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大迷宮ニクス・ヘル編
夢の狭間で(2)
しおりを挟む数年前の話だ。
奴隷として売られていた彼女の意識に入り込んだニクス・ヘルは、すぐに買った。
高波動でありながら悲惨な過去を持つ彼女に"ケイト"という名をつける。
それはまるで魔物が人間を飼うようだった。
彼女の夢は迷宮の最後の部屋に展開してた。
どこまでも広がる花園。
雲ひとつない青空。
この美しい空間の中に、いくつか違和感がある。
前衛のスキンヘッドの前にある少年の遺体。
花のように広がった血痕。
そして、この非道な行為をおこなったと思われる人物。
メイアたちの数百メートル先にいる黒ずくめで細く背の高いマントの男。
フードは深く被り、顔は見えない。
その中は暗闇のようだった。
"殺風のパズ"
この男の通り名だ。
大勢の人間を殺害し、最後は騎士団に捕まって処刑された殺人鬼。
スキンヘッドは後退りした。
パズの所業を知っていたのだ。
大人子供、男女問わずに殺める冷酷な人間。
「魔物と人間の違いなんてほとんど無いわよ」
姿見えぬニクスが言った。
フィオナが真顔で答える。
「そりゃイカれた人間もいるじゃろうな。じゃがそんなものは一部だ。貴様のような"魔物"という存在は全て殺人鬼だろうに」
「……」
ニクスは答えなかった。
花園はに再び強い風が吹き、それが合図となったのか、黒いフードの男"パズ"はスキンヘッド目掛けて猛スピードでダッシュした。
距離は数十メートルだが数秒で辿り着けるだろう。
「クソ!!」
パズの短刀による連撃。
それをスキンヘッドは持った棍棒を使って、かろうじてガードしている。
そして後方に動きがあった。
「メイア、教えた通りに。お前ならできる」
「はい!」
メイアは杖を前に構えた。
「炎の剣……」
パズが立つ場所、地面に熱が通って真っ赤に染まる。
一瞬にして草花が灰になり、大地から細い炎の剣が突き上がる。
それは、ちょうどパズの顎付近へまっすぐ伸びた。
だが反応したパズは上体を後方へズラし、宙を見るようにして炎の剣を回避する。
そのままバク転してスキンヘッドとの距離を離す。
「なんで今のを回避できんだよ!!」
スキンヘッドの叫び。
構わずパズは左手に持った短刀を逆手に持ち替えると下から上へ、何も無い場所へ斬撃を放つ。
すると爆風が吹き荒れ、それはスキンヘッドへ向かった。
恐らくこの爆風に接触してしまえば無数の斬撃に斬り刻まれてしまう……即座にそう判断できた。
「クソ……俺は、ここまでか……」
スキンヘッドの波動数値は10万。
迫る爆風は恐らく波動数値30万の攻撃。
どうあっても掻き消すことはできない。
スキンヘッドは脱力して自身の死を待った。
そこにフィオナの叫びが聞こえる。
「しゃがめ!!」
「!!」
体は反応できた。
スキンヘッドはしゃがみ、その際に少しだけ振り向いた。
メイアの長い赤髪が熱波で靡く。
杖を持った手で円を描くようにして回すと周囲に炎の球体を6つ出現させた。
「……炎の流星群!!」
「なんだと……波動を六回連続発動……そんなことできるのか!?」
フィオナはニヤリと笑った。
「波動は"イメージを練って"、"武具に注いで"、"属性変換"するという三工程が必要じゃ。基本的に波動発動にはこの三工程を回す。つまり"属性変換させた後"はイメージを練り直さなければならない……というのが波動使いの中では常識じゃろう」
メイアは一気に杖を横に振った。
6つの炎の球は凄まじいスピードで撃ち出されて、爆風に当たる。
一つ、二つ、三つと炎の球は爆風に当たるが掻き消せない。
だが、四つ、五つ、六つ目と連続して当たると、完全に爆風は消えてスキンヘッドの目の前ギリギリの場所で爆炎を上げた。
「炎の剣・六天!!」
メイアが杖を掲げる。
その後は一瞬の出来事だった。
パズが立つ地面から炎の剣が6本突き上がる。
