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第七話

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「あの……。西田先輩。今、いいですか?」

それは、一通り学校内をまわり終え、喫茶店に戻ろうとしていた時のことだった。
一人の女子生徒が、香奈姉ちゃんに声をかけてきたのだ。
香奈姉ちゃんのことを『西田先輩』と呼んだのだから、この女子生徒は僕と同い年だろう。
香奈姉ちゃんは、声をかけてきた女子生徒の方に視線を向ける。

「ん? 何かな?」
「本日のライブの件なんですが……」
「どうかしたの?」
「早川先輩に伝えたんですが、『中止にしてくれ』って言われてしまって……」
「え、中止に⁉︎ …どうして?」
「えっと……。学校の風紀を乱すとかなんとかで……」
「何よそれ? ただの言いがかりじゃない! 何考えてるのよ、早川先輩は──」

香奈姉ちゃんの言葉に、女子生徒はとても言いづらそうに口を開いた。

「バンドメンバーさんの中に男の子がいるからダメって言われてしまって……」
「それは別に問題ないじゃない! バンドやってる人たちはみんな、男女問わずメンバーを組んでるよ。早川先輩みたいに、男だからどうとか、女だからどうとかって文句を言う人はいないよ」
「ですけど……」
「とにかく──。これ以上、何かあるんなら、私に直接言ってきなさいって、早川先輩に伝えて」
「…わかりました。早川先輩には、そう伝えておきます」

女子生徒は、そう言って歩き去っていく。
香奈姉ちゃんは、それでも憤りが収まらないのか

「まったく。早川先輩ったら、もう──」

ムッとした表情でそう言った。
大丈夫なんだろうか?

「香奈姉ちゃん……」

心配になった僕は、香奈姉ちゃんにそう声をかける。
ライブを中止って、簡単にできるものなのか? …ていうか、ライブをやるってこと自体は学校内で決まったことなんじゃないのかな。
学校の文化祭のスケジュールはどうなっているんだろうか。
ライブが中止になるってことは、私物として持ってきたベースが無駄になるんだけど。
なんか、だんだん不安になってきたぞ。
香奈姉ちゃんは、すぐに僕に向き直り笑顔で言った。

「大丈夫だよ。弟くんが心配するようなことは、何もないよ」

僕を不安にさせないようにするための配慮だろうというのは、一目でわかる。

「ライブはできそうなの?」
「先生から許可はおりているから、ライブ自体は問題なくできるんだけど……」
「何か問題があるの?」
「さっき言ってた早川先輩が、相当な男嫌いなの」
「まさかとは思うけど、今回のライブに、僕がステージに立つのが気に入らないってことかな?」
「そういうことになるのかな」

それって、ただの男女差別じゃないか。
だけど、いくら先輩だからって言っても、一人の女子生徒だ。普通なら、そこまで問題にならないはずだ。

「一人の女子生徒が言うだけなら、何も問題ないはずだよね。もしかして、風紀委員とかの委員会に所属してるとかっていう話かい?」
「さすがに勘がいいね。早川先輩は、生徒会の副会長を務めている人なんだ」
「そうなんだ。それは、厄介だね」
「さらに厄介なことがあってね」
「それは?」
「それは、私が生徒会長に目をつけられているってことなんだよね」
「香奈姉ちゃんが? どうして?」
「私って成績優秀な方に入るからね。良い意味で目をつけられているのよ」
「なるほどね」

たしかに香奈姉ちゃんは成績優秀だ。
テストの結果でも毎回一位をとっているくらいだから、生徒会の人の目にも留まってしまうだろう。

「今の生徒会長さん、私に『次の生徒会長になってください』って言ってきて、しつこいのよね」
「香奈姉ちゃんが、生徒会長に?」
「うん。私には、あんまり興味のない話なのよね……」
「そうなんだ。…でも、香奈姉ちゃんが生徒会長になったら、学校内がもっと明るくなりそうだね」
「そう…かな?」
「僕は、女子校の生徒じゃないからよくわからないけど、香奈姉ちゃんが生徒会長になったら、きっと良い学校になると思うな」
「…でも、弟くんと一緒にいる時間がなくなってしまうよ。それにバイトもあるし……」
「そっか。香奈姉ちゃんもバイトしてるんだっけね。すっかり忘れていたよ」
「もう! 弟くんったら──」

