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第四話
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やっと一人で勉強できる。
そう思い机に向かって勉強しだしたのは、みんなが帰って夕飯を食べた後のことだった。
言うまでもないことだけど、美沙さんと理恵さんは替えの下着があったみたいで、しっかりと穿いて帰っていったみたいだ。香奈姉ちゃんから聞いた話だから確かなことなんだろう。よくわからないが。女子校に伝わってるジンクスだからなんとも言えないけれど、僕からしたらいい迷惑だ。母に見つかったら、なんて言われるかわかったもんじゃないし。
香奈姉ちゃんならともかく、なんで奈緒さんや美沙さん、理恵さんまで僕に好意を向けてくるんだろうか。僕に好意を向けられても、どんな風に応えればいいのかわからないのに……。
「考えてもしょうがないか……。今はテスト期間中だし、集中しないと」
そう言って、僕はパンツを机の引き出しの中に仕舞い込み、勉強をやり始める。すると僕のスマホから着信が入った。
「…ん? 誰だ?」
僕は、近くに置いてあったスマホを手に取り、中を確認する。
それは、香奈姉ちゃんからだった。
僕は、すぐに電話に出る。
「はい、もしもし」
『あ、弟くん』
「どうしたの? 香奈姉ちゃん」
『今から、そっち行っていいかな?』
「…え。別に構わないけど……。どうしたの?」
『ちょっと、弟くんに話があってね。…いいかな?』
メールではなく通話で連絡をとってくるあたり、よほどの事情があるんだろうな。
「いいよ。特に出かける予定もないから」
『それじゃ、すぐにそっちに行くね』
そう言うと香奈姉ちゃんは、通話を切る。
結局、これから来るのか。
こんな時間に香奈姉ちゃんが来ると、絶対にロクなことがないんだよなぁ。
なんかすごく嫌な予感がする。
せめて部屋の中の後片付けをしておくか。
理恵さんと美沙さんから渡されたパンツのこともあるし。
僕は、ベッドの上に置いていた二人のパンツを鍵のかかった机の引き出しの中に入れた。
香奈姉ちゃんとの通話後、しばらくしないうちに家の呼び鈴がなった。
僕は、すぐに玄関に向かいドアを開けた。
誰なのかは、確認しなくてもすぐにわかる。
玄関先には香奈姉ちゃんがいた。
「やぁ、弟くん」
「どうしたの? 香奈姉ちゃん。話って一体何なの?」
「ここだと何かアレだから、弟くんの部屋でもいいかな?」
「え? 僕の部屋?」
「ダメかな?」
「ダメってことはないけど……」
「何か不都合なこととかあるの?」
「いや……。特にないけど」
「それなら、別にいいよね?」
ここでは話せない内容なのか。
一体何だろう。
「…どうぞ」
仕方がないので、僕は香奈姉ちゃんを家の中に入れてあげる。
本当は居間に案内する予定だったんだけど、僕の部屋に行きたいって言うんだからしょうがない。僕は、香奈姉ちゃんを連れて真っ直ぐ自分の部屋に向かっていく。
僕の部屋に到着すると、香奈姉ちゃんは僕のベッドに座り軽く伸びをする。
「ふ~。やっぱり弟くんの部屋が一番落ち着くなぁ」
「僕の部屋に来るなり、リラックスしないでよ」
「少しくらい、いいじゃない。それとも、こんな時間に私が来たらまずかったかな?」
「いや……。別にまずくはないけど……」
僕は、そう言って本能的に机の引き出しを見やる。
そこに香奈姉ちゃんたちのパンツがある事を見抜いたんだろう。
香奈姉ちゃんは、僕の視線の先にある机の引き出しを見てニヤリと笑みを浮かべる。
「それじゃ、私が来ても別に問題ないよね」
「う、うん。もちろんだよ」
僕は、内心焦りながらそう言っていた。
