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序
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休日。とある日の昼下がり。天気は快晴。
こんな日は、静かに音楽を聴いているか学校の宿題をするにかぎる。
──ピンポーン。
家の呼び鈴が鳴った。
「楓~。いるの? ちょっと出てくれない?」
と、下で家事をしている母に呼ばれる。
一体、こんな時間に誰なんだろうか?
僕は、自分の部屋で学校の宿題をしているのに。
兄貴がいるんだから、兄貴を呼べばいいだろう。
そう思いながら僕は部屋を後にし、そのまま玄関に向かう。
ちなみに僕の部屋は二階にある。だから、玄関に向かうには階段を下りて向かわなければならない。
──ピンポーン。
「はーい。どちら様ですか?」
そう言って、僕は玄関のドアを開ける。
「やあ、楓」
玄関先にいたのは、眉目秀麗の女の子。僕の姉的存在で一つ年上の幼馴染──西田香奈だった。彼女は、いつもの服装であるピンク色のブラウスに黒のミニスカートの格好で僕に笑顔を向けている。
「香奈姉ちゃん。いきなりどうしたの? 兄貴に用事でもあるの?」
「ううん。今日は、暇だったから来てみたの。…ダメだったかな?」
「そんな事ないけど……」
「そっか。それなら入ってもいいかな?」
「もちろん、いいよ」
僕は、そう言って香奈姉ちゃんを招き入れた。
さっきも言ったとおり、香奈姉ちゃんとは幼馴染で、特に用事がなくても家に来てたりする。ちなみに、僕が西田香奈の事を“姉ちゃん”と呼んでいるのは、幼馴染とはいえ彼女の方が年上だからである。大抵の場合は、僕の兄貴に会いに来るんだけど、今回は違うようだ。
いつもだったら、何も言わずに黙って階段を上っていって兄貴の部屋にいくのに、今回は、僕が階段を上っていくその後ろを歩いている。
この時は、僕に用事がある時だ。
「…で、どうしたの?」
僕は、自分の部屋に再び戻ると、後ろをついてきた香奈姉ちゃんに、何の用なのかと振り返って訊いていた。
「いや。今日は何してるのかなって思ってさ。気になってきちゃった」
「特に何もしてないよ。学校の宿題をやってただけだよ」
「そうなんだ。それなら、いいよね」
「何が?」
その次の瞬間──
「弟くん──」
その言葉と同時に、香奈姉ちゃんが抱きついてくる。
いきなりどうしたんだ。
あの香奈姉ちゃんが、こんな事をするなんて──
僕たちは、そのまま近くにあったベッドの上に倒れ、香奈姉ちゃんが上乗りになる。
「──香奈姉ちゃん⁉︎ これは一体、どういう事?」
「どういう事って? 自分の胸に聞いてみたら?」
香奈姉ちゃんは、そう言って微笑を浮かべ僕にキスをしてくる。
一体どうしちゃったんだ。香奈姉ちゃんが、こんな……。
香奈姉ちゃんは、僕が呆然としているのをいい事にさらに抱きしめてきた。
なんで品行方正である香奈姉ちゃんが、こんな大胆な事をしてくるんだ?
