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番外編
SS 初心者の悩み 1.
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「あれ、君、この前もいたよね?」
声をかけられて、翔は立ち止まった。客の顔をまじまじと見るが、全く思い出せない。
「えっと……すみません。何かありましたか?」
愛想笑いを浮かべて問いかける。
(誰、だっけ……?)
見たことあるような気がするが、ゲストの多くがこの人と同じようにスーツを着ているから、よくわからない。背が高い男はガタイはいいが、大きすぎず、スタイリッシュな着こなしでスーツがよく似合っていた。
「ほら、緊縛の体験の時にいたんだけど、プレイルームで」
「あ! あの時の――」
頼りなさそうな人だ、という言葉をなんとか飲みこんだ。
確か、名前は……。
「祐介、さん……でしたか? お連れ様は浩大さん、でしたよね?」
そうそう、と嬉しそうに頷く祐介。なんだか大きなレトリバーのような人懐っこさがあった。
「今日はお一人ですか?」
「あの時、縄をやってくれた人、有聖さんだっけ? 待ち合わせているんだけど……」
有聖さんと待ち合わせ?
そういえば、今日は客が来るようなことを言っていた気がする。
「有聖さんならもう来ていますから呼んできますね」
そう言って、翔はスタッフルームへ足早に向かった。
「有聖さん、お客さん来たよ」
「ああ、ありがとう」
スタッフルームでタバコを片手にコーヒーを飲んでいた有聖が翔の声に振り返った。
「お客さんって、あの人だったんだね」
「覚えてた?」
「うん。ちょっと、……珍しい感じの人だったから」
威張り散らしたSを見かけることはあっても、あんなに頼りなさ気なSは見たことがない。
言葉を濁した翔に、有聖が苦笑いした。翔が言わんとしたことがわかったのだろう。
「そろそろ休憩だよね。翔も一緒においで」
「え? あ、はい」
呼びにきただけのつもりだったから、急にそわそわした気持ちになる。
有聖の後についてフロアに戻ると、祐介がきょろきょろと興味深そうにゲストたちを見ていた。
「すみません。お待たせしました」
「あ、いや、こっちこそ。すみません、ご迷惑じゃなかったですか?」
「構いませんよ。あちらで話しましょうか」
有聖がフロア奥のブースに誘導する。個室とはいかないが、あまり聞かれたくない話をするならちょうどいい場所だ。
「翔も座って」
と、有聖に声をかけられ、翔は一度祐介の顔を見やってから有聖の隣にちょこんと腰を下ろした。
「僕のパートナーの翔です。翔、彼は祐介さん」
翔は何も言わず、小さく会釈した。
「あ、どうも。えっと……、何から話せばいいのか」
言いにくそうに祐介が口籠った。
「お電話では、パートナーとの関係について悩まれていると」
「はい」
「失礼ですが、彼が初めてのパートナーですか?」
「そうです。あ、付き合うって意味なら何人かいたんですけど、……SMっていうのは初めてです」
なるほど。初心者だったから、あんな感じだったのか。やっと合点がいった。
「SMプレイ自体、初めてに近い?」
「そう、ですね。ソフトなことなら多少したことはあるんですけど……」
祐介が言い淀む気持ちが痛いほどわかる。巷でいうソフトSMとは全く違う。ちょっと縛ったり、言葉責めをしてみたり、焦らしたり、そんなものじゃない。
「そうですか。それなら、戸惑いがあっても仕方ないですね。具体的には何にお困りですか?」
「困っているというか、……何をしたらいいのか、よくわからなくて」
そもそもどうしていいのかわからない、と祐介が言う。浩大はそれなりに経験があるMだが、自分は初心者。何がSMで正しいことなのか、何をして何をしない方がいいのか、基本的なところがよくわからない。
「特別な決まりがあるわけではないので、何が正しいとか何かを必ずしなきゃいけないというわけではないんですよ」
有聖の言葉に祐介が驚いたような顔をする。
「叩いたり縛ったりというイメージが先行しているので、そういうことをしないといけないと思われる方は多いです。でも、あなたがしたくなければしなければいい」
それだけですよ、と有聖は言った。
声をかけられて、翔は立ち止まった。客の顔をまじまじと見るが、全く思い出せない。
「えっと……すみません。何かありましたか?」
愛想笑いを浮かべて問いかける。
(誰、だっけ……?)
