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第十五話

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放課後になり、僕がいつもどおり帰宅準備をしていると、慎吾は不機嫌そうな表情で言う。

「今日も、西田先輩と一緒に帰るのか?」
「そうだけど……。どうかしたの?」
「いや、別に……」

めずらしく慎吾が、言葉を詰まらせている。
これは、確実に何かあったような表情だ。
だからといって、それを聞き出すというのも悪い気がするし。
さて、どうしたものか。
やっぱり聞かない方がいいよね。
僕は、自分の鞄を肩に担ぎ教室を出る前に慎吾に一声かける。

「それじゃ、慎吾。また明日」
「お、おう。また明日な」

慎吾は、それでも笑顔で僕にそう返した。
やっぱり何かあったのかな。
気にはなるけど、僕には関係のなさそうな話だろうし、ここは何も聞かないでおこう。
僕は、迷わず教室を後にした。

校門前に来ると、相変わらず二人の女子生徒が……いや、今日は見慣れない女子生徒がさらにもう一人いた。
二人の女子生徒が、香奈姉ちゃんと奈緒さんなのは言うまでもないが、もう一人の女子生徒は一体誰だろう。
髪を金髪に染めていて、いかにもギャルっていう感じの女の子だ。
僕が来たことに先に気づいたのは、香奈姉ちゃんだった。

「やっと来たね、楓。はやく帰ろう」
「う、うん」

僕は、ギャル系の女の子に視線を向けながら、そう返事をする。

「へぇ、彼が西田の彼氏なんだ。なんか意外~」

ギャル系の女の子は、僕のことを頭の先から足の先まで舐めるように見てきて、そう言った。

「あの……。香奈姉ちゃん。この人は?」

僕は、思わず眉をひそめてしまう。
たぶん、香奈姉ちゃんがつれてきたんだろうと思うんだけど。この人は、さすがに……。
さすがの香奈姉ちゃんも、ギャル系の女の子を無視できなかったんだろう。
香奈姉ちゃんは、苦笑いをしてギャル系の女の子のことを紹介した。

「えっと……。この人はね。私と同じ二年生で、名前は鳩中さんって言うんだ」
「ヤッホー。明美で~す。よろしくねぇ」
「あ、うん……。よろしく」

僕は、引き攣った表情でなんとか対応する。
はっきり言って、僕はギャル系の女の子の相手は苦手だ。
そもそも、何でそんな人が僕に近づいてくるんだろう。

「一応、楓にとっては先輩になるから、鳩中先輩って呼べばいいからね」
「わかった。鳩中先輩だね」

僕がそう言うと、ギャル系の女の子──鳩中先輩は、ムッとした表情を浮かべる。

「何よ、それ。ものすごく普通なんだけど。──もっと軽い感じで、『明美』って呼んでほしいな」
「いやいや。楓にそんな風に呼ばせるのは、さすがに……」
「あたしがいいって言ってるんだから、いいんだよ」
「でもね。楓にとっては──」
「ああ、もう。西田は、色んなことで堅いんだから。そんなだから、宮繁先輩に目をつけられるんだよ」
「それは……」

図星を突かれてしまったのか、香奈姉ちゃんは言葉を詰まらせてしまう。
宮繁先輩って、女子校の生徒会長だよね。
この間、男子校に来たからすごく緊張してしまったけど。
話をする相手が学校の生徒会長とかになると、緊張してしまうのは何故だろうか。

「それにひきかえ、あたしは生徒会長から目の敵にされてるから、次期生徒会長とかっていう話もないんだけどね」

鳩中先輩は、なぜか自慢げにそう言った。
自慢できるようなことなのかな。それって……。
まぁ、髪を金髪に染めて、わざと制服も着崩しているような、いかにもギャルっぽい女の子は、生徒会長などからは嫌われて当然だろうな。
さすがの僕でも、普通に近づきたくないような相手だ。

