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エターナル・マザー編

ゲイン・ヴォルヴエッジ

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クロードとリリアンは一足遅れてアカデミアへと戻る。
玄関先にはユーゲルと先ほどとは違う騎士がいた。
重厚な鎧を身に纏い、顔が隠れるほどのかぶとを着けた騎士。
羽織る真っ赤なマントは地面につくほどで、歩けば引き摺りそうな長さだった。

ユーゲルは2人に気づく。

「おお、リリアン団長、クロードさん!」

「ユーゲル団長、どうしてここに?姫様から事情を聞くのではなかったのでは?」

「それが、もう休まれるということで部屋にお戻りになってしまったようで……」

「そうか……」

リリアンはため息混じりに一言だけ。
驚きもせず、ただ呆れた様子を見るに、ザラ姫という存在の人間性を理解してのことだろうとクロードは感じた。

「そういえば、そちらは?」

クロードが聞いた。

「ああ、サイフィス・アドラス。今は第五騎士団の副団長です」

「今は?」

「ええ。前にいた副団長は左遷したんです。ちょっと問題を起こしまして」

ユーゲルは苦笑いしながら言った。
そのまま続けて、

「とりあえず応接間へ行きましょう。ゲイン卿とブリハケット施設長がおりますので」

「え、ええ」

いつも気丈なリリアンの表情が曇った。

____________


廊下を歩く4人。
先行するのはユーゲルとサイフィス。
クロードはリリアンと並んで歩く。

気を紛らわしたいのかリリアンが口を開いた。

「そういえばメイアに言ったこと……どういう意味?」

「なんの話だ?」

「学校は波動を学ぶ場所よ。自分が知らないことを知者から学ぶ。あなたが言っていたことを考えると、"生徒同士の馴れ合い"のように感じたから」

「君の話は正しいよ。だが、今のメイアに必要なのは同年代とのコミニュケーションだ。彼女はずっと大人の中にいたからね。精神が成熟した人間との関わりが多かった」

「どういうこと?」

「冒険者は荒くれ者も多いが、ごく当たり前の"道理"はわきまえる。だが、人間社会にはそれに大きく反する者達もいる。どんな人間だと思う?」

「なるほど……"子供"ってことね」

「そう。メイアには前々から話ていたことがあってね。"自分の話はあまりするな、寡黙であって相手の話をよく聞け、そしてその発言をよく思考して、場合によっては吸収し、自分のものにしろ"と」

「……」

「"大人の情報"はおおかた収集できただろう。メイアに学ばせたいのは人間の子供の思考なのさ。それらの情報は必ず将来の役に立つ」

「……あなたは、メイアに何をさせたいの?」

「別に何も。彼女は将来有望だと思ったから、色々教えているだけさ。彼女は……いい母親になる」

クロードは笑みを溢して言った。
納得したリリアンは少し頷く。

会話しているうちに応接間の前まで来た。
ユーゲルがドアを開けると部屋には2人の先客があった。

テーブルの前に置いてある椅子に腕組みをして座っている初老の男性。
白髪でオールバック、高そうなスーツを着込でいる。
彼は落ち着きが無く、足を小刻みに動かしていた。
クロードが見るに、この男がブリハケットなのだろうと思った。

そしてもう1人、部屋の奥の窓際に置かれたソファに腰掛ける騎士らしき服装の男性。
長い白髪を後ろで結い、それを肩にかけて流す。
彫りの深い顔つきで30代後半といったところか。
足を組み、手には本が握られており、そこに視線を落としていた。

「ゲイン卿……」

リリアンの顔が青ざめていた。
恐怖や不安、焦りとさまざまな負の感情が入り混じる。
確かに、この白髪の男、ゲイン・ヴォルヴエッジがいるだけで部屋の空気は凍るように冷たく感じた。

4人に気付き、ブリハケットは入り口を見る。
座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がると、ドン!と机を両手で叩いた。

