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傭兵稼業はほどほどに
傭兵稼業のはじめかた
しおりを挟む二週間ほど前
早朝、ヴォルフはゲーム内の自宅にいた。
広大な敷地に植えられた農作物を一望し、満足そうな表情を浮かべる。
「いやぁ、絶景だな」
ヴォルフが買ったのは人里離れた山奥の土地だった。
周りは森林地帯が広がり、丸く造った畑地帯のど真ん中に家がある。
農業系配信を始めてから数週間は過ぎただろうか?
数日前にあった"初心者狩り事件"で少しはリスナーが増えると思ったが特に変わらなかった。
やっぱりあんな人間の配信に顔を晒したからって、ほのぼの系は見に来ないか。
そう思っていた矢先、何やら畑の向こう側で手を振るプレイヤーがいるのが見える。
おかしい。
誰にもこの場所は知られていないはず。
ヴォルフは目を細めて見ると女性プレイヤーが3人いる。
嫌な予感がした。
そういえば、この前の事件で1人だけフレンド登録をした人物がいた。
名を確か……"レモンママ"
________________
ヴォルフの家はSサイズの平屋だ。
別に1人でいるならこれで十分だし、誰も客を招く予定もなかった。
しかしなぜか今、目の前には3人の女性がいる。
中央に置かれた木造りのテーブルにインテリアとしてスツールを4つ置いているが、その3つに座す女性たち。
丸々と太った体型の女性プレイヤー。
金髪ロングヘアの綺麗な女性プレイヤー。
そして初めて見るショートボブの青髪、魔法使いローブを着用した女性プレイヤーだ。
「そ、それで何の用かな?」
「いきなり来て迷惑でしたよね」
言ったのは金髪の女性プレイヤーだ。
確か名前は"レナ"とか言った気がする。
「まぁ驚いたけど……何かあったの?」
「それがですね、この子を助けて欲しいんです!」
丸々と太った女性プレイヤー。
彼女は"レモンママ"だ。
そして彼女が紹介したのは青髪の女の子。
この女子とは初対面だった。
「はじめまして、コムギと申します」
コムギと名乗った青髪の女の子は悲しそうな表情でぺこりと頭を下げる。
これは何か厄介ごとに巻き込まれる……そんな気がした。
ヴォルフは3人と一緒には座らずにいた。
これ以上、聞けば面倒なことになりそうなので帰ってもらおうと口を開こうとした。
しかし先に言ったのはレモンママだった。
「今回の迷える子羊です」
「今回の?……前回ありましたっけ?」
「前回はあたしです」
いや、どちらかと言えば前回はレナだろう。
そんなツッコミをしたかったが、さらに話がややこしくなりそうなのでやめた。
「事情を聞こうか」
ヴォルフは目頭をつまみながら聞いた。
完全に流れは女子たちにある。
「この子が所属するコミニュティリーダーがアイテムの窃盗犯らしいんです」
「どういうこと?」
「詳しくはこの子から聞いて下さい」
レモンママは隣に座っていたコムギにバトンタッチする。
コムギは俯きながらも静かに語り出した。
「少し前に私がコミニュティの共有ボックスを使用した時なんですが、取り忘れがあって戻って見てみたら中身がカラだったんです」
「ということは1回目に君が見たときにはあったはずのアイテムが無くなってたのか」
「はい。次にボックスを使っていたのがリーダーで、私が再度中身を見たらアイテムが全て無くなっていました。この日の昼は私とリーダーしかインしていなかったので確実かと」
「なるほど……それだともうアイテムは返ってこないな。他のメンバーには言ったのかい?」
ヴォルフは"言っていないだろう"という予想で聞いた。
なにせ、このとき2人しかボックスを見ていないのであれば2回目にリーダーが利用した時にボックスからアイテムを全て抜き取ったということは彼女の証言でしかない。
つまり3回目に使った彼女が全て抜き取った可能性もある。
自ずとコムギも疑われる立ち位置なのだ。
だが、コムギの返答はその考えに反していた。
「みんなには言いました」
「マジか」
「ええ。みんなわかってましたから、リーダーの盗み癖」
「ああ、そういうことか。つまり仲間内だと最初から犯人はわかっていたのか」
「はい。でもゲーム内ですので証拠が無くて……サークル仲間もいざこざが嫌でみんな辞めていったんです」
「君は辞めなかったの?」
