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第四話
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美沙さんと理恵さんは、香奈姉ちゃんと奈緒さんが僕の家に来てるからやってきただけで、特に用事はなかったようだ。
「特に用事はなかったんだけど……」
「来ちゃまずかったかな?」
「そんなことないよ。…奈緒さんだって来てるし」
「それならよかった。てっきりわたしは、今日からバンド活動を再開するのかなって思っちゃってさ」
「それはないよ。前に香奈姉ちゃんが言ったとおり、バンド活動はテストが終わってしばらくしてからって言ってたじゃないか」
「そうなんだけどね。…奈緒ちゃんが楓君の家に来ているのが不安でね」
二人は揃って、奈緒さんの方に視線を向ける。
奈緒さんは全然気にもしてないのか、そう言われても相変わらず座ってくつろいでいた。
なんとなく気持ちはわかるような気がする。
「奈緒さんが僕の家に来ているのは、ただの興味本位じゃないかな。深い意味はないと思うけど……」
奈緒さんをかばうつもりはないけど、僕はそう言っていた。
まぁ、バンド活動はしばらくの間お休みだから、なんとなくはわかってはいたんだけどさ。
「それならわたしたちが、楓君の家に来ることについても、何も文句はないよね?」
「いや、文句って……」
まぁ、夕方までは特に予定はないから、別に構わないんだけどさ。
それに香奈姉ちゃんたちが来てるのは純粋に嬉しいし、僕も自然と笑顔になる。
奈緒さんは、美沙さんと理恵さんの二人がやって来ても特に気にする様子はなく微笑を浮かべる。
「楓君の部屋って、みんながくつろぎやすいようにできてるんだもん。しょうがないよね」
「それは、褒め言葉になっていないような気が……」
「何言ってるの、弟くん。みんな弟くんのことを心配して、こうして来てくれたんじゃない。そこは素直に嬉しがらないとダメじゃない」
「うん。わかってはいるんだけどさ」
「わかっているんなら、ちゃんと答えないと。…それとも、私が穿いてる下着でも気になっているのかな?」
そう言うと香奈姉ちゃんは、制服のスカートをひらひらさせて僕を誘惑する。
香奈姉ちゃんなりに誘惑してるつもりなんだろうけど、大人の女性としての魅力が足りない。だけど、まだ精神的に成熟していない僕の心を揺さぶるには十分なほどの誘惑だ。僕は香奈姉ちゃんの行為に、思わず赤面してしまう。
「そりゃ、気にならないかって言われると気になるけど……」
「お、やっぱり気になっちゃうんだ。楓君も男の子なんだね」
「そんなの当たり前だよ。僕だって男なんだから」
「そうだよね。それが普通の男の子の反応だよね。…よかった」
香奈姉ちゃんは、僕の方を見てホッとしたような表情を浮かべる。
僕としては、そんな顔をしてほしくないんだけどなぁ。まるで僕が、そのことに対して無関心みたいな反応じゃないか。
勘違いしているようだからはっきりさせてもらうけど、僕にだって、その事に対する関心くらいはあるんだよ。
傍にいた奈緒さんは、頬を赤らめて言う。
「あたしたちには、楓君に対する好意があるからね。その辺りをしっかりと受け止めてくれないと」
それは十分にわかってますって。だからその綺麗な顔を近づけてこないでください。
「…それでテストの結果はどうだったのかな? 赤点だったの?」
理恵さんは、軽く咳払いをしてそう聞いてきた。
そんな真剣な目で見られたら、答えずにはいられない。
僕は、微笑を浮かべて答える。
「おかげさまでテストの結果は良かったよ。いつの間にか学年三位になってたからね」
「そこまで上がっていたの?」
「おかげさまでね」
その成績が、どのくらいの期間まで維持できるかはわからないけど。
香奈姉ちゃんはその事を理解しているのか、僕に笑顔を向ける。
「そっかぁ、学年三位か。そんなに結果が良かったのなら、次のテストも大丈夫かな?」
「いや……。さすがに次のテストは、今回のようにはいかないかもしれないけどね……」
「不安なの?」
「不安ってわけじゃないけど……」
