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第十九話
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香奈姉ちゃんは、僕なんかといて何が楽しいんだろう。
特にも、今日みたいな日は友達といた方が楽しいだろうに。
そうは思っていても、はっきりと口に出せない僕は、臆病なんだなっていつも思う。
香奈姉ちゃんとの関係が壊れてしまうのが、怖くてしょうがないのだから。
まぁ、香奈姉ちゃんがそれでいいと思うのなら、僕にはなんとも言えないが。
いつものように自分の部屋でくつろいでいると、これまたいつもどおりに香奈姉ちゃんがやってくる。
まるで、僕以外誰もいないこの時を待っていたかのように。
「弟くん。今、暇かな? 暇だよね? 暇なら手伝ってほしいんだけど」
「ん? 何かあったの?」
香奈姉ちゃんから勝手に暇人認定されてしまったが、この場合は仕方がない。
実際、何もしていなかったのだから。
「私の家でね。お片付けを手伝ってほしいんだ。別にいいよね?」
「別に構わないけど。大掃除とかは済ませたんだよね?」
「うん。それはもちろん済ませたんだけど。その……」
香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうに頬を赤くしてうつむいてしまう。
ここでは言いにくいことなのかな。
それなら仕方ない。
「わかった。とりあえず、香奈姉ちゃんの家に行こうか」
「うん! ありがとう」
その屈託のない笑顔が、なんとも言えず可愛いんだよな。
僕は、その笑顔に逆らえる気がしない。
香奈姉ちゃんの言ってた『お片付けの手伝い』っていうのは、音楽の楽譜などのお片付けの手伝いかと思っていたんだけど。
どうやら違ったようだ。
香奈姉ちゃんの部屋に入ってそこに広がっていたのは、普段身につけているであろう下着だった。
それこそ足の踏み場もないくらいに下着類で溢れている。
ベッドの上だけだったら、まだわかるんだけど。
「え……。これって……」
僕が思わずそう言ってしまうほどだ。
一体、どうやったらこんな風になってしまうんだろう。
真面目な香奈姉ちゃんが、ここまで散らかすなんてめずらしい。
「散らかっててごめんね。予定通り、お片付けをしたいんだけど。その前に探し物をね。探してたんだよね」
「探し物って……。もう見つかったの?」
僕は、周囲を見やりながらそう訊いていた。
探し物というのは初耳だ。
香奈姉ちゃんは、元気がなさそうな態度で言う。
「ううん……。部屋中探し回ってるんだけど、全然見つからなくて……」
「そうなんだ。それじゃ、お片付けをする前に探さないとね」
「そこで相談なんだけど──」
そんなもじもじとした態度で言ってくるってことは……。
僕にも、香奈姉ちゃんの探し物を探してほしいってことだよね。
「僕は、これ以上香奈姉ちゃんの部屋を散らかす気はないよ」
「そんなぁ……。手伝ってくれるって言ったのに……」
「うん。まぁ、手伝うけど……」
「ありがとう、弟くん。やっぱり弟くんは、優しいね」
「だけどこれは……」
僕は、乱雑に床に置いてある香奈姉ちゃんの下着を見て言葉をもらす。
厳密に言えば、どこから手をつければいいのかわからない。
なんというか、香奈姉ちゃんの下着の数ってどれだけ多いの。
目のやり場に困るんだけど。
そんな中から探せと?
一体、何を?