まったく、わけがわからない。
たしか香奈姉ちゃんは先日、僕の兄貴から告白されていたはずだ。丁重に断っていたが。
──たしか内容はこうだった。
『もし良かったら、俺と付き合ってくれないか』
その兄貴の言葉に香奈姉ちゃんは──
『私、他に好きな人がいるんだよね。だから、お兄さんとは付き合えない。ごめんね』
と、こう言って断ったのだ。
兄貴は釈然としない様子だったが、『他に好きな人がいるのならしょうがない』と言って諦めるしかなかった。
僕が知る限りでは、そんな感じだ。
それから数日後には、他の男子たちからも告白されていたのを見ている。
「自分の胸に聞いてみてって言われたって、なんのことかわからないよ。一体、何があったの? 香奈姉ちゃん」
「弟くんは、他の女の子と付き合ったらダメなんだよ。わかった?」
「言ってることが、よくわからないよ。僕には、まだ彼女もいないんだよ。他の女の子って言われたって、何のことだか……」
「その考えが危険なんだよ。──女の子ってね。好きな男の子に告白するときほど、大胆になるんだからね。弟くんも気をつけないと」
「そんな事言われても……。僕には、何のことだか……」
そう言って香奈姉ちゃんから離れると、ベッドから出る。
こんな昼間っから、男女がベッドの上で抱き合っているのはどう考えてもおかしいし、どっからどう見ても恋人みたいだ。ましてやキスしてくるなんて……。
これじゃ、まるで香奈姉ちゃんから告白されてるみたいじゃないか。
そんな誤解を招くようなことはしたくないし、されたくもない。
香奈姉ちゃんは、何故だか不服そうな顔を浮かべて僕を見る。
「最近の弟くん、ずいぶんと噂になってるよ」
「噂って?」
「カッコいいとか、優しいとかさ。とにかく、私の通っている学校の女の子からそう言われているの」
「そうなの? 僕には、全然わからないんだけど」
「私が通っている学校が女子校なのは、楓も知ってるでしょ?」
「うん。それは、わかっているけど……」
そんな事言われても、さっぱりわからない。
僕は、普段どおりに過ごしているだけなんだけどな。
ちなみに、僕が通っている学校は男子校で、普段は女の子とは接点がない。
お互いの学校がそうさせているのかどうかはわからないが、香奈姉ちゃんがいなければ、僕や兄貴も、女の子とは接点を持ってなかったと思う。まぁ、女子校の方も似たようなものか。
「知ってると思うけど、女子校ってのはね。学園祭以外での男の子との接点はないんだよ。だから、ふとした出会いで恋愛に発展しちゃうのよ」
「そんなものなの?」
「そんなものなんだよ」
そう言われても、そのふとした出会いなんてなかったんだけどな。
まわりはどうかは知らないけど。
「それで香奈姉ちゃんは、ホントは何しにここに来たの?」
「私? 特に用事はないよ。ホントに暇だったから来ただけだよ」
いや。それだけじゃないはずだ。
香奈姉ちゃんが僕の部屋に入ってくるという事は、何かしら理由がある。
この悪ふざけも、ただの遊び半分じゃないはずだ。
だけどそんなことをはっきり言うことはできず、僕は肩をすくめていた。
「そっか。暇だったからか。それならいいんだけど……」
「うん。それなら別に構わないでしょ」
香奈姉ちゃんも、そう言っていつもの笑顔を見せる。
いつも悪ふざけなどをして、僕を茶化してくるから、正直何考えているのかわからない。
僕をベッドに押し倒す香奈姉ちゃんの行動には、驚かされてしまう。
「ところで、香奈姉ちゃん。バンド活動はどうなってるの? あれから順調なの?」
香奈姉ちゃんはバンド活動をしていて、現在、メンバーを募集している。
きっかけは兄貴がやっているバンドで、香奈姉ちゃんが誘われたのが始まりだ。
言うまでもなく香奈姉ちゃんは兄貴の誘いを断り、自分でバンド結成したいと言って、今に至っている。
「全然よ。なかなか理想のメンバーが揃わないから苦労しているよ。…やっぱり無理だったのかな」
「そんな事ないよ。辛抱強く募集していけば、絶対に来るよ」
「そうかな? やっぱり私じゃ、お兄さんのようにはいかないのかなって思っちゃうよ」
