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第七話

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喫茶店の催しは、ほぼ一日がその仕事に追われるから、自由時間を取れるのは一時間弱くらいだ。
僕の場合、香奈姉ちゃんたちとの約束のために来てるので、香奈姉ちゃんたちが休憩を取らない限りは自由時間はないと言ってもいい。

「お疲れさまー。休憩入りますー」

と、香奈姉ちゃんは、そう言って簡易の休憩室へと入っていく。
僕の方はというと、喫茶店にやってきたたくさんのお客さんの対応に迫られていた。
今、ここの喫茶店は、いつの間にやら人気店になっていて、誰から聞いたのかわからないが、ある噂を聞きつけた人たちでいっぱいだったのだ。
その噂というのが──

『この喫茶店には、すごく可愛い店員さんがいる』

ということらしい。
すごく可愛い店員さんって誰のことだろう?
僕もぜひ会ってみたいものだ。
こんなこと思ったら、香奈姉ちゃんに怒られそうだから、言わないけれど。
僕がテーブルでお皿の片付けをしている時、制服に着替えを済ませた香奈姉ちゃんが僕の腕を掴んできた。

「行こう、楓。休憩時間だよ」
「え……。もういいのかい?」
「楓にも休憩が必要だよ。気晴らしに学校内を見てまわろう」
「でも……。まだ片付けの途中だし……」

テーブルに置かれているティーカップとケーキのお皿を持っていく途中だったので、僕は困り顔で言う。
すると小鳥遊さんがやってきて、僕の代わりに片付け始めた。

「ここは私がやっておくから、楓君はゆっくり休んできなさい」

ここは素直に、小鳥遊さんの言葉に甘えよう。

「わかりました。それじゃあ、後のことは任せます」
「うん。任せて」

小鳥遊さんは、微笑を浮かべそう言った。
これで、一旦は喫茶店から離れられるかな。
僕は、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし周りからは、なぜか落胆の声が上がる。

「え……。マジかよ」
「あの子。俺が狙っていたのに……」
「せっかくだから、あの子の名前を聞こうと思っていたのに……」

それもこれも、なぜか僕を見てそう言っていたのだ。
まさか可愛い店員って、僕のことなのか。
やめてくれよ。冗談きついって。男女問わず、そんな目で見られたら、僕がたまらないよ。
香奈姉ちゃんは、笑顔で僕の腕を引いて

「行こう」

と、言った。
香奈姉ちゃんを見ていたら、なんだか嬉しそうな様子だ。
そんなに僕のメイド服姿が気に入ったんだろうか。
そのまま僕を連れ歩こうとしているみたいだし。
今日は女子校の文化祭だし、この際仕方ないか。

「うん」

僕は、香奈姉ちゃんと一緒に喫茶店を後にした。

香奈姉ちゃんが案内してくれた場所は、占いの館と書かれた教室だった。
その見た目どおり、かなり薄暗い雰囲気の場所になっている。
この店も盛況なのか、男女のカップルの行列ができていた。
こんなところに何の用なんだろう?
僕は、香奈姉ちゃんの方に視線を向ける。

「香奈姉ちゃん。…ここって?」
「占いの館だよ」

香奈姉ちゃんは、そう答えた。
そんなの、見ればわかる。

「それは、見ればわかるけど……。ここに何の用があるの?」
「占いの館に来る用件ったら一つじゃない」
「まさか、それって……」
「弟くんが考えてるとおりだよ。私たちの相性を占ってもらうの」

香奈姉ちゃんは、笑顔でそう言った。
──相性占いか。
正直言うと、相性占いっていうのは、あまり信じてないんだよなぁ。
なんか当てずっぽうな感じがして、嫌なイメージしかない。

「僕と香奈姉ちゃんの相性って言ってもなぁ。別に占ってもらう必要はないんじゃ……」
「何言ってるの! こういうのは、すごく大事なことなんだよ」

僕の言葉に、香奈姉ちゃんはムッとした表情になる。
いや……。香奈姉ちゃんの言うこともわかるんだけどね。
それが男女のカップルなら、まだ話はわかるんだけど。
今の僕の格好を見てよ。
メイド服姿だよ。しかもフリフリが付いた可愛いやつ。
こんなミニスカメイド服を着た僕と相性占いをしても、くだらない結果にしかならないと思うんだけどな……。
それに周囲の視線が、とっても気になるんだけど。
僕を女の子と勘違いしている男たちが、すごい視線を向けてきてるよ。