香奈姉ちゃんは、ムスッとした表情で僕を見てくる。
そんな表情で見てくる香奈姉ちゃんは、可愛いと思う。

「あ、香奈。…やっと戻ってきたね」

喫茶店に戻ってくると、奈緒さんが声をかけてきた。
香奈姉ちゃんは、思案げに首を傾げ小鳥遊さんたちを見る。
何やら様子がおかしい。
お客さんの入り具合はさっきと変わらないんだが、少しだけ活気がなくなっている…のか。

「どうしたの?」
「それがね。…さっきいた可愛い店員さんはいないのかって、私たちに聞いてきたのよ」

小鳥遊さんは、ため息混じりにそう言っていた。
その顔を見れば、呆れた様子なのが見てとれる。
ここの喫茶店にやって来る人たちの目的は、その可愛い店員だろうな。
香奈姉ちゃんは、僕を一瞥したあと小鳥遊さんに向き直り、改めて聞いていた。

「可愛い店員さんって、誰のこと?」
「それが、その……。とても言いづらいんだけど……」

小鳥遊さんは、とても言いづらそうな顔をして、なぜか僕の方を見た。

──まさか。

まさか、そんなことはないよね。

「あの……。どうして僕を見るんですか?」
「どうしても何もないわ。お客さんが多く来る理由の一つが、君なのよ」
「え……。僕なの? …どうして?」
「可愛い店員さんがいるって、私、言ったでしょ」
「ああ、うん。そう言ってましたね」
「その可愛い店員って言うのが、楓君のことなのよ」
「ええ⁉︎ …ちょっと待ってよ。僕は男だよ」
「そのことは、私たちにはわかっているわ。でも……」

小鳥遊さんは、悩ましげに額を押さえる。
小鳥遊さんの顔を見れば、何かとわけありなのがすぐにわかった。

「さすがに喫茶店の評判を落とすわけにはいかないから、黙っているってこと?」
「まさにそれなのよ」
「…てことは、喫茶店での催しが終了するまで、このまま手伝ってくれってことですか?」

僕は、嫌な予感がしつつもそう言っていた。
そりゃ、ライブもこの格好でやれって香奈姉ちゃんから言われたから文句はないんだけどさ。
さすがに外部の人間に、喫茶店の手伝いをさせるってこと自体、体裁がよくないことだと思う。
小鳥遊さんは、僕の肩に手を置いて、真顔で言ってきた。

「是非、手伝ってください」
「…わかりました」

これは即答するしかなかった。
ホントは全力で断りたかったんだけど……。
香奈姉ちゃんが心配そうな表情で見ている手前、そうはいかないだろう。
元々、香奈姉ちゃんと奈緒さんからのお誘いだし。
この際、しょうがないよね。
僕が喫茶店の中に入るなり、お客さんの方から歓声があがる。

「おお! 戻ってきたぞ」
「待ってました!」
「遅~い。何してたのよ!」

お客さんは男女問わずいて、みんな僕が戻って来るのを待っていたみたいだった。
これは、期待に応えるしかないか。

「みんな、待たせてごめんね。準備ができたら行きますね」

僕はそう言って、待っていたみんなに手をふると女の子がするような可愛いポーズをする。
もっと無愛想な感じでもよかったんだけど、この方がお客さんに対してのウケもいいだろうと思ったのだ。
とりあえず、僕はまっすぐに更衣室に入っていった。
更衣室に入って、すぐに香奈姉ちゃんから声をかけられる。

「ずいぶんとノリノリだね、弟くん」
「まぁね。せっかくメイド服を着てるんだし、どこまでやれるか試してみたくなったんだ」
「そっかぁ。私が言うのもなんだけど、弟くんは可愛いから、きっとうまくいくよ」
「うまくいっても困るんだけどね」

僕は、そう言って苦笑いを浮かべた。
正直言うと、香奈姉ちゃんのクラスの催し物で、一番とかにはなりたくないな。
せっかくだから小鳥遊さんや香奈姉ちゃんや奈緒さんがいるんだし、そのうちの誰かが一番になればいいんだよ。
僕がやったのは、メイド喫茶で見た店員さんのものまねみたいなものだし。
これも接客の一部でもある。
過去にメイド喫茶に入ったことがあるから、どんな接客のしかたをしてるのかはすでに勉強済みなのだ。
まさか僕がそれをやるとは思ってなかったけどね。
まぁ、メイド服を着ているからせっかくだし、いいかなって思ってやったことだが──。
──さてと。
準備ができたら、すぐに店に出て接客しなきゃな。
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