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土の国編

帰路へ

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土の国 土の塔


玉座に座るのは土の王であるカインだった。
その目の前には1人の青年が立つ。

ほぼ全てが銀色で少し黒が混ざった髪。
白いワイシャツの上に黒いジャケットを羽織り、黒のパンツを履いた男。
ジャケットの袖を肘のあたりまで捲っており、両腕には銀色のガンドレットを装着していた。
手は素手で、手首のあたりが盛り上がり、腕輪のようになっていた。

「お前がアルフィス・ハートル。レノから聞いてる。ここに、挑戦者以外で人間が立ち入るのは初めてだ」

「俺も、王がいる塔に入るのは初めてだな」

無表情のカイン。
アルフィスは王が住む場所が気になっているのか、キョロキョロと周りを見ていた。

「最近まで水の王リーゼもここにいたんだがな。行き違いになってしまって残念だ。奴も英雄に会いたかったろうに」

「構わんさ。生きてりゃ、いつか会える」

能天気な反応に笑みを溢すカイン。

「君には助けられたな。何か欲しいものがあれば言ってみろ」

「……」

アルフィスはカインの言葉に一瞬考えたが、すぐに腕を前に掲げた。

「こいつ、もらってくぜ」

アルフィスが言ったのは宝具のことだ。
元々この国の宝具のため、さすがに王に許可は必要だろうと、アルフィスなりに無い頭をフル回転させて、考えて出した答えだった。

「構わん。それに選ばれたのは君だ。持っていくといい」

「サンキュー」

アルフィスの意味のわからない返答に眉を顰めるカインだったが、ため息混じりに笑みを浮かべた。

「まぁ、また困ったことがあれば、いつでも寄るといい。ところで、君の次の行き先は?これからの目的はなんだ?」

「火の国さ。火の王に挑む」

「なんだと?」

カインは驚いた。
目の前の人間は、この世界で最強の魔法使いに挑もうとしている。
火の王ロゼと戦うということは、ほぼ死を意味していた。
そしてカインは何年か前に水の王リーゼから聞いた、"面白い人間"の話しを思い出していた。

「まさか……お前が、リーゼが言っていた男か……」

「ん?俺は水の王とは面識はないぜ」

「偽名を使ってたろう。旅に支障があると言って。確か"ロール"と名乗っていたと思ったが」

「なんだと!?」

アルフィスは魔法学校に入る際、その途中、"荷馬車にて"出会った青年を思い出す。
青髪に少し銀が混ざった、弱そうな青年が、まさか水の王であったとは思いもよらなかった。