「そうなんだ。まぁ、香奈姉ちゃんがそう言うのなら、別にいいけど……」

僕は、微苦笑してそう言っていた。
どちらにしても、香奈姉ちゃんから離れるわけにはいかないから、従うしかないんだよな。

占いの館で占ってもらった結果は、なんとも言えない結果だった。
一言で言わせれば、相性は良くも悪くもなく『普通』とのこと。
まぁ、占いの結果なんて迷信みたいなものだし、あんまり気にする必要はないんだけど。
香奈姉ちゃんは、その『普通』の結果に大層ご立腹みたいだった。

「何で私と弟くんとの相性が『普通』なのよ! 水嶋先生ったら、弟くんを女の子だと思って占ったな」
「まぁ、この格好でやってきたら、普通は女の子だと認識しちゃうかもしれないね」

さらに言わせれば、僕が中性的な顔立ちをしてるから、普通に見れば女の子だと思ってしまうんだろうけど。

「だったら何で、『男です』って言わなかったのよ?」
「だったら何で、更衣室のロッカーのカギを香奈姉ちゃんが持ってるの? 僕は、はやく私服に着替えたかったのに──」
「それは……」

香奈姉ちゃんは言葉を詰まらせる。
僕の服が入ったロッカーのカギを持っているのは、香奈姉ちゃんだ。
つまり、香奈姉ちゃんが僕にこの格好を強要しているのと同じなのである。
いくら似合っているって言われても、迷惑だ。

「…まぁ、何にせよ、占いの結果は僕が女装してもしなくても変わらなかったと思うから、気にしてもしょうがないよ」
「そうなのかな?」
「それに、あの女の先生。僕が女装してるの、気づいていたみたいだったしね」
「え……。それって、バレてたってこと?」
「たぶんね」

僕は、そう言って微笑を浮かべる。
まぁ、女子校の教師なら、ある程度の女子の顔は見知っているはずだし、間違いはないかと思う。

「何よそれ~。絶対にバレないって自信、あったのになぁ……」
「香奈姉ちゃんが、それを言うのか……」

それは本来なら僕が言うセリフのはずなんだけど……。
どんだけ僕の女装を周囲に曝したいんだろう。

「まぁ、水嶋先生がダメなら中西先生ならどうかな~」

香奈姉ちゃんは、そう言って僕の腕を引っぱりそのまま歩いていく。
まだ他の場所に行くつもりなのか。それに中西先生って、誰なのかな?
休憩時間は、とっくに過ぎているはずなんだけどな。

「次は、どこに行くつもりなの?」
「次はね。美沙ちゃんのいるクラスに行こうと思って──」
「美沙先輩のクラス?」
「美沙ちゃんはね。私とは別のクラスなんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「たしか催し物は、小物店だと言っていたような……」
「そこに中西先生っていう人がいるの?」
「うん! 中西先生はそこの担任だからね。たぶんいると思うよ」

なるほど。
美沙先輩のクラスの担任は中西先生か。
きっと素晴らしい先生なんだろうな。
香奈姉ちゃんの言い方だと、たぶん女の先生だろう。

「あの……。こんな時になんだけど、そろそろ私服に着替えたいなと……」
「何言ってるの、弟くん。今日は、ずっとその格好でいてもらうって言ってるでしょ」
「ええ⁉︎ …まさか、今日一日ずっとこの格好でいろって言ってるの?」
「だから、ずっとそう言ってるでしょ。まぁ、似合ってなかったら、それなりに考えたと思うけど……。思いの外、似合っていたからね。そのままの格好でいてもらおうかな。──あ、そうそう。ライブの時にも、その格好でやってもらうから、よろしくね」
「………」

──なんかもう、どうにでもなれって気分になってきた。
僕は、もう少し華やかなイメージを想像してたんだけどな。
やってきたら、華やかさなんてまったく無かったな。
僕に女装させるくらいだから、よっぽどだ。
この格好でライブをやるのかと思うと、気が重くなってきた。
まだ兄が来ていないことだけが、唯一の救いだ。
僕は、深くため息を吐いた。
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