その笑みは、別の意味で恐いからやめてください。
鍵がかかってるからまだいいけど、机の引き出しの中をがさ入れされたら、僕はおしまいです。
「──それで、話って何なの?」
僕は、ベッドの上でリラックスしている香奈姉ちゃんにそう訊いていた。
香奈姉ちゃんは、机を指差して聞き返してくる。
「その中に入ってるの?」
「何が?」
「私たちのパンツだよ。弟くんに“あげた”よね?」
「“あげた”って……。貰った覚えはないんだけど……」
「ううん。私たちが把握している意味では、たしかに弟くんにパンツを“あげた”んだよ」
「もしかして、香奈姉ちゃんが言ってた“話”って、その事なの?」
「いや、そうじゃないけど。ほかにどんな話があると思ったの?」
「いや……。例えば、勉強を教えてくれるとか──。そんな話で来たのかなぁ…て……」
「まぁ、そうね。一つだけ言うことを聞いてくれるなら、教えてあげない事はないけど」
「それなら、はやく言ってよ。僕にできることなら、やってみるからさ」
その言葉がそもそもの間違いだった。
昔から安請負いするものじゃないって言うけど、香奈姉ちゃん相手だと、どうにも断れる気がしないのだ。
「それなら、私を抱きしめてキスをしてよ」
「ごめん、無理です……」
「即答で答えるかな、普通……」
香奈姉ちゃんは、落ち込んだ様子で言う。
さすがに物事には順序っていうものがある。
「いきなりそんな事言われても、無理だよ。…そもそも、なんで香奈姉ちゃんを抱きしめてキスしないといけないの? いきなりすぎない?」
そりゃ、本心で言ったらそうしたいけど……。
「恋人同士なら、普通にできると思うんだけどな。拒否するってことは、やっぱり他に好きな女の子がいるって事なのかな?」
「そ、それは……いないけど……」
「いないなら、私にキスくらいできるんじゃないの?」
「それとこれとは、話が違うよ。物事には順序っていうものもあるしさ。香奈姉ちゃんの言ってた話ってそれなの?」
なかなか本題に入らないので、僕は香奈姉ちゃんを押し倒す勢いで詰め寄った。
香奈姉ちゃんは、僕の誘いに乗ったのか、そのままベッドの上に横になり、無防備な状態になる。
「ううん、違うよ。私がしたかった話はね。テストが終わった後の文化祭の事なの」
「文化祭って、女子校の文化祭の事かな?」
「そうそう。女子校の文化祭の事だよ。男の子が女子校に入る時って、入場券が必要になるでしょ?」
「女子校に入るわけだからね。それは、どうしても必要になるよね」
ちなみに男子校に入る時は、入場券なんてものは必要ないけど。
「うん。そこで本題なんだけど、その入場券を弟くんにあげようと思ってね」
香奈姉ちゃんは、一枚のチケットをスカートのポケットから取り出した。
それが入場券なのは言うまでもない。
テスト前のこの時期から、もう入場券を発行して女子生徒たちに渡しているのか学校側は……。ずいぶんと手が早いな。文化祭まで、まだ期間があるというのに──
「たしか入場券って、一人の生徒につき一枚だけ渡されるっていう特別なものじゃなかったっけ?」
「うん、そうだよ」
「そんな大切なものを僕が貰ってもいいの?」
「全然構わないよ。むしろ弟くんに貰ってほしいくらいだよ」
「たしか文化祭は、テストが終わった後だったよね?」
「うん。まだ早い気もするんだけど一応ね。奈緒ちゃんや美沙ちゃんから先に渡されたら、なにかと面倒だしね」
香奈姉ちゃんは、そう言って苦笑いをする。
たしかに、このままだと奈緒さんや美沙さんあたりからも入場券を渡されそうな感じだ。
「そうだね。それじゃ遠慮なく貰っておくよ」
僕は、そう言って入場券を受け取った。
ここで入場券を受け取っとかないと、香奈姉ちゃんも不機嫌になりかねないし。
