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土の国編
砂の家
しおりを挟む土の国 ライラス
宿の部屋に1人残るリオンは気が気では無かった。
確かに奴隷として使われていた時の恐怖心もある。
だが同じ村の、さらに自分の親戚が目の前であのような仕打ちをされ黙っていられなかった。
「よし!決めた!」
リオンはそう言って気合いを入れると、座っていたベッドから勢いよく立ち上がる。
窓の外を見ると日没が近いが、それでもアルフィスとクロエは帰ってきてはいない。
リオンはもう待っていられなかった。
部屋を飛び出したリオンは階段を降り、宿の入り口へ向かう。
ちょうど宿の店主はおらず、リオンはその隙に町へ出た。
服装はクロエからボロいと言われた布の服のままだった。
____________
リオンは町を歩き出して数十分経つ頃、あることに気づいた。
「なんか……人がいない気がする……」
もう日は落ち、町にはあまり灯りが無かった。
それと同時に町を歩く人間も全くいなくなっていた。
周囲は家屋や商店が並び、今の時間であっても活気があってもいいはずだが人が1人も歩いていない。
リオンがキョロキョロしながら町を歩いていると路地からいきなり手が飛び出し、そして引っ張られる。
声を出す暇も無く口を塞がれてしまった。
「う!!」
「静かにするんだ!」
リオンがその声に聞き覚えがあった。
リオンは口を塞がれたまま頷ずくと解放される。
「ルドルフおじさん!」
「しー!」
リオンは自分で自分の口を塞ぐ。
ルドルフはため息をつくが、真剣な表情に変わり無言で町の商店街の方を指差した。
リオンは町の本道を見ると黒い影のようなものが歩いている。
リオンはそれを目を凝らして見ると驚いた。
「ま、魔人……なんで……」
「声を出すな、気づかれる。とにかく私の家へ」
ルドルフがそう言うとリオンを自宅へ案内した。
家屋が立ち並ぶ一画にルドルフの家はあった。
リオンはルドルフの家を見て驚いた。
それは明らかに村にいた時に住んでいた家よりも数ランクも上の家だ。
二階建てで一階は広々としたリビングと二階はこれまた広い寝室。
どう見ても奴隷の住まいでは無い。
「どう……なってるの?」
リオンが玄関で呆けているとルドルフはリビングの真ん中にある大きいテーブルに着くように促す。
リオンは無言で頷き椅子に座った。
「これがこの町の暮らしだ。上等なものだろ?」
「あ、ああ。てっきり僕は奴隷のような立場だと……」
ルドルフは二つのティーカップに熱いハーブティーを入れテーブルに置く。
そしてルドルフもリオンの向かいの席に着いた。
「ハーブティーだ。熱いから気をつけて」
「ありがとう」
2人はティーカップを持ち、同時にハーブティーを啜る。
そしてルドルフはため息混じりに語り出した。
「奴隷だよ。この町の住民全員」
「え?どういうこと?」
「お前も見ただろ?あの悪魔の彫刻を」
「あ、ああ」
「あれで町の人間を監視してるのさ。そして妙な動きをしようものなら連れていかれる」
ルドルフの言葉にリオンは息を呑む。
この町に到着した時の出来事を思い出すと一気に寒気がした。
「ど、どこに連れていかれるんだ?」
「領主の屋敷の地下だ」
「え?じゃあ、おじさんも連れて行かれたの!?」
「え?あ……いや今回は大丈夫だったんだ。働きぶりを評価されたのかな?」
ルドルフは少し動揺した様子だった。
だがリオンはその言葉に胸を撫で下ろしていた。
領主の屋敷の地下なんて想像しただけで気が狂いそうだ。
「何もかもメイヴという聖騎士がこの町に来てからおかしくなったんだ」
「どういうこと?」
「この町の人間が妙な薬を飲んで魔人化し始めた、その時にちょうどこの町を訪れていた聖騎士がメイヴだった。彼女はたった1人で大量の魔人を制圧してしまったんだ。あの時は英雄だと思ったよ」
「……」
「彼女はこの町を守ることを条件に前領主と婚約をした。それが全ての始まりさ」
リオンはルドルフの話に息を呑む。
