上 下
293 / 359
第二十四話

1

しおりを挟む
「ねぇ、楓。今度の日曜日さ。私と一緒に買い物でもどうかな?」

花音は、何を思ったのか楓に声をかけていた。
ずいぶんと緊張した様子で、だ。
いきなりの事だったので、さすがの私も唖然となってしまう。
楓の方はというと──

「あ、と……。ごめん。その日は、友達と遊びに行く約束があって──」

楓の友達といえば、風見君の事かな。
同じバイト先の同僚でもあった気がしたが──
どうなんだろう。
花音は、あきらかに不満そうな表情を浮かべている。

「それなら、しょうがないか……。納得はできないけど……」
「ホントにごめん……」

楓は、申し訳なさそうな顔で謝っていた。
そうは言うものの、埋め合わせはしないんだ。
そこで結論が出てる気がするんだよね。

「次に誘う時には、予定を空けておいてよね。私だって、いつでも暇ってわけじゃないんだから──」
「う、うん」

花音は、踵を返して2階へと上がっていく。
2階へと上がっていく時、スカートの中の下着がチラリと見えてしまった。
しかし、楓はまったく見ていなかったのを補足しておく。
意外にも水色の下着だ。
花音も、いつの間にかそんな大人っぽいものを穿くんだなって感心してしまう。
まぁ、女子校の制服のスカートって意外と短いから、ちょっとした事で見えてしまうんだけど。
見ていないものは、しょうがない。
私にも、どうにもできないものだから。
たしかに花音の女子校の制服姿は可愛いかもしれない。
だけど楓は、私たちのことしか見ていないから、無理だろう。
逆に私が誘ったら、どういう反応を見せてくれるんだろうか。
試してみたい気持ちはあったが、悪戯になってしまうのはわかりきっているのでやめておく。

「友達って、風見君のこと?」

私は、そう楓に訊いていた。
ごく自然に訊いてみただけだから、そこまで警戒はされないとは思うけど。
楓は、微苦笑して答える。

「うん。そうだよ。まさか香奈姉ちゃんに慎吾の事を覚えられてしまうなんてね」
「私を誰だと思っているのよ。弟くんの交友関係は、ある程度把握済みだよ」
「把握されてしまってるんだ……。それは、なかなかに手強いね」

それを言うなら『厄介』と言いたいんだろうけど。
私自身、楓の交友関係については干渉するつもりはないから、安心してほしいんだけどな。

「大丈夫だよ。弟くんの交友関係については、干渉するつもりはないから。その辺は安心してほしいな」
「それは、香奈姉ちゃんだから、安心はしてるけど……」
「何か不安なことでもあるの?」

楓のそんな微妙な表情を見たら、そう訊かずにはいられない。

「ん~。香奈姉ちゃん自身には、不安はないんだけど……。慎吾がね。香奈姉ちゃんのことを高嶺の花みたいなことを言ってるから、その……」
「そっかぁ。風見君が、私のことをそんな風にねぇ。なるほど──」

私が『高嶺の花』か。
そんな事、あまり言われたことがないな。
私自身は、ずっと楓一筋だったから、考えることもなかったんだけど。

「香奈姉ちゃん? どうしたの?」

楓は、とても心配そうな顔をして私を見てくる。
あまり褒められたことがないから、いざそんなことを言われても嬉しい気持ちにはならない。
むしろ、やめてほしいかなっていう感じだ。

「ううん。なんでもないよ。こっちの事──。さぁ、みんなが来る前にお掃除しちゃおう」

今日は、バンドメンバーのみんなが私の家に集まる日だ。
だから楓と一緒に、家の中のお掃除をしていたのだ。
楓が私の部屋を掃除する事にも、もはや緊張することはない。
これは、私が大学に進学した時に借りる予定のアパートにもやって来やすいようにしてる配慮だ。
私が先になるけど、大学に進学したら、私が借りるアパートに楓も住んでもらうという形で約束している。
高校は男子校と女子校とで分かれてしまったけど、大学は同じところを通うつもりだから。

「うん」

楓は、微笑を浮かべてそう返事をした。

バンドメンバーたちがやってくる時って、なんとなく緊張してしまう。
女の子同士のただの女子会なら、ここまで緊張することもなかったんだけど……。
楓が混じると、どうしてこんなに緊張してしまうんだろう。
現に、奈緒ちゃんがそんな私の顔を見て不思議そうな表情をしている。
美沙ちゃんに至っては、楓となにやら話し込んでいるし。
理恵ちゃんは、私の部屋を見るなり、訝しげな様子で言う。

