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颯斗も客に呼ばれて行ってしまった。
残された男が少し困ったように眉根を寄せて、しきりに翔を見つめてきた。居心地の悪さを感じて、もぞもぞと座りなおすと、翔は「あの?」と遠慮がちに声をかける。
「あ、すみません。有聖さんの今の相手(パートナー)なのかなと……」
不躾な視線を送った自覚があるらしく、丁寧に頭を下げられると、かえって恐縮してしまった。
「あの、有聖さんの知り合いですか?」
「ええ、まぁ。……前に調教されてたので」
「え、あっ……そ、そうな、んですか?」
驚きで心臓が飛び跳ねた。
(こんな綺麗な人を、調教……? あれ、でも、この人って、貸し出されてきた、んだよな?)
有聖に調教されていたという男は怜(れい)と名乗った。二年ほど前に半年ほど調教を受けていたという。
どろりと黒いものが胸に溜まる。
「あ、すみません。こんな話聞きたくないですよね」
「え、あ、いや……、なんで別れたんですか?」
「……なんででしょう。たぶん、合わなかったんだと思います」
そう言った怜がほんの少し寂しそうに見えた。
「あの、でも、今は他のパートナーというか、その、ご主人様がいるんですか?」
「はい、有聖さんからの紹介で今のご主人様の奴隷になりました」
怜の口元が弧を描く。柔らかい笑みをふんわりと浮かべた顔に、なんだかほっとした。
「君は有聖さんとは……?」
「あ、えっと……まだその知り合ってからそんなに経ってない、です」
しかもまだ正式には付き合っていないのだ。だが、そのことは言えなかった。というよりも、言いたくなかった。
「じゃ、今が大変な時でもあり、楽しい時ですね」
「え、なんでですか?」
思わず聞き返してしまった。
「新しいご主人様の作法を覚えるのは大変だし、お互いにリミットがわからないから責めがきつかったりしませんか?」
逆に聞き返されて、翔は戸惑ってしまう。
「あ、いや、俺……慣れてなくて」
「もしかして、有聖さんが初めてですか?」
こくりと頷くと、怜は「あー、それでかな」と何か納得したような顔をした。
「すみません。あまりお二人は主従関係のような雰囲気ではなかったので」
「そうですか?」
「少なくとも奴隷に対して“くん”をつけて呼ぶことはないと思います」
そう言われて納得した。
有聖が翔のことを呼び捨てにするのはそういう時だけだ。
「あの、変なこと、聞いてもいいですか?」
おずおずと切り出せば、怜は一瞬怪訝な顔をしたが、小さく頷いた。
「嫌じゃないですか? 貸し出されたり、とか」
「よくわかりません。ご主人様の命令に従うことが僕にとっては嬉しいことなので……。責めがきつい、つらいと思うことはありますが、……嫌だなと思うことはあまりないような気がします」
「それって、どんなことをされても?」
怜が首を傾げた。翔の質問の意図があまりよくわからないようだった。
「えっと、その、危ないこととかもあるでしょう?」
「そうですね。怖い思いをしたことはあります」
有聖と出会う前、ネットで出会った人に木に縛りつけられ放置されるたことがあると怜が言った。その時は本当に怖かったのだと。
「慣れてはいたんだと思います。怪我もしなかったし、レイプされたわけでもなかったですし」
木に背をつけて立ったまま縛られていたから、口も後ろも使えなかったのだと、怜が自重気味に笑った。
「だから、外に放置されるのは、嫌かもしれません。でも、有聖さんはあまりそういうことはしないかなと……?」
「そ、そうなんだけど……」
確かに有聖はそんなことはしないと思う。
聞きたいのはそういうことじゃない。けれども、何と言ったらいいのか、翔にもよくわからなかった。
何を知りたいのか、何に戸惑っているのか、翔自身も明確に把握できていない。
黙ってしまった翔の肩に、怜がそっと手を添えた。
「大丈夫ですか?」
「すみません。変なことを聞いてしまって……。俺、SMとか慣れてないから、なんかよくわからなくて。有聖さんは慣れてるから、俺でいいのかなぁって。俺は何されても嬉しいとか思えないし」
有聖の命令ならなんでも、とは思えそうにない。
「いいんじゃないですか、それはそれで」
「でも、……」
「なんとなく、君の悩みはわかる気がします。僕も一番最初のご主人様の時に似たような気持ちでした。彼はベテランだったし、僕は初めてだったから、何もかもに戸惑っていたし、全てがつらいと思うことがありました。できないことも多かったですし、きっと満足してないんだろう、だから他の人も調教するんだろう、と」
泣いて縋って喚いたこともあった、と少し恥ずかしそうに怜が言う。
「でも、僕は支配される喜びや心地よさが少しずつわかるようになりました。もともとの気質もあったと思いますが、僕はそういうふうに調教されたんです。彼に身を任せて、何も考えずにただ飼われるだけの生活が心地よくなった」
きっと怜は一番最初のご主人様のことが今でもすごく好きなんだろう。微かに微笑む怜の表情はとても穏やかで優しい。でも、どこか儚げだった。
残された男が少し困ったように眉根を寄せて、しきりに翔を見つめてきた。居心地の悪さを感じて、もぞもぞと座りなおすと、翔は「あの?」と遠慮がちに声をかける。
「あ、すみません。有聖さんの今の相手(パートナー)なのかなと……」
不躾な視線を送った自覚があるらしく、丁寧に頭を下げられると、かえって恐縮してしまった。
「あの、有聖さんの知り合いですか?」
「ええ、まぁ。……前に調教されてたので」
「え、あっ……そ、そうな、んですか?」
驚きで心臓が飛び跳ねた。
(こんな綺麗な人を、調教……? あれ、でも、この人って、貸し出されてきた、んだよな?)
