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第十七話

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さすがにお風呂場では、『慎み』の心を持って接してほしいな。
そんな風に思ってしまうのは、二人ともなんの恥ずかしげもなく裸で戯れ合う姿を僕に見せているからだ。
──まったく。
一緒に入っている僕の身にもなってほしいよ。
普通の男の人ならデレデレしちゃうようなシチュエーションでも、僕の場合はそうはならないんだよな。

「ねぇ、楓。よかったら、私たちと一緒に戯れ合わない? きっと楽しいよ」
「遠慮しておくよ」

僕は、丁重にお断りした。
さすがに女の子同士で裸で戯れ合っているところに、男が入るのはまずい。
そもそもこんな場所にいること自体がアウトなのだ。
香奈姉ちゃんは、途端に不機嫌そうな表情になる。

「え~。楓がいないとつまんないよ~。…一緒に戯れ合おうよ」
「そんなこと言われても……。そろそろ上がらないとだし」
「むぅ……」

何か言いたげな表情で睨んでくるが、僕の方はそろそろ限界だ。
これ以上、お風呂に入っていたらのぼせてしまう。
奈緒さんも、僕の状態がよくわかっているんだろう。心配そうに僕を見ていた。

「大丈夫、楓君?」
「うん。奈緒さんの顔を見たら、安心したよ。香奈姉ちゃんのことは任せたよ」
「え……。ちょっと……」
「奈緒さんの体つきはそんなに悪くないから、大丈夫だよ」
「それって……」

奈緒さんは、途端に顔が真っ赤になり、胸元と大事な箇所を隠す素振りを見せる。
怒っているわけではないのは、僕にもわかるけど……。
今さらな感じがするのは、僕だけだろうか。
僕は、ゆっくりとした足取りでお風呂場を後にする。
後ろから香奈姉ちゃんから

「奈緒ちゃんの裸を見たんだから、責任はとりなさいよね」

と、言われた時は、どういう反応をしていいのやらわからなかった。

とりあえず、なんとかお風呂場から脱出した僕。
これ以上あそこに居続けたら、何をされるかわかったもんじゃないし、精神衛生上にもよくない。
奈緒さんの裸なんて、見てしまっただけでも申し訳ないとさえ思う。
ホントに、お風呂場から出られてよかった。
ひとまず、髪を乾かしてから服を着よう。
そう思い、鏡の前に立ちドライヤーを手に持った瞬間、お風呂場の戸が開く。

「え……」

僕は、思わずそっちに視線を向ける。
戸が開いてそこに立っていたのは、香奈姉ちゃんだった。
しかもバスタオルを巻いてないので、全裸だ。
この光景を兄が見たら、なんて言うだろうか。
きっと何かを言う前に、性欲に駆られて、襲ってしまうに違いない。
それにしても、どうしたんだろう。
お風呂から上がってくるには、ちょっと早いような気もするんだけど。
香奈姉ちゃんは、胸や大事な箇所を隠しもせずにこちらに近づいてくる。それも笑顔でだ。

「ねぇ、楓。もう一回入らない?」
「え……。もう一回って?」
「奈緒ちゃんも入っていることだし。どうかな? 私たちと一緒にお風呂に入るの。…きっと楽しいよ」
「いや……。遠慮しておくよ。奈緒さんに悪いし……」

僕は、丁重にお断りした。
もう一回お風呂場に戻るってことは、そういうことだよね。
とてもじゃないけど無理だ。
香奈姉ちゃんは、またしても不機嫌そうな表情で僕を睨んでくる。

「なんで楓が奈緒ちゃんに気を遣うのかな? もしかして、さっきの下着のことで弱みでも握られてしまったの?」
「そんなんじゃないよ。ただ──」
「何よ? 言いたいことがあるなら、ハッキリと言ってよ」
「香奈姉ちゃんと奈緒さんが戯れ合っているのを見てたら、なんとなく邪魔しちゃダメだなって思って──」

僕は、香奈姉ちゃんから視線を逸らし、そう言った。
普通に、香奈姉ちゃんの全裸は見れないです。
せめてバスタオルくらい、巻いてほしいな。

「何よ、それ。私は、楓のことを邪魔だなんて思ってないよ。たしかに、裸を見られてしまうのはすごく恥ずかしいけど、楓に見られるのは全然平気なんだから。奈緒ちゃんだって、同じ思いのはずだよ」
「いや……。そういう問題じゃなくて──」
「もう! いいから、私の言うことを聞きなさい! 楓は、私たちと一緒にお風呂に入るの! 拒否は許さないんだから──」

