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土の国編

ヴォルヴ・ケインの黒炎

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土の国 グランド・マリア


闘技場は凄まじい温度上昇だった。

中央に立つジレンマは、目の前の青年の姿を見て息を呑む。

それは北門を背負ったアルフィス・ハートルの姿だった。
銀髪で両腕に宝具のシルバーガンドレットを装着しているが、ブラッド・オーラは次第に炎に変化する。
その炎は漆黒、黒い炎だった。

さらにアルフィスの瞳は真っ赤に染まるが、その眼光には不思議な圧を感じた。
アルフィスの目を見たジレンマは全く身動きが取れなくなっていたのだ。

「どうした?来ないならこっちからいくぜ」

アルフィスがそう言うと、その場からビュンと一瞬で消えた。
"闘気"がその場に停滞していることに、ジレンマは眉を顰める。
アルフィスのスピードは闘気を置き去りにするほどの速さだった。

数秒……ジレンマが動けないでいたが、すぐに背後に気配を感じた。
ハッとして、振り返るジレンマだったが、その間際、アルフィスの鋭い瞳を見た瞬間に、頬を凄まじい強さで殴られる。

ドン!という低い轟音と、熱波と爆風が広がる。
アルフィスの左ストレートは、ジレンマの右頬を"黒炎"で焼き、振り抜いて数十メートル吹き飛ばす。
地面を転がったが、なんとか膝を突きながらも受け身を取ったジレンマ。

「ぐあぁぁぁぁぁ……なんだ、この熱さは……」

顔を両手で押さえてアルフィスの"黒炎"の熱さに耐えた。
今まで感じたことのないほどの熱さに悶えるほどだった。

だが間髪入れず、目の前に現れるアルフィスは右ストレートをジレンマの顔面狙いで放つ。

それに気づいた瞬間、ジレンマの翼は無意識に羽ばたき、最初に吹っ飛ばされる前の位置、闘技場の中央まで戻る。

だが、移動後すぐにジレンマの顎に何かが当たり、それを砕いた。
なぜかアルフィスの黒炎の右アッパーが直撃していた。

「わざわざ、自分から戻ってくるとは……よほど死にたいらしいな」

アッパーが当たっている時、ジレンマは瞬時に思考し、気づいた。
先ほど目の前に現れたアルフィスは"闘気の幻影"なのだと。

数十メートルもの上空に打ち上げられたジレンマ。
そこにアルフィスが右手をかざすと、手のひらから"黒炎の鎖"がジレンマへ向かって伸びていく。

「"不死神竜リモータル・ドラグーン"」

鎖は空中停滞するジレンマに巻き付いた。
その鎖を勢いよく引いたアルフィスは、ジレンマを地面に向かって叩きつける。

「がはぁ!!」

さらにアルフィスが右指をパチンと鳴らすと、鎖は右手から離れ、導火線のようになり、最後、ジレンマに到達すると連続した大爆発が襲った。

凄まじい大きさの爆煙がジレンマを包み込んでいる。
そこにアルフィスがビュンと消え、赤い歪な線が、その中に入る。

煙の中、何度も爆発音がリズミカルに響き、そのたびに光を放つ。
アルフィスの拳の連打だった。
爆煙が膨張し、そして最後の爆発音で、ジレンマが煙の中から吹き飛ばされ、凄まじいスピードで闘技場の壁に叩きつけられた。