「兄貴は、関係ないよ。兄貴には、親友がいてその人たちが集まってメンバーが揃ったって話だし。香奈姉ちゃんも、友達を誘えばきっと──」
「一応、誘ってみたんだけどね。やったことないから無理って言われてさ。私も、諦めるしかなかったんだよね」
「そっか。まぁ、やったことがないっていうのは、しょうがないよね。強要もできないからね」
「うん。弟くんなら、ベースの経験あるから、すぐにでもオーケーなんだけどさ」
香奈姉ちゃんは、そう言って僕を見つめる。
「さすがに僕は……。ほら、たしか香奈姉ちゃんのバンドメンバーって、ほとんどが女の子じゃなかった?」
「4人は女の子だよ。最後の一人が決まらなくて困っているんだけど……。どうかな? 弟くんも、私のバンドに入らない?」
「いや……。僕は遠慮しておくよ。女の子だけのバンドの中に男がいるのって、なんか嫌な空気しか感じないし」
「そう……」
香奈姉ちゃんは、何故か寂しそうに顔をうつむかせた。
僕がやらないって言っただけで、そんな顔をされてもな。
僕には僕の都合ってものがあるし……。
僕の経験上、バンドのメンバーは5人だ。
各パート毎に最低でも4人はいる計算だが、香奈姉ちゃんのバンドの場合、ベース担当がいないため、どうしても不足になる。
香奈姉ちゃんは、こうしていつも僕の部屋に入ってきては、僕をスカウトにやってくるのだ。
今は、女の子のみのバンドだって沢山ある。
無理をして僕なんかをスカウトするより、もう一人女の子を入れてガールズバンドを結成した方が効率的なのだ。
「それならさ。少しの期間でもいいから、ヘルプとして入ってよ。それならいいでしょ?」
「え~。ヘルプかぁ~。難しいな……」
「もし入ってくれたら、また抱きしめてキスしてあげるよ」
「それは勘弁してください」
僕は、そう言って一歩後ずさる。
「そんな遠慮することないのに。…昔、すごく喜んでいたでしょ」
「そんな……。子供の頃の話をされても困るよ」
「どうしても、ダメ?」
「ダメってことはないけど、女の子だけっていうのはね。さすがに抵抗があるっていうか……」
「そんな萎縮する必要はないと思うけど……。とにかく、みんなが集まるのは三日後だから、その日は空けといてね」
「急にそんなこと言われても……。行けるかどうかわからないよ」
「これは決定事項なんだからね。来ないとどうなるかわかっているよね?」
香奈姉ちゃんは、そう言って僕に迫ってきた。
昔からだけど、僕は香奈姉ちゃんに勝負事で勝ったことは一回もない。
「…わかったよ。行くよ。行けばいいんでしょ? それで、集合場所はどこなの?」
「女子校の校門前だよ。そこの方が、集まりやすいし」
「無理」
「どうしてよ」
「絶対に無理! それだと僕が、香奈姉ちゃんが通っている学校に行かなきゃいけないじゃないか! そんなところに行ったら、僕の学校での評判が……」
男子校の生徒が女子校に行くっていうのは、恥以外の何者でもない。
そんな風習がこの辺りには流れている。
まぁ、それでもただの風習だから、気にする人はいないんだろうけど。
だけど香奈姉ちゃんが通っている女子校が集合場所となれば、話は別だ。
僕の友達に、なんて言われるかわからない。
「私は、別に気にしないよ。弟くんがどんな風に見られようと、私のかわいい弟くんには変わりはないんだし」
「そんなこと言われたって全然説得力ないよ。とにかく、女子校前は無理だよ! そっちの風紀委員の人になんて言われるか……」
「風紀委員の人には、私から上手く説明しておくよ。だから安心して」
そう言うと、香奈姉ちゃんは僕の部屋を後にする。
安心してって言われてもなぁ。
女子校なんて、よほどの用事がないかぎり行かないし……。
ようするに、バンドの集まりがあるから僕に女子校に来て欲しいっていうことか。
仕方ない。
今回は、香奈姉ちゃんの言うとおりにしよう。
その後、香奈姉ちゃんは、僕の母親に挨拶をしてそのまま家を後にした。
一体何しに来たんだろうか……。
こんな日は、静かに音楽を聴いているか学校の宿題をするにかぎる。
──ピンポーン。
家の呼び鈴が鳴った。
「楓~。いるの? ちょっと出てくれない?」
と、下で家事をしている母に呼ばれる。
一体、こんな時間に誰なんだろうか?
