上 下
113 / 323
第十二話

2

しおりを挟む
いつもの学校帰り。
香奈姉ちゃんは、僕を見つけると笑顔で駆け寄ってきた。

「お待ちしていました、ご主人様。一緒に帰りましょう」

そんな言葉を他の男子生徒たちがいる前で言ったものだから、さぁ大変。
周りにいた男子生徒たちは、あまりの事に騒然となる。

「ご主人様って……。あいつ、俺たちの憧れの西田先輩になんて呼ばせ方してるんだよ」
「あいつ、許さねえ」
「一体、どういうことなんだ?」

そんな男子生徒たちの声が聞こえてきていた。
僕の方は、脳の処理が追いつかずにその場で固まってしまう。
そんな僕の状態を知ってか知らずか、香奈姉ちゃんは僕の右腕にそっと腕を絡ませてくる。

「どうしたんですか、ご主人様? はやく帰りましょう」
「え、あ…うん。そうだね」

僕の口からやっと出てきた言葉はこれだった。
まさか学校帰りの時にまで、メイドの口調で言ってくるなんて思いもしなかったのだ。
せめて、『ご主人様』って言ってくる時は、メイド服を着た状態で言ってきてほしいんだけどな。
制服の時は、普段どおりでいいのに。
香奈姉ちゃんは、上機嫌で僕の腕を引っ張って歩いていく。
僕は、周囲から痛いくらいの視線を浴びつつも、香奈姉ちゃんと歩いていった。
お願いだから、あんまり見ないでほしいな。

僕の部屋にたどり着くと、香奈姉ちゃんはすぐに制服を脱ぎ始める。
僕の部屋にいるのは僕と香奈姉ちゃんだけなので、特に問題はない。ちなみに、下着の色は白。
問題があるとすれば、僕の部屋にメイド服があることだ。
いつからそこにあったのかわからないが、香奈姉ちゃんはハンガーに掛けてあるメイド服に手を伸ばす。
きっと、そのメイド服は母が用意したものに違いない。
おそらく、僕が香奈姉ちゃんに言ったことを、逐一聞いていたんだろう。
まったく、母さんも人が悪い。
僕に下着姿を見られても平然としているのは、もう全裸を見られてるから平気だと思っているんだろう。

「今、着替えますので、少々お待ちくださいね」
「部屋の外で待っていようか?」

さすがに、香奈姉ちゃんの着替えを見るわけにはいかないと思い、そう言っていた。
しかし香奈姉ちゃんは、僕の部屋のドアの前に立って、僕が部屋の外に出ようとするのを阻む。

「私がメイド服に着替えているところを、じっくりと見ていただきたいんです。どうか、このままで──」
「でも……」
「それでも、部屋の外に出るって言うんでしたら──」

香奈姉ちゃんは、下着姿で僕に抱きついてきた。

「この姿でたっぷりとご奉仕するよ」
「それは……」
「私の着替えを見るか、ご奉仕してほしいか。この場で選んでください」

ご奉仕って、一体何をするつもりなんだろうか。
もしかして、エッチなこと?
とても気になるが、聞かない方がいい気もするんだよな。
だから、ご奉仕の方はやめておこう。

「わかったから。香奈姉ちゃんの着替えを見てるから。だから、離れてよ」
「わかりました。…では、着替えますね」

香奈姉ちゃんは、ゆっくりと僕から離れ、メイド服を着用し始めた。

目の前でメイド服に着替えるのって、どんな気分なんだろう。
着替えている本人はそんなに気にしなくても、着替えを目の前で見ている方は、結構気を遣うよな。
香奈姉ちゃんは、「ふんふ~ん」と鼻歌を歌いながらメイド服の色に合わせた白のニーソックスを穿いていた。

「もう少し待ってくださいね。このニーソックスを穿いたら完了ですから」
「うん」

香奈姉ちゃんの言葉に、僕はそう返事をする。
メイド服を着るのって、意外と大変なんだな。
文化祭の時に着たメイド服は、コスプレ衣装ってのもあったけど、着付けに香奈姉ちゃんや奈緒さんが手伝ってくれたから、そこまで面倒はなかったんだけど。
そういえば、女子たちの着付け途中の光景は見なかったな。
やっぱり、メイド服に着替えるのって大変なんだろうか。

「ねぇ、香奈姉ちゃん」
「なんですか? ご主人様」

こんな時にまで『ご主人様』っていうのは、正直やめてほしいな。

「メイド服って、着たりするのは大変だったりする?」
「いえ、慣れれば快適な着心地ですよ。尽くす相手がいたら、苦にならないくらいです」
「そうなんだ」
「はい!」

香奈姉ちゃんは、屈託のない笑顔を浮かべる。
その笑顔はとっても可愛いんだけど。
なんか、聞いた僕がバカだったかな。

ニーソックスを穿き終えると、香奈姉ちゃんは問答無用で僕の側に寄り添ってきた。

「お待たせしました、ご主人様。今日も、全力であなたにご奉仕しますね」
「具体的には何をするの?」
「何なりとおっしゃってください。私にできることであれば、何でもやってあげますから」

香奈姉ちゃんは、そう言って腕を絡めてくる。
そうは言うけど、さすがに無理があるだろう。

「いや、大抵のことは自分でできるし、大丈夫かと思うんだけど……」
「そうですか……。少し残念です」

そんな悲しそうな顔をされても……。
ホントに自分のことは自分でできるし。
兄なら、色々と頼んでいるのかもしれないけどさ。
まぁ、せっかくだから、僕も一つくらいは頼んでみようかな。

「それならさ。今日の宿題を一緒にやってくれるかな」
「ご主人様の今日の宿題を…ですか?」
「ダメなら別にいいんだ。こういうのは自分でやってこそ意味があるものだし」
「ダメなわけないじゃないですか。はやく見せてください」

香奈姉ちゃんは、微笑を浮かべてそう言った。
気のせいか、香奈姉ちゃんの表情がパァッて明るくなってるし。
きっと、こうして頼りにされるのが嬉しいんだろう。
僕からしたら、香奈姉ちゃんが僕の宿題を一緒に見てくれるのは、ホントに心強い。
僕は、机の横にあるテーブルを取り出して、部屋の真ん中に広げた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

迷惑ですから追いかけてこないでください!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35,318pt お気に入り:1,045

婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,902pt お気に入り:600

笑っていたいから ~ポエムの森にようこそ

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:1

何も出来ない妻なので

恋愛 / 完結 24h.ポイント:852pt お気に入り:4,510

あなたに愛や恋は求めません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:102,028pt お気に入り:9,091

王太子の仮初めの婚約者

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:19,362pt お気に入り:1,699

悪役令嬢?それがどうした!~好き勝手生きて何が悪い~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:120pt お気に入り:753

処理中です...