それに文化祭前に入場券を受け取った男子は、いかなる理由であろうと文化祭に行かなければならないのだ。
入場券を渡すという行為自体が、その女の子からの告白と同じ効果を持っているからである。
一年生の僕がなぜこんな事知ってるのかというと、兄から聞いたからだ。
「よし。これで私の話は終わったよ。ここからは、さっきの続きをしよっか」
「さっきの続きって?」
「こういう事だよ」
香奈姉ちゃんはそのまま僕を抱き寄せて、キスをしてきた。
その後は、もう無防備かっていうくらいなんの抵抗なく身体を触らせてくる。
僕は、本能的に香奈姉ちゃんの膨よかな胸に手をやって少し弄るがすぐに理性を取り戻して触るのをやめ、その手を離した。
さすがに、それはまだ早い。
香奈姉ちゃんは、僕の気持ちがわかっているのかいないのか、僕のその手を握ってきて、胸を触らせてくる。
僕はすぐに起き上がり、横になったままの香奈姉ちゃんを見下ろした。
「香奈姉ちゃん。気持ちはその……本当に嬉しいんだけど、今はテスト勉強をしないと……」
「私とキスをするのは嫌なの?」
そう訊いてきた香奈姉ちゃんの頬が紅潮している。ドキドキしているのか、息も少しだけ荒い。
僕は、ゆっくりと手を離す。
その手には、まだ香奈姉ちゃんの胸の感触が残っていて、再び触りたいという気持ちになったが、ギュッと握り拳をつくり我慢した。
「全然嫌じゃないよ。…でも今は、テスト期間中だしさ。自重しないと」
「わかったよ、もう……。仕方ないなぁ」
香奈姉ちゃんは、そう言って微苦笑する。そして、すぐにベッドから起き上がり
「──それで、どこがわからないの?」
そう言ってきた。
その時に乱れた服も、すぐに直す。
僕は、机に置いてあったページを開いたままの教科書を手に取り、それを香奈姉ちゃんに見せる。
「この問題なんだけど、どうしても解けなくて……。香奈姉ちゃん、わかるかな?」
「ん~。どれどれ──」
香奈姉ちゃんは、教科書を手に取ると、僕が指し示した問題に目を通す。
難しそうな表情を浮かべてないので、僕が見せた問題なんかも、簡単にわかってしまうんだろうな。
案の定、香奈姉ちゃんは、僕に答えではなく解き方を教えてくれた。
「これはね。こうすれば、簡単に解けるよ」
「なるほど……」
僕は、すぐに香奈姉ちゃんが教えてくれた解き方をノートに書いていく。
香奈姉ちゃんは、間髪入れず次の問題を見て
「弟くん、この問題は?」
と、言ってくる。
そこから先はテスト範囲外の問題だったので、僕は静かに首を振る。
「そこは、今のところいいんだ……。そこは、まだ教えられていないし」
「そっか。…残念」
そうは言ったものの、香奈姉ちゃんは残念そうな表情をしておらず、むしろ笑顔を浮かべていた。
「なんで笑顔を浮かべているの?」
「弟くんって、意外と積極的なんだなって思ってね」
「それって……」
「やっぱり、私とスキンシップははかりたいんだなって」
「っ……!」
香奈姉ちゃんのその言葉に、僕は赤面してしまう。
「その顔はやっぱり図星かな? ホントは私とエッチな事をしたいんでしょ?」
「それは……。したくないって言えば嘘になるっていうか……」
あんな無防備な格好されたら、誰だってそうなるって……。
「そうだよね。弟くんも、男の子だからね。そうしたいのは、よくわかるよ。私も、弟くんともう少しスキンシップをはかりたいし」
「え……」
僕は、香奈姉ちゃんの言葉に唖然となってしまう。
よく見れば、香奈姉ちゃんの方はまだ足りなかったのか、どこか欲求不満そうだった。
「…見てわからないかな。キスだけじゃ足りないって言ってるんだよ」
「いや……。これ以上はさすがにまずいと思うよ……」
「わかってるよ。今は自重しないといけないよね。でも……」
「香奈姉ちゃん……」
