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第二十三話

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「ねぇねぇ。どこに行こっか? よかったら、喫茶店にでも行く?」

美沙先輩は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべて訊いてくる。
白とピンクを基調としたオシャレなチュニックに黒のミニスカートという服装だ。足には、白の靴下に運動用の靴である。
おでかけ用というよりも、その服装はあきらかにデート用だろう。
美沙先輩も、普通に見たら結構可愛い。
あわよくば声をかけようとしてる男の人は多いんじゃないかな。
その証拠に、今も遠巻きにこちらを見ている男の人たちの姿がある。とても視線が痛い……。
当の本人は、あまり気にしてないのか無邪気にも僕の腕に抱きついてくる。

「う~ん……。そうだなぁ」

僕は、そういった男の人たちの方は見ないでそう言っていた。
そうは言ったが、特に行く場所が決まったわけではない。
それに、行く場所は美沙先輩が決めるのでは?
僕が困惑気味な表情を浮かべていると、美沙先輩はグイッと僕の腕を引っ張る。

「冗談だよ。さぁ、はやく行こう」
「うん」

一体どこへ?
そんな言葉は、喉の奥に消えていった。
やっぱり美沙先輩が決めるんじゃないか。
──まったく。そういう冗談はやめてほしいな。
でも、そんな性格だから救われている面があるのはたしかだ。
今も、ちょっと安心した僕である。

美沙先輩につれてこられたのは、音楽関連の品物が置いてある専門のCDショップだった。
香奈姉ちゃんたちともよく来るお店で、僕も過去にベースの弦やピックなどを買わせてもらっている。
僕の兄なんかもよく、お世話になっているところだ。

「いらっしゃい。今日は、美沙ちゃんと楓君だけかい?」

メガネをかけた壮年の男性がフレンドリーに声をかけてくる。
このお店の店長さんだ。
すでに顔馴染みなのはしょうがない。
だからこそ、みんな愛称を込めて店長さんのことを『マスター』と呼んでいる。

「あ、マスター。いつものやつだけど……。あるかな?」

美沙先輩は、マスターにそう言っていた。
美沙先輩の言った『いつものやつ』というのは、きっとアレのことだろう。
マスターも、それは把握している。

「ああ、あるよ。ちょっと待っててくれな」

マスターは、そう言って店の奥に入っていく。
そして、しばらくしないうちに戻ってきた。
その手には箱のようなものを持ってきて──

「お待たせ。ほら、コレの事だろ? 値段は──」
「うん。わかってる。はい、これ──」

美沙先輩は、そう言ってマスターにお金を払う。

「使い方は…説明しなくてもわかるか……」
「もちろん! ありがとう、マスター」

屈託のない笑顔を見せる美沙先輩。
そんな笑顔が可愛いと思えるのは、僕だけだろうか。
普通にしてたら、男性たちにモテると思うんだけどなぁ。
本人に興味がないのか、美沙先輩は彼氏をつくるつもりはないらしい。
ドラム担当だから、しょうがないみたいだ。
ライブ中もスカートでガニ股、だもんな。
一応、スパッツは穿いているから、本人は気にならないのかもしれないが。
ガサツな印象を持たれがちだもんね。
美沙先輩は、いたって普通の女の子なのに……。

「ひょっとして気になったりする?」

美沙先輩は、笑顔で僕を見てくる。
別に気になったりは…するかもしれない。

「う、うん。何を買ったのかなって──」
「なんのことはない、ただのギターの弦だよ。あいつにプレゼントしようと思ってね」
「そっか。てっきり自分で使うのかと──」
「私はギターなんて弾けないし……。それなら、あいつに使ってもらった方がいいかなって」
「そうなんだ」

美沙先輩の言う『あいつ』というのは誰のことなのかは、敢えて聞かないでおこう。
たぶん男友達だろうとは思うけど……。

「楓君は? 買い物とかはないの?」
「僕は特に……。弦が壊れたとかは、今のところないし」
「そっか。それなら、行こっか?」
「うん」

僕を誘う必要があったんだろうか。
しかもお弁当持参で、僕を呼ぶ意味なんて──

「お昼まで、まだちょっと時間があるわね。それなら、せっかくだからゲーセンに行ってみよう」

CDショップから出て、しばらく歩いた後で美沙先輩はそう言った。
行き先については、美沙先輩に任せるしかない。
たぶん僕でもゲームセンターに決めていただろうと思うから。