「私は……。生徒会長になるつもりなんて、ないんだから!」

香奈姉ちゃんは、毅然とした態度でそう言う。
まぁ、香奈姉ちゃんの場合はそうなんだろうな。
次期生徒会長を任せられるくらい優秀なんだろう。
実際、成績は優秀だしね。
たしか女子校の生徒会長になると、恋愛禁止になるんじゃなかったっけ?
それだけじゃなくて、大人になっても婚期を大きく逃してしまうっていうジンクスもあったような気がしたけど。
もし香奈姉ちゃんが生徒会長になったら、僕との付き合いも無くなってしまうのか。
それは、すごく寂しいな。

「それはともかくとして。君は料理が得意なんだよね?」

鳩中先輩は、いきなり僕の手を掴んできてそう訊いてくる。

「ちょっと……。鳩中さん!」

そんな香奈姉ちゃんの言葉も、もう聞こえてはいないみたいだ。
こんな時、なんて答えればいいのかわからないけど、ホントのことを言った方がいいんだよね。

「『得意』とは言えないけど、家では主に僕が料理を作ってる時の方が多いかな」
「そっか。それなら、西田から聞いたとおりだよ。よかったぁ……」

鳩中先輩は、安堵の息を吐く。
何がよかったのか、僕には全然わからない。

「ん? どうしたの?」
「えっと……。実はね」

そこで香奈姉ちゃんの傍にいた奈緒さんが、口を開く。
これは、なにやら事情がありそうだ。

「ここで話すのもどうかと思うし、近くの公園に行こうか?」

僕は、そう提案する。
いつまでも校門前で四人でたむろってるわけにもいかない。
香奈姉ちゃんもそう思ったのか、口を開いた。

「そうだね。ここからなら公園が近いから、そこで話をしよう」
「あたしは、どっちでも構わないよ」
「それじゃ、話は公園でしよう」

そう言うと僕は、公園の方に向かって歩き出す。
その後を、三人の女の子たちがついてきた。
料理の話っていうのは理解できたけど、どんな内容なんだろうか。
僕にもできるような料理なら、いいんだけど……。

公園に着くなり、鳩中先輩は近くにあったベンチに腰掛けた。

「──さて。とりあえず、君は西田よりも料理ができるって話だけど……。実際のところは、どうなのかな?」

よりにもよって、訊いてくることが料理のことって……。
普通にギャルの女子高生が、料理の話題をしてくることってあるのかな。

「香奈姉ちゃんよりもというより、香奈姉ちゃんと同程度……と思った方がいいかもしれないよ。僕は、そこまで料理が上手というわけでもないし……。普通にあり合わせのもので作ってるだけだよ」
「あり合わせか……。なるほどね」

鳩中先輩は、ふむふむと言った様子で頷いていた。
この先輩。意外と家庭的な女の子だったりするのかな。
よくわからないけど。

「聞きたいことは、それだけかな?」

僕がそう訊くと、鳩中先輩は、今、思いついたかのように言いだした。

「唐揚げのことなんだけどさ。味付けはどうやっているの? 手作りなんだよね?」
「唐揚げ?」

僕は、思案げに首を傾げてしまう。

「うん、唐揚げの味付け。西田のを貰ったときさ、病みつきになるほど美味しかったんだよね。差し支えがなければ教えてくれるかな?」

鳩中先輩は、鞄の中からメモ帳を取り出した。
たしかに香奈姉ちゃんに渡したお弁当の中には、唐揚げは入れたけど……。
いきなり唐揚げの味付けのことを言われても、答えられない。
あれは、企業秘密みたいなものだ。

「あれは……。さすがに教えられないかな」
「どうしてもダメかな?」

鳩中先輩は、今にも泣きそうな視線で僕を見つめてくる。
そんな目をされても、ダメなものはダメだ。
僕が作る唐揚げの味付けは、僕の母にも作ることができない特別なものなのだから。