僕は、もぞもぞしている香奈姉ちゃんを見る。
もっとスキンシップがしたい気持ちはわかるんだけど、これ以上は、付き合っているとか恋人同士とかの次元を超えているような気がするからやめておく。
香奈姉ちゃんは、僕の教科書を持ち、何かをおねだりするような面持ちでこちらを見ていた。
「…それで、弟くんは今、何がしたいのかな?」
「何がしたいって言われてもなぁ。テスト期間中だから、真面目に勉強したいかな」
「そっか。それじゃ、勉強しないといけないね」
「香奈姉ちゃんは、いいの?」
「ん? 何が?」
「勉強しなくて大丈夫なの?」
「私は、予習復習は済ませているから大丈夫だよ。それに──」
「それに?」
「──それに、テスト期間中は弟くんと一緒にいる時間が少ないからね。少しでも多く弟くんとスキンシップをはかって、充電しておかないと」
そう言って、香奈姉ちゃんは僕に抱きついてくる。
「わっ! ちょっと……。香奈姉ちゃん!」
はっきり言って、これはもう勉強どころじゃない。
香奈姉ちゃんが帰るまでは、我慢するしかないみたいだ。
僕は、思わず両手をホールドアップして抱きついてきた香奈姉ちゃんを見下ろしていた。
「──充電完了っと」
しばらくして、香奈姉ちゃんは笑顔でそう言う。
ストレスでも溜まっていたんだろうか。
「香奈姉ちゃん。一体何を……」
「ん? なんでもないよ。ただ弟くんに抱きついて充電しただけだよ。…ダメだったかな?」
「いや、ダメなことはないけど。いきなりそんなことされたら、びっくりしちゃうから──」
「そうなの? いきなりごめんね。こっちもわけありでね」
「そうなんだ」
「聞きたい?」
「いや、別に……」
僕は、本当は何があったのか聞きたかったが、聞くのをやめた。
香奈姉ちゃんの事情に僕が立ち入るのは、どうかと思ったからだ。こうして香奈姉ちゃんが来てくれるだけでも、ありがたいし。
だから、敢えて聞かないことにしよう。
そう思い机に向かって勉強しだしたのは、みんなが帰って夕飯を食べた後のことだった。
言うまでもないことだけど、美沙さんと理恵さんは替えの下着があったみたいで、しっかりと穿いて帰っていったみたいだ。香奈姉ちゃんから聞いた話だから確かなことなんだろう。よくわからないが。女子校に伝わってるジンクスだからなんとも言えないけれど、僕からしたらいい迷惑だ。母に見つかったら、なんて言われるかわかったもんじゃないし。
香奈姉ちゃんならともかく、なんで奈緒さんや美沙さん、理恵さんまで僕に好意を向けてくるんだろうか。僕に好意を向けられても、どんな風に応えればいいのかわからないのに……。
「考えてもしょうがないか……。今はテスト期間中だし、集中しないと」
そう言って、僕はパンツを机の引き出しの中に仕舞い込み、勉強をやり始める。すると僕のスマホから着信が入った。
「…ん? 誰だ?」
僕は、近くに置いてあったスマホを手に取り、中を確認する。
それは、香奈姉ちゃんからだった。
僕は、すぐに電話に出る。
「はい、もしもし」
『あ、弟くん』
「どうしたの? 香奈姉ちゃん」
『今から、そっち行っていいかな?』
「…え。別に構わないけど……。どうしたの?」
『ちょっと、弟くんに話があってね。…いいかな?』
メールではなく通話で連絡をとってくるあたり、よほどの事情があるんだろうな。
「いいよ。特に出かける予定もないから」
『それじゃ、すぐにそっちに行くね』
そう言うと香奈姉ちゃんは、通話を切る。
結局、これから来るのか。
こんな時間に香奈姉ちゃんが来ると、絶対にロクなことがないんだよなぁ。
なんかすごく嫌な予感がする。
せめて部屋の中の後片付けをしておくか。
理恵さんと美沙さんから渡されたパンツのこともあるし。