そんな中、香奈姉ちゃんは何を思ったのか、恥ずかしそうに頬を染めて言った。
「下着は今から片付けようかなって思ってたんだ。探し物はその中からは見つからなかったし……。綺麗にたたみたいなって思ってたから、弟くんも手伝ってくれるかな?」
「え……。僕が香奈姉ちゃんの下着を?」
「うん。ダメ、かな?」
「いいよ。どうやってたたむのか教えてくれるんなら、手伝うよ」
「ありがとう」
女の子の下着のたたみ方はさすがに知らないから、教えてくれるのなら助かる。
手伝うって言ったって、まず香奈姉ちゃんの下着を片付けないと、探し物を探すどころじゃない。
香奈姉ちゃんは、下着を二枚拾い上げてそのまま僕に渡してくる。
ブラジャーの方とショーツの方だ。色もお揃いだから、これで一セットなんだろう。
「まずね。ブラジャーの方はこうするの」
香奈姉ちゃんは、拾い上げたブラジャーを丁寧にたたんでいく。
僕は、渡されたブラジャーを見よう見まねで優しく丁寧にたたむ。
それを見ていた香奈姉ちゃんは、安心したのか静かに頷いて、ショーツの方を手に取り、そのままゆっくりとたたんでいく。
「そうしたら、次にショーツはこうするんだよ」
「うん……」
僕は、香奈姉ちゃんに言われたとおりにショーツをたたむ。
女の子の下着なんて、普段なら触ることもないし、目にすることもないから、いざこういうことをするとなると緊張してしまう。
なんだか、これだけで時間をかけてしまいそうな感じだ。
幸いなのは、洗濯をしなくても大丈夫なことくらいだろうか。
それにしても女の子の下着って、意外にも伸縮性に優れてるんだな。
布の面積がこれだけしかないのに、大事な箇所をしっかりと守ってるんだから、すごいとしか言いようがない。
香奈姉ちゃんの大事な箇所か……。
ああ。ダメだ。
思い出すと、またエッチな妄想をしてしまいそうだ。
あまりまじまじと見ると、香奈姉ちゃんが不機嫌な表情になるからやめておこう。
僕が全部の下着を仕舞い終えるのと同時のタイミングで、香奈姉ちゃんは洋服を仕舞っているタンスを開けた。
「次は、このタンスの中かな」
「ところで香奈姉ちゃん」
「なに?」
「一体、何を探しているの?」
「それを聞いちゃうんだ。弟くん」
「聞いちゃうって……。探し物が何なのかわからないと、探しようがないでしょ」
僕は、軽くため息を吐いてそう言う。
断っておくけど、香奈姉ちゃんの探し物について僕は何も聞いていない。
なるべくなら、香奈姉ちゃんの口から聞きたいことなんだけど。
そもそも女の子の下着を、男である僕がきちんとたたんでタンスの中に仕舞うっていうのも、通常なら考えられない事だ。
もはや人が良いって言う問題ではない。
「どうしても言わないとダメ?」
香奈姉ちゃんは、上目遣いでそう言ってくる。
何なのかわからない以上、ここで聞いておかないとダメだろう。それに万が一、香奈姉ちゃんが探してる物を見ても、絶対に見過ごしてしまう可能性が大だ。
「言ってくれないと、わからないよ。この場合──」
「そっか。手伝ってくれるっていう手前、何なのか知らないと困るもんね」
「うん。まぁ、そういうこと」
ようやく香奈姉ちゃんも納得してくれたか。
香奈姉ちゃんは、僕を見てなぜか恥ずかしそうに頬を赤く染めて口を開く。
「あのね。とっても言いにくいことなんだけど……。あるものが入った小さな瓶なんだよね」
「小さい瓶、か。それは、探すのは大変そうだね」
「うん。弟くんの大切なアレが入った瓶なんだ。なんとしても見つけないと──」
「ちょっと待って。僕の大切なアレって、一体何のこと?」
僕は、気になって訊いてみる。
僕の大切なアレって、なんだろうか。
誕生日プレゼント以外で、香奈姉ちゃんに何かをあげたことはないかと思うんだが……。
「いやだなぁ。忘れちゃったの? 私とのスキンシップ中に楓が──」
「っ……!」
思い出したかもしれない。
たしか、その小瓶の中には僕の──