内容だけ聞けば良い話にしか聞こえない。
だが今のこの町の状況はただ事ではなかった。
「メイヴは自分の強さをいいことに、この町の女子供を人質に住民にあることを強要した」
「それは……どういう……?」
「毎日笑顔で町を歩け。夜は出歩くな」
「え……?」
リオンは困惑していた。
たったそれだけの条件のために女子供を人質にしたということが理解できなかった。
「そして、それを前領主に監視させる。至ってシンプルなことだが、この行動はシンプルすぎたんだ。次第に町の人間の心は壊れ始めた」
「確かに……毎日同じことを繰り返してたらおかしくなる……」
リオンもマイアスでのことを思い出していた。
奴隷としてやることはいつも同じ。
シンプルすぎて思考が止まるし、いつかは心も壊れてしまう。
「メイヴは"実験"とか言っていたがね」
「実験?なんの?」
「私にはよくわからない。ただ確かなことはこの町はおかしいということだけだ」
ルドルフの言うことはもっともだった。
朝から夕方まで笑顔で歩く住民。
それを監視する悪魔の彫刻。
そして夜町を徘徊する魔人達。
こんな町はどこへ行ってもライラスぐらいだろう。
「そういえば、あの2人は知り合いなのかい?初めて見る顔だったが」
「うん!アルフィス師匠とクロエ姉さん!どっちも超強いんだ!」
「ほう。アルフィス……どこかで聞いた名だ」
「師匠はアルフィス・ハートル!二つ名持ち最強の"魔拳"なんだ!」
「な、なんだと!?ハートル……まさかアメリアの息子か……」
ルドルフの驚きは常軌を逸していた。
確かに他の国の二つ名持ちがこんな町を訪れることは驚きだが、予想以上の反応にリオンは首を傾げた。
だがリオンはアルフィスの勇姿を思い出すと黙っていられずルドルフにそれを語り出した。
「師匠はマイアスを仕切ってたゾドムを倒したんだ!しかも一撃だったんだぜ!」
「ゾドムを一撃……!?そんなに強いのか……」
リオンの言葉にまたも驚くルドルフ。
そしてルドルフは何をか考えている様子だったが、すぐに口を開いた。
「そうか……もし……もしも"魔拳"がメイヴを倒そうと考えているなら……」
「え?」
「町の外れの下水道から屋敷の地下へ入れと伝えてくれ。そこには悪魔の彫刻は無い」
「あ、ああ。わかった」
リオンはルドルフの言葉に困惑しながらも頷いた。
「話が長くなってしまったな。今日は泊まっていくといい。外は危険だ」
「うん!」
リオンはルドルフの言葉に甘え泊まっていくことにした。
ルドルフに二階の寝室に案内される。
部屋の端に大きなベッドがあり、リオンは構わずそこに寝た。
「私は一階で寝るから、ゆっくり休むといい」
「ありがとう、おじさん……」
リオンは疲れからかベッドに入るとすぐに寝てしまった。
ルドルフはそれを見届けると部屋のドアを閉めた。
____________
早朝、リオンはペシペシと頬に当たる何かで目が覚めた。
目を開けるとそこにはアルフィスがいた。
「リオン……お前なんでこんなところで寝てるんだよ」
「師匠……」
リオンは眠気まなこを擦り起き上がる。
寝ぼけながらも周囲を見ると、そこは家屋と家屋の間の"空き地"だった。
「宿に帰ったらいなくなってたから探しに歩いていてたらこんなところまで来てるとはな」
「ルドルフおじさんは?ここにいなかった?」
「はぁ?おじさんは連れ去られてから会えてないだろ」
リオンの頭は混乱していた。
一体何が起こっているのか全くわからなかった。
確かに夜に出歩いていてルドルフと出会ったはずだった。
だがルドルフもそうだが、さらにルドルフが住んでいる家すらそこには無かった。
「夢でも見たんだろ。一旦宿に戻ろう。クロエが待ってる」
「う、うん」
リオンはアルフィスに促されて立ち上がった。
そしてリオンは首を傾げながらも砂だらけの空き地を後にする。
その砂の中には二つのティーカップが埋まっていた。
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