「これは、どういうことだ!!誰の仕業だ!!」

怒号が響き渡り、ユーゲルが汗をかきつつ部屋の中央まで進んだ。

「これは……その……」

「なんだ、言ってみろ!!」

ユーゲルは次の言葉を発することができなかった。

「ザラ姫が犯人だろう」

それはユーゲルとサイフィスの背後から聞こえた声だ。

「誰だ!!貴様は!!」

「彼は……リリアン団長の……」

「僕はリリアン団長の友人ですよ」

そう言いつつ、クロードは少し前に出た。
ユーゲルとサイフィスは間を開けるようにして振り向く。

「なんだ、この小汚い……いや、リリアン団長殿のご友人……何かの間違いでは……」

「いえ、私の友人のクロードです。彼は私の命の恩人です」

「まさか……メリルお嬢様を犯人にしたという男か……」

ブリハケットの言葉に反応するかのようにパタンと音がした。
部屋の奥、ソファに座るゲインが本を閉じた音だった。

リリアン、ユーゲル、ブリハケット、全員の視線がゲインへと向き、一同が息を呑む。

「ああ、妹を捕縛した男……クロードさん……なかなか面白い名前だね」

「……僕を恨んでいるのか?」

「恨む?何を?」

ゲインは冷ややかだが鋭い視線をクロードへと送る。

「感謝したいほどだ。我が家をけがす不浄な存在を消し去ってくれたのだから」

「消し去ってはないが」

「現に行方不明だろう。まぁ私はそれでも構わん。私の前に二度と姿を見せないのであれば文句などない」

「……」

「それで気になったのだが、"ザラ姫が犯人"だと?」

「ああ」

「なぜ、そう言い切れる?」

「話によると、ザラ姫がサンシェルマから出たところ、あまり時間差もなく火の手が上がったと。もはや姫様しかこの犯行は無理と考えるのが自然だと思うけどね」

「君は……本当にフィラルクスの事件を解決したのか?」

「どういう意味かな?」

「二年前にも同じ事件があったことはユーゲル第五団長から聞いていると思う。同じ場所、同じ犯行……しかも前回も今回もザラ姫の滞在中だ。そして姫様はあろうことか前回疑われている。そんな状況で同じ事件を姫様が起こすだろうか?」

「……」

「仮定の話だが、前回の事件の犯人が姫様だとしよう」

ゲインがそう言った瞬間、ブリハケットが思わず口を開いた。

「ゲイン卿!!」

「ブリハケット施設長……黙っていなさい」

「は、はい……」

ゲインの眼光がブリハケットへと向く。
だが、それをすぐにクロードをへと戻す。

「姫様が犯人だった場合、こんな事件は起こすはずはない。一度、疑われたのに再度、同じような犯行で事件を起こすのはリスキーだ。また、前回の私の推理通り姫様が犯人でなかった場合もしかり。これは動機の面からだが、わざわざ自分の気に入ってる店の店主を殺すだろうか?何の目的があってそんなことをする?」

「動機を推測しはじめたらキリがないだろ。逆に言えば、どんな些細なことだって動機になりうる。僕は状況判断でものを言ってる。夜に店が閉まっているのに、そこから出てきたのはザラ姫、その後すぐに火の手が上がって店主の焼死体が見つかる」

「そうだな。だが、殺して火まで放ったのに、わざわざ正面玄関から出てきたとは頭を傾げる話だ。それに極論ではあるが君はザラ姫がサンシェルマの店主を殺すところを見たのか?」

「いや」

「なら、それ以外の推理もできるではないか。状況判断ならザラ姫が犯人だが、そう仕向ける"ギミック"があるとするなら?」

「ハッキリ言ってもらいたい」

「今回の事件は犯人が他にいる。その犯人はザラ姫をおとしいれるために、この犯行を計画。そしてそれを今日実行した」

「根拠は?」

「それは今から調べる」

無表情だったゲインが少し笑みを浮かべた。
クロードはため息をつくと振り向き、応接間のドアへ向かった。
リリアンを通り過ぎてドアを開けて応接間を後にする。
驚いたリリアンはすぐにクロードを追った。

「クロード!どうしたんだ!」

「なにが?」

「"なにが"って、この事件はどうするの?」

「僕には関係ないよ。ただ状況から見てザラ姫が犯人だとは言ったが、それだけだ。ゲイン卿が調べると言っているのだから任せたらいい」

「それも……そうだが……」

「何かあるのか?」

「この事件は……何か変な気がするのよ」

「変?」

「ええ。メリルの件もそうだったけど、ゲイン卿は何か……いえ……私の考えすぎかもしれないわね。引き止めてごめんなさい」

今にも泣きそうなリリアンの表情を見たクロードは大きく息を吸った。

「君には紹介状の借りがあったな……それを返さねばなるまい」

「え?」

「だが、もしゲイン卿の言うように犯人が他にいてザラ姫に罪をなすりつけようと犯行に及んだとするのなら厄介だよ」

「どういう意味?」

「もし本当にそんな人間がいるとするのなら、"かなり頭がいい人物"だ。ザラ姫の行動を全て把握してなきゃ成立しないからね」

「確かに……」

「今日は遅い、明日の朝にサンシェルマで会おう」

「クロード……でも、ガイはどうするの?」

「今、僕の目の前にいるのは君だ。僕は君を助ける」

リリアンは自分でも知らぬうちに涙が頬を伝った。
その涙を見たクロードはただならぬ事実を察し、この事件の真相を調査することになった。
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