いやいや。そんなことあるわけがない。
「もしかして、僕の──」
「最後まで言ったらダメだよ。確実に幻滅されちゃうから」
香奈姉ちゃんは、僕の唇にそっと指を添えてそう言った。
──まさかね。香奈姉ちゃんが、僕のアレを持っているわけがない。
それができるとしたら、僕が寝ている時くらいだろう。
「言わないけど……。そんなに大事なものなら、ちゃんと仕舞っておかないと」
「うん。わかってはいるんだけどね。私としたことが……」
「めずらしいね。香奈姉ちゃんが持ち物を紛失するなんて」
「普段は私の大事なところに仕舞っているんだけど、いつの間にか無くなっていて……」
「誰かが、無断で持ち去っていったとか?」
「誰かって、もしかして花音かな?」
香奈姉ちゃんの部屋に無断で入れる人間は、たしかに花音くらいだけど。
花音を犯人と決めてしまうには、あまりにも早計な気もする。
「花音がそんなことするの?」
「わからない。だけど私の部屋に入ってくるのは花音しか──」
香奈姉ちゃんがそう言った途端、ノックも無しに部屋のドアが開く。
鍵はかけてないのだから、誰かが開けようとすれば開くのは当然なのだが。
ドアを開けたのは、香奈姉ちゃんの母親だった。
香奈姉ちゃんの母親は、僕たちの姿を見て笑顔を向ける。
「あら。二人とも仲良くしていたのね」
「あ、どうも……。お邪魔してます」
「お母さん? 私の部屋に来るなんてめずらしいね。何かあったの?」
香奈姉ちゃんは、思案げな表情で母親に訊いていた。
「ああ、それがね。香奈の部屋に化粧品はあるかなって思ってね。来ちゃったの」
「ちょっと……。まさかそれって、私がいない時に入ってたりする?」
「今回だけよ。ちょっとだけ気になってしまってね」
「ちょっとだけって……。私にだってプライベートってものが──」
「わかってるわよ、そのくらい。だから香奈の部屋にも、化粧品くらいあるかなって思ったのよ。それで、香奈の部屋の中をいろいろ物色していたら、こんなものが出てきたのよね」
香奈姉ちゃんの母親は、ある物を香奈姉ちゃんに手渡す。
それは、小さな瓶みたいなものだった。
「あ……。これは……」
香奈姉ちゃんは、母親から渡された物を見て思わず言葉をもらす。
確認できなかったからよくわからないが、それは香奈姉ちゃんが探してた物で間違いないんじゃないのかな。
香奈姉ちゃんの母親は、訝しげな表情で香奈姉ちゃんに言った。
「これって、香水なの? それにしては、ずいぶんと──」
「わー! わー! これ以上は言わないで! お母さんの言うとおり、ただの香水だよ。やましいものではないよ」
香奈姉ちゃんは、めずらしく取り乱した様子でそう言う。
僕に聞かれたら、まずい物なのか。それって……。
香奈姉ちゃんの母親は、香奈姉ちゃんの態度を見て慮った様子で口を開く。
「そ、そうね。ただの香水なら、別にいいわ。…今度は、他の人に見つからないように気をつけなさいよ」
「わかってるって──」
香奈姉ちゃんは、下着が入った段のタンスの中に小さな瓶を仕舞う。
まるで大事な物を隠すかのような仕草だ。
僕には、興味がないからどうでもいいんだけど。
「それじゃ、私はこれで失礼するわね」
香奈姉ちゃんの母親は、僕の顔を見て意味ありげな笑みを浮かべ、部屋を後にした。
ん? なんだろう。
僕に関係のあることなのかな。
僕に『頑張りなさい』って言ったような気がするんだけど。
香奈姉ちゃんが探してた小さな瓶とどんな関係があるんだろう。
「さてと……。探し物も見つかったことだし。これから何をしよっか?」
香奈姉ちゃんは、そう言って体を寄り添わせてくる。
そんなことをしてきたって、僕の答えは変わらない。
「何をするって言われても……。用件はもう終わったことだし、もう帰ろうかなって……」
「いやいや。そんなこと言わずに、ね。私と一緒に遊ぼう」
「何をして遊ぶの? バンドの練習とか?」
「う~ん。一緒にゲームをするとか?」