なんだろう。
香奈姉ちゃんの気配がする。
気のせいかな。でも……。
僕は、違和感を感じて周囲に視線を馳せる。

「どうしたの?」

美沙先輩は、心配そうな表情で僕を見ていた。
変な心配をさせるわけにはいかない。
僕は、微笑を浮かべて言う。

「なんでもないよ。…ちょっとね。前に香奈姉ちゃんと一緒に来た場所だからなんとなく──」
「そっか。なんとなく、香奈ちゃんがいるんじゃないかと思ったわけか。ふむふむ。なるほどね」

美沙先輩は、何を思ったのか周囲を見渡してから、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「どうしたんですか? 美沙先輩」
「べっつに~。ただなんとなくね~」

そう言って、体を密着させてくる。

「ちょっ……! 美沙先輩!」
「なに?」
「なんで体を密着させてくるんですか⁉︎」
「さぁ。なんでだろうね? 私にもわからないなぁ」

惚けようとしたって……。
美沙先輩の胸が体に当たってるよ。
彼女の胸もけっして小さくはない。
香奈姉ちゃんほど大きいというわけではないが、それでも充分に──
というか、そういう問題ではなくて。
なんで美沙先輩が、僕に密着してるんだって話なんだけど……。

「わからないって……」
「女の子はね。いきなりそういうことがしたいって思う時があるんだよ。男の子にはないのかな?」

そんなこと聞かれても……。
そりゃ、まったくしたい気持ちがないかって聞かれたら、あるのかもしれないけれど……。
もしかして、誰かに見せびらかしているのかな。
美沙先輩が、本心からそんなことをしているわけじゃないのは、態度でわかってしまうし。

「本命の彼女なら、したいっていう気持ちにはなるけど。それ以外の女の子にはさすがに……」
「そっかぁ。私は、それ以外の女の子になっちゃうのか~。残念だなぁ」

美沙先輩は、そう言って僕の腕にギュッとしがみついてくる。
まるで誰かに見せつけているかのようだ。

「何してるの?」
「何って、楓君の腕にしがみついてるんだけど。もしかして、やっちゃダメだった?」
「ダメなことはないけど……」
「なら、いいじゃん! どうせ香奈ちゃんも見てないことだし──」
「もしかして、わざとやってるんじゃ……」
「ん~? 何のことかな?」

そう言って惚けてみせるあたり、ホントにわざとやってるんじゃないのかな。
もしかして、香奈姉ちゃんがどこかにいるとか?
僕は、美沙先輩に気づかれないように周囲を見やる。
そんな事をしても、都合良く香奈姉ちゃんがいるわけがない。

「ねぇ、楓君。とりあえず、プリクラコーナーに行こうよ。今だったら、きっと良いものが撮れそうだし」
「う、うん」

さすがに断るわけにはいかないだろう。
僕にとっては、美沙先輩と一緒に歩くのは、新鮮な気持ちになるから好きなんだけど。
これは恋愛の感情というよりか、友情の感情に近いものだ。
僕は、美沙先輩に引っ張られるようにしてプリクラコーナーまで向かっていく。
テンションが高いのか、美沙先輩は駆け足で向かう。
駆け足で向かうその瞬間、ミニスカートの中の下着がチラ見えしていた。
そう。下着だったのだ。
間違いなく。
今回はスパッツではなく、ショーツである。ピンク色の可愛いショーツ……。
意図的にではないと思いたいけど、美沙先輩がスパッツではなくショーツの方を覗かせるのはめずらしいかもしれない。
偶然、今日だけはスパッツを穿いてないのかも──

「どうしたの、楓君? 私の顔に何かついてる?」
「え、いや……。な、なんでもないよ。ただ、ちょっとね」
「何かあったの?」
「大したことは何も……。ちょっとだけ見えちゃったっていうか……」
「そっか」

美沙先輩は、そうとだけ答えて、特に聞いてこなかった。
もしかしたら、気づいているのかもしれない。
見えてしまったことに……。
その証拠に、美沙先輩はとても恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
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