僕は、香奈姉ちゃんの言葉に表情をひきつらせてしまう。
それはその時になってみないとわからないな。ちなみに香奈姉ちゃんに教えてもらう気はない。さすがに、これ以上迷惑はかけられないからね。
それに、やっぱり進路のことは、自分で考えたいし。
無理をして香奈姉ちゃんと同じ大学に入る必要もないと思うから。
「大丈夫だよ。次のテストになったら、私がしっかりと教えてあげるよ。だから心配しなくていいよ」
「…だけどさ」
「私たちのことを気にしてるなら問題ないよ。テストの結果はいつもどおりだし」
いつもどおりってことは、香奈姉ちゃんはまた学年一位になっているんだな。さすがというべきかなんというか。
香奈姉ちゃんは、いつもの笑顔を見せて僕に言う。
「私は、弟くんのためを思って勝手にやってることだから、弟くんが気にする必要はないよ」
「そうなの? ホントに大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。だから弟くんは、私になんでも聞いてくれて構わないよ」
「わかった。それならお言葉に甘えるとするよ」
「うん! それでこそ弟くんだよ!」
香奈姉ちゃんは、そう言って僕に抱きついてくる。
「うわっ! ちょっ、やめて──」
「嫌だよ。離せって言われても離さないんだからね」
「そんな……」
「大好きな人から離れろって言われても、離れるわけないでしょ」
そう言って、さらに強く抱きしめてきた。それも離さないと言わんばかりにである。
ホントに無防備すぎだよ。香奈姉ちゃん。
みんなも、やきもちを妬かずによく見ていられるよなぁ。
普通なら止めてるところだと思うんだけど……。
奈緒さんたちは、満面の笑顔を浮かべて僕に抱きついている香奈姉ちゃんを見て微笑を浮かべていた。
僕がやってるバイトは、喫茶店のフロア係りだ。
注文を承ったり、ホール内の掃除をしたりなどの簡単なお仕事である。
同級生である風見慎吾も、同じ場所で働いている同僚だ。
「今日も、香奈先輩が家に来てたのか?」
「うん。テストの結果を聞かれたよ」
「そっかぁ。テストの結果かぁ。学年三位だったから、自慢できただろ?」
「いや、香奈姉ちゃんはいつも学年一位みたいだから、自慢にもならなかったよ」
「ははは。学年一位ならなぁ。学年三位だったって言っても自慢にはならないか……。通っている学校も学年も違うわけだしな」
「うん……」
「まぁ、とにかく、今日も頑張っていこうぜ」
「うん」
更衣室で着替えを済ませると、僕たちはタイムカードを通し、まっすぐにホールに向かっていった。
慎吾もそう言ってるし、今日のバイトも頑張ろう。
今日のバイトが終わり家にまっすぐ帰ると、その玄関先には香奈姉ちゃんがいた。
「あ、弟くん」
「あれ? 香奈姉ちゃん? 一体どうしたの? こんな時間に」
僕は驚いて声を上げる。
僕の家の前にいるってことは、何か用事があってここにいるってことだから、そこまで驚く必要はないんだけど。夜の時間に香奈姉ちゃん一人で家の前に来るなんてのは、滅多にないことだ。
普段ならメールか電話で連絡してくるはずだから、直接家の前にいるのはホントにめずらしい。
「いや、今日は弟くんのお母さんが仕事で帰ってこられないそうなのよ」
「僕の母さんが?」
「うん。私に、『代わりに楓の面倒を見てくれ』ってお母さんから言われたんだよ」
「なるほど。それじゃ、今、兄貴はいるのかな?」
「ううん。いないみたい。たぶん、バンドメンバーと一緒か、バイトに行ってるんじゃないかな」
「そっか……。それなら、しょうがないね」
兄の方もバイトやバンド活動とかで忙しい日々を送っている。だから家にいないってことは、よくあることだ。
それに香奈姉ちゃんが家の前にいるってことは、鍵が掛かってて中に入れないってことなんだろう。
僕は、担いでいた小さなリュックの中から家の鍵を取り出して、掛かっていた鍵を開けた。
「ここじゃ何かと物騒だから、家の中に入ろう」
「うん。そうだね」
僕と香奈姉ちゃんは、そのまま家の中に入る。
母さんがこの時間だというのにいないのは、別にめずらしくもなんともない。なぜなら、母さん自身は専業主婦ではなく、しっかりとしたキャリアウーマンだからである。だから、時間外と思われるこの夜の時間でも家にはいないのだ。
