SMの世界

静華

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 翌朝、起きた時にはもう昼をとっくに過ぎていた。
 途中から記憶がない。散々焦らされ、恥ずかしい言葉を繰り返し、泣いて縋って、――。
 ぼん、と効果音が出そうなほど、一気に顔が紅潮した。
(俺、……こういうの、好きなんかな)
 SMに興味がなかったわけではない。でも、自分が想像していたのは、いわゆるソフトなSMなのだと思う。
 有聖のプレイは痛いのも、気持ちいいのも、恥ずかしいのも、今まで経験したことないようなものばかりだ。
「翔くん、起きたの?」
 様子を見にきてくれたらしい有聖が半開きのドアから顔を出した。
「ぁ、……おはよう、ございます」
 しわがれ声だった。
「うん、おはよう。体の調子はどう?」
 ベッドの縁に腰掛けた有聖が横たわったままの翔の顔を覗き込んだ。
「へ、平気、です」
 全身が筋肉痛だが、頭はスッキリしていた。
 それならよかった、と有聖が微笑む。
「リビングに行こうか」
 軽々と抱き上げられた。
 こういう時の有聖は優しい。翔の体調を気にかけて、ご飯を食べさせ、頭を撫でて、とろとろに甘やかしてくれる。
 甲斐甲斐しく世話をやかれると、そのまま身を預けてしまいたくなる。
「有聖さんは、どうして怜さんと別れたの?」
 腹の虫がおさまって、ソファで一息ついたところで、翔が切り出した。
「僕では、彼が望むものは与えてあげられないと思ったからだよ。僕ではとても受け止めきれなかった」
「どうして?」
 有聖は少し考えるようなそぶりを見せ、あまり詳しいことは言えないけど、と前置きをしてから怜のことを少しだけ教えてくれた。
 最初のご主人様が不慮の事故で亡くなったこと。その後、とても自暴自棄な時があったこと。
「怜が望んでいたのは、僕みたいなご主人様じゃなくて、もっと時間的にも余裕がある器の大きい人だと思った。そもそもの考え方も少し違ったし」
「考え方?」
「怜はご主人様に尽くしたい。僕(しもべ)のように侍って、毎日を過ごす。極端なことを言えば、SMでなくてもいいんだ」
 よくわからなかった。
 たぶん顔に出ていたのだろう。有聖が困ったなと苦笑いした。
「うーん、なんて言うとわかりやすいかな。……怜はどんな形であれご主人様に服従して奉仕したい。虐げられたいわけじゃないから、無理にSMをしなくてもいいんだ」
「……痛いのは苦手って言ってた」
「そうだね。基本的に痛めつけられたり、虐められたいわけじゃないんだ。ただ、服従したいから、ご主人様に言われれば、そういうこともするってだけ」
 SMプレイは手っ取り早く服従心を示す手段に過ぎないのだという。
「被虐嗜好(マゾヒズム)っていうより服従嗜好(サブミッシブ)寄りだから、究極的には飼われたい。何も考えず従っていたいんだよね。でも、僕は人を飼いたいわけじゃないから、ある程度の自由や自立が必要だと思うんだけど、怜は自由があるとどうしていいかわからなくなる。だから、僕では無理だと思って、高遠さんにお願いしたんだ。あの人なら怜の心に寄り添えるし、根っからの支配者(ドミナント)だからね」
「……そう、なんだ」
 なんとなく理解できそうな気もしたが、まだ自信は持てない。
「怜さんは、好きになれないプレイがあってもいいって」
「うん。別にいいんだよ。プレイの好みは相性みたいなものだからね」
「俺、痛いのが好きになれるとは思えないよ?」
 恥ずかしいのも苦しいのも、好きになれるとは思えない。
「それでいいんだよ」
 有聖が翔の頭を撫でた。
「痛くて当たり前。僕は翔くんが僕のために我慢している姿に興奮するんだよ」
 そういえば、最初の時にそんなことを言っていた。
 ――翔が痛いこと、辛いこと、嫌だ、やりたくないって思うことを、僕のために我慢してる姿に興奮する。
「痛いのがなくなるとは言わないけど、痛いだけじゃなくさせるのは僕の仕事だしね」
「……そんなこと、できるの?」
「翔、それが調教するってことなんだよ」
 有聖がくすっと笑った。
 そうか。そういうのも調教なんだ。そういえば、怜もそう言っていた。自分はそういうふうに調教されたから、と。
「……好きになっちゃったら、困らない?」
「どうして?」
「だって、嫌なのを我慢するところがいいんだよね?」
 そう聞くと、「そんなに好きになれそうなら逆に嬉しいよ」と有聖がにこにこする。
「大丈夫。好きになってお仕置きにならなかったら、ご褒美としてスパンキングしてあげるから」
「どうなっても、スパンキングされるんじゃん」
 今度は翔が苦笑いする番だった。
 どう頑張っても、スパンキングや鞭打ちから逃げられないみたいだ。
「翔くん、スパンキングは嫌いじゃないよね。昨日みたいに、またしてあげる。――痛いのと気持ちいいのとで、どろどろになるまでね」
 耳元で囁かれ、翔は無意識に体を震わせた。
 昨日のことを思い出すと、胸が苦しい。もうしたくないと思うのに、またしてほしいと心のどこかで思っていたのを見透かされていた。
「有聖さん」
 翔は隣に座る有聖に抱きついた。すぐに有聖の手が背中を撫でてくる。
「ゆっくりでいいよ。ちゃんと教えてあげるからね」
 翔は有聖に身を預け、そっと目を閉じた。
 
 
* * *
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