「ごめん……。あれはちょっと……」
「そっか。普通の手段じゃ、やっぱダメか……。それなら──」

鳩中先輩は、呟くようにそう言うと、僕の傍に寄り添ってくる。

「ちょっ……⁉︎ 鳩中さん!」

香奈姉ちゃんは、あまりの事にびっくりしてしまい声をあげた。
しかし鳩中先輩は、そんなことを気にすることはなく、体を密着させてくる。
ちょっと……⁉︎
胸が当たってるんだけど⁉︎

「あの……。これは一体──」

僕は、思わず言ってしまう。
鳩中先輩は、意に介した様子もなく言葉を返す。

「色じかけだけど……。やっぱり、これでもダメなのかな?」

そんなことされても……。
僕は、教える気はないんだけどな。

「ごめん……。僕の特別なレシピだから、他人に教えるのはさすがに……」
「それじゃ、仕方ないか……」

僕が教える気がないと察したのか、鳩中先輩はゆっくりと僕から離れた。
どうやら、諦めてくれたみたいだ。
僕は、安堵してしまいホッと一息吐く。
そう思った矢先、鳩中先輩はビシィッと僕に指を突きつける。

「それなら、君はあたしにもお弁当を作る事。これは、決定事項なんだから」
「え、いや……。それは……」

この先輩は、僕の料理を諦めてくれたわけではなかったみたいである。
僕は、異論を唱えようと口を開く。
さすがにそれは無理だろう。
そう言おうとしたのだけど。

「無理なことはないよね? 西田とお弁当交換してるくらいなんだからさ」

鳩中先輩は、図星を突いたかのようにそう言った。
まるで初めから知ってるかのように。

「え、ちょっと……。どうしてそれを知ってるのよ⁉︎」

それに反応したのが、香奈姉ちゃんだ。
香奈姉ちゃんは、めずらしく慌てた様子だった。
鳩中先輩は、したり顔で笑顔を浮かべ香奈姉ちゃんの質問に答える。

「女子校に通ってる生徒の間では有名だよ。西田が男の子にお弁当を作ってもらっているってね。あくまでも噂なんだろうけど、男の子からお弁当を貰ってる人って、女子校じゃ皆無だからね。すぐにわかるよ」
「………」

香奈姉ちゃんは、その場で押し黙ってしまう。
女子校では、そんな噂が流れているのか。
なんか驚きだ。
実際には、お弁当を香奈姉ちゃんにあげてるんじゃなくて、香奈姉ちゃんのお弁当と僕のお弁当を交換してるだけなんだけどな。

「まぁ、この事実を周りに吹聴されたくなかったら、君は、あたしの分もお弁当を作ることだね」
「別に吹聴してもいいよ」
「え……。それって……」

僕の言葉に、鳩中先輩は呆然となるが、すぐに慌てだした。

「いや、でも……。これは、まわりにバレたらどうなるか……」
「僕は、別にいいよ。吹聴しても構わないよ。だってほとんどの内容が事実だし」

なにをそんなに慌てているのか、僕にはわからないんだけど。
香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして黙っている。

「そういうことなら、あたしは遠慮なく言うからね。どうなっても知らないから」

アテが外れてしまったのか、鳩中先輩はムッとした表情になり、そのまま走り去ってしまった。
それを呆然とした表情で見ていた僕たち──。
これでいいんだろうか。
僕は、香奈姉ちゃんたちの方に向き直る。

「あの……。これで良かったのかな?」
「楓君が良いのなら、それで良かったんじゃないかな」

奈緒さんは、微笑を浮かべていた。
香奈姉ちゃんはというと。
よほど恥ずかしかったのか、まだ赤面している。

「どうしたの、香奈姉ちゃん? 顔が真っ赤だけど、風邪でも引いたの?」
「な、なんでもないよ。ちょっと、暑くなっただけだよ。…ホントになんでもないんだから」
「それなら、良いんだけど……」

僕も、これ以上は敢えて訊かなかった。
たぶん、訊いても曖昧な答えで返ってきそうだから。
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