンシェルマで火事があったと」
「え……また?」
ジューンは驚愕の様子だった。
構わずエリカは続ける。
「店主のホリーが亡くなったそうです。今、第五騎士団が調査しているみたいですよ」
「そんな……ジュリーのお母さんが……?」
「ジュリー?」
メイアは首を傾げる。
ここに来てから初めて聞く名前だった。
「このクラスの生徒だったのよ。私と名前が似てるからすぐ仲良くなったんだけど、二年前のサンシェルマの事件で……」
「火事で亡くなったの?」
「そ、それが……」
ジューンは口を閉じた。
これ以上は話してられない、そんな表情だった。
そこにエリカが代わりに話を続けた。
「火事の前の日に何者かにサンシェルマが襲われたようで、それで亡くなったんです」
「え?火事があったのは襲われた次の日なの?」
「ええ、そうです」
この話を聞いたメイアは理解に苦しんだ。
恐らく火を放ったのは襲った犯人か、その仲間かであるのは明白ではあるが、わざわざ次の日にそんなことをする理由がわからない。
「実は、今メイアさんが使っている部屋はジュリーの部屋なんです。まぁ、ほとんど部屋にはいなかったのですけど」
「どういうことですか?確か、この学校の女子生徒は寮で生活する決まりだったはず」
「ジュリーは特別に許されてました。サンシェルマの二号店は繁盛していていましたから」
「サンシェルマが繁盛することでジュリーが寮生活を免除される理由がわからないのですが……」
「サンシェルマのスイーツのレシピを考案したのはジュリーだったのですよ。完璧に作れるのは彼女だけだったので免除されていたのかもしれません」
メイアは少し考えていた。
料理は分量さえ間違えなければ誰が作っても同じ味になるはずだ。
考案したのはジュリーだったとしても、極端な話、そのレシピさえあれば誰が作ろうと同じものができるはず。
それに繁盛していたのはわかるが、ジュリーが寮生活できないほどだったのだろうか?
それなら学校にすら来れない可能性がある。
「なによりもザラ姫様がお気に召したスイーツですからね。ですが、またザラ姫様が来られた時にこんな……」
「"また"ということは、前回もザラ姫がこの町にいらした時に事件が?」
「ええ」
「その時の犯人は?」
「盗賊の仕業だったみたいですよ。ちょうどザラ姫様の護衛だったゲイン卿が解決したみたいですね」
「その時はゲイン卿がザラ姫の護衛だったのですか?」
「ええ、そうですよ」
おかしな話だった。
サンシェルマが火事になったのは襲われた次の日、なのに犯人は盗賊。
盗賊がわざわざ戻ってきて放火する意味がわからない。
そして、それを推理したのがザラ姫の護衛であったゲイン・ヴォルヴエッジだ。
これらを合わせると二年前の事件は不可解だとメイアは思った。
そう思考していると、男子グループの方から声がした。
「これも、汚い冒険者なんてアカデミアに入れたからなんじゃないか?」
女子たちが男子グループを見ると、発言したのはクラウスのようだった。
クラウスはメイアを含めた女子生徒たちを冷ややかに睨む。
「クラウス!言葉を謹みなさい」
「エリカまでその女に毒されたのか?ちょっと波動の使い方が上手いからって、いい気になるなよ」
「クラウス……あなた……」
エリカの表情は怒りで満ちていた。
身分が高いからといって、許されるような発言ではない。
だが、クラウスは構うことなく続けた。
「出てけよ平民。場違いなんだよ」
「クラウス!いい加減にしなさい!」
「いい加減にするのはお前だ!エリカ!」
言葉が出なかった。
この場が息苦しく感じたメイアは無意識に走り出し教室を勢いよく飛び出した。
「メイアちゃん!」
ジューンの叫び声が聞こえた気がしたが、メイアは構わず走る。
向かった先は寮の自室だ。
自分が来たせいで教室の空気が悪くなっている気がした。
いくらメイアだったとしても、そんな状況に気持ちが耐えられなかったのだ。
校舎を出て寮へ向かう途中の廊下を曲がる際、メイアは人とぶつかった。
勢いよくぶつかったせいで、メイアは後方に尻をつく形で倒れる。
壁にでも当たったのではないかと思うくらいの衝撃だった。
メイアが顔を上げると、そこに立っていたのは屈強な体つきの男性。
褐色肌にオレンジの短髪。
ブラウンのレザー系の服を上品に着こなすと同時に、張った胸板をチラリと露出させる大胆さ。
さらに気になったのは肌の綺麗さの中にアイシャドウや口紅といった女性的な部分があること。
「あら、お嬢ちゃん、大丈夫?」
その低い声を聞くに、やはり男性だった。
だが、どこか女性感のある口調だ。
「は、はい。すみません」
「いいのよ。怪我は無いかしら?」
そう言って手を伸ばす男性。
メイアはその手を握ると、力強く起こされて立った。
「あら、泣いてるの?」
「え……」
「これを使って」
男性は胸ポケットに備えられたピンク色で花柄のハンカチーフをすっと取るとメイアへと渡した。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。申し訳ないけど、私、忙しいから行くわね」
男性は笑顔で言うと足早に学校の校舎の方へと消えていった。
メイアが渡されたハンカチを見ると、花柄の中に名前のようなものが刺繍してある。
そこには"Myers"とあった。
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