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第十話

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それは、いつもの学校帰りのことだった。
香奈姉ちゃんは、何を思ったのか、こんなことを言ってきた。

「今度の日曜日ね、隆一さんとデートに行くことになったから」
「何かあったの?」

いきなりそんなことを言われて、平静でいられるはずもなく、思わず香奈姉ちゃんにそう聞いていた。
兄とデートなんてめずらしいな。
今までなら、にべもなく断っていたんだろうけど。
ホントに何かあったんだろうか。
香奈姉ちゃんは、すごく言いづらそうな表情を浮かべて言った。

「うん。ちょっとね……。その日は、隆一さんにとっての特別な日になるんだよね。…だから、私が寄り添ってあげないといけないんだ」

その日は何かの記念日ってわけでも、ましてや兄の誕生日ってわけでもない。
一体、何だろう。
僕が知る限りでは、特に何もなさそうだけど。
とても気になるところだが、僕が立ち入っていい話でもなさそうだ。

「わかった。兄貴とデートに行くんだね。…気をつけてね」
「ちょっと待ってよ。心配とかしないの? 隆一さんとデートに行くのよ、私」

香奈姉ちゃんは、なぜか取り乱した様子でそう聞いてきた。
心配…かぁ。
そんなこと言われてもな。
心配する要素があまりない気がするんだけど。

「心配してもなぁ……。香奈姉ちゃんのことだから、何も問題ないと思うんだけど」
「それって、どういう意味かな?」
「香奈姉ちゃんって、そういうところはしっかりしてるから、大丈夫かなって──」
「そっかぁ。一応、信頼はしてくれてるんだね」

香奈姉ちゃんは、そう言って微笑を浮かべる。

「うん。信頼はしてるよ」
「ありがとう、楓。やっぱり、私は──だな」

ここから先の言葉は、まわりの騒音のせいでよく聞こえなかった。

「え? なに?」
「何でもないよ。こういう大事なことは、一回しか言わないんだからね」
「そんなぁ。もう一回言ってよ」
「言わないよ~だ」

香奈姉ちゃんは、悪戯っ子のようにそう言って舌をぺろっと出す。
これも、僕の前でしかしない仕草なんだよな。
僕の姉的存在の幼馴染は、どこに行っても恥ずかしくないくらい可愛くて、品行方正な女の子だ(たまにエッチなことをしようとするけど)。
そんな彼女が、僕にはまぶしく見えてしまう。
──そっか。
今度の日曜日、香奈姉ちゃんは、兄貴とデートに行くのか。
それじゃ、その日は何してようかな。

帰宅すると、僕はいつもどおりに

「ただいま~」

と言って、家の中に入る。
もちろん家の中には誰もいないので、返事をする人はいない。
僕は、さっさと自分の部屋に行って、私服に着替えたかったのだが。

「さて。今日は、何をするのかな~?」

学校帰りからずっと僕の側にいた香奈姉ちゃんは、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう聞いてきた。
なぜ香奈姉ちゃんがここに?…ていうのは、もう説明が面倒だから省いておく。
僕は、私服に着替えたい気持ちでいっぱいだったから、当然のように自分の部屋の前に着くと、案の定、一緒についてきた香奈姉ちゃんに言った。

「あの……。着替えをしたいんだけど。だから香奈姉ちゃんには──」
「そうなんだ。私のことは気にしなくてもオッケーだよ。私は、楓の側にいたいだけだから」

香奈姉ちゃんは、そう言うといつものように僕に抱きついてくる。
ホントに人の話を聞いていたのかな。
でも、これが本来の香奈姉ちゃんだと言えば、そのとおりかもしれないが。
僕は、軽くため息を吐きながら言った。

「…仕方ないなぁ。ちょっとだけ後ろを向いててよ」
「はーい」

香奈姉ちゃんは、嬉しそうにそう返事をする。
僕の言葉を、どこまで聞いてくれるのかわからないけど……。
いつものことながら、香奈姉ちゃんには敵わないなぁ。
僕は、そそくさと自分の部屋に入ると、その場で制服を脱いだ。
香奈姉ちゃんは、僕の着替えの最中にもかかわらず、楽しそうな表情で僕を見つめていた。
さっきの、僕との約束はどうしたんだろう。
後ろ向いててって言ったのに……。

「あの……。香奈姉ちゃん」
「何かな?」
「できるなら後ろを向いててほしいんだけど……」
「どうして?」
「どうしてって……。今、着替えの最中なんだけど……」

僕は、ベッドの上に置いてあったスラックスを履きながら言う。
香奈姉ちゃんは、後ろを向く気がないのか楽しそうな笑顔を浮かべたまま言った。

「うん。見ればわかる」
「わかっているなら、どうして……」
「別に、見られて困るようなものは何もないでしょ?」
「いや……。たしかに、香奈姉ちゃんに見られて困るものは何もないけど……。だけど、僕の裸はさすがに問題あるような……」
「普段から私の裸を見てるんだから、このくらいはいいじゃない」
「それは……」

そう言われると、返す言葉がない。
たしかに香奈姉ちゃんの裸は頻繁に見てるような気がするけど、それは香奈姉ちゃんが自主的に服を脱いだりしてるからであって……。僕が見たいからってわけじゃないんだけどなぁ。

「楓は、私の裸にメロメロになってるんだから、私が楓の裸にメロメロになったっていいと思うんだよね」
「こんな貧相な身体にメロメロになる人なんて──」

僕の身体は、女の子好みのマッチョな身体じゃない。

「ここにちゃんといるよ」

香奈姉ちゃんは、自分を指差して言う。

「香奈姉ちゃんは、ともかくとして──」
「え~。私じゃ、ダメなの?」
「香奈姉ちゃんの基準だと、一般的な判断ができなくなるじゃないか」
「そんなことないよ。楓は、十分にカッコいいよ」

香奈姉ちゃんに、そんなこと言われてもなぁ。
説得力がないっていうか。

「そんなこと言われても、あんまり実感が湧かないなぁ」
「実感が湧かないのは当然じゃない」
「どうして?」
「だって楓の良さを知っているのは、私だけだもん」

香奈姉ちゃんは、自分の胸に手を添えてそう言った。
そんな安心したような表情で言われても……。
僕が恥ずかしいだけじゃないか。

「まぁ、香奈姉ちゃんは幼馴染だからね。そういうのは知っていてもおかしくはないんじゃない」

僕は、軽くため息を吐いてそう言った。

「そうでしょ。だから、楓のどこが好きなのかもハッキリ言えるよ」

何の恥ずかし気もなくそう言う香奈姉ちゃんからは、一点の迷いもないように思える。
兄とデートに行くって言ってたけど、ホントに行くつもりなのか。
その辺だけが気がかりだった。
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