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最終章
アゲハとアルフィス
しおりを挟むアルフィスは昼頃に風の国の中央、レイメルに到着した。
到着するまでに、人里離れた村に立ち寄り、燃えたフードの代わりになる、ボロボロのフードを手に入れて、それをまた着ていた。
アルフィスには現在、全くと言っていいほど、お金が無かったのだ。
目立つのを嫌がってかフードを深く被り、二つ名特典の待ち列免除も使わずに長時間掛けて町へ入る。
向かった先はクローバル家だった。
屋敷に近づくにつれて、アルフィスの鼓動はなぜか早くなり、さらに顔が少しほてる。
そんな自分の心に構うことなく、アルフィスはクローバル家の門の前までくると、深々と被ったフードを脱ぐ。
「久々だな……」
アルフィスが門を潜ると、1人のメイドが屋敷の方から小走りでやってきた。
「アルフィス様!お久しぶりです!」
「おう!アンジェラか」
それはクローバル家に支えるメイドのアンジェラだった。
アルフィスの目の前まで来ると、息を整えて深々と頭を下げた。
「お待ちしておりましたー!」
「なに?」
その言葉を聞いたアルフィスは首を傾げる。
ここに来ることは誰にも伝えていない。
もちろん、当主のアゲハにもだ。
これは完全にサプライズ訪問だった。
「お茶のご準備できておりますので、中庭の方へどうぞ!」
「あ、ああ」
何がなんだかわからないまま、アルフィスは屋敷へ招かれ、室内を通って中庭に出た。
花々が多く咲き乱れる中庭。
中央には石造りの小さな建物があった。
屋根があり、少し高くなった土台の上に、少し大きめのテーブルが置かれている。
向かい合わせで二つだけ椅子があり、一つには女性が座っていた。
「来ましたね。アルフィス」
ショートカットの黒髪の女性は笑顔でアルフィスを迎えた。
黒のノースリーブのセーターに白いカーディガンを羽織り、黒いジーンズを履いている。
「久しぶりだな。アゲハ」
アルフィスも笑みを溢すと、席に着いた。
するとアンジェラがカートでティーセットを持ってきた。
すぐにアルフィスとアゲハの前にハーブティーが用意される。
「そのボロボロの服はどうしたんですか?それに、その髪……老けましたね……」
「金がねぇんだよ。家が燃えちまったからな。それに、この髪は白髪じゃねぇ」
「燃えた?アメリア様は無事ですか?」
「大丈夫だ。親父とレナードは死んだがな」
「そう……でしたか……」
アゲハは悲しそうな表情をした。
それを見たアルフィスはすぐに話題を切り替える。
「それより、なんで俺が来ることがわかった?」
「え?ああ、カトラです」
「カトラ?あの銀髪の子供か」
「ええ。彼女が言ってたんです。近々、"炎の男"が来ると」
「なんだそりゃ?」
「私にはすぐわかりましたけどね。"炎の男"と言ったらアルフィスしかいないと」
アルフィスは頭を掻く。
今まで、そんな呼ばれ方はされたことはない。
「でも、少し遅かったですね。カトラの話だと昨日のはずだったんですが」
「この国に入ってすぐに、今年卒業のルーキーと会ってな。助けてたんだよ。南西の森で死にそうだったからさ」
「へー」
「なんだよ、その顔は」
アゲハはニコニコしながらアルフィスを見ていた。
「それで、どうしてここまで?」
「約束したろ?俺の故郷の話をするって。それに、お前が別れ際に言いかけたことも気になったんだ」
「え?あ、ああ……あれは気にしないで下さい」
声が裏返ったアゲハは顔を少し赤らめていた。
その反応にアルフィスは首を傾げる。
「それで、どんな所なんですか?故郷というのは?」
アゲハはそれが凄く気になっていた。
自分の師匠であったカゲヤマリュウイチも、アルフィスと同じ日本出身であることは、あの事件で知っていたからだ。
アルフィスは大まかな世界観を、アゲハに説明した。
興味深々で聞くアゲハは、お茶を飲むのも忘れるほどだった。
そしてアルフィスは自分の事を語り始めた。
それは今まで誰もにも言わなかった、秘めた思いだった。
「俺は喧嘩ばっかしててさ。母さんに心配させっぱなしだった。だが、なぜか詮索はされなかったんだ。俺が何をやってるか」
「……」