ゲームというのは、きっと僕の気を引くためのものだろう。
何にせよ、ここでオッケーしないと香奈姉ちゃんが悲しむのはたしかだ。
香奈姉ちゃんの部屋にも、ゲームくらいはあるからな。
ジャンルまではよくわからないけど。
「仕方ないなぁ、香奈姉ちゃんは──。僕で良ければ付き合うよ」
「ありがとう。弟くん」
きっと香奈姉ちゃんは、きっかけが欲しかったんだと思う。そうでなかったら、帰ろうとする僕を引き留めるはずがない。
そういえば、小さな瓶をタンスの中に仕舞ったみたいだけど、用途はなんだろう。
役に立つものとは思えないんだけど。
とても気になるが、教えてくれそうにないし……。
香奈姉ちゃんが黙っているのなら仕方ない。
僕は、今回の探し物の件については黙っておこうと心に決めた。
特にも、今日みたいな日は友達といた方が楽しいだろうに。
そうは思っていても、はっきりと口に出せない僕は、臆病なんだなっていつも思う。
香奈姉ちゃんとの関係が壊れてしまうのが、怖くてしょうがないのだから。
まぁ、香奈姉ちゃんがそれでいいと思うのなら、僕にはなんとも言えないが。
いつものように自分の部屋でくつろいでいると、これまたいつもどおりに香奈姉ちゃんがやってくる。
まるで、僕以外誰もいないこの時を待っていたかのように。
「弟くん。今、暇かな? 暇だよね? 暇なら手伝ってほしいんだけど」
「ん? 何かあったの?」
香奈姉ちゃんから勝手に暇人認定されてしまったが、この場合は仕方がない。
実際、何もしていなかったのだから。
「私の家でね。お片付けを手伝ってほしいんだ。別にいいよね?」
「別に構わないけど。大掃除とかは済ませたんだよね?」
「うん。それはもちろん済ませたんだけど。その……」
香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうに頬を赤くしてうつむいてしまう。
ここでは言いにくいことなのかな。
それなら仕方ない。
「わかった。とりあえず、香奈姉ちゃんの家に行こうか」
「うん! ありがとう」
その屈託のない笑顔が、なんとも言えず可愛いんだよな。
僕は、その笑顔に逆らえる気がしない。
香奈姉ちゃんの言ってた『お片付けの手伝い』っていうのは、音楽の楽譜などのお片付けの手伝いかと思っていたんだけど。
どうやら違ったようだ。
香奈姉ちゃんの部屋に入ってそこに広がっていたのは、普段身につけているであろう下着だった。
それこそ足の踏み場もないくらいに下着類で溢れている。
ベッドの上だけだったら、まだわかるんだけど。
「え……。これって……」
僕が思わずそう言ってしまうほどだ。
一体、どうやったらこんな風になってしまうんだろう。
真面目な香奈姉ちゃんが、ここまで散らかすなんてめずらしい。
「散らかっててごめんね。予定通り、お片付けをしたいんだけど。その前に探し物をね。探してたんだよね」
「探し物って……。もう見つかったの?」
僕は、周囲を見やりながらそう訊いていた。
探し物というのは初耳だ。
香奈姉ちゃんは、元気がなさそうな態度で言う。
「ううん……。部屋中探し回ってるんだけど、全然見つからなくて……」
「そうなんだ。それじゃ、お片付けをする前に探さないとね」
「そこで相談なんだけど──」
そんなもじもじとした態度で言ってくるってことは……。
僕にも、香奈姉ちゃんの探し物を探してほしいってことだよね。
「僕は、これ以上香奈姉ちゃんの部屋を散らかす気はないよ」
「そんなぁ……。手伝ってくれるって言ったのに……」
「うん。まぁ、手伝うけど……」
「ありがとう、弟くん。やっぱり弟くんは、優しいね」
「だけどこれは……」
僕は、乱雑に床に置いてある香奈姉ちゃんの下着を見て言葉をもらす。
厳密に言えば、どこから手をつければいいのかわからない。
なんというか、香奈姉ちゃんの下着の数ってどれだけ多いの。
目のやり場に困るんだけど。
そんな中から探せと?
一体、何を?
