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第二十五話

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やっぱり楓にとっては、理恵ちゃんみたいなおしとやかなタイプが好みなのかな。
楓のなにやら落ち着かない様子を見てそう思えてしまう。

「まだ着替えるのはダメだよ。楓君のサイズは、なかなか合わせにくいんだから」
「気持ちはわかるけど……。なんかスースーして落ち着かないんだ」

楓は、スカートの裾を指で摘んでそう言う。

「まぁ、スカートはね。男の子が穿くようなものじゃないからね」

理恵ちゃんは、いかにも楽しそうにそう言った。
楓にとって、その衣装を着続けるのは、ちょっと苦痛なのかもしれない。
それでも理恵ちゃんの言うことをきくのは、楓なりに気を遣っているんだろう。

「それ以前に、この衣装はちょっと……」
「もう少しだけ待ってね。次の新しい衣装の参考にしたいから」
「うん」

楓は、渋々といった感じで頷く。
花音が見たら、きっと違う意味で新たな世界の扉が開いてしまうだろう。
私は、黙って楓のことを見守っていた。

「理恵ちゃんの衣装のセンスは確かなものだから。安心していいよ」
「………」

私の言葉に、楓は哀しげというかなんというか微妙な表情になる。
なにかを訴えてくるような眼差しでこちらを見てきたが、見なかったことにしておこう。
楓には、理恵ちゃんの作った衣装をもっと着てほしいし。

「あたしはわりと気に入っているよ。理恵の作った衣装はね。全然キツくないし」

奈緒ちゃんは、スカートの裾を指で摘んでそう言った。
まだ楓がいるというのに、その無防備なところは奈緒ちゃんらしい。
楓になら、見られてしまっても大丈夫っていう意味なんだろう。
理恵ちゃんには、恥じらいがあるっていうのに。
採寸はちゃんと理解しているみたいだから、キツいわけがない。
しかし、不満がある人は少なからずいるわけで──

「スパッツを穿かせてくれないのは、ちょっと嫌だけどね。それ以外としては、完璧だよ」
「やっぱりスパッツは必要?」
「まぁ、それはね。下着だと安心してドラムを叩けないし……」
「わたしとしては、可愛いと思うんだけど……」
「可愛いだけじゃ、恥ずかしさを克服できないんだよ。理恵」
「そういうものなんだ。それなら、なにか対策を考えておくね」
「うん。お願い」

ドラム担当の美沙としては、スカートを穿いた状態でドラムを叩くのは、ちょっとした勇気がいるらしい。
まぁ、どうしてもガニ股になっちゃうもんね。
美沙ちゃんにとっては、その辺りの配慮も必要にはなってくるか。
理恵ちゃんは、どんな風に考えているんだろう。
美沙ちゃんとは幼馴染みたいだから、それなりには考えていると思うけど。
こんな時、私にはなにも言えないのが、ちょっともどかしかったりする。
理恵ちゃんなら、なんとかするだろうとは思うが。
楓がお手洗いに行ったタイミングで、理恵ちゃんは口を開く。

「楓君は、やっぱりストッキングの方がいいのかな?」
「いきなりなんの話? 次の衣装のこと?」

私は、思案げに首を傾げてそう訊いていた。
理恵ちゃんは、当然のことのように答える。

「そうなるのかな。香奈ちゃん的には、どう思う? 楓君の女装姿は、かなりグッとくるよね?」
「まぁ、よく似合っているとは思うけど……」

たしかに楓の女装姿はよく似合ってはいるが、楓がいる前でそんなこと言いたくはない。
もしかしたら、楓が傷つくかもしれないし。

「それなら、これなんかはよく似合いそうなんだけど。…どうかな?」

そう言って、理恵ちゃんは衣装のスケッチを私に見せてきた。
これには、私だけじゃなく、奈緒ちゃんや美沙ちゃんも確認のために見にくる。

「どれどれ……」
「ちょっと拝見っと……」

興味津々といったところなんだろうけど、スケッチに描かれた衣装は、とてもじゃないけど楓に着せていいものじゃない。
白黒なんで判断できかねるところはあるが、フリルの付いたスカートといい、上の洋服といい、これはほぼコスプレの領域だ。
ステージ衣装とは、ちょっとかけ離れたものである。
私は、思わず口を開いた。

「理恵ちゃん。これって、まさか……」
「うん。次のステージ衣装かな」

もう次のステージ衣装を描いてたんだ。
私からしたら、すべてが初耳なんだけど。
美沙ちゃんと奈緒ちゃんは、あまりのことになんとも言えない様子だった。
さすがに男の子にこんなものを着せるのに、抵抗があるみたいだ。

「そ、そうなんだ。まだ配色とか、決まっていなさそうだけど……。大丈夫なの?」
「それについては大丈夫。もう決めてあるんだ」

意気揚々としてそう言う理恵ちゃんに、私はなんとも言えなかった。
一つだけ気になったのは、楓が着る予定の衣装はどうなったのかについてだ。

「もしかして弟くんだけじゃなく、私たちもそれを着る予定なの?」
「ん~。わたしたちのは、もう少し改良の余地があるかも」
「そうなんだ。その割には、弟くんに着せる衣装には、ずいぶんと力を入れているような」
「うん! 楓君の女装姿は、わたしの創作意欲を湧き立たせるのよね」
「そんなものなんだ……。心なしか、私たちの衣装にも影響がきてるような……」

理恵ちゃんのスケッチに描かれた衣装の絵は一枚じゃない。
何枚か見せてもらっているが、楓に見せたものだけかなり凝ったものになっている。
なにか狙いがあるのかな。

「それは、まぁ……。わたしたちも着る予定のあるものだからね。それなりにお洒落で凝ったものを着たいじゃない」
「私たちのは、『ついで』なんだ……」

これ以上は、さすがの私も言えなかった。
お裁縫が得意な理恵ちゃんに対しては、誰もなにも言えないのはいつものことだ。
文句なんてあるわけがないのだから。
そして、何事もなく楓がお手洗いから戻ってきたことについては、みんな少しだけ驚いていた。

「ねぇ、弟くん」
「なに?」
「お手洗いに行ってたんだよね?」
「そうだけど。なにかあった?」
「ううん。なにもないよ。ただちょっと──」

私にも、うまく表現できない。
スカートのままお手洗いに行ったってことは、つまりは──
私は、まじまじと楓の顔を見る。

「だ、大丈夫だよ。衣装は汚していないから」

楓は、なにかを悟ったのか慌てた様子で言う。

「そっちの心配はしてないから大丈夫だよ」

なにもなかったというのは、楓の態度からしてよくわかる。
ライブの時に着る衣装って、大抵の場合は一回着たらもう着なくなることが多いんだよね。
だけど、なんとなく大切にしておくのは、次のライブのためだろう。
もう着ないと言ってて、また着る可能性があるからだ。
楓に対しては、なんだか申し訳ないな。
本来なら、女装させる意味なんてないのに。
半分は理恵ちゃんたちの趣味みたいなものだろう。
一体、いつまで続くのやら。
私は、不安そうにしている楓を黙って見守っていた。
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