「いやいや、あれが王だなんて……まぁ、風の王もありえん小ささだったが……」

「だが……3人もの王と謁見できた人間は、お前くらいだろう。レノもよく出歩くが、人間に身分を明かしたことは無いからな。あのシリウスでも会ったことはない」

「まぁ、そんなの、どうでもいいがな……」

「それよりアルフィス・ハートル」

「ん?なんだ?」

「そんなに王に挑もうとするなら、私と戦わないのか?」

突然の話で驚くアルフィス。
過去、この宝具を使って土の王に挑んだケルベロスという魔法使いがいた。
カインはそれを少し思い出しての発言だった。

「いや、挑む気はない。あんたの"闘気"は優しすぎる」

「なんだと?」

「とにかく、俺はこのまま火の国に戻るぜ」 

「ああ。手助け感謝する。また、いつでも来るといい」

アルフィスは振り向くと、カインに手を振って王の部屋を後にした。

「"闘気"が見える人間はリューネぐらいだった。王でもロゼにしか見えない。確かにリーゼの言った通り、アルフィス・ハートルなら、やってのけるかもしれないな」

それは"火の王を倒す"ということ。
今まで人間が誰も到達したことのない境地。
それを思うカインは何百年ぶりかに高揚するのだった。


________________



暑さも最高となった昼下がり。

土の塔の前にはリオンがいた。
アルフィスが出てくると足早に近づいてくる。

「し、師匠!凄いですよ!まさかカイン王に謁見できるなんて!」

「いや、あいつら結構、出歩いてるぞ」

「え?」

アルフィスはリーゼやレノの件を言っていた。
まさか王が自分の身分を偽って旅をしたり、町の中を1人で散歩しているとは。

「広場に戻るか。母さん、探すんだろ?」

「はい!」

2人は広場へ向かった。
向かう途中、どんどん人は増え、広場に着くと数千人はいるような状態だった。
みんな各々、久しぶりの再会を喜び泣いていた。

「この中から探すのはなぁ……」

「母さん……」

あまりに無謀なことだった。
アルフィスとリオンが周囲を見渡していると、フードを被った数人の集団が、アルフィスの目の前に来た。

「な、なんだ、お前ら」

数人の集団はアルフィスの前に跪くと、頭を下げる。
突然のことにリオンはアルフィスの後ろに隠れてしまった。

「我らが主よ。お探しのものは"南"にございます」

女性の声だった。
それだけで、2人の緊張は一気に解けた。

「なんだと?」

「南?」

アルフィスとリオンが北の方を見ると、人混みの中、周囲を見渡す1人の女性がいた。

「母さん……母さん!!」

そう言ってリオンが全力で走り出して女性に駆け寄った。
女性もリオンの姿を見て涙すると、抱き合った。
アルフィスはそれを見て鼻を掻く。

「で、お前らはなんなんだ?」

振り返り、フードの女性達を見たアルフィス。
いまだに跪く女性達に困惑していた。

「私達は、貴方様のもの。なんなりと御命令を」

「お前らに、なにができるんだよ」

「主は火の王のもとへ行こうとしている」

「なに?」

フードの女性は少し顔を上げた。
アルフィスはその髪の色を見て理解した。
彼女は髪は銀色だったのだ。

「なるほどな……だが、俺は舎弟はとらねぇんだよ」

「……」

女性達の悲しげな顔を見たアルフィスは思った。
目的が無い人生ほどつまらないものはない。
ずっと誰かに支えてきた人間は、その目的を自ら見出すことは困難だと。

「なら、頼みがある」

「なんでしょう?」

アルフィスは、笑顔で話しをしているリオンと、その母親を見た。

「あの2人を守ってやってほしい」

「主の、仰せのままに」

「頼んだ。俺にはやることがある」

そう言って、アルフィスは歩き去ろうとした。
フードの女性達は立ち上がり、アルフィスに深々とお辞儀する。

「あと一匹……最強の銀の獣は火の国におります……お気をつけて」

アルフィスには聞こえたのかどうなのかわからなかった。
フードの女性達は心配そうな目でアルフィスを見つめた後、リオンを見た。

リオンは母と楽しげに話し、アルフィスが立っていた場所を指差していた。
母に、アルフィスを紹介するつもりだったのだろう。
だが、そこにはフードの女性達しかおらず、リオンは全てを察して、涙するのだった。