「…ねえ、弟くん。何か作ってほしい料理とかってないかな?」
「作ってほしい料理かい? 特にはないけど……」
「ないの? 例えば炒飯とか、肉じゃがとかでもいいんだよ」
香奈姉ちゃんは、そう言うと近くにあったエプロンをして台所に入っていった。
中華か和風か。どちらもいいセレクトだ。
「それなら一緒に作らないかい。その方が一緒にいる時間も多くできて、楽しく過ごせると思うんだけど」
「一緒に作る…か。別にそれでもいいかな」
「でしょ? その方が効率もいいしね」
そう言うと、僕もそのままエプロンをして台所に入っていく。
香奈姉ちゃんと一緒に料理を作るのは初めてじゃない。だからいつもどおりに料理を作っていく。
「ホントはね。弟くんのために何か作ってあげようと思ってたんだよ」
「そうなの? 僕はお腹が空いたから何か作ろうと考えてたんだけど」
「弟くんは、料理得意だもんね。これなら私がいなくても大丈夫そうだよね」
「そんなことないよ。香奈姉ちゃんが来てくれて、ホント助かってるよ」
「ホントかなぁ?」
「ホントだよ」
僕は、そう言って普段と変わらない笑顔を見せた。
両親と兄がいないとなると、今は香奈姉ちゃんと二人っきりだ。
だけど、それを香奈姉ちゃん本人に言うつもりはない。
しかし、香奈姉ちゃんにはお見通しのようで──
「今日は、二人っきりだね」
晩ご飯を済ませた後にそう言ってくる。
僕は、緊張した様子で言葉を返す。
「え、あ、うん。…そうだね」
やっぱり気付いていたか。
思えば香奈姉ちゃんと二人っきりっていうのは、そんなに多くないかもしれない。
いつも奈緒さんたちが僕の家に来ているからなぁ。
「弟くんは、何をする予定なのかな?」
「特に、これといった予定はないけど……。風呂に入ってしばらくしたら、寝るくらいかな。──香奈姉ちゃんは?」
「私? 私は、今日は弟くんの家にお泊りする予定だけど」
結局は、そうなるよね。
明日は、休日だし。
「そっか。…それじゃ、後で布団を敷かないといけないね」
そう言いながら、僕は作った料理を皿の上に乗せていく。
作った料理は、野菜炒めである。家にあった野菜を食べやすいようにカットし、簡単に味付けして炒めただけの一品だ。
とりあえず急いで作った晩ご飯のおかずだし、一品でも別に構わないか。
そう思ったが、香奈姉ちゃんも隣で何か作っていた。匂いですぐにわかることだけど、香奈姉ちゃんが作っていたのは味噌汁だった。ちなみに具は豆腐とワカメだ。
僕が作っていたものを見て、味噌汁を作るのはさすがは香奈姉ちゃんである。
「そんなことしなくても大丈夫だよ。私は、弟くんと一緒に寝るつもりだからさ」
「え……。一緒に寝るって、僕のベッドで一緒に寝るってこと?」
僕は、自分が寝るために予備の布団を敷こうと思っていたのに。
「うん、そうだよ。…最近、弟くんと二人っきりでいることが少ない気がしてね」
「いや、そんなことは……」
「そんなことはないって言い切れるの? 大抵の場合、奈緒ちゃんが一緒についてくるよね」
「うん。まぁ、そう言われたら、そのとおりだと思うけど……」
料理が冷めるといけないので、そんな会話のやりとりの最中に料理などをテーブルに並べていく。
「弟くんは、そういうことに関する認識が甘いんだよ。…だから、奈緒ちゃんのパンツを受け取ってしまう結果になるんだよ」
香奈姉ちゃんは、僕と食事をし始めてもなお、愚痴のように言葉を漏らす。
「あの時は、受け取っておいた方がいいって香奈姉ちゃんも言っていたでしょ。…それにあんな場所で、あんな事されたら……」
「奈緒ちゃんにとって恋愛は初めてなことだからね。略奪愛みたいなものでも、構わずやってしまうんだよ」
「だからといって、あれはないと思うんだけど」
「何をされたのかは敢えては聞かないけれど、奈緒ちゃんには気をつけた方がいいよ。油断すると、エッチなことも平然としてくるかもしれないから」
「うん。気をつけるよ」
香奈姉ちゃんのその言葉に、僕はぞっとしてしまった。
たしかに奈緒さんの行動力には驚かれてしまうことばかりだ。