僕は、ベッドの上に置いていた二人のパンツを鍵のかかった机の引き出しの中に入れた。
香奈姉ちゃんとの通話後、しばらくしないうちに家の呼び鈴がなった。
僕は、すぐに玄関に向かいドアを開けた。
誰なのかは、確認しなくてもすぐにわかる。
玄関先には香奈姉ちゃんがいた。
「やぁ、弟くん」
「どうしたの? 香奈姉ちゃん。話って一体何なの?」
「ここだと何かアレだから、弟くんの部屋でもいいかな?」
「え? 僕の部屋?」
「ダメかな?」
「ダメってことはないけど……」
「何か不都合なこととかあるの?」
「いや……。特にないけど」
「それなら、別にいいよね?」
ここでは話せない内容なのか。
一体何だろう。
「…どうぞ」
仕方がないので、僕は香奈姉ちゃんを家の中に入れてあげる。
本当は居間に案内する予定だったんだけど、僕の部屋に行きたいって言うんだからしょうがない。僕は、香奈姉ちゃんを連れて真っ直ぐ自分の部屋に向かっていく。
僕の部屋に到着すると、香奈姉ちゃんは僕のベッドに座り軽く伸びをする。
「ふ~。やっぱり弟くんの部屋が一番落ち着くなぁ」
「僕の部屋に来るなり、リラックスしないでよ」
「少しくらい、いいじゃない。それとも、こんな時間に私が来たらまずかったかな?」
「いや……。別にまずくはないけど……」
僕は、そう言って本能的に机の引き出しを見やる。
そこに香奈姉ちゃんたちのパンツがある事を見抜いたんだろう。
香奈姉ちゃんは、僕の視線の先にある机の引き出しを見てニヤリと笑みを浮かべる。
「それじゃ、私が来ても別に問題ないよね」
「う、うん。もちろんだよ」
僕は、内心焦りながらそう言っていた。
その笑みは、別の意味で恐いからやめてください。
鍵がかかってるからまだいいけど、机の引き出しの中をがさ入れされたら、僕はおしまいです。
「──それで、話って何なの?」
僕は、ベッドの上でリラックスしている香奈姉ちゃんにそう訊いていた。
香奈姉ちゃんは、机を指差して聞き返してくる。
「その中に入ってるの?」
「何が?」
「私たちのパンツだよ。弟くんに“あげた”よね?」
「“あげた”って……。貰った覚えはないんだけど……」
「ううん。私たちが把握している意味では、たしかに弟くんにパンツを“あげた”んだよ」
「もしかして、香奈姉ちゃんが言ってた“話”って、その事なの?」
「いや、そうじゃないけど。ほかにどんな話があると思ったの?」
「いや……。例えば、勉強を教えてくれるとか──。そんな話で来たのかなぁ…て……」
「まぁ、そうね。一つだけ言うことを聞いてくれるなら、教えてあげない事はないけど」
「それなら、はやく言ってよ。僕にできることなら、やってみるからさ」
その言葉がそもそもの間違いだった。
昔から安請負いするものじゃないって言うけど、香奈姉ちゃん相手だと、どうにも断れる気がしないのだ。
「それなら、私を抱きしめてキスをしてよ」
「ごめん、無理です……」
「即答で答えるかな、普通……」
香奈姉ちゃんは、落ち込んだ様子で言う。
さすがに物事には順序っていうものがある。
「いきなりそんな事言われても、無理だよ。…そもそも、なんで香奈姉ちゃんを抱きしめてキスしないといけないの? いきなりすぎない?」
そりゃ、本心で言ったらそうしたいけど……。
「恋人同士なら、普通にできると思うんだけどな。拒否するってことは、やっぱり他に好きな女の子がいるって事なのかな?」
「そ、それは……いないけど……」
「いないなら、私にキスくらいできるんじゃないの?」
「それとこれとは、話が違うよ。物事には順序っていうものもあるしさ。香奈姉ちゃんの言ってた話ってそれなの?」
なかなか本題に入らないので、僕は香奈姉ちゃんを押し倒す勢いで詰め寄った。