「そして、喧嘩した次の日のことだ、母さんが死んだ。殺されたんだ。俺はキレちまって復讐しに行った。それで俺は不意打ちされて死んじまった」
「死んだ?」
「ああ。それで、こっちの"アルフィス・ハートル"に呼ばれた。そして、アメリアを助けることを条件に、強くなる方法を教えてもらったのさ」
「なるほど……ですが、何の関係も無いアメリア様を助けるために命懸けで水の国へ行くとは」
「俺は戦って気を紛らわせたかったのさ。目を背けたかったんだよ。自分のせいで母さんが死んだ事実からな」
「アルフィス……」
「必死に忘れようとした。だけど、こっちの母さんを救うために必死に戦ってたらさ、どっかで、"俺の母さんも……"って思い始めた」
アルフィスは今まで見たこともないような悲しげな表情だった。
アゲハは少し目に涙を溜めていた。
「このまま進めば、もしかしたら救えるかもしれない……それがわかった後、火の国で出会ったヴァネッサという女の子と一緒に旅をしたんだ」
「ヴァネッサ……」
「今年の卒業生でな。魔法使いになりたいとかいう変わった女子だった。俺は、その子を、この手で殺めてしまった」
「どういうことですか?」
「黒い薬だ」
「まさか……あれは皆で手分けして回収したはずです!この国にもあったので全て回収して燃やしました」
「まだ残ってたんだ。ケルベロスのトップであるアルフォードがヴァネッサに渡した」
「そんな……」
「水の国でアインの妹を救った"癒しの薬"と俺の魔法で治ると思った……だが、無理だったんだ。竜血が濃すぎて、浄化したらヴァネッサの体の細胞ごと破壊してしまったようだ」
「アルフィスのせいでは……」
「俺が強さを求めたせいだ。前世もそう、この世界でもそう。俺が動くとロクなことねぇよ」
アルフィスは笑みを溢す。
それは自分の行動の軽率さや、甘さを恥じてのものだ。
「ヴァネッサという女子生徒は覚えてますよ。紫色の髪の子でしょ?」
「あ、ああ、そうだ。なぜそれを?」
「聖騎士学校時代、実技テストの最初の相手でした。剣を持つ手が震えてて、戦う気は全くなかったみたいですから、剣を弾いて終わりましたけど」
「あいつらしいな……」
「アルフィスは……彼女のことが好きだったんですね」
アゲハの不意な言葉に一瞬動揺するが、アルフィスはすぐに口を開く。
「なんでそうなるんだよ!俺は、お前が……」
「え?」
「な、なんでもねぇよ」
アゲハは首を傾げた。
一体、何を言いかけたのか気になった。
「と、とにかく、そんなんじゃない。俺はただ、自分の行動が人を不幸にしてる気がしてさ。昔みたいに」
「だから、迷ってるんですか?王に挑むことを」
「……なんで、それを?」
「ここに来る理由は迷ってるからでしょう。このまま王に挑むことで、また周りに不幸の波紋が広がることを恐れている……違いますか?」
「……」
アルフィスは少し視線を落とす。
目の前に置かれたティーカップを取り、すっかり冷めたハーブティーを啜った。
「確かに、救えない人はいたかもしれない。だけど、私がここにいるのは、あなたがいたからですアルフィス。あなたに救われた人間は大勢いる」
「まぁ、そうだが……」
「学生時代、リナとロイと戦った後、私をまだバディと言ってくれた。私は、あの言葉に救われた。そして一緒にベルートまで行った旅のことは一生忘れません」
「アゲハ……」
「私は、後にも先にも、あなた以外とバディを組むつもりはない。それは、あなたが私にとって最高のバディだったからです」
アゲハの言葉に恥ずかしくなったアルフィスは鼻を掻く。
だが、その言葉はアルフィスにとって最高に嬉しい言葉だった。
「さっきの話に出てきたルーキーだってそう。アルフィスがいなければ死んでいた」
「確かに……」
「決めるのはアルフィス、あなた自身です。ですが、私の知ってるアルフィスは必ず前に進む。この先にあなたの求めるものがあるのなら、進むべきです」
「俺は……」
「これが最後なのでしょ?最後くらい気楽にいきましょう」
アゲハは笑みをこぼし、アルフィスを見た。
その笑みに釣られるようにアルフィスも笑顔になる。
「ああ……お前もわかってきたな」
「ええ。あなたとは付き合いが長いですから」