人気のないところに連れていって、穿いていたパンツを渡してくるのだから。
僕は、先に食事を終えると立ち上がり、自分の食器を台所まで持っていった。
「特に用事はなかったんだけど……」
「来ちゃまずかったかな?」
「そんなことないよ。…奈緒さんだって来てるし」
「それならよかった。てっきりわたしは、今日からバンド活動を再開するのかなって思っちゃってさ」
「それはないよ。前に香奈姉ちゃんが言ったとおり、バンド活動はテストが終わってしばらくしてからって言ってたじゃないか」
「そうなんだけどね。…奈緒ちゃんが楓君の家に来ているのが不安でね」
二人は揃って、奈緒さんの方に視線を向ける。
奈緒さんは全然気にもしてないのか、そう言われても相変わらず座ってくつろいでいた。
なんとなく気持ちはわかるような気がする。
「奈緒さんが僕の家に来ているのは、ただの興味本位じゃないかな。深い意味はないと思うけど……」
奈緒さんをかばうつもりはないけど、僕はそう言っていた。
まぁ、バンド活動はしばらくの間お休みだから、なんとなくはわかってはいたんだけどさ。
「それならわたしたちが、楓君の家に来ることについても、何も文句はないよね?」
「いや、文句って……」
まぁ、夕方までは特に予定はないから、別に構わないんだけどさ。
それに香奈姉ちゃんたちが来てるのは純粋に嬉しいし、僕も自然と笑顔になる。
奈緒さんは、美沙さんと理恵さんの二人がやって来ても特に気にする様子はなく微笑を浮かべる。
「楓君の部屋って、みんながくつろぎやすいようにできてるんだもん。しょうがないよね」
「それは、褒め言葉になっていないような気が……」
「何言ってるの、弟くん。みんな弟くんのことを心配して、こうして来てくれたんじゃない。そこは素直に嬉しがらないとダメじゃない」
「うん。わかってはいるんだけどさ」
「わかっているんなら、ちゃんと答えないと。…それとも、私が穿いてる下着でも気になっているのかな?」
そう言うと香奈姉ちゃんは、制服のスカートをひらひらさせて僕を誘惑する。
香奈姉ちゃんなりに誘惑してるつもりなんだろうけど、大人の女性としての魅力が足りない。だけど、まだ精神的に成熟していない僕の心を揺さぶるには十分なほどの誘惑だ。僕は香奈姉ちゃんの行為に、思わず赤面してしまう。
「そりゃ、気にならないかって言われると気になるけど……」
「お、やっぱり気になっちゃうんだ。楓君も男の子なんだね」
「そんなの当たり前だよ。僕だって男なんだから」
「そうだよね。それが普通の男の子の反応だよね。…よかった」
香奈姉ちゃんは、僕の方を見てホッとしたような表情を浮かべる。
僕としては、そんな顔をしてほしくないんだけどなぁ。まるで僕が、そのことに対して無関心みたいな反応じゃないか。
勘違いしているようだからはっきりさせてもらうけど、僕にだって、その事に対する関心くらいはあるんだよ。
傍にいた奈緒さんは、頬を赤らめて言う。
「あたしたちには、楓君に対する好意があるからね。その辺りをしっかりと受け止めてくれないと」
それは十分にわかってますって。だからその綺麗な顔を近づけてこないでください。
「…それでテストの結果はどうだったのかな? 赤点だったの?」
理恵さんは、軽く咳払いをしてそう聞いてきた。
そんな真剣な目で見られたら、答えずにはいられない。
僕は、微笑を浮かべて答える。
「おかげさまでテストの結果は良かったよ。いつの間にか学年三位になってたからね」
「そこまで上がっていたの?」
「おかげさまでね」
その成績が、どのくらいの期間まで維持できるかはわからないけど。
香奈姉ちゃんはその事を理解しているのか、僕に笑顔を向ける。
「そっかぁ、学年三位か。そんなに結果が良かったのなら、次のテストも大丈夫かな?」
「いや……。さすがに次のテストは、今回のようにはいかないかもしれないけどね……」
「不安なの?」
「不安ってわけじゃないけど……」
僕は、香奈姉ちゃんの言葉に表情をひきつらせてしまう。
それはその時になってみないとわからないな。ちなみに香奈姉ちゃんに教えてもらう気はない。さすがに、これ以上迷惑はかけられないからね。
