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火の国編
黒穢れのレディ・ナイト(1)
しおりを挟む火の国 中央ラザン
セレスティー家
夕刻、日は落ちかけていた。
焼けて倒壊したセレスティー家の屋敷を背負うようにして立つアルフィスは、数十メートル先の黒い鎧の女騎士を睨む。
その鎧の左背中には3本の細い羽根があり、胸元には、ただ一点だけ小さく光る赤い宝石のようなものが埋め込まれている。
さらに体全体から禍々しい漆黒のオーラが漂っているが、アルフィス自身、今まで経験したことのないほどの異様な気配に警戒心を強めていた。
アルフィスの後ろにいるセレンとレイアも息を呑む。
この黒い女騎士の強さは尋常ではない。
セレスティー家には恐らく空を飛んできたと推測される。
黒い女騎士が着地したであろう場所は、少しクレーターのように地面がへこんでいた。
空を飛ぶなんてことができる聖騎士、いや、人間はこの世界には存在するはずは無かったのだ。
「なんだ……この違和感は……」
アルフィスの言葉だった。
眉を顰めて、黒い女騎士を見る。
女騎士は広げていた羽を鎧の中に収納すると、徐にしゃがみ、地面の"影"から、ゆっくりと剣を引き抜く。
その剣からは、さらに大きな漆黒のオーラが放たれ、見ただけで吐き気を感じさせるほどだ。
「そうか……こいつ、やべぇ気配してるくせして闘気が見えない……」
それがアルフィスの違和感だった。
数十メートル離れていても、普通なら闘気は見える。
子供でも"モヤモヤとした闘気"はあるくらいだが、目の前の黒い女騎士からは、それが見えなかった。
瞬間、ほんのわずか、極細い白い糸のようなものが左から右へ、アルフィスの前を横ぎる。
「なんだ!?」
目の前には、もう黒い女騎士がいた。
凄まじいスピードで右手に握られた漆黒の剣を左から右へを振るう。
アルフィスは、すぐさま反応すると、上体を後ろへ倒して横振りの斬撃を回避する。
振り切られたモーションを目で追って確認すると、アルフィスはすぐに上体を起こし、そのまま顔面狙いで、右ストレートを放った。
「爆炎衝撃!!」
その攻撃は黒い女騎士の兜に直撃する。
凄まじい爆発は2人の体全体を包み込み、爆煙が上がった。
爆発の衝撃で、吹き飛ばされた黒い女騎士は黒煙から飛び出す。
空中で後ろに一回転すると、何事もなかったように着地するが、黒い兜には少しヒビが入った。
「なんて硬さだ……今ので破壊できんとは……」
「……」
「しかし……お前……いや、そんなはずはない……」
アルフィスが、そう呟くと同時に、黒い女騎士は剣を地面に擦り付けるように下から上への斬撃を放つ。
その斬撃は"巨大な黒い衝撃波"となり、アルフィスへと向かった。
「見えてないわけじゃない……ただ、見えづらいだけだ」
アルフィスは地面を踏みつけるように、足を前に出して蹴る。
その瞬間、地面は"黒い衝撃波"へと向かって割れ、さらに"黒炎の柱"が吹き上がった。
「"烈震発火"」
"黒い衝撃波"と"黒炎の柱"は相殺し消える。
お互いが、それを確認すると、2人はビュン!とすぐにその場から消えた。
一直線、地面に"黒い炎"が走り、それに向かうように"黒い瘴気"が地面を走る。
瞬く間に、その二つは出会い、真っ黒な波動が周囲へと広がった。
アルフィスの右ストレートと、黒い女騎士の両手持ち縦切りが衝突したのだ。
数秒、押し合いが続くが、二つのパワーは同等だった。
2人は、ぶつかった衝撃でどちらも数十メートル空中へ吹き飛ばされる。
最初に着地したのは黒い女騎士。
すぐさま剣を下に構え直すと、前に身を乗り出しダッシュ体勢だ。
だが、アルフィスは、空中で停滞中に行動を起こしていた。
相手に向かって左の手のひらを広げると、そこに黒い炎がどんどん吸収されるように集まる。
「"魔力収束"……」
アルフィスの言葉に反応するように、炎は高速で一点に集まり、大きい黒炎の玉ができる。
しかし、それはすぐに小さくなり、最後にはビー玉程度の大きさになる。
「"炎龍巨星"」
アルフィスは右拳を腰に溜める。
空中ではあったが、そこから渾身の右ストレートで黒炎の玉を殴り、振り抜いた。
黒炎の球は"線"になって、ハイスピードで飛ぶ。
まさにレーザー砲だった。
"漆黒のレーザー砲"の到達は一瞬。
反応した黒い女騎士は剣を横に振る。
レーザーは横に真っ二つに切られていくと、"線"は歪に地面に落ち細く抉った。
黒い女騎士は剣で斬っている際中に、凄まじい量の黒い瘴気を周囲に放ち、その粒子でレーザー砲の威力を軽減させる。
そのまま剣を振り抜くと、衝撃波で残りのレーザーを掻き消してしまった。
「マジか……かなりの魔力入れたんだぞ……」
驚きつつ、アルフィスは地面に着地した。
なぜかわからないが、アンチマジックの能力を帯びていない黒い瘴気たが、明らかに"レーザー"という攻撃の弱点を見抜いて放ったものだった。
レーザーは水蒸気や煙など、大気中に漂う粒子で威力が落ちる。
瞬間、またも細い糸のようなものが、アルフィスの胸の辺りへ伸びてきた。
「もう、わかってるぜ!!」
左腰に魔力を集める。
黒炎はすぐさま剣の姿へ変わった。
目の前に一瞬で現れた黒い女騎士は、アルフィスの胸目掛けて、突きのモーションを取っていた。
それは完全に心臓狙い。
だがアルフィスは冷静だった。
「天覇一刀流・雷打!!」
左腰に構えた黒炎剣を引き抜き、柄頭を黒い女騎士が持つ剣の刃部分に当てる。
すると、バンザイする形で仰け反り、体が無防備になった。
黒炎剣は、すぐにアルフィスの両腕のガンドレットに吸収され、腕に大きな黒炎を纏う。
アルフィスはそのまま、左足を一歩前に踏み出し、左拳のボディブロー。
ズドン!という爆発音と衝撃波が周囲に熱波となって広がる。
痛みからか、顎が下がった瞬間、右拳のアッパーを、ヒビが入った黒兜へと叩き込んだ。
右拳も大きな爆発を起こし、黒い女騎士は吹き飛び地面を転がる。
転がりざま、片膝と剣を地面に突き、しゃがみ込むようにして耐えた。
俯きつつ、ゆっくり立ち上がる黒い女騎士を、アルフィスは鋭い眼光で睨む。
今の攻撃によって、黒い女騎士の兜が徐々に割れた。
そして砕けた兜の破片が全て地面に落ちる。
あらわになったのは、肩にかかるほどの三つ編みで全て銀色の髪。
アルフィスを冷ややかな眼差しで睨む、その顔はやはり女性。
その顔には見覚えがあった。
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「アルフィスさん……」
眼鏡はかけておらず、目は真っ赤で、顔には黒い血管が這うように浮き出る。
そして女性にしては低い声。
薄々はわかっていた。
アルフィスが見た、"極細い白い糸"はヴァネッサの闘気だったのだ。
この禍々しいほど歪んだオーラは何度もアルフィスが戦った敵。
それは完全に"魔人"のものだった。
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