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火の国編

聖騎士学校の劣等生

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セントラル 三年ほど前


聖騎士学校の校内は盛り上がっていた。
入学初期に実施された学力テスト。
その結果発表が今日だったからだ。

校内に貼り出される順位表を、女子生徒の皆が見に来ていた。
貼り出された用紙は大きく、名前がびっしりと書かれており、自分の成績を見つけ出すのは至難の業に思える。

その結果を見に来ているグループは二つに分かれている形だった。

「凄いです!この人数の中、アゲハ様がトップです!」

「これはもう学年最強と言ってもいいかもしれませんね!」

「どんな殿方とバディを組まれるのか楽しみです!」

黒髪でポニーテールの女性、アゲハ・クローバルは最前列にいた。
自分の結果を見て、安堵すると同時に、周囲の期待がアゲハを緊張させた。

「え、ええ……ありがとう……」 

そして、その隣に立つのは、前で腕を組んだ金色の巻き髪の女性。
明らかにアゲハよりも取り巻きが多く、ひときは目立っていた。

「マルティーナ様が二位だなんて……ありえません!」

「何かの間違いでしょう!」

「マルティーナ様!これは抗議しにいきましょう!」

マルティーナ・ローズガーデンの後ろに立つ取り巻き達は殺気立つ。
アゲハや、その取り巻き達を睨む有様だった。
だが逆にアゲハの取り巻き達はニヤニヤしながら、それを見た。
今、ここで戦争が起こってもおかしくない状況だった。

そこにマルティーナが笑みを浮かべ、それを制止する。

「やめなさい。見苦しい」

たった、その一言で、その場は緊張感が張り詰めた。

「お父様は魔法学校では二番どころか、いつも最下位だった。ですが、一年の対抗戦で優勝していますわ。"人は成長を続けている、いつでも順位なんて入れ替わる"と……お父様は言っていた」

その言葉にマルティーナの取り巻き達は、顔を見合わせて笑みを溢す。

「アゲハさん。対抗戦、楽しみにしてますわ」

「は、はぁ……」

マルティーナはそれだけ言うと、高く笑い、取り巻き達と去っていった。
アゲハは苦笑いしながら、その様子を見ているのだった。

「それにしても、この最下位の女子は一体どうなっているのか……」

「学科も実技もゼロって……聖騎士学校の品格が下がりますね」

「女子なのに、いつも中庭で"魔法の本"ばっかり読んで気味が悪い生徒ですよ」

順位表を見ながら、女子生徒達は呆れ顔だった。
アゲハも、その最下位の女子の名前を見る。

"ヴァネッサ・リローデッド"

その名前を見たアゲハはハッとした。
それはアゲハが実技テストで最初に戦った女子生徒だった。

アゲハは思い出す。
その生徒は肩にかかるほどの三つ編みの髪に、大きな黒縁の眼鏡を掛けた大人しそうな女子生徒。
剣もまともに持てず、ブルブルと震えていた。

何より、アゲハが一番気になったのは、その生徒の髪の色。

それは、珍しい"紫色"だったのだ。


____________



実力テストから三ヶ月後


晴れ空の下。
ヴァネッサは魔法学校と聖騎士学校の間にある中庭のベンチに座り、いつも通り本を読んでいた。

男子と女子が入り混じり、時にはバディの申し込みで騒がしかったが、ヴァネッサにとっては、そんなのお構いなしだ。

「魔法……なんてステキなのかしら……」

読み終わった本をパタンと閉じて、深呼吸しながら呟く。

ヴァネッサは"魔法"に思い馳せていたのだ。
彼女にとって、剣術に関係する学問やエンブレムなど、どうでもよかった。

"魔法を使いたい……"

子供の頃から、それしか頭に無かった。

そんな時だった。
ヴァネッサが座るベンチの前に、2人の女子生徒が立った。

「また読んでるの?」

「女子が魔法の本なんて……どうかしてるわね」

女子生徒の1人が無理やりヴァネッサが持つ本を取り上げた。

「あ!やめて下さい!」

「騎士に、こんな本は必要ないでしょ?私が処分しといてあげるわ」

「そ、そんな……」

ヴァネッサは涙目だった。
2人の女子生徒は、構わずニヤニヤと笑う。
その光景を楽しんでいるようにも見えた。

ヴァネッサが立ち上がり、相手が持つ本に手を伸ばすが、高く手を挙げられたことで届かない。
何度もジャンプして取り返そうとするが、運動神経がまるでないヴァネッサにはそれはできなかった。

「返して下さい!」

「鬱陶しいわね!私は善意でやってるのよ!」

その瞬間、高く掲げられた女子生徒の手から、パッと本が消えた。
数秒間、理解できずに唖然としていたが、すぐに後ろに気配を感じて振り返る。

そこには魔法学校の生徒が立っていた。

黒髪の短髪で華奢な体、服装が乱れ、ネクタイすらしていない、かなり目つきの悪い男子生徒。
その男子生徒は鋭い眼光で睨んでいるが、その目に女子生徒2人は息を呑む。

「弱い者イジメはよくねぇなぁ」

「はぁ?あんた魔法使いのくせに私達に文句でもあるの?」

「あ?俺とやるってのか?」

再び睨まれる女子生徒。
魔法使いが聖騎士に対して、この態度はありえない。
この世界には男子と女子の間には目に見えない序列は確かに存在しているはずだが、この男子生徒には関係無さそうだ。

「あっ……ねぇ、こいつ、確かアゲハ様に勝った……」

「!!」

女子生徒の1人は、目の前の男子生徒が誰なのか気づいた。
それは聖騎士学校の一年の学年最強と言われたアゲハ・クローバルを倒し、そのアゲハとバディを組んだ、前代未聞の魔法使いだった。

「い、行きましょう」

「え、ええ……」

女子生徒達は顔を引き攣らせながら、そそくさと、その場から去っていった。

それを見届けた男子生徒は本を差し出す。
ヴァネッサはポカンとしながら、本を受け取った。

「大事なもんなんだろ?もう取られんなよ」

「は、はい……」

男子生徒はそれだけ言うと、魔法学校の方へ歩き出した。
その背中に、ヴァネッサは思わず声を掛けていた。

「あ、あの!」

「ん?」

男子生徒が振り向く。
ヴァネッサは自分が何をしているのか、わからなかった。
さらに男子生徒の、まっすぐな眼差しに顔を赤らめる。
まともに目を合わせることができなかった。

「なんだよ?」

「魔法の本を読む、女子は……気持ち悪いですか?」

「読書は自由さ。それに、こんなに天気がいいんだ、外で読む本は格別だろ?」

「え……」

「まぁ、俺は漫画しか読まないけどな」

男子生徒はそう言って笑みを浮かべると、歩き去っていった。

ヴァネッサは顔を赤らめたまま、両手でギュッと本を抱きしめる。
妙な、熱い胸の高鳴りが気になったのだ。

そして聖騎士学校の卒業まで三年間、ヴァネッサは、その男子生徒の顔立ちを、ずっと忘れなかった。
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