香奈姉ちゃんは、僕の誘いに乗ったのか、そのままベッドの上に横になり、無防備な状態になる。
「ううん、違うよ。私がしたかった話はね。テストが終わった後の文化祭の事なの」
「文化祭って、女子校の文化祭の事かな?」
「そうそう。女子校の文化祭の事だよ。男の子が女子校に入る時って、入場券が必要になるでしょ?」
「女子校に入るわけだからね。それは、どうしても必要になるよね」
ちなみに男子校に入る時は、入場券なんてものは必要ないけど。
「うん。そこで本題なんだけど、その入場券を弟くんにあげようと思ってね」
香奈姉ちゃんは、一枚のチケットをスカートのポケットから取り出した。
それが入場券なのは言うまでもない。
テスト前のこの時期から、もう入場券を発行して女子生徒たちに渡しているのか学校側は……。ずいぶんと手が早いな。文化祭まで、まだ期間があるというのに──
「たしか入場券って、一人の生徒につき一枚だけ渡されるっていう特別なものじゃなかったっけ?」
「うん、そうだよ」
「そんな大切なものを僕が貰ってもいいの?」
「全然構わないよ。むしろ弟くんに貰ってほしいくらいだよ」
「たしか文化祭は、テストが終わった後だったよね?」
「うん。まだ早い気もするんだけど一応ね。奈緒ちゃんや美沙ちゃんから先に渡されたら、なにかと面倒だしね」
香奈姉ちゃんは、そう言って苦笑いをする。
たしかに、このままだと奈緒さんや美沙さんあたりからも入場券を渡されそうな感じだ。
「そうだね。それじゃ遠慮なく貰っておくよ」
僕は、そう言って入場券を受け取った。
ここで入場券を受け取っとかないと、香奈姉ちゃんも不機嫌になりかねないし。
それに文化祭前に入場券を受け取った男子は、いかなる理由であろうと文化祭に行かなければならないのだ。
入場券を渡すという行為自体が、その女の子からの告白と同じ効果を持っているからである。
一年生の僕がなぜこんな事知ってるのかというと、兄から聞いたからだ。
「よし。これで私の話は終わったよ。ここからは、さっきの続きをしよっか」
「さっきの続きって?」
「こういう事だよ」
香奈姉ちゃんはそのまま僕を抱き寄せて、キスをしてきた。
その後は、もう無防備かっていうくらいなんの抵抗なく身体を触らせてくる。
僕は、本能的に香奈姉ちゃんの膨よかな胸に手をやって少し弄るがすぐに理性を取り戻して触るのをやめ、その手を離した。
さすがに、それはまだ早い。
香奈姉ちゃんは、僕の気持ちがわかっているのかいないのか、僕のその手を握ってきて、胸を触らせてくる。
僕はすぐに起き上がり、横になったままの香奈姉ちゃんを見下ろした。
「香奈姉ちゃん。気持ちはその……本当に嬉しいんだけど、今はテスト勉強をしないと……」
「私とキスをするのは嫌なの?」
そう訊いてきた香奈姉ちゃんの頬が紅潮している。ドキドキしているのか、息も少しだけ荒い。
僕は、ゆっくりと手を離す。
その手には、まだ香奈姉ちゃんの胸の感触が残っていて、再び触りたいという気持ちになったが、ギュッと握り拳をつくり我慢した。
「全然嫌じゃないよ。…でも今は、テスト期間中だしさ。自重しないと」
「わかったよ、もう……。仕方ないなぁ」
香奈姉ちゃんは、そう言って微苦笑する。そして、すぐにベッドから起き上がり
「──それで、どこがわからないの?」
そう言ってきた。
その時に乱れた服も、すぐに直す。
僕は、机に置いてあったページを開いたままの教科書を手に取り、それを香奈姉ちゃんに見せる。
「この問題なんだけど、どうしても解けなくて……。香奈姉ちゃん、わかるかな?」
「ん~。どれどれ──」
香奈姉ちゃんは、教科書を手に取ると、僕が指し示した問題に目を通す。
難しそうな表情を浮かべてないので、僕が見せた問題なんかも、簡単にわかってしまうんだろうな。