「私はこのゲームが好きなので」
この言葉にヴォルフは心を動かされた。
同じキングスレイバースプレイヤーとして何とかしてあげたい。
しかしコムギのトーンはさらに下がる。
もう諦めている様子に見えた。
「でも、いつもリーダーにダンジョン攻略に付き合わされて疲れてしまって……私も辞めようかなと思ってます」
「ちなみに今どこのフィールド?」
「中級者フィールドのラストダンジョン手前です。2人だとクリアできないし、他のプレイヤーの力を借りようにも、そのプレイヤーさんたちもクリアできずに足踏みしてまして」
「ああ、あの洞窟か。まぁ確かに厄介なデメリットがあるね。ゲームの性質上アイテムは沢山持てるけど、それを逆手にとったダンジョンなんだよな。敵も結構強いし、越えられないプレイヤーは多いと聞く」
「ええ。なので、ある有名プレイヤーさんに傭兵依頼を出しているみたいです。全然返事がこないですけど」
「ちなみにその有名プレイヤーってのは?」
「"ラディアさん"という方です」
その名を聞いたヴォルフはニヤリと笑った。
何やら悪いことを企んでいるような表情をしている。
そしてステータス画面を表示して操作すると、誰かに発信したのか呼び出しコール音がしていた。
何度かのコールで相手が出た。
「なんだよ……今、睡眠中だ」
「ようラディア、久しぶり」
このやり取りにスツールに腰掛けていたレモンママが飛び跳ねて立ち上がる。
誰もが知る有名プレイヤーの登場だった。
構わずヴォルフは今回の件と自分の考えた"計画"をラディアに話した。
「なかなか面白い企画を考えたね。でも今、私はインできる環境にいないから代役が必要だよ」
「代役ならいる」
そう言ってヴォルフはレナに視線を送る。
視線に気づいたレナは勢いよく左右に首を振った。
「無理です!無理です!私、このゲーム始めてまだ一ヶ月ですよ!?」
「特訓すれば大丈夫さ。なぁラディア」
「へー、めちゃくちゃ面白そうね。初心者プレイヤーが私の代役をやるなんて前代未聞よ。そうだ、私が前に使ってた"白銀龍の鎧"と"闇喰の剣"あげるから配信してよ。絶対バズるわ」
「おいおい、そんな高額装備を簡単にあげるとか言うなよ」
「別にいいわよ。いらないから」
レナは今回の事件がただならぬ方へと進んでいると思った。
しかし、それ以上に気になるのはラディアがレナにあげると言った高額装備だ。
「あ、あの、その装備っていくらぐらいなんですか?」
「今のレートなら日本円で"五十万円"くらいかしら」
「え……」
レナはそのまま言葉を失う。
だがヴォルフから更なる追い討ちがあった。
「鎧だけでな。剣も同じくらいする」
つまり合わせて百万円もする装備をラディアはレナにあげようとしていた。
「そ、そんな高額なもの受け取れません!」
「いいのよ別に。宝くじにでも当たったと思って資産として持っておきなさい。あとでお金に困ったら売ってしまっても構わないわ」
それを聞いたレナはしばらくの間、放心状態となっていた。
そんな中、不意に思い出したようにヴォルフが言った。
「そういえば配信って言ってたけど、俺は農業系の配信者だぞ」
「いいじゃない。"ざまぁ系配信"したら」
「いやいや、農業系配信者がいきなり、ざまぁ系配信したら視聴者ビビるだろうが」
「大丈夫よ。農業系なんて誰も見てないでしょ」
ラディアの心ない言葉に深い傷を負いつつ、ヴォルフはさらに計画を練った。
そして今までに類を見ない、"初心者プレイヤー(レナ)を特訓して強くして、ざまぁ系配信に繋げる"という謎の企画がここに始まったのであった。
レナは寝るのも惜しんでマッピングとモンスターの弱点を勉強し、何度もヴォルフと共にダンジョンに潜って特訓した。
一週間経つ頃には、たった1人だけでボス部屋まで行けるようになっていた。
こうしてレナのお陰で、まさかの"特訓型ざまぁ配信"は成功に導かれた。
この配信の成功によってレナは高額装備一式、ヴォルフは視聴者獲得、コムギは復讐成功という結果を得ることができた。
ラディアはこの配信を見て満足した。
しかし最初にコムギを連れてきたレモンママには一切の報酬がなく、枕を涙で濡らしたというのは数日後に聞いた話だ。
傭兵稼業はほどほどに 完
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