有聖に調教されていたという男は怜(れい)と名乗った。二年ほど前に半年ほど調教を受けていたという。
どろりと黒いものが胸に溜まる。
「あ、すみません。こんな話聞きたくないですよね」
「え、あ、いや……、なんで別れたんですか?」
「……なんででしょう。たぶん、合わなかったんだと思います」
そう言った怜がほんの少し寂しそうに見えた。
「あの、でも、今は他のパートナーというか、その、ご主人様がいるんですか?」
「はい、有聖さんからの紹介で今のご主人様の奴隷になりました」
怜の口元が弧を描く。柔らかい笑みをふんわりと浮かべた顔に、なんだかほっとした。
「君は有聖さんとは……?」
「あ、えっと……まだその知り合ってからそんなに経ってない、です」
しかもまだ正式には付き合っていないのだ。だが、そのことは言えなかった。というよりも、言いたくなかった。
「じゃ、今が大変な時でもあり、楽しい時ですね」
「え、なんでですか?」
思わず聞き返してしまった。
「新しいご主人様の作法を覚えるのは大変だし、お互いにリミットがわからないから責めがきつかったりしませんか?」
逆に聞き返されて、翔は戸惑ってしまう。
「あ、いや、俺……慣れてなくて」
「もしかして、有聖さんが初めてですか?」
こくりと頷くと、怜は「あー、それでかな」と何か納得したような顔をした。
「すみません。あまりお二人は主従関係のような雰囲気ではなかったので」
「そうですか?」
「少なくとも奴隷に対して“くん”をつけて呼ぶことはないと思います」
そう言われて納得した。
有聖が翔のことを呼び捨てにするのはそういう時だけだ。
「あの、変なこと、聞いてもいいですか?」
おずおずと切り出せば、怜は一瞬怪訝な顔をしたが、小さく頷いた。
「嫌じゃないですか? 貸し出されたり、とか」
「よくわかりません。ご主人様の命令に従うことが僕にとっては嬉しいことなので……。責めがきつい、つらいと思うことはありますが、……嫌だなと思うことはあまりないような気がします」
「それって、どんなことをされても?」
怜が首を傾げた。翔の質問の意図があまりよくわからないようだった。
「えっと、その、危ないこととかもあるでしょう?」
「そうですね。怖い思いをしたことはあります」
有聖と出会う前、ネットで出会った人に木に縛りつけられ放置されるたことがあると怜が言った。その時は本当に怖かったのだと。
「慣れてはいたんだと思います。怪我もしなかったし、レイプされたわけでもなかったですし」
木に背をつけて立ったまま縛られていたから、口も後ろも使えなかったのだと、怜が自重気味に笑った。
「だから、外に放置されるのは、嫌かもしれません。でも、有聖さんはあまりそういうことはしないかなと……?」
「そ、そうなんだけど……」
確かに有聖はそんなことはしないと思う。
聞きたいのはそういうことじゃない。けれども、何と言ったらいいのか、翔にもよくわからなかった。
何を知りたいのか、何に戸惑っているのか、翔自身も明確に把握できていない。
黙ってしまった翔の肩に、怜がそっと手を添えた。
「大丈夫ですか?」
「すみません。変なことを聞いてしまって……。俺、SMとか慣れてないから、なんかよくわからなくて。有聖さんは慣れてるから、俺でいいのかなぁって。俺は何されても嬉しいとか思えないし」
有聖の命令ならなんでも、とは思えそうにない。
「いいんじゃないですか、それはそれで」
「でも、……」
「なんとなく、君の悩みはわかる気がします。僕も一番最初のご主人様の時に似たような気持ちでした。彼はベテランだったし、僕は初めてだったから、何もかもに戸惑っていたし、全てがつらいと思うことがありました。できないことも多かったですし、きっと満足してないんだろう、だから他の人も調教するんだろう、と」
泣いて縋って喚いたこともあった、と少し恥ずかしそうに怜が言う。
「でも、僕は支配される喜びや心地よさが少しずつわかるようになりました。もともとの気質もあったと思いますが、僕はそういうふうに調教されたんです。彼に身を任せて、何も考えずにただ飼われるだけの生活が心地よくなった」
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