「もしかして、楓君にお掃除を手伝ってもらったりする?」
「まぁね。家が近いから、呼んだらすぐに駆けつけてくれるし──」

そう説明してあげれば、大抵の場合は納得してくれる…はずだ。

「そっか。なんだか羨ましいかも……」

理恵ちゃんは、そう言って楓の方に視線を向ける。
理恵ちゃんの表情から察するに、理解はしたけど納得はしてないっていう感じだな。

「そうかな? 私にとっては、いつもの事だけど……。勉強面とかで勝っても、料理の腕前とか家事のことでいつも負けちゃうんだよね。なんか悔しいっていうか──」
「香奈ちゃんは、すべてにおいて勝ってないと許せない性質だもんね。仕方がないかと思うよ」
「そんなことは……。私は、弟くんの前ではしっかりした『お姉ちゃん』でいたいかなって──」
「大丈夫だよ。香奈ちゃんは、楓君にとっての唯一の『お姉ちゃん』なんだから。心配する必要はないかと──」

自信ありげにそう言われても。
理恵ちゃんは、どこまで楓に依存しているのやら。

「そうかなぁ。私としては弟くんに──」

そう言いかけたところで、理恵ちゃんが笑顔で私の口元に指を添え、言葉を遮る。

「そういうところだよ。香奈ちゃんは、弟くんをダメ人間にしちゃうこともあり得ちゃうんだから、気をつけないと」
「それは、ちょっと嫌かも……」

ダメ人間って聞くと、それはそれで嫌だ。でも……。
楓のお世話をしたいっていう気持ちは、少なからずある。
こういうのは、いかにも都合のいい考え方なのかもしれない。

「その顔は、いかにも納得してないって感じね」
「わかる?」
「わかるわよ。香奈ちゃんとは、付き合いが長いからね。見ればすぐにわかっちゃうよ」
「そっか」

やっぱり、わかってしまうんだ。
顔には出してないつもりなんだけど……。

「わたしだって、できるなら楓君と一緒に……」

理恵ちゃんは、なにやら言っていたみたいだったが。
そこから先の言葉は、よく聞き取れなかった。
理恵ちゃんなりに、楓を頼りにしているっていうのは、仕草や態度を見たらわかる。

「何か言った? 理恵ちゃん」
「ううん。なんでもない。こっちの事──。香奈ちゃんが気にするような事は何もないよ」

理恵ちゃんは、つとめて笑顔を浮かべてそう言っていた。
その笑顔は、かなり無理をしているんじゃないかと思ってしまう。
でも、理恵ちゃんからは何も言ってこないので大丈夫なのかな。
う~ん……。どうなんだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

クラスの双子と家族になりました。~俺のタメにハーレム作るとか言ってるんだがどうすればいい?~

いーじーしっくす
恋愛
ハーレムなんて物語の中の事。自分なんかには関係ないと思っていた──。 橋本悠聖は普通のちょっとポジティブな陰キャ。彼女は欲しいけど自ら動くことはなかった。だがある日、一人の美少女からの告白で今まで自分が想定した人生とは大きくかわっていく事になった。 悠聖に告白してきた美少女である【中村雪花】。彼女がした告白は嘘のもので、父親の再婚を止めるために付き合っているフリをしているだけの約束…の、はずだった。だが、だんだん彼に心惹かれて付き合ってるフリだけじゃ我慢できなくなっていく。 互いに近づく二人の心の距離。更には過去に接点のあった雪花の双子の姉である【中村紗雪】の急接近。冷たかったハズの実の妹の【奈々】の危険な誘惑。幼い頃に結婚の約束をした従姉妹でもある【睦月】も強引に迫り、デパートで助けた銀髪の少女【エレナ】までもが好意を示し始める。 そんな彼女達の歪んだ共通点はただ1つ。 手段を問わず彼を幸せにすること。 その為だけに彼女達は周りの事など気にせずに自分の全てをかけてぶつかっていく! 選べなければ全員受け入れちゃえばいいじゃない! 真のハーレムストーリー開幕! この作品はカクヨム等でも公開しております。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...