145 / 200
土の国編
ミス・ブレアンナ
しおりを挟む砂漠地帯、もう夕刻付近ではあるが暑さは残る。
銀髪の男は黒いロングコートのポケットに手を入れ、ゆっくり歩く。
時より強く吹く風にコートが揺れていた。
数メートル先、向かい合うシリウスは後方の聖騎士に下がるように伝え、左腰に差したステッキ型の杖を抜いた。
その杖を見た銀髪の男は歩みを止める。
少し驚いた表情をしているが、すぐに無表情へと変わった。
「どうしたんじゃ?ワシと戦うのだろう?」
「……」
無表情だった銀髪の男はフッと吹き出し、笑みをこぼす。
「まさか……シリウス・ラーカウがそんな"おもちゃ"で戦うとは……宝具はどうした?」
「答える義理はない」
銀髪の男はため息をついた。
そして徐にその場にしゃがみ込むと地面に左手を当てる。
すると地面からブクブクと黒い液体が溢れ出してきた。
そしてその液体は形を成していき、最後には2ートル半ほどの人型の姿になった。
その黒い人形のようなものには顔は無く細身の体型をしており、瘴気を全身から放つ。
特徴的なのは両手の鋭利な爪で、それは完全に魔人だった。
「サファイアス……彼を楽にしてやれ」
"サファイアス"と呼ばれた魔人はビュンとその場から消えた。
一瞬にしてシリウスの目の前に現れると、右腕を振り上げ鋭利な爪で切り裂こうとしていた。
だがシリウスは驚くこともなく、ぶつぶつと小声で何かを唱えた。
そしてステッキ型の杖を少し前に出すと、ドン!という轟音と共にサファイアスは数十メートル吹き飛び地面を転がる。
しかしサファイアスは起き上がることなく、またその場からビュンと消え、シリウスの目の前に現れ、引っ掻きモーションを取っていた。
「操り人形ではワシには勝てんよ」
そう言って、今度は大きく杖を横に振った。
するとまたしてもドン!という音の後、サファイアスは再度、数十メートル吹き飛んで地面を転がった。
銀髪の男が倒れて踠《もが》くサファイアスの胸の辺りを見ると丸く風穴が空いていた。
サファイアスはドロドロと溶け始め、黒い液体になると、最後は土に吸収されるように消えていった。
「甘く見ていたようだ……どの属性の魔法を使ったのかすらわからないのもそうだが、瘴気を纏う魔人を魔法で吹き飛ばすとは。どんな原理だ?」
「おぬしが来るか?」
シリウスはニヤリと笑い、銀髪の男に尋ねる。
銀髪の男も少し笑みを浮かべていた。
「いや、もう一つ出そうか」
そう言うと、銀髪の男が立つ場所にドロドロとした黒い液体が円形に大きく広がり、さらに"蒸気"のようなものが上がっていた。
「させん」
シリウスは再度、杖を横に振る。
高速で目に見えない風の刃が銀髪の男に向かう。
だがドロドロの液体の範囲に到達した風の刃は一瞬にして消えてしまった。
「その蒸気はエンブレムか……」
「御名答。最後に忠告しておくが、後ろの聖騎士も戦わせたほうがいい。でないとあなたはここで死ぬことになる」
「……」
シリウスは銀髪の男の発言した瞬間、少し振り向き後方を見た。
聖騎士達は馬から降りて抜剣し、剣を前に構えているが、その持つ手は震えていた。
「ワシが死んだら、この子らをどうする?」
「殺すのが得策……と、言いたいとのろだけど僕は殺戮者じゃない。あなたの願いなら生かしておこう」
「そうか……」
「けど、少し実験には協力してもらう」
「実験じゃと?」
「ああ。今ちょっとした実験をしててね。まぁ大したことはない」
その発言にシリウスは眉を顰めた。
シリウスのその表情を見てか銀髪の男はハッと気づいたように口を開く。
「ああ、変な意味じゃないよ。今、エンブレムを解除する実験をしてる」
「エンブレムを解除じゃと?」
「そうだ。女性からエンブレムを剥がそうとしてるだけさ」
シリウスの後方に立つ聖騎士達はゾッとした。
この銀髪の男はただ無表情でそれを語っているが、逆にそれが不気味だった。
「魔女を増やす気か?」
「まぁ、それもあるね。魔女は嘘つきだから。いっぱいいるに越したことはない」
「そんなに未来が見たいのか?」
「好きに解釈するといい。おしゃべりはここまでだ。特別に僕が作った"最強の魔人"を見せるよ」
そう言うと周囲に広がった黒い液体がまた一塊になり人の姿を形作った。
それは先ほどとは違い、160センチほどの女性的な体型だった。
「"ミス・ブレアンナ"」
シリウスと、その後方に立つ聖騎士は絶句した。
それは女性姿の魔人の"色"を見てのことだった。
体の全体が銀色。
髪の毛や顔は無い。
ただ、その透明感ある肌は周囲の風景を鏡のように写している。
「なんという……これを……作ったじゃと……」
「"これ"とは失礼な……彼女は元聖騎士、君たちの仲間だよ。見てくれ、このフォルムを、美しいだろ?」
「貴様……一体、何者じゃ……」
「ん?僕かい?僕はアルフォード・アルヴァリア。みんなは"アル"って呼ぶ」
アルフォードと名乗った銀髪の男は満面の笑みだった。
それは自分が作った最高傑作をお披露目できたことの嬉しさに他ならない。
そしてその笑顔を見たシリウスは思った。
この"アルフォード"という男は生かしておいてはならないと。
0
お気に入りに追加
429
あなたにおすすめの小説
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?
悠
ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活
mio
ファンタジー
なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。
こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。
なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。
自分の中に眠る力とは何なのか。
その答えを知った時少女は、ある決断をする。
長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!
実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。
黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。
実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。
父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。
まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。
そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。
しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。
いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。
騙されていたって構わない。
もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。
タニヤは商人の元へ転職することを決意する。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる