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第十一話

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「楓は、どういう雰囲気でキスとかしたい?」

香奈姉ちゃんは、何を思ったのかそう聞いてきた。
いきなりそんなこと聞かれても、答えられるはずがない。
僕はふいに香奈姉ちゃんの顔を見る。

「…突然どうしたの?」
「いいから答えて。楓はどんなタイミングでキスしたいの?」
「そう言われてもなぁ。キスとかって、その場の雰囲気とかでするもの…て、聞いたことあるけど、実際にはしたことないし……」

登校中にする話題なのか、それって……。
それにキスしたいとか、そういう欲は特にないし。
そういえば、今までに香奈姉ちゃんに何かされたことはあっても、僕からしたことはないな。
いきなりキスとかしたら、香奈姉ちゃんは嫌がるだろうし。
そういうのって、やっぱりその場の雰囲気や流れでするものだと思う。

「だったらさ。今度は楓の方からしてみようよ。私は、いつでもいいから…ね」

香奈姉ちゃんは頬を染め、微笑を浮かべてそう言った。
やっぱり、香奈姉ちゃんは綺麗で可愛いな。
香奈姉ちゃんのその笑顔を見ていたら、ホントにそう思う。
だけど、そんな笑顔を向けられたからって、僕の方からキスとかするのは無いかな。

「いつか…ね。僕がしたくなったら、させてもらうよ」
「もう! 私たちは、付き合ってるんだから遠慮しなくてもいいんだぞ」
「わかってるんだけど、その……。そういうのって、恥ずかしいからさ……」
「何よそれ? まるで、私がキスとかする時って、何も恥ずかしくないみたいじゃない!」
「恥ずかしくないの?」
「そ、それは……。ちょっとだけ、恥ずかしい…けど。でも好きな人だけにするんだから、恥ずかしくないかも……」
「どっちなの?」
「どっちでもいいでしょ! 私が決めてそうするんだから」
「なるほど」

ようするに、『恥ずかしくない』ってことでいいのかな。
僕は、香奈姉ちゃんの顔を見て、なんとなく微笑を浮かべる。
香奈姉ちゃんは、僕の手を握ってきて、そのまま走り出した。

「ほら、行くよ。このままだと遅刻しちゃう」
「う、うん」

僕と香奈姉ちゃんは、男子校と女子校とで向かう場所は違うけど、登校時間などは同じだ。
僕は香奈姉ちゃんに手を引かれたまま、学校に向かっていく。
ちょっと恥ずかしいけど、途中までなら別にいいか。
着くのは男子校の方が先になるし。

「楓」
「何? 香奈姉ちゃん」
「この前やったアレ。忘れたら絶対にダメだよ。あれは私の気持ちなんだからね」

アレというのは、セックスのことだろう。
香奈姉ちゃんとしたセックスは、忘れろっていうほうが難しいと思う。
香奈姉ちゃんから、求めてきたから余計にだ。

「う、うん。絶対に忘れないよ」
「それならいいんだ。ありがとう、楓」

香奈姉ちゃんは、大人っぽい笑顔を浮かべてそう言った。

放課後。
今日も、香奈姉ちゃんは校門前に来ているだろうな。
いつもどおり、他の男子生徒たちに声をかけられているんだろう。
そんなことを考えながら教室で帰り支度をしていたら、突然誰かに声をかけられる。

「ふ~ん……。弟くんは、いつもここで授業を受けているんだね」
「え?」

男子校には、教師以外で女の人はいない。
いるはずがないのだ。
しかも、僕のことを『弟くん』と呼ぶのは一人しかいない。
僕は、思わず声がしたところに視線を向ける。
そこにいたのは、香奈姉ちゃんだった。

「香奈姉ちゃん⁉︎ どうしてここに?」
「ここの学校の先生がね。中に入りなさいって言ってくれたの。だから、まっすぐここに来たんだよ」
「まっすぐって……。よく先生が許したね」
「よくわからないんだけど、私が校門前にいると、ちょっとした騒ぎになるみたいで……」
「なるほど。それでか……」

香奈姉ちゃんはルックスもスタイルも抜群だから、ワンチャン狙いで声をかける人はいるかもしれない。
すべて玉砕してるんだろうけど。
先生たちも、そんな香奈姉ちゃんの顔をすっかり覚えてしまったんだろう。
だから、敢えて学校の中に入れる判断をしたんだな。
校門前で騒ぎを起こさせないために。
履き物が学校指定の上履きではなく、お客様用のスリッパになっているのは、その証拠だ。

「ところで、今日は私と一緒に帰ってくれないのかな?」
「いや、いつも一緒に帰っているよね?」
「今日は、ダメってこと?」
「ダメってことはないけど……。帰る前に、このプリントを職員室に持っていかないと……」

僕は、机の上に置いてあるプリントを手に持って言う。
香奈姉ちゃんは、すばやい動作で僕からプリントを取り上げる。

「なになに…共同実習のイベントについて──。…って、なによこれ?」

香奈姉ちゃんは、訝しげな目で僕を見る。
これは事情を説明したほうがいいかな。

「書いてあるとおりなんだけど。何かわからないことでもあった?」
「共同実習ってたしか、男子校と女子校の生徒で集って催されるイベントよね?」
「うん。そうだよ」
「私の学年では、そんなイベントはなかったんだけど」
「それは……。一年生のイベントだからね」
「弟くんは参加するつもりなの?」

そこでなぜか悲しそうな目をして訊いてくる香奈姉ちゃん。

「まぁ、サボるわけにはいかないしね」
「そう……」

そんな寂しそうな顔をされても……。
学校の成績は平均とはいえ、一応、優秀な方で通っているし。
香奈姉ちゃんは、プリントの内容を見て、何か思うところがあったのか口を開く。

「このイベントって、男子校と女子校の一年生とでペアを組んでやるんだよね?」
「うん。基本的には、男女でペアを組んで実習するイベントだよ」
「…ということは、このイベントで恋が芽生えたりすることもあったりする?」
「う~ん……。どうだろう。…それは個人差があるんじゃないかな」

さすがに、それはどうだろうか。
恋愛についてまでは、考慮にいれてなさそうだけど。
あくまでも学校側がやる交流イベントの一環だから、香奈姉ちゃんが気にする必要はないと思うんだが……。
それに香奈姉ちゃんの時は、どうだったんだろう。

「弟くんのことだから、わからないじゃない! もし同学年で可愛い女の子と一緒に組むことになったら……。もしそんな可愛い女の子と相性がよかったら不安でしょうがないじゃない」
「考えすぎだって……。もしそんな可愛い女の子と組むことになっても、好きにはならないって……」

出会ってすぐに恋愛なんてならないと思うし。

「ホントに?」
「僕が嘘をついたことってある?」
「ないけど……。でも心配で──」
「心配いらないよ。僕は、香奈姉ちゃん一筋だから」

僕は胸を張ってそう言った。
教室に誰もいないから、言えたんだと思う。
普段だったら、恥ずかしくて絶対に言えないことだ。
香奈姉ちゃんのことが大好きな気持ちは変わらないからこそ、はっきりとそう言っても後悔はない。

「それならいいんだけど……」

それでも心配なのか、香奈姉ちゃんは不安そうな表情を浮かべていた。
僕は自分の鞄を持つと、プリントを持った香奈姉ちゃんに言う。

「今から、それを持って職員室に行くけど。一緒に行くかい?」
「もちろん。私は、弟くんと一緒に帰るつもりでここにいるんだからね。行かないわけがないでしょ」
「そうだよね」

僕は、いつもと変わらない香奈姉ちゃんの態度を見て微苦笑する。
男子校にやって来ても、香奈姉ちゃんは萎縮することはないか。
今の時間帯にも、何人か廊下を歩いているんだけど。
香奈姉ちゃんからプリントを返してもらうと、僕は教室から出て、まっすぐに職員室に向かう。
香奈姉ちゃんも、それに伴いついてくる。
ちなみに職員室は二階にある。ここからはそんなに遠くはない。
だから、香奈姉ちゃんが一緒についてきても問題はない。
一つだけ問題があるとすれば、男子生徒たちが香奈姉ちゃんとすれ違うたびに見てくることだ。いくら眉目秀麗だからって、香奈姉ちゃんのことを見すぎだよ。
香奈姉ちゃん自身は、気にしていないみたいだからいいんだけど……。
香奈姉ちゃんは、まわりの視線に何かを感じたのか、僕の腕にしがみついてくる。

「男の子の視線がちょっとだけ怖いから、少しの間だけお願いできるかな?」
「う、うん。わかった」

ちょっと……。胸が当たってるんですけど。
そんなサービスはいらないから。
そう言いそうになったけど、言葉には出てこなかった。
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