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第二十九話 婚約して結婚したいと譲らない紗緒里ちゃんと夏森さん

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「海春くん、一緒に帰りましょう」

夏森さんが、顔を少し赤くしながら言う。

俺はその言葉を聞いて驚いてしまった。

放課後。

今日は部活がないので、帰ろうとしていたのだが……。

それにしても、昼休みに話をしたと思ったら、すぐに行動をしてきた。行動は迅速だ。

「い、一緒に帰るって……。まだ俺達、そういう関係じゃないと思うけど」

「わたしたち、仲の良い友達になるって言ったじゃない。それに、もともとは幼馴染なんだから、仲良くするのがあたり前だと思う」

「そりゃそうだけど、ものには順序があるというかなんというか」

「だから、まず一緒に帰って、おしゃべりして、仲良くなっていく、こうしていきたいと思うの。わたしだって、いきなりこういうことを言うのは恥ずかしいのよ。勇気を出して言っているんだから」

と言って恥ずかしそうにうつむく。

彼女も繊細なところがあるんだな。

こういうところはいいと思う。

「ごめん」

「いいのよ。とにかく帰りましょう」

しかし、外では紗緒里ちゃんが待っていると思う。

このまま行くと、夏森さんと紗緒里ちゃんが会うことになる。

俺はどちらとも付き合っているわけではないが、彼女たちは二人とも俺に好意、いや恋心を持っている。

その想いがぶつかり合う可能性がある。ぶつかり合ったらどうなるのだろう。

夏森さんは繊細なところもあるが、強引なところがあり、気が強いタイプ。

紗緒里ちゃんも、優しいが、芯が強い。なんといっても俺のことを幼い頃から想ってきたのだ。

激しい言い争いになってしまうのだろうか。

今までの俺が経験したことのない展開だ。

もちろんそれは、俺が考えすぎていて、穏やかにあいさつを交わすだけ、ということになるかもしれない。

いや、二人の想いはそんな浅いものではなさそうだ。

二人の間に何もなければいいのだが……。

とにかく帰るしかない。

もともと紗緒里ちゃんと帰る約束をしていたのだから、夏森さんには申し訳ないが、我慢してもらうしかないだろう。

そう思いながら教室を出た。

紗緒里ちゃんはまだ来ていない。

俺は、少し歩くと立ち止まり、

「ごめん、俺、一緒に帰る約束をしている人がいて」

と彼女に言った。

「約束? 一緒に帰る?」

驚く夏森さん。

「そうなんだ。ごめん」

「どういう人なの?」

彼女がそう言うと、

「一緒に帰りましょう」

と言う紗緒里ちゃんの声が聞こえてきた。

「あなた、誰です?」

夏森さんのトゲのある声。

「わたしですか?」

「そうです。せっかくわたしと海春くんが一緒に帰ろうとしているのに、邪魔しようとするのですか?」

「失礼ですけど、どういう関係なのですか?」

「わたしは、海春くんのクラスメイト、夏森寿々子よ。幼馴染で、今はまだ友達だけど、これから恋人どうしになっていくわ」

夏森さんは、胸を張って言う。

「わたしはそれだけ海春くんのことが好きなの。あなたはわたしほど海春くんのことが好きではないでしょう。もしあなたが海春くんのことを好きなら、あきらめてもらった方がいいわね」

「あきらめる?」

「そうよ」

「わたしだって海春さんのことが好きなんです」

「わたしの方こそ好きなんです」

しばらく二人とも黙り込んでいたが、

「そうそう、名前を伺っておかないとね」

と夏森さんは、いら立ちを抑えながら言った。

それに対し、

「わたし、紗緒里と申します。もうすぐ海春さんと婚約する予定です。そうすると、婚約者どうしになりますね」

と微笑みながら言う紗緒里ちゃん。

「そんなことよく言えるわね。婚約者? そんなことあるわけじゃない」

「予定ではありますけど、婚約します。そうしたら海春さんは婚約者です」

「何を言っているの」

だんだん夏森さんの表情が厳しいものになってくる。

「あなた、まだ高校生でしょう? それなのに婚約だなんて、そんなの年的に無理だわ」

「愛があれば、年なんて関係ないと思います」

「海春くんのこと、そんなに好きなの? わたしは、海春くんのこと、好きで、好きでたまらないわ」

「わたしだって、海春さんのことが大好き。愛しています」

「結婚して幸せにするのは、わたしなの!」

「いや、わたしこそ、婚約して結婚します。そして、海春さんを幸せにします!」

二人の言い争いは続く。

そして、

「海春くん、わたしのことが好きよね」

と夏森さんが言うと、

「わたしのことが好きですよね」

と紗緒里ちゃんも言ってきた。

どう言うべきだろうか。

夏森さんについては、幼馴染とは言っても、まだこの昼休みに告白されたばかり。まだ恋への道は遠い。でも決して嫌いなタイプではない。好きなタイプだ。このまま接していけば、恋の対象になるかもしれない。

しかし、今の時点で二人のうちどちらが好きかと言われたら、紗緒里ちゃんの方が好きだ。

俺の好みの女の子になろうと一生懸命努力しているし、ここ数日、彼女と一緒にいるうちに、彼女の熱い想いが伝わってきている。

では、もうここで夏森さんに、

「俺は紗緒里ちゃんのことが好きだから、あきらめてくれ」

と言った方がいいのだろうか。

「あきらめてくれ」

とは昼休みの時も言ったが、今回の場合は、彼女にとって、好きな相手が自分以外の人をはっきりと「好き」と言われることなのだ。そして、あきらめてもらう。

これはつらいことだと思う。

俺が同じ立場になったら、泣き伏してしまうかもしれない。

どうすれば……。

夏森さんは俺の幼馴染。疎遠になっていたとは言っても、幼い頃は親しくしていた。その思い出を壊すようなことはしたくない。
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