僕は、自分の部屋で学校の宿題をしているのに。
兄貴がいるんだから、兄貴を呼べばいいだろう。
そう思いながら僕は部屋を後にし、そのまま玄関に向かう。
ちなみに僕の部屋は二階にある。だから、玄関に向かうには階段を下りて向かわなければならない。
──ピンポーン。
「はーい。どちら様ですか?」
そう言って、僕は玄関のドアを開ける。
「やあ、楓」
玄関先にいたのは、眉目秀麗の女の子。僕の姉的存在で一つ年上の幼馴染──西田香奈だった。彼女は、いつもの服装であるピンク色のブラウスに黒のミニスカートの格好で僕に笑顔を向けている。
「香奈姉ちゃん。いきなりどうしたの? 兄貴に用事でもあるの?」
「ううん。今日は、暇だったから来てみたの。…ダメだったかな?」
「そんな事ないけど……」
「そっか。それなら入ってもいいかな?」
「もちろん、いいよ」
僕は、そう言って香奈姉ちゃんを招き入れた。
さっきも言ったとおり、香奈姉ちゃんとは幼馴染で、特に用事がなくても家に来てたりする。ちなみに、僕が西田香奈の事を“姉ちゃん”と呼んでいるのは、幼馴染とはいえ彼女の方が年上だからである。大抵の場合は、僕の兄貴に会いに来るんだけど、今回は違うようだ。
いつもだったら、何も言わずに黙って階段を上っていって兄貴の部屋にいくのに、今回は、僕が階段を上っていくその後ろを歩いている。
この時は、僕に用事がある時だ。
「…で、どうしたの?」
僕は、自分の部屋に再び戻ると、後ろをついてきた香奈姉ちゃんに、何の用なのかと振り返って訊いていた。
「いや。今日は何してるのかなって思ってさ。気になってきちゃった」
「特に何もしてないよ。学校の宿題をやってただけだよ」
「そうなんだ。それなら、いいよね」
「何が?」
その次の瞬間──
「弟くん──」
その言葉と同時に、香奈姉ちゃんが抱きついてくる。
いきなりどうしたんだ。
あの香奈姉ちゃんが、こんな事をするなんて──
僕たちは、そのまま近くにあったベッドの上に倒れ、香奈姉ちゃんが上乗りになる。
「──香奈姉ちゃん⁉︎ これは一体、どういう事?」
「どういう事って? 自分の胸に聞いてみたら?」
香奈姉ちゃんは、そう言って微笑を浮かべ僕にキスをしてくる。
一体どうしちゃったんだ。香奈姉ちゃんが、こんな……。
香奈姉ちゃんは、僕が呆然としているのをいい事にさらに抱きしめてきた。
なんで品行方正である香奈姉ちゃんが、こんな大胆な事をしてくるんだ?