________________



土の国 ザッサム 北門


アルフィスが門を出ると、壁に寄りかかる女性がいた。
茶色の髪で白いキャミソールの上からブラウンの袖なしコートを羽織り、ホットパンツを履いた女性だった。

「何も言わずに出てきたの?薄情なのね」

「お前に言われたくは無いな。クロエ・クロエラ」

クロエは鼻で軽く笑う。
つられてアルフィスも笑みを溢した。

「火の国へ行くのでしょ?」

「ああ。……あ!やべぇ、荷馬車……」

「そんなことだと思って用意しといたわよ」

「マジか!」

「これで貸し借り無しよ」

その言葉にアルフィスは首を傾げた。
なにかクロエに貸したものがあったのか思い出していた。

だが、クロエはそれに構わず、貴族用の馬車に乗り込む。
アルフィスもそれに続くと、2人はセントラルを目指した。


________________



移動中、ほとんど会話はなかったが、アルフィスは一つだけ気になっていたことがあった。
セントラル到着までにした会話はこれだけだった。

「あの黒い薬ってなんだ?」

目の前に座り、外を眺めるクロエは横目でアルフィスを見た。
すぐに外に目をやってため息混じりに語り始めた。

「あの薬は"次期ファーストケルベロス"に選ばれた者しか飲めない薬なのよ」

「ん?じゃあ、なんでジレンマやラムザが魔人になるんだ?飲んだってことだろ?」

「それは……現在のファーストの意向なのよ」

「ファーストの意向だと?」

アルフィスは首を傾げた。
もし、選ばれた1人しか飲めない薬があるとするなら、それをみんなに分け与える意味がわからなかった。
特に相手は悪党だ。
自分だけ"特別"でいれば、そのままトップでいられるのに、なぜ量産してみんなに分け与えているのか理解できなかった。

「"特別"は多くなると"特別"ではなくなる……そんな世界を夢見てたのかもね」

「どういうことだ?」

「この世界は強さが全て。それを壊したかったってこと。弱者を救うことが目的だったのかも」

「弱者を救うだと?結局、銀髪になれないやつはどうする、見殺しか?」

「彼らは、それすらも操っていたでしょ?」

クロエが言っているのはライラスで戦ったメイヴのことだった。
彼女は黒い魔人を操って、完全に自分の配下にしていた。

「本当の幸せってなんなのかしらね?何も考えず、ただ夢の中で過ごせるなら……楽なのかも。そこには"強さ"も"弱さ"もない。傷つくことも……」

「クソかよ」

「え?」

「夢の中じゃ、"美味い飯も食えんだろ"って話し」

クロエはアルフィスの全く中身もない言葉に一瞬、戸惑うが、すぐに笑った。

「なんだよ」

「あなたらしいわ」

その会話を最後に、2人は無言のままセントラルを目指した。


________________



数日後、あっという間に到着し、アルフィスとクロエの2人はセントラルの南西門にいた。

「じゃあね、アルフィス」 

「ああ」

「……」

アルフィスはクロエの表情が気になった。
それは何かを悩んでいるような顔だった。

「どうした?」

「……言おうか迷ったんだけど、ライラスでの質問のことよ」

「質問?俺なんか言ったか?」

「"時を戻す魔法"について」

アルフィスは、その言葉を聞いてすぐに思い出した。
確かにライラスの宿の前で早朝にクロエと会話した時に、その話しをした。

「それがどうかしたか?」

「私は"無い"と言ったけど、少し違うのよ」

「なに?」

「母から聞いた話しだけど、無属性魔法のことが書れた"黒の魔導書"という本がある。母は読んだことがあって、最後のページに"時間を巻き戻す魔法"について書かれていたと」