それに、やっぱり進路のことは、自分で考えたいし。
無理をして香奈姉ちゃんと同じ大学に入る必要もないと思うから。
「大丈夫だよ。次のテストになったら、私がしっかりと教えてあげるよ。だから心配しなくていいよ」
「…だけどさ」
「私たちのことを気にしてるなら問題ないよ。テストの結果はいつもどおりだし」
いつもどおりってことは、香奈姉ちゃんはまた学年一位になっているんだな。さすがというべきかなんというか。
香奈姉ちゃんは、いつもの笑顔を見せて僕に言う。
「私は、弟くんのためを思って勝手にやってることだから、弟くんが気にする必要はないよ」
「そうなの? ホントに大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。だから弟くんは、私になんでも聞いてくれて構わないよ」
「わかった。それならお言葉に甘えるとするよ」
「うん! それでこそ弟くんだよ!」
香奈姉ちゃんは、そう言って僕に抱きついてくる。
「うわっ! ちょっ、やめて──」
「嫌だよ。離せって言われても離さないんだからね」
「そんな……」
「大好きな人から離れろって言われても、離れるわけないでしょ」
そう言って、さらに強く抱きしめてきた。それも離さないと言わんばかりにである。
ホントに無防備すぎだよ。香奈姉ちゃん。
みんなも、やきもちを妬かずによく見ていられるよなぁ。
普通なら止めてるところだと思うんだけど……。
奈緒さんたちは、満面の笑顔を浮かべて僕に抱きついている香奈姉ちゃんを見て微笑を浮かべていた。
僕がやってるバイトは、喫茶店のフロア係りだ。
注文を承ったり、ホール内の掃除をしたりなどの簡単なお仕事である。
同級生である風見慎吾も、同じ場所で働いている同僚だ。
「今日も、香奈先輩が家に来てたのか?」
「うん。テストの結果を聞かれたよ」
「そっかぁ。テストの結果かぁ。学年三位だったから、自慢できただろ?」
「いや、香奈姉ちゃんはいつも学年一位みたいだから、自慢にもならなかったよ」
「ははは。学年一位ならなぁ。学年三位だったって言っても自慢にはならないか……。通っている学校も学年も違うわけだしな」
「うん……」
「まぁ、とにかく、今日も頑張っていこうぜ」
「うん」
更衣室で着替えを済ませると、僕たちはタイムカードを通し、まっすぐにホールに向かっていった。
慎吾もそう言ってるし、今日のバイトも頑張ろう。
今日のバイトが終わり家にまっすぐ帰ると、その玄関先には香奈姉ちゃんがいた。
「あ、弟くん」
「あれ? 香奈姉ちゃん? 一体どうしたの? こんな時間に」
僕は驚いて声を上げる。
僕の家の前にいるってことは、何か用事があってここにいるってことだから、そこまで驚く必要はないんだけど。夜の時間に香奈姉ちゃん一人で家の前に来るなんてのは、滅多にないことだ。
普段ならメールか電話で連絡してくるはずだから、直接家の前にいるのはホントにめずらしい。
「いや、今日は弟くんのお母さんが仕事で帰ってこられないそうなのよ」
「僕の母さんが?」
「うん。私に、『代わりに楓の面倒を見てくれ』ってお母さんから言われたんだよ」
「なるほど。それじゃ、今、兄貴はいるのかな?」
「ううん。いないみたい。たぶん、バンドメンバーと一緒か、バイトに行ってるんじゃないかな」
「そっか……。それなら、しょうがないね」
兄の方もバイトやバンド活動とかで忙しい日々を送っている。だから家にいないってことは、よくあることだ。
それに香奈姉ちゃんが家の前にいるってことは、鍵が掛かってて中に入れないってことなんだろう。
僕は、担いでいた小さなリュックの中から家の鍵を取り出して、掛かっていた鍵を開けた。
「ここじゃ何かと物騒だから、家の中に入ろう」
「うん。そうだね」
僕と香奈姉ちゃんは、そのまま家の中に入る。
母さんがこの時間だというのにいないのは、別にめずらしくもなんともない。なぜなら、母さん自身は専業主婦ではなく、しっかりとしたキャリアウーマンだからである。だから、時間外と思われるこの夜の時間でも家にはいないのだ。
「…ねえ、弟くん。何か作ってほしい料理とかってないかな?」
「作ってほしい料理かい? 特にはないけど……」