まったく、わけがわからない。
たしか香奈姉ちゃんは先日、僕の兄貴から告白されていたはずだ。丁重に断っていたが。
──たしか内容はこうだった。
『もし良かったら、俺と付き合ってくれないか』
その兄貴の言葉に香奈姉ちゃんは──
『私、他に好きな人がいるんだよね。だから、お兄さんとは付き合えない。ごめんね』
と、こう言って断ったのだ。
兄貴は釈然としない様子だったが、『他に好きな人がいるのならしょうがない』と言って諦めるしかなかった。
僕が知る限りでは、そんな感じだ。
それから数日後には、他の男子たちからも告白されていたのを見ている。
「自分の胸に聞いてみてって言われたって、なんのことかわからないよ。一体、何があったの? 香奈姉ちゃん」
「弟くんは、他の女の子と付き合ったらダメなんだよ。わかった?」
「言ってることが、よくわからないよ。僕には、まだ彼女もいないんだよ。他の女の子って言われたって、何のことだか……」
「その考えが危険なんだよ。──女の子ってね。好きな男の子に告白するときほど、大胆になるんだからね。弟くんも気をつけないと」
「そんな事言われても……。僕には、何のことだか……」
そう言って香奈姉ちゃんから離れると、ベッドから出る。
こんな昼間っから、男女がベッドの上で抱き合っているのはどう考えてもおかしいし、どっからどう見ても恋人みたいだ。ましてやキスしてくるなんて……。
これじゃ、まるで香奈姉ちゃんから告白されてるみたいじゃないか。
そんな誤解を招くようなことはしたくないし、されたくもない。
香奈姉ちゃんは、何故だか不服そうな顔を浮かべて僕を見る。
「最近の弟くん、ずいぶんと噂になってるよ」
「噂って?」
「カッコいいとか、優しいとかさ。とにかく、私の通っている学校の女の子からそう言われているの」
「そうなの? 僕には、全然わからないんだけど」
「私が通っている学校が女子校なのは、楓も知ってるでしょ?」
「うん。それは、わかっているけど……」
そんな事言われても、さっぱりわからない。
僕は、普段どおりに過ごしているだけなんだけどな。
ちなみに、僕が通っている学校は男子校で、普段は女の子とは接点がない。
お互いの学校がそうさせているのかどうかはわからないが、香奈姉ちゃんがいなければ、僕や兄貴も、女の子とは接点を持ってなかったと思う。まぁ、女子校の方も似たようなものか。
「知ってると思うけど、女子校ってのはね。学園祭以外での男の子との接点はないんだよ。だから、ふとした出会いで恋愛に発展しちゃうのよ」
「そんなものなの?」
「そんなものなんだよ」
そう言われても、そのふとした出会いなんてなかったんだけどな。
まわりはどうかは知らないけど。
「それで香奈姉ちゃんは、ホントは何しにここに来たの?」
「私? 特に用事はないよ。ホントに暇だったから来ただけだよ」
いや。それだけじゃないはずだ。
香奈姉ちゃんが僕の部屋に入ってくるという事は、何かしら理由がある。
この悪ふざけも、ただの遊び半分じゃないはずだ。
だけどそんなことをはっきり言うことはできず、僕は肩をすくめていた。
「そっか。暇だったからか。それならいいんだけど……」
「うん。それなら別に構わないでしょ」
香奈姉ちゃんも、そう言っていつもの笑顔を見せる。
いつも悪ふざけなどをして、僕を茶化してくるから、正直何考えているのかわからない。
僕をベッドに押し倒す香奈姉ちゃんの行動には、驚かされてしまう。
「ところで、香奈姉ちゃん。バンド活動はどうなってるの? あれから順調なの?」
香奈姉ちゃんはバンド活動をしていて、現在、メンバーを募集している。
きっかけは兄貴がやっているバンドで、香奈姉ちゃんが誘われたのが始まりだ。
言うまでもなく香奈姉ちゃんは兄貴の誘いを断り、自分でバンド結成したいと言って、今に至っている。
「全然よ。なかなか理想のメンバーが揃わないから苦労しているよ。…やっぱり無理だったのかな」
「そんな事ないよ。辛抱強く募集していけば、絶対に来るよ」
「そうかな? やっぱり私じゃ、お兄さんのようにはいかないのかなって思っちゃうよ」
