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エターナル・マザー編

訓練

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アカデミアにある学校へと体験入学したメイア。
一つ目の授業は残念ながら自習であったが、次からはちゃんと教師が来た。

授業はこの国の歴史や他の大陸の存在。
国の政治や波動の基礎知識など、普通の平民なら一生知ることができないものだった。

メイアは自分が知り得ない知識をどんどん目の前に提示されることに驚きと興奮がおさまらず、感動していた。
新たな知識を身につけることができるのが嬉しかったのだ。

そして昼食後は高等部、中等部の校舎のちょうど真ん中にある野外訓練場で波動の実技授業がおこなわれる。
野外授業は一日に必ず一回はあり、それは波動を正しく使えるようになるための訓練であった。

教室から訓練場まで移動する。
メイアのクラスの生徒たちは、剣型か杖型の訓練用武具を持ち廊下を歩いていた。
思いの外、学術的な授業よりも生徒たちのテンションが高いように思われる。
そんな中、メイアも同じく、ジューンと並んで歩く。
この数時間ですっかり仲良くなっていたのだ。

「はぁ……この授業は好きじゃないなぁ」

「え?どうして?」

「この学校に入ってから、一度も波動を上手く使えたことなくてさ。メイアちゃんはもう使えたりするんだよね?」

「うん。でも確かに難しいと思うよ。私も冒険者になってから、使えるようになるまで数日掛かったし」

「は……?いやいやメイアちゃん、冗談きっついなぁ」

「え?」

「波動を放てるようになるまでってなると二、三年はかかるって言われてるよ。"数日"なんて不可能だよ」

苦笑いしながら、さらにジューンは小声で言った。

「この中等部で波動をまともに放てるのってクラウス君とエリカお嬢様くらいじゃないかな?」

「クラウスさんとエリカさん?」

「クラウス君は、ほら、さっき絡んで来た男の子だよ」

「ああ」

「エリカお嬢様はメイアちゃんの列の一番前の生徒だよ。クラウス君の隣の席だね」

メイアはエリカという生徒を思い出す。
確か腰までありそうな金色のストレートヘアにキリッとした顔立ちの女子生徒。
"お嬢様"と言われれば、間違いないというような容姿端麗さだったのを覚えている。

「波動数値が貴族並みに高かったら、すぐに使えるようになるんだろうね」

メイアは首を傾げた。
波動を放てるようになるには"イメージ"、"武具へ注ぐ"、"属性変換"と三工程必要で、少しコツがいる。
だがコツさえ掴んでしまえばあとは無意識でもできるようなレベルだった。
メイアは、このジューンの発言に違和感を感じた。


____________



少し風が吹き、砂埃が舞う。
訓練場はとても広かった。
クラスメイトは全部で20人だが、恐らく学校の全生徒が集まっても収まりきるだろう。

クラスメイトの集合場所には、もうすでに講師が来ていた。
土で作られた椅子に体の全体重を乗せるように足を組んで、ふんぞりかえって座る。
右手には授業で使う教科書を広げて、ため息混じりで読んでいた。
左手には訓練用の杖型の武具を持つ。

ブラウンのボサボサ髪に無精髭を生やした清潔感があまり感じられない男だった。
服装は貴族服というよりもレザー系で冒険者に近いラフな格好だ。

生徒たちは私語が多かったが、男性講師が皆に聞こえるように舌打ちすると、一斉に静まり返る。

「まぁ……それじゃあ……座学も含めて波動の実技だな……」

全くやる気の感じられない、その男性講師の姿に生徒たちは眉を顰めていた。
構わず男性講師は手に持った教科を読み始める。
それは異常なまで棒読みだった。

「えー、波動の放出に大事なのは……」

「……」

「数値である。数値が1でも高ければ、それ以下の波動を打ち消す。以上だ」

「え?」

メイアは首を傾げた。
なにせ、それは正しいくはあるが、実際は正しくはない。
基礎ではあるが、"以上"と終わらせるにはあまりにも簡単すぎる内容だった。

「ん?なんだ、お前、新入りか?」

男性講師が一番後ろのメイアを見た。
すると他の生徒も一斉に振り返り、視線を送る。

「はい。メイアと申します。体験入学で数日間ですが、お世話になります」

「ああ、お前がラズゥ家の令嬢の紹介で来たっていう冒険者か」

その瞬間、生徒たちはどよめいた。
メイアが下手な波を立てたくないと黙っていたことだったが、もう一日目でバレてしまった。
ラズゥ家は数百以上ある貴族の中でも大貴族とされ、さらに第三位だ。
生徒たちの反応も頷ける。