「……マジか」

「だけど、その魔法を発動するには条件がある。その条件があまりにも不可能すぎて、私は"無い"と言ってしまった」

「不可能すぎる……ってどういう意味だ?」

「それは"黒の魔導書"と"四属性王の血"が必要ということ。つまり、この世界の全ての王の協力がいるのよ」

「なんだと……」

「もっと詳しい内容は魔導書に書かれていたと思うわ。でも今じゃ、黒の魔導書なんてどこにも残ってないでしょう」

アルフィスはクロエの話を聞いて、少し考えて、ハッと思い出した。

「いや……魔導書なら……あるぞ……」

「え?……どこに?」

「俺の実家だ……」

クロエは眉を顰めた。
なぜ、アルフィスの実家に"黒の魔導書"があるのか意味がわからなかった。

だが、アルフィスには分かっていた。
それは"黒猫アル"が読んでいた本。
ホウジョウシンゴをこちらの世界に転生させるために使われた本だった。

「行き先はベルートか……里帰りにも、ちょうどいいかもな」

「なんにせよ、道が見つかったなら結構ね。私は行くわ」

「ああ。世話になった!」

「こちらこそ。……あなたが父の言っていた人ならよかったのに」

アルフィスは少し笑った。
自分もそうならよかったと、ちょっぴりだけ思ったのだ。

クロエは馬車に乗り、ザッサムの方向へと戻っていった。
なぜクロエが一緒にここまで来たのか、アルフィスにはよくわからなかったが、気にせずセントラルに入る。

「ベルートか……こっから、また長いなぁ」

アルフィスはそう言って苦笑いを浮かべると、再びベルートを目指し、"さらなる長旅"へ赴くのだった。



第四章 土の国編 完

________________



火の国 港町ベルート


町はいつも通り長閑のどかだった。
強い日差しで、町は暑いが、それでも海風が吹くことで、それは緩和されていた。

ハートル家の屋敷、一階のロビーにはアメリアとビショップがいた。

「あの馬鹿息子に騙されて、無駄な旅をさせられたよ」

「いいじゃないの。リンにもいい経験になる」

怒るビショップを、笑顔で優しくなだめるアメリア。
その笑顔を見て、ビショップは少し落ち着きを取り戻した。

「帰ってきたら、"指導"せねばな……」

「ふふ。あなたじゃ、もうアルには勝てないわよ」

アメリアはそう言ってすぐにハッとして申し訳なさそうな顔になった。

「あいつを"アル"と呼ぶなと、あれほど言ったろう」

「ごめんなさい……」

それは過去の出来事が関係していた。
2人には忘れたい過去だったのだ。

そこに玄関のドアが開く。
入ってきたのは満面の笑顔のリンだった。

「お父様、お母様、お客様が来ております」

「あら、誰かしら?」

「ここに客?珍しいな」

その客はリンの後ろから姿を現した。
銀色の長髪で、それを後ろで結っている。
細身で血色の悪い、黒いロングコートの男。
その男はリンの肩に両手を乗せて、笑顔で入ってきた。

「ば、ばかな……」

「なぜ……あなたが……」

ビショップとアメリアの驚きようを見て、リンは一気に不安になった。
そしてロングコートの男を見上げていた。

「いやぁ、久しぶりだね。アメリア、ビショップ。何年ぶりだろうね?」

「アルフォード……なぜ……生きてるの?」

「そんなことより、リンの論文読んだかい?彼女は天才だね!こんなに凄い論文は見たことが無いよ。さすが、君たちの子だね」

「貴様!!リンから今すぐ離れろ!!」

ビショップの怒声は屋敷内に響き渡る。
リンは今までに見たこともない父の表情に震えていた。

「まぁ、怒るなよ。僕は忘れ物を取りに来ただけさ」

「忘れ物だと……?」

アルフォードは2人に構わず二階へ上がる階段を目指そうとする。
ビショップがそれを阻止しようとするが、アメリアに止められた。

「あれは……アルフォードじゃないわ……」

アルフォードが2階の書斎へ入る。
すると、すぐに声がした。

「ああ、あったあった」

そして、すぐに書斎から出てきて、1階のロビーへ戻ってくる。
アルフォードが持っていたのは"真っ黒な本"だった。
アメリアもビショップも、その本には見覚えがなかった。

「なんだ……その本は……」

「学生時代、君に貸したろ?」

「なんだと……」

アメリアはビショップを見た。
だが、ビショップには全く身に覚えがなく、アメリアを見て少し首を横に振る。

「ああ、そうだ……僕はアメリアに斬られて……そして君に燃やされて……埋められたんだったね……」

アルフォードはそう言って不気味な笑顔を浮かべた。
それを見たアメリアとビショップは息を呑む。

「貸し借りは無い方が後腐れない……君達も、そう思わないかい?」

アルフォードから笑みは消えた。


ハートル家の屋敷は炎に包まれていた。
それを背負い歩くアルフォード・アルヴァリアは、無表情のまま、南風に吹かれながら港町ベルートを後にした。
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