「兄貴は、関係ないよ。兄貴には、親友がいてその人たちが集まってメンバーが揃ったって話だし。香奈姉ちゃんも、友達を誘えばきっと──」
「一応、誘ってみたんだけどね。やったことないから無理って言われてさ。私も、諦めるしかなかったんだよね」
「そっか。まぁ、やったことがないっていうのは、しょうがないよね。強要もできないからね」
「うん。弟くんなら、ベースの経験あるから、すぐにでもオーケーなんだけどさ」
香奈姉ちゃんは、そう言って僕を見つめる。
「さすがに僕は……。ほら、たしか香奈姉ちゃんのバンドメンバーって、ほとんどが女の子じゃなかった?」
「4人は女の子だよ。最後の一人が決まらなくて困っているんだけど……。どうかな? 弟くんも、私のバンドに入らない?」
「いや……。僕は遠慮しておくよ。女の子だけのバンドの中に男がいるのって、なんか嫌な空気しか感じないし」
「そう……」
香奈姉ちゃんは、何故か寂しそうに顔をうつむかせた。
僕がやらないって言っただけで、そんな顔をされてもな。
僕には僕の都合ってものがあるし……。
僕の経験上、バンドのメンバーは5人だ。
各パート毎に最低でも4人はいる計算だが、香奈姉ちゃんのバンドの場合、ベース担当がいないため、どうしても不足になる。
香奈姉ちゃんは、こうしていつも僕の部屋に入ってきては、僕をスカウトにやってくるのだ。
今は、女の子のみのバンドだって沢山ある。
無理をして僕なんかをスカウトするより、もう一人女の子を入れてガールズバンドを結成した方が効率的なのだ。
「それならさ。少しの期間でもいいから、ヘルプとして入ってよ。それならいいでしょ?」
「え~。ヘルプかぁ~。難しいな……」
「もし入ってくれたら、また抱きしめてキスしてあげるよ」
「それは勘弁してください」
僕は、そう言って一歩後ずさる。
「そんな遠慮することないのに。…昔、すごく喜んでいたでしょ」
「そんな……。子供の頃の話をされても困るよ」
「どうしても、ダメ?」
「ダメってことはないけど、女の子だけっていうのはね。さすがに抵抗があるっていうか……」
「そんな萎縮する必要はないと思うけど……。とにかく、みんなが集まるのは三日後だから、その日は空けといてね」
「急にそんなこと言われても……。行けるかどうかわからないよ」
「これは決定事項なんだからね。来ないとどうなるかわかっているよね?」
香奈姉ちゃんは、そう言って僕に迫ってきた。
昔からだけど、僕は香奈姉ちゃんに勝負事で勝ったことは一回もない。
「…わかったよ。行くよ。行けばいいんでしょ? それで、集合場所はどこなの?」
「女子校の校門前だよ。そこの方が、集まりやすいし」
「無理」
「どうしてよ」
「絶対に無理! それだと僕が、香奈姉ちゃんが通っている学校に行かなきゃいけないじゃないか! そんなところに行ったら、僕の学校での評判が……」
男子校の生徒が女子校に行くっていうのは、恥以外の何者でもない。
そんな風習がこの辺りには流れている。
まぁ、それでもただの風習だから、気にする人はいないんだろうけど。
だけど香奈姉ちゃんが通っている女子校が集合場所となれば、話は別だ。
僕の友達に、なんて言われるかわからない。
「私は、別に気にしないよ。弟くんがどんな風に見られようと、私のかわいい弟くんには変わりはないんだし」
「そんなこと言われたって全然説得力ないよ。とにかく、女子校前は無理だよ! そっちの風紀委員の人になんて言われるか……」
「風紀委員の人には、私から上手く説明しておくよ。だから安心して」
そう言うと、香奈姉ちゃんは僕の部屋を後にする。
安心してって言われてもなぁ。
女子校なんて、よほどの用事がないかぎり行かないし……。
ようするに、バンドの集まりがあるから僕に女子校に来て欲しいっていうことか。
仕方ない。
今回は、香奈姉ちゃんの言うとおりにしよう。
その後、香奈姉ちゃんは、僕の母親に挨拶をしてそのまま家を後にした。
一体何しに来たんだろうか……。
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