「俺はハリスだ。まぁ、お手並み拝見といこう。それじゃ席順でいつも通り"波動放出"の訓練だ。前回同様にまとを用意する。当てられるように頑張れ」

そう言うとハリスは土の椅子に座ったまま、ドン!と杖で地面を叩く。
すると三度轟音が鳴り響くと生徒たちから数百メートル離れた場所に巨大な土の塊が出現する。

そしてハリスは再度、教科書に視線を落とすとあくびしていた。
生徒たちの波動には全く興味が無いようだ。


最初に前に出たのはクラウスだった。
その際、振り向き、メイアは睨まれたような気がした。

クラウスが持っているのは訓練用の剣型の武具だった。
鞘から引き抜いた剣を前に構えると、目を閉じて集中する。
数十秒ほどすると、剣が炎に包まれた。

生徒たちから歓声が上がる。
それが聞こえた瞬間、クラウスは開眼し剣を全力で横に振った。

「はああああああ!!」

撃ち出されのは炎の斬撃。
勢いよく飛ぶ炎は土の塊に到達すると、それを燃やした。
だが、土の塊は残ったままだ。

「すげぇ!!」

「さすがです!クラウス様!」

「かっこいいです!」

彼の取り巻きの生徒が一斉に褒め称えている。
クラウスはまたメイアに視線を向けてニヤリと笑った気がした。

次に前に出たのはエリカだった。
持っていたのは杖型武具。

エリカは土の塊に鋭い視線を向けると、杖型の武具を前に構える。
やはり数十秒ほど集中すると、杖に風が纏い始める。

「風刃……」

一気に杖を横に振うと、風の刃が土の塊目掛けて飛ぶ。
訓練所にズドン!という轟音が響き渡る。
その音が風の刃の威力を物語っていた。
これには女子たちからの歓声が上がる。

だが、それでも土の塊は壊れなかった。

この状況を講師のハリスは全く見ていない。
やはり興味が無いようだ。

ここから生徒たちはそれぞれ波動の放出をしようとするが、波動が分散して放つどころの話ではなかった。
放てたとしても、的には全く届かない。

ジューンが言ったとおり、まともに波動を放つことができるのはクラウスとエリカだけだったのだ。

最後にメイアの番がきた。
クスクスという笑い声も聞こえるが、今のメイアにとってはどうでもよかった。
それよりも気なることがあったのだ。

メイアは前に出ると、土の椅子に座って暇そうに教科書を読んでいるハリスに話しかけた。

「あの、質問があるのですが」

「ん、なんだ?」

「先生の波動数値はいくつでしょうか?」

「なんだと?」

その質問に、さらに生徒たちの嘲笑が聞こえる。

「知ってどうする?」

「いえ、できれば、あの土の塊が先生の波動数値"何回分"で作られたものなのか知りたかったものですから」

「……」

生徒たちは顔を見合わせる。
困惑して、首を傾げる者までいた。
メイアの質問の意味が全くわからなかったのだ。

「あれは30万で作った」

「わかりました。ありがとうございます」

ニコリと笑ったメイア。
その笑顔を見たハリスは姿勢を変えて、教科書を閉じた。
ここにきて初めてハリスはメイアという生徒を見た。

メイアは杖を前に構えた。
そして正面に円を描くように杖を回すと、一瞬で小さな炎の球が7つ出現する。

メイアは一気に杖を横に振る。

「"炎の流星群"」

瞬間、7つの炎の球は連続射出され高速で土の塊にぶつかる。
7つ全てぶつかり終わると土の塊は粉砕され爆炎に包まれた。

生徒たちは唖然としていた。
"あり得ない"、そう言いたげだった。
この授業の目的は、"マトに波動を当てる"というものだ。
誰も破壊するなんて頭に無かった。

ハリスが立ち上がると、土で作られた椅子が壊れて無くなる。

「まさか……あれを破壊するとは……メイアとか言ったな。その歳で"波動連続展開"ができるのか?」

「はい」

「波動数値は恐らく5万ほどだな?」

「そうです。先生の数値は10万ですよね?」

そのメイアの言葉に驚くハリス。
生徒たちも同様だ。
初めてハリスの波動数値を知ったのだ。

「なんで俺の数値がわかった?」

「あの土の塊ができる前に三度大きい音が聞こえました。波動を三回連続展開したのだろうと予想できます。私は先生の波動数値がわかれば、あの土の塊が"いくつ"の塊なのかわかると思った。でもありがたくも最初から答えを頂きました。先生の波動数値がわかったのは、ただその逆算です」

「なるほど。それなりに賢いな」

「恐縮です」

「そんなことより最初の三工程のスピードがずば抜けてるな。俺は元冒険者で多くの波動使いを見て来たが、そんなスピードで波動を展開するは、お前で二人目だ」

「……」

「まぁ、とにかく合格だ。俺から君に教えることは何も無い。恐らく俺と君が戦ったら、俺は負けるだろうな。あのラズゥ家の令嬢の紹介ってのも頷ける」

それだけ言うとハリスは校舎のある方へと歩き去った。
一部始終を見ていた生徒たちは唖然としているが、ジューンや他の女子生徒は歓声を上げながらメイアを取り囲む。

賞賛する言葉をかけられるメイアは初めて同年代に認められて嬉しかった。

だが、それを見ていた高い地位の貴族男子と一部の女子は面白くなさそうに顔をしかめる。
特にクラウスの顔は真っ赤で引き攣っていた。
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