そんな中、香奈姉ちゃんは何を思ったのか、恥ずかしそうに頬を染めて言った。
「下着は今から片付けようかなって思ってたんだ。探し物はその中からは見つからなかったし……。綺麗にたたみたいなって思ってたから、弟くんも手伝ってくれるかな?」
「え……。僕が香奈姉ちゃんの下着を?」
「うん。ダメ、かな?」
「いいよ。どうやってたたむのか教えてくれるんなら、手伝うよ」
「ありがとう」
女の子の下着のたたみ方はさすがに知らないから、教えてくれるのなら助かる。
手伝うって言ったって、まず香奈姉ちゃんの下着を片付けないと、探し物を探すどころじゃない。
香奈姉ちゃんは、下着を二枚拾い上げてそのまま僕に渡してくる。
ブラジャーの方とショーツの方だ。色もお揃いだから、これで一セットなんだろう。
「まずね。ブラジャーの方はこうするの」
香奈姉ちゃんは、拾い上げたブラジャーを丁寧にたたんでいく。
僕は、渡されたブラジャーを見よう見まねで優しく丁寧にたたむ。
それを見ていた香奈姉ちゃんは、安心したのか静かに頷いて、ショーツの方を手に取り、そのままゆっくりとたたんでいく。
「そうしたら、次にショーツはこうするんだよ」
「うん……」
僕は、香奈姉ちゃんに言われたとおりにショーツをたたむ。
女の子の下着なんて、普段なら触ることもないし、目にすることもないから、いざこういうことをするとなると緊張してしまう。
なんだか、これだけで時間をかけてしまいそうな感じだ。
幸いなのは、洗濯をしなくても大丈夫なことくらいだろうか。
それにしても女の子の下着って、意外にも伸縮性に優れてるんだな。
布の面積がこれだけしかないのに、大事な箇所をしっかりと守ってるんだから、すごいとしか言いようがない。
香奈姉ちゃんの大事な箇所か……。
ああ。ダメだ。
思い出すと、またエッチな妄想をしてしまいそうだ。
あまりまじまじと見ると、香奈姉ちゃんが不機嫌な表情になるからやめておこう。
僕が全部の下着を仕舞い終えるのと同時のタイミングで、香奈姉ちゃんは洋服を仕舞っているタンスを開けた。
「次は、このタンスの中かな」
「ところで香奈姉ちゃん」
「なに?」
「一体、何を探しているの?」
「それを聞いちゃうんだ。弟くん」
「聞いちゃうって……。探し物が何なのかわからないと、探しようがないでしょ」
僕は、軽くため息を吐いてそう言う。
断っておくけど、香奈姉ちゃんの探し物について僕は何も聞いていない。
なるべくなら、香奈姉ちゃんの口から聞きたいことなんだけど。
そもそも女の子の下着を、男である僕がきちんとたたんでタンスの中に仕舞うっていうのも、通常なら考えられない事だ。
もはや人が良いって言う問題ではない。
「どうしても言わないとダメ?」
香奈姉ちゃんは、上目遣いでそう言ってくる。
何なのかわからない以上、ここで聞いておかないとダメだろう。それに万が一、香奈姉ちゃんが探してる物を見ても、絶対に見過ごしてしまう可能性が大だ。
「言ってくれないと、わからないよ。この場合──」
「そっか。手伝ってくれるっていう手前、何なのか知らないと困るもんね」
「うん。まぁ、そういうこと」
ようやく香奈姉ちゃんも納得してくれたか。
香奈姉ちゃんは、僕を見てなぜか恥ずかしそうに頬を赤く染めて口を開く。
「あのね。とっても言いにくいことなんだけど……。あるものが入った小さな瓶なんだよね」
「小さい瓶、か。それは、探すのは大変そうだね」
「うん。弟くんの大切なアレが入った瓶なんだ。なんとしても見つけないと──」
「ちょっと待って。僕の大切なアレって、一体何のこと?」
僕は、気になって訊いてみる。
僕の大切なアレって、なんだろうか。
誕生日プレゼント以外で、香奈姉ちゃんに何かをあげたことはないかと思うんだが……。
「いやだなぁ。忘れちゃったの? 私とのスキンシップ中に楓が──」
「っ……!」
思い出したかもしれない。
たしか、その小瓶の中には僕の──
いやいや。そんなことあるわけがない。
「もしかして、僕の──」
「最後まで言ったらダメだよ。確実に幻滅されちゃうから」
香奈姉ちゃんは、僕の唇にそっと指を添えてそう言った。
──まさかね。香奈姉ちゃんが、僕のアレを持っているわけがない。
それができるとしたら、僕が寝ている時くらいだろう。
「言わないけど……。そんなに大事なものなら、ちゃんと仕舞っておかないと」
「うん。わかってはいるんだけどね。私としたことが……」