香奈姉ちゃんは、そう言って僕の腕を掴み、そのままお風呂場へと引っ張っていく。
この様子だと、ホントに拒否は許さないっていう感じだ。
こういう時、どんな言葉をかけたらいいのか。

「やっぱり、香奈姉ちゃんには敵わないな……」

僕は、口元に笑みを作り、呟くようにそう言っていた。

奈緒さんも泊まっていくということだから、今日は奈緒さんの分の夕飯も作らないとな。
好き嫌いはあるんだろうか。
とても気になるところだが、肝心の奈緒さんは、香奈姉ちゃんと一緒にバンドの練習に行ってしまったし。
今日の献立は、オムライスにしようかと思っているけど、卵アレルギーとかはないよね。
とりあえず、作ってからでもいいか。
手際よく料理をしていると、花音がやってくる。
邪魔しにきたわけじゃないから、注意する理由もない。

「ねぇ、楓。ちょっと、いいかな?」
「どうしたの?」

僕は、調理中の手を止めずに、花音に訊いていた。
そんな神妙な顔をして、僕に聞いてくるなんてめずらしい。
どんな用件があるんだろう。
花音は、困ったような表情を浮かべて僕に言ってくる。

「5日後って、お姉ちゃんの誕生日でしょ。私は、何をプレゼントしたらいいのかわからなくて……」
「なるほど。香奈姉ちゃんへのプレゼントか……。それは、大変だね」
「楓は、もう決めてるの? お姉ちゃんへのプレゼント──」
「うん。この間、奈緒さんと一緒にプレゼントを選びに行ってきたんだ」

僕は、一つ目のオムライスを完成させながらそう言った。
花音は、落ち込んだのかシュンとしたような表情になる。

「そっか……」

もしかして、僕と一緒に香奈姉ちゃんへのプレゼント選びをしてほしかったのかな。
残念だけど、それはできない。
代わりにアドバイス程度ならできる。

「何をプレゼントするのかわからないけど、気持ちのこもった物であれば、香奈姉ちゃんは喜ぶはずだよ」
「そうかな?」
「香奈姉ちゃんが、プレゼントに関して不満を漏らしたことってあったかい?」
「それは…ないけど……」
「だったら、大丈夫だよ」

ちなみに、香奈姉ちゃんと花音の姉妹仲は、わりと良好だ。
プレゼントで喧嘩になったことはないと思う。

「そうだよね。…ありがとう」

花音は、何を思ったのか僕に抱きついてくる。
僕は、一瞬だけ調理中の手が止まってしまったが、すぐに平静を取り戻し、手を動かす。
こんなことで心が動いたりはしない。
しかし花音は、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「どう? ドキッとした?」
「ちょっとね。まぁ、ドキッとしたというより、びっくりしたって言った方がいいかも」
「そっか。それは、ちょっと残念……」

最近の花音は、かなり素直になったというか。
今までの、あの冷たいほどの塩対応は、なんだったんだろう。
まぁ、僕が気にしてもしょうがないんだけど。

「ところでさ。今日の夕飯は、オムレツなの?」

花音は、思案げに首を傾げてそう訊いてくる。
まぁ、似てるけどさ。
オムライスとオムレツの形は──

「オムライスだよ。今日の夕飯はね」
「そっか。私の好みの食べ物を作ってくれるなんて──。本当は、私のことが好きなの?」
「卵がたくさんあったから、作っただけだよ。他意はないよ」

僕は、ため息混じりにそう言っていた。
すると花音は、ムッとした表情を浮かべる。

「そこはさ。嘘でもいいから、『そうだよ』って言ってくれないと──。女の子にモテないよ」
「別にモテたくて料理を作ってるわけじゃないし……」

僕は、花音に聞こえないようにボソリと呟くように言う。
何も言い返さなかったのが気に入らなかったのか、花音は不機嫌そうな表情になっていた。

「楓のそのナヨナヨとした態度が嫌なんだよね。お姉ちゃんは、楓のどこが好きになったんだか……」

別にナヨナヨとしてるわけじゃないし。
僕としては自然体だけど。
花音には、気に入らなかったらしい。
別に花音に好かれようとして、やってるわけじゃないからいいんだけどさ。
とりあえず、そうこうしているうちに人数分のオムライスが出来上がったので、香奈姉ちゃんたちを呼んでこよう。
僕は、そのままの格好で台所から出て、二階にあがる。
僕の部屋にいるはずだから、迷うことはない。

「ご飯できたよ。みんなで食べよう」

僕は自分の部屋に着くなり、笑顔で香奈姉ちゃんたちにそう言っていた。
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