炎の剣はパズの体を串刺しにして瞬く間に消えてしまった。
同時にパズも灰になり消えていく。
スキンヘッドは唖然としていた。
以前、カレアの町でメイアの波動数値を聞いていたが確か"5万"だったはずだ。
理屈はわかる。
5万を6つぶつければ30万にはなる。
だが、それは理屈であって、やっている事は単純ではない。
なにせ"イメージを練る"のと"武具に波動を注ぐ"のには時間が掛かる。
「どうなってるんだ……?」
「メイアはもう波動のイメージを練ってないんだ。その工程を飛ばしてる」
「は?意味がわからない……じゃあ、なんで形があるんだ?イメージしなければ属性転換する時に波動が分散して形が無いはずだろ」
「少し言葉が悪かったな。"イメージを練る"のは一回目だけでいいんだ。その次の"武具へ注いで属性転換"という部分を一定時間内に終わらせることができれば、次の武具へ波動を注ぐという行動に前回のイメージが引き継がれる。メイアはただ波動を武具に注いで属性転換という二つの工程だけを高速で5回繰り返しただけなのさ。集中力さえ途切れなければ体力次第で無限に波動を展開できる」
「なんだそれは……聞いた事ねぇぞ」
「わかっててもできる人間は少ないだろうさ。だから聞いても嘘だと思って広まらない高等技術。メイアは出来が良かった。たった何度か戦闘しただけで、この"波動連続展開"のコツを掴んだのだからのう」
スキンヘッドは絶句した。
初めて知る波動技術もさる事ながら、一番最初、カレアの町で出会った時にバカにした少年の妹は明らかに"波動の天才"だった。
「おしゃべりはここまでじゃ。まだ本命が残っとる」
フィオナの言葉に反応するかのように花園に姿をあらわした青い肌の少女。
全身に青薔薇のタトゥーを纏う。
鋭い眼光でメイアたちを睨んでいた。
「まさか……そんな子供に私の幻影が負けるなんて」
「ニクス・ヘル……最後は貴様じゃ。長年のケリをつけようじゃないか」
「それは無理よ」
「なんじゃと?」
瞬間、凄まじい殺気があった。
メイアたち3人は周囲を見渡すと、そこには無数の黒ずくめの男が立っていた。
それは紛れもなく"殺風のパズ"だった。
その数は100を超えると思われる。
「な、なんなんだよこれ……」
「なんという数なの……」
「ニクス・ヘル……貴様」
ニクスは高笑いした。
この状況で生きて帰れるとは思えない。
いくらフィオナとメイアが強いからと言っても限界がある。
「さぁ、今度はあなたの頭の中を覗かせてもらおうかしら……フィオナ・ウィンディア」
「……」
ニクスは一歩踏み出した。
"これで終わり"、そう思って完全に勝利を確信してた。
だが、すぐにニクスは表情を強張らせた。
「なぜ?ありえない……町が……私の夢が……」
ニクスがそう呟くと周囲に変化が起きる。
黒ずくめのフードの男たちは灰が舞うように全て消えた。
さらにニクスが展開していたケイトの夢、花園も消えていき、薄暗い円形の部屋に戻った。
「今じゃな」
フィオナはその場から消えた。
瞬間移動した先はニクスの目の前。
「!!」
「この距離なら回避できまい」
フィオナは杖の先端でニクスの胸に触れた。
「"ストーム・ムーブ"」
ズドン!!という轟音が部屋に響き渡った。
無表情に後退りするニクスの胸には拳台の風穴が開いていた。
そして、そんなニクスの体はだんだんと灰になっていく。
「私が……負ける……人間程度に……だけど……この気配は……まさか、あの方が……」
「何を言ってる?」
「私は用済み……ということなのね……」
「もう一度聞く、貴様の"主"はどこにいる?」
ニクスは笑みをこぼす。
そのまま黒く灰になって、ニクスの体は消えていった。
この出来事に共鳴するかのように、砂の迷宮は大きな音を立てて崩れ始めるのだった。
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