「めずらしいね。香奈姉ちゃんが持ち物を紛失するなんて」
「普段は私の大事なところに仕舞っているんだけど、いつの間にか無くなっていて……」
「誰かが、無断で持ち去っていったとか?」
「誰かって、もしかして花音かな?」
香奈姉ちゃんの部屋に無断で入れる人間は、たしかに花音くらいだけど。
花音を犯人と決めてしまうには、あまりにも早計な気もする。
「花音がそんなことするの?」
「わからない。だけど私の部屋に入ってくるのは花音しか──」
香奈姉ちゃんがそう言った途端、ノックも無しに部屋のドアが開く。
鍵はかけてないのだから、誰かが開けようとすれば開くのは当然なのだが。
ドアを開けたのは、香奈姉ちゃんの母親だった。
香奈姉ちゃんの母親は、僕たちの姿を見て笑顔を向ける。
「あら。二人とも仲良くしていたのね」
「あ、どうも……。お邪魔してます」
「お母さん? 私の部屋に来るなんてめずらしいね。何かあったの?」
香奈姉ちゃんは、思案げな表情で母親に訊いていた。
「ああ、それがね。香奈の部屋に化粧品はあるかなって思ってね。来ちゃったの」
「ちょっと……。まさかそれって、私がいない時に入ってたりする?」
「今回だけよ。ちょっとだけ気になってしまってね」
「ちょっとだけって……。私にだってプライベートってものが──」
「わかってるわよ、そのくらい。だから香奈の部屋にも、化粧品くらいあるかなって思ったのよ。それで、香奈の部屋の中をいろいろ物色していたら、こんなものが出てきたのよね」
香奈姉ちゃんの母親は、ある物を香奈姉ちゃんに手渡す。
それは、小さな瓶みたいなものだった。
「あ……。これは……」
香奈姉ちゃんは、母親から渡された物を見て思わず言葉をもらす。
確認できなかったからよくわからないが、それは香奈姉ちゃんが探してた物で間違いないんじゃないのかな。
香奈姉ちゃんの母親は、訝しげな表情で香奈姉ちゃんに言った。
「これって、香水なの? それにしては、ずいぶんと──」
「わー! わー! これ以上は言わないで! お母さんの言うとおり、ただの香水だよ。やましいものではないよ」
香奈姉ちゃんは、めずらしく取り乱した様子でそう言う。
僕に聞かれたら、まずい物なのか。それって……。
香奈姉ちゃんの母親は、香奈姉ちゃんの態度を見て慮った様子で口を開く。
「そ、そうね。ただの香水なら、別にいいわ。…今度は、他の人に見つからないように気をつけなさいよ」
「わかってるって──」
香奈姉ちゃんは、下着が入った段のタンスの中に小さな瓶を仕舞う。
まるで大事な物を隠すかのような仕草だ。
僕には、興味がないからどうでもいいんだけど。
「それじゃ、私はこれで失礼するわね」
香奈姉ちゃんの母親は、僕の顔を見て意味ありげな笑みを浮かべ、部屋を後にした。
ん? なんだろう。
僕に関係のあることなのかな。
僕に『頑張りなさい』って言ったような気がするんだけど。
香奈姉ちゃんが探してた小さな瓶とどんな関係があるんだろう。
「さてと……。探し物も見つかったことだし。これから何をしよっか?」
香奈姉ちゃんは、そう言って体を寄り添わせてくる。
そんなことをしてきたって、僕の答えは変わらない。
「何をするって言われても……。用件はもう終わったことだし、もう帰ろうかなって……」
「いやいや。そんなこと言わずに、ね。私と一緒に遊ぼう」
「何をして遊ぶの? バンドの練習とか?」
「う~ん。一緒にゲームをするとか?」
ゲームというのは、きっと僕の気を引くためのものだろう。
何にせよ、ここでオッケーしないと香奈姉ちゃんが悲しむのはたしかだ。
香奈姉ちゃんの部屋にも、ゲームくらいはあるからな。
ジャンルまではよくわからないけど。
「仕方ないなぁ、香奈姉ちゃんは──。僕で良ければ付き合うよ」
「ありがとう。弟くん」
きっと香奈姉ちゃんは、きっかけが欲しかったんだと思う。そうでなかったら、帰ろうとする僕を引き留めるはずがない。
そういえば、小さな瓶をタンスの中に仕舞ったみたいだけど、用途はなんだろう。
役に立つものとは思えないんだけど。
とても気になるが、教えてくれそうにないし……。
香奈姉ちゃんが黙っているのなら仕方ない。
僕は、今回の探し物の件については黙っておこうと心に決めた。
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