かろうじて立つジレンマの体はボロボロで、上半身の黒衣は剥がれ、黒い火傷の痕が残っていた。

「クソ……この……俺が……」

そう言ってジレンマは煙の中のアルフィスを睨むが、再び息を呑む。

爆煙が吸収されるように一点に集まる。
そこから姿を現したアルフィスは"弓"を構えていた。
その弓は黒炎で形どられ、今にも射出する寸前のようだ。

ジレンマが、"黒弓"から感じた気配は異常だった。
"あれが着弾したら確実に死ぬ"という感覚。

「"黒薔薇矢ブラックローズ・ショット"」

無慈悲にも、その黒炎の弓から、黒矢は放たれた。
黒炎を纏った矢は一直線にジレンマ目掛けて飛んだ。

ジレンマは力強く地面を蹴ると、その矢を横に回避する。

壁に着弾した黒矢は大きく丸みを帯びていく。
それは花の蕾のようで、段々と広がった。
広がりきった"炎の黒薔薇"は、さらに熱を帯びると大爆発を起こす。

その際、黒い花びらが四方に散るが、その花びらも細かく連続した爆発が起こる。
"炎の黒薔薇"の大爆発を逃れ、地面に倒れ込んだジレンマを襲った。

爆発した煙の中からジレンマが翼を羽ばたかせて高速で飛び出す。

「調子に乗るなよ!!小僧がぁぁぁぁ!!」

アルフィスを狙ったハイスピードの攻撃。
黒衣武装の右ストレートだった。

だがジレンマは、その一瞬、躊躇した。
アルフィスが"何か"を左腰に構えている。
黒く燃える、長い"何か"だ。
そこに右手を軽く添えていた。

ジレンマは構わず、渾身の右ストレートを放つが、アルフィスはそこに"何か"を抜き、拳に当てて仰け反らせる。
その際、ジレンマの右腕は黒く燃え盛った。

アルフィスは元の構えに戻る。

「"天覇一刀流・雷打"」

「なん……だと……?」

アルフィスが正面を向いた時に、ジレンマはその左手に持つ"何か"を確認した。
それは黒炎の剣だった。

アルフィスは左親指に力を入れる。
そして"黒炎剣"の鍔を力強く弾いた。

「"天覇一刀流・空塵"」

勢いよく射出された黒炎剣の柄頭が、ジレンマの胸に直撃する。

「がはぁ!!」

その衝撃は凄まじいものだった。
黒い熱波が広がると同時にジレンマの胸骨は完全に粉砕された。
さらに数十メートル吹っ飛んだジレンマの体全体が黒炎に包んだ。

だがアルフィスの攻撃はまだ終わらない。
黒炎の鞘に戻った黒炎剣を再度、左腰に構えると、軽く右手を添え、抜剣体制。

「"天覇一刀流・奥義"……」

漆黒の熱波がアルフィスを中心に広がる。
そして立つ地面には四方八方に亀裂が入り、黒炎が噴き出す。

空中で停滞し、黒く燃え盛るジレンマを鋭い眼光で睨んだアルフィスは黒炎剣を抜いた。

「"胡蝶・演舞のじん"」

アルフィスの斬撃は一瞬で数メートル先にいた燃えるジレンマに辿り着いた。
風圧で黒炎が全て吹き飛び、さらに時間差で無数の斬撃がジレンマを切り裂く。

その一閃一閃は空間を切り裂くほどの切れ味だった。

そして振り向き、ジレンマに背を向けると、一気に黒炎剣を炎の鞘に戻す。

獄爆破ヘル・ブラスト

瞬間、ジレンマが吹き飛ばされた先で、凄まじい大爆発が起こった。

アゲハの"天覇一刀流"とアルフィスの"爆炎の魔法"の合わせ技。

アルフィスの持つ黒炎剣は、両腕のガンドレットに吸収されると、再び黒い炎を纏う。

背を向けたまま、少し後ろを見るアルフィス。
そこには痩せ細ったジレンマが、片足を引きづりながら爆煙からできたのだった。

「この……俺が……セカンド・ケルベロスである……この俺が……」

ジレンマは、そう言いながら全身に黒衣を纏い始めた。
次第にドス黒く染まる体。
背中には左にも翼が広がる。

銀色の髪は赤黒いオーラを放ち、全身が筋肉質の体に戻って、黒い鎧を纏ったジレンマ。
そこに大きい両翼が生えているが、その姿はもはや"悪魔"のようだった。

「醜いな……」

そう呟いたアルフィスは目を閉じて深呼吸した。
そして開眼すると漆黒の熱波が広がり、さらに闘技場の温度は上昇した。

「ジレンマ……これで終わりだ……」

「俺が負ける訳がなかろうがぁぁぁぁぁ!!」

アルフィスの言葉に構わず、叫ぶジレンマの両翼は羽ばたいた。
今までまでにないスピードだった。
今度こそ必殺の右ストレート。
アルフィスの顔面狙いだった。

その右ストレートは振り向くアルフィスの頬を捉え、完全に直撃した。
アルフィスの顔面の皮が吹き飛び、歯が飛び、骨が砕ける。

「これで終わりは貴様だアルフィス・ハートル!!」

ジレンマは黒衣の上からでもわかるほど笑みを浮かべる。
だが、アルフィスの顔は瞬く間に再生して、数秒足らずで、全て元通りになった。

「え……?なんだ……?それは……まさか……貴様!?」

アルフィスは鋭い眼光でジレンマを睨むと、大地を左脚で蹴るようにして踏む。

そこから一直線に地面に亀裂入り、亀裂から黒炎が吹き出してきた。
黒炎の柱は数十メートルの高さで、線となって闘技場の壁面まで一瞬で到達するが、その線に当たったジレンマの右腕と右翼は瞬時に灰になる。

「がああああ!!」

さらに、もう一歩、右脚で地面を蹴るようにして踏むと、さらに亀裂が入り、そこから黒炎が一直線に噴き出す。
今度はジレンマの左腕と左翼を灰にした。

「"烈震発火イグナイト・バースト"……」

「やめろ……俺は……こんなところで……」

アルフィスは両腕を前に突き出す。
2つの亀裂から上がった黒炎が左右のガンドレットに吸収されていく。
するとアルフィスの銀髪が赤黒いオーラを放ち始める。
さらに髪は腰のあたりまで伸び、銀色の長髪になった。

そしてアルフィスは黒炎で燃え盛る両腕を腰に構えた。
ゆっくり息を吐き、筋肉を徐々に引き締める。

「"爆砕業火ナパーム・インフェルノ"」

その瞬間、アルフィスはその場から消えた。
赤い歪な線が凄まじいスピードでジレンマを中心に行ったり来たりする。
それがジレンマに当たるたびに大爆発を起こす。

凄まじいスピードで連続する爆発に闘技場内は瞬く間に爆煙に包まれる。

最後、アルフィスはジレンマの前に立つと、周囲を覆っていた爆煙が熱波で円形状に吹き飛ぶ。
同時に、長髪は抜け落ち、灰になる。
元の短髪に戻っていた。
ジレンマの黒衣は剥がれ落ち、そこに立つのは、ただの両腕がない痩せ細った銀髪の男だった。

アルフィスは右拳でジレンマの胸のあたりを、ゆっくりと触れた。

「ジレンマ……お前、なんでこんなに弱いんだ?」

「俺が……弱い……?この俺が?」

「ああ。弱すぎだ」

アルフィスは拳に闘気を乗せ、一気に前に突き出した。
拳の衝撃はズドン!という轟音とともにジレンマの胸に風穴を開ける。
さらに、その後方にある闘技場の壁面にも一瞬で巨大な風穴を開けていた。

「さらばだ……ジレンマ……」

ジレンマはニヤリと笑った。
そして何か安堵したような表情を浮かべた後、そのまま仰向けに倒れると同時に、絶命するのだった。
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