「ないの? 例えば炒飯とか、肉じゃがとかでもいいんだよ」
香奈姉ちゃんは、そう言うと近くにあったエプロンをして台所に入っていった。
中華か和風か。どちらもいいセレクトだ。
「それなら一緒に作らないかい。その方が一緒にいる時間も多くできて、楽しく過ごせると思うんだけど」
「一緒に作る…か。別にそれでもいいかな」
「でしょ? その方が効率もいいしね」
そう言うと、僕もそのままエプロンをして台所に入っていく。
香奈姉ちゃんと一緒に料理を作るのは初めてじゃない。だからいつもどおりに料理を作っていく。
「ホントはね。弟くんのために何か作ってあげようと思ってたんだよ」
「そうなの? 僕はお腹が空いたから何か作ろうと考えてたんだけど」
「弟くんは、料理得意だもんね。これなら私がいなくても大丈夫そうだよね」
「そんなことないよ。香奈姉ちゃんが来てくれて、ホント助かってるよ」
「ホントかなぁ?」
「ホントだよ」
僕は、そう言って普段と変わらない笑顔を見せた。
両親と兄がいないとなると、今は香奈姉ちゃんと二人っきりだ。
だけど、それを香奈姉ちゃん本人に言うつもりはない。
しかし、香奈姉ちゃんにはお見通しのようで──
「今日は、二人っきりだね」
晩ご飯を済ませた後にそう言ってくる。
僕は、緊張した様子で言葉を返す。
「え、あ、うん。…そうだね」
やっぱり気付いていたか。
思えば香奈姉ちゃんと二人っきりっていうのは、そんなに多くないかもしれない。
いつも奈緒さんたちが僕の家に来ているからなぁ。
「弟くんは、何をする予定なのかな?」
「特に、これといった予定はないけど……。風呂に入ってしばらくしたら、寝るくらいかな。──香奈姉ちゃんは?」
「私? 私は、今日は弟くんの家にお泊りする予定だけど」
結局は、そうなるよね。
明日は、休日だし。
「そっか。…それじゃ、後で布団を敷かないといけないね」
そう言いながら、僕は作った料理を皿の上に乗せていく。
作った料理は、野菜炒めである。家にあった野菜を食べやすいようにカットし、簡単に味付けして炒めただけの一品だ。
とりあえず急いで作った晩ご飯のおかずだし、一品でも別に構わないか。
そう思ったが、香奈姉ちゃんも隣で何か作っていた。匂いですぐにわかることだけど、香奈姉ちゃんが作っていたのは味噌汁だった。ちなみに具は豆腐とワカメだ。
僕が作っていたものを見て、味噌汁を作るのはさすがは香奈姉ちゃんである。
「そんなことしなくても大丈夫だよ。私は、弟くんと一緒に寝るつもりだからさ」
「え……。一緒に寝るって、僕のベッドで一緒に寝るってこと?」
僕は、自分が寝るために予備の布団を敷こうと思っていたのに。
「うん、そうだよ。…最近、弟くんと二人っきりでいることが少ない気がしてね」
「いや、そんなことは……」
「そんなことはないって言い切れるの? 大抵の場合、奈緒ちゃんが一緒についてくるよね」
「うん。まぁ、そう言われたら、そのとおりだと思うけど……」
料理が冷めるといけないので、そんな会話のやりとりの最中に料理などをテーブルに並べていく。
「弟くんは、そういうことに関する認識が甘いんだよ。…だから、奈緒ちゃんのパンツを受け取ってしまう結果になるんだよ」
香奈姉ちゃんは、僕と食事をし始めてもなお、愚痴のように言葉を漏らす。
「あの時は、受け取っておいた方がいいって香奈姉ちゃんも言っていたでしょ。…それにあんな場所で、あんな事されたら……」
「奈緒ちゃんにとって恋愛は初めてなことだからね。略奪愛みたいなものでも、構わずやってしまうんだよ」
「だからといって、あれはないと思うんだけど」
「何をされたのかは敢えては聞かないけれど、奈緒ちゃんには気をつけた方がいいよ。油断すると、エッチなことも平然としてくるかもしれないから」
「うん。気をつけるよ」
香奈姉ちゃんのその言葉に、僕はぞっとしてしまった。
たしかに奈緒さんの行動力には驚かれてしまうことばかりだ。
人気のないところに連れていって、穿いていたパンツを渡してくるのだから。
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