案の定、香奈姉ちゃんは、僕に答えではなく解き方を教えてくれた。
「これはね。こうすれば、簡単に解けるよ」
「なるほど……」
僕は、すぐに香奈姉ちゃんが教えてくれた解き方をノートに書いていく。
香奈姉ちゃんは、間髪入れず次の問題を見て
「弟くん、この問題は?」
と、言ってくる。
そこから先はテスト範囲外の問題だったので、僕は静かに首を振る。
「そこは、今のところいいんだ……。そこは、まだ教えられていないし」
「そっか。…残念」
そうは言ったものの、香奈姉ちゃんは残念そうな表情をしておらず、むしろ笑顔を浮かべていた。
「なんで笑顔を浮かべているの?」
「弟くんって、意外と積極的なんだなって思ってね」
「それって……」
「やっぱり、私とスキンシップははかりたいんだなって」
「っ……!」
香奈姉ちゃんのその言葉に、僕は赤面してしまう。
「その顔はやっぱり図星かな? ホントは私とエッチな事をしたいんでしょ?」
「それは……。したくないって言えば嘘になるっていうか……」
あんな無防備な格好されたら、誰だってそうなるって……。
「そうだよね。弟くんも、男の子だからね。そうしたいのは、よくわかるよ。私も、弟くんともう少しスキンシップをはかりたいし」
「え……」
僕は、香奈姉ちゃんの言葉に唖然となってしまう。
よく見れば、香奈姉ちゃんの方はまだ足りなかったのか、どこか欲求不満そうだった。
「…見てわからないかな。キスだけじゃ足りないって言ってるんだよ」
「いや……。これ以上はさすがにまずいと思うよ……」
「わかってるよ。今は自重しないといけないよね。でも……」
「香奈姉ちゃん……」
僕は、もぞもぞしている香奈姉ちゃんを見る。
もっとスキンシップがしたい気持ちはわかるんだけど、これ以上は、付き合っているとか恋人同士とかの次元を超えているような気がするからやめておく。
香奈姉ちゃんは、僕の教科書を持ち、何かをおねだりするような面持ちでこちらを見ていた。
「…それで、弟くんは今、何がしたいのかな?」
「何がしたいって言われてもなぁ。テスト期間中だから、真面目に勉強したいかな」
「そっか。それじゃ、勉強しないといけないね」
「香奈姉ちゃんは、いいの?」
「ん? 何が?」
「勉強しなくて大丈夫なの?」
「私は、予習復習は済ませているから大丈夫だよ。それに──」
「それに?」
「──それに、テスト期間中は弟くんと一緒にいる時間が少ないからね。少しでも多く弟くんとスキンシップをはかって、充電しておかないと」
そう言って、香奈姉ちゃんは僕に抱きついてくる。
「わっ! ちょっと……。香奈姉ちゃん!」
はっきり言って、これはもう勉強どころじゃない。
香奈姉ちゃんが帰るまでは、我慢するしかないみたいだ。
僕は、思わず両手をホールドアップして抱きついてきた香奈姉ちゃんを見下ろしていた。
「──充電完了っと」
しばらくして、香奈姉ちゃんは笑顔でそう言う。
ストレスでも溜まっていたんだろうか。
「香奈姉ちゃん。一体何を……」
「ん? なんでもないよ。ただ弟くんに抱きついて充電しただけだよ。…ダメだったかな?」
「いや、ダメなことはないけど。いきなりそんなことされたら、びっくりしちゃうから──」
「そうなの? いきなりごめんね。こっちもわけありでね」
「そうなんだ」
「聞きたい?」
「いや、別に……」
僕は、本当は何があったのか聞きたかったが、聞くのをやめた。
香奈姉ちゃんの事情に僕が立ち入るのは、どうかと思ったからだ。こうして香奈姉ちゃんが来てくれるだけでも、ありがたいし。
だから、敢えて聞かないことにしよう。
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