中庭に強い風が吹く。
その風をアルフィスは目を閉じて感じた。
もしかしたら、この戦いで命を落とすかもしれない……
だが、その先にあるものがアルフィスには諦めきれなかった。
「俺は……火の王に挑む」
「それでこそアルフィス・ハートルです」
アルフィスの真剣な表情に、アゲハは少し顔を赤らめ笑みを溢す。
アルフィスは自らの願いを叶えるため、火の王に挑むことを決意した。
____________
夕刻、クローバル家の屋敷の門前、アルフィスに向かい合うようにアゲハが立つ。
「行くんですね……アルフィス」
「ああ。アゲハ……本当にありがとう」
「こちらこそ」
2人の会話はこれだけだった。
お互い、これが最後の別れだとわかっていた。
このまま話をしていたら、どちらも自分の本当の気持ちを打ち明けてしまうと思った。
"愛してる"
たった一言だが、とても深い言葉。
言ってしまえば決意が揺らぐ。
アルフィスもアゲハも、お互いが、それを理解していた。
去り際、アルフィスは少し振り向く。
そして2人は笑顔で小さく手を振り合い、それを"最後の別れ"とするのだった。
____________
火の国 中央ラザン
火の塔の前には人通りはほとんど無かった。
門の前には、たった1人だけ立つ。
「遂に、ここまで辿り着いたのか……俺は」
アルフィス・ハートル。
間違いなく、この世界で最強の魔法使い。
たが、それ以上の存在が、この塔の最上階にいる。
アルフィスが火の塔の門に触れた瞬間、大地が揺れた。
それは激しい揺れだったが、アルフィスは全く動じず、その門を開けた。
門の先には螺旋階段があった。
アルフィスは一歩一歩、踏みしめるように上る。
数分、数時間とゆっくりと上がっていくが、その度に過去の思い出が走馬灯のようにフラッシュバックしていた。
魔法学校……
水の国……
風の国……
土の国……
火の国……
出会った者たちを全て思い出す。
そして最上階、アルフィスが辿り着いた場所には塔の入り口よりも大きい門が目の前にあった。
アルフィスは、それを両手で押す。
門はゆっくりと開き、同時に凄まじい量の熱波と焦げた匂いが吹き出してきた。
門を開け切ると、焦げ跡がある黒壁があらわになる。床には一本だけ赤絨毯が敷かれ、それが、この広い部屋の奥まで伸びていた。
奥には玉座があり、その椅子は炎が燃え上がるように天井まで届く形状をしている。
椅子に座る1人の男。
銀色のボサボサの長髪に赤が少しだけ混ざる。
黒いレザーパンツの男で、目つきが鋭い。
その瞳は燃え盛る炎のように真っ赤だった。
足を組み、肘掛けに肘を置き、拳を作って頬に当て、鋭い眼光でアルフィスを見た。
「ようやく来たな。挑戦者なんて何百年ぶりだろうか。名を聞こう」
「アルフィス・ハートル。あんたがロゼか?」
「いかにも。アルフィス・ハートル……なるほど凄まじい闘気だな」
「あんたの闘気は見えないな」
アルフィスはこの部屋に入った瞬間から、目を凝らし、目の前に座るロゼを見るが、全く闘気を放っている様子が無かった。
「本当に見えないのか?まぁ、そうかもしれん」
「どういうことだ?」
「俺の闘気は、この部屋に収まりきらないからな」
その言葉を一瞬考えたアルフィスだったが、すぐに息を呑む。
この部屋に溢れんばかりに充満した熱気があるが、それが全てロゼの闘気。
もうすでに、この部屋に入った瞬間からロゼの闘気にアルフィスは触れていた。
「さぁ、お手並み拝見……どこからでも来い」
「座ったままとは、舐められたもんだな」
「俺を、この椅子から立たせた挑戦者は今まで一人もいない。風の王レノですら不可能だった。お前に、俺を動かすことはできるか?」
「上等だ……やってやる」
「数百年ぶりの挑戦者だ、頼むから一瞬で終わるなよ。存分に、この俺を楽しませてくれ」
「そのツラ、ぶちのめしてやるぜ」
その言葉にロゼはニヤリと笑った。
アルフィスが前に出ると、後方の門がゆっくりと閉まる。
この世界で最強の2人。
アルフィス・ハートルにとっては最後の喧嘩。
"真紅の炎"と"漆黒の炎"の戦いは幕を開けるのだった。
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