見たことあるような気がするが、ゲストの多くがこの人と同じようにスーツを着ているから、よくわからない。背が高い男はガタイはいいが、大きすぎず、スタイリッシュな着こなしでスーツがよく似合っていた。
「ほら、緊縛の体験の時にいたんだけど、プレイルームで」
「あ! あの時の――」
頼りなさそうな人だ、という言葉をなんとか飲みこんだ。
確か、名前は……。
「祐介、さん……でしたか? お連れ様は浩大さん、でしたよね?」
そうそう、と嬉しそうに頷く祐介。なんだか大きなレトリバーのような人懐っこさがあった。
「今日はお一人ですか?」
「あの時、縄をやってくれた人、有聖さんだっけ? 待ち合わせているんだけど……」
有聖さんと待ち合わせ?
そういえば、今日は客が来るようなことを言っていた気がする。
「有聖さんならもう来ていますから呼んできますね」
そう言って、翔はスタッフルームへ足早に向かった。
「有聖さん、お客さん来たよ」
「ああ、ありがとう」
スタッフルームでタバコを片手にコーヒーを飲んでいた有聖が翔の声に振り返った。
「お客さんって、あの人だったんだね」
「覚えてた?」
「うん。ちょっと、……珍しい感じの人だったから」
威張り散らしたSを見かけることはあっても、あんなに頼りなさ気なSは見たことがない。
言葉を濁した翔に、有聖が苦笑いした。翔が言わんとしたことがわかったのだろう。
「そろそろ休憩だよね。翔も一緒においで」
「え? あ、はい」
呼びにきただけのつもりだったから、急にそわそわした気持ちになる。
有聖の後についてフロアに戻ると、祐介がきょろきょろと興味深そうにゲストたちを見ていた。
「すみません。お待たせしました」
「あ、いや、こっちこそ。すみません、ご迷惑じゃなかったですか?」
「構いませんよ。あちらで話しましょうか」
有聖がフロア奥のブースに誘導する。個室とはいかないが、あまり聞かれたくない話をするならちょうどいい場所だ。
「翔も座って」
と、有聖に声をかけられ、翔は一度祐介の顔を見やってから有聖の隣にちょこんと腰を下ろした。
「僕のパートナーの翔です。翔、彼は祐介さん」
翔は何も言わず、小さく会釈した。
「あ、どうも。えっと……、何から話せばいいのか」
言いにくそうに祐介が口籠った。
「お電話では、パートナーとの関係について悩まれていると」
「はい」
「失礼ですが、彼が初めてのパートナーですか?」
「そうです。あ、付き合うって意味なら何人かいたんですけど、……SMっていうのは初めてです」
なるほど。初心者だったから、あんな感じだったのか。やっと合点がいった。
「SMプレイ自体、初めてに近い?」
「そう、ですね。ソフトなことなら多少したことはあるんですけど……」
祐介が言い淀む気持ちが痛いほどわかる。巷でいうソフトSMとは全く違う。ちょっと縛ったり、言葉責めをしてみたり、焦らしたり、そんなものじゃない。
「そうですか。それなら、戸惑いがあっても仕方ないですね。具体的には何にお困りですか?」
「困っているというか、……何をしたらいいのか、よくわからなくて」
そもそもどうしていいのかわからない、と祐介が言う。浩大はそれなりに経験があるMだが、自分は初心者。何がSMで正しいことなのか、何をして何をしない方がいいのか、基本的なところがよくわからない。
「特別な決まりがあるわけではないので、何が正しいとか何かを必ずしなきゃいけないというわけではないんですよ」
有聖の言葉に祐介が驚いたような顔をする。
「叩いたり縛ったりというイメージが先行しているので、そういうことをしないといけないと思われる方は多いです。でも、あなたがしたくなければしなければいい」
それだけですよ、と有聖は言った。
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