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「おや、結構気に入ったみたいだね。叩いてみたくなった? それとも叩かれてみたいのかな?」
穂仁原が目配せすると、有聖が箱から鞭を取り出した。
「あっ……」
――触りたい。
齧りつくように見つめていると、有聖がふっと立ち上がった。翔の隣に腰を下ろすと、翔の右手に鞭を握らせた。
「どう、翔くん? 叩いてみたい?」
耳元で低い声が囁く。艶っぽい声にゾクゾクした。
「あ、や、だ。……叩きたく、ない」
「じゃ、叩かれてみたいのかな? ――叩いてあげようか?」
後ろから包み込むように有聖の右手が翔の右手を握る。鞭の先についたフラップが翔の左太ももをなぞる。
「店で、僕とオーナーの話を立ち聞きしたときのお仕置きがまだだったね。盗み聞きはよくないことだよ」
何か言わなくちゃと思うのに、喉にひっかかって言葉が出てこない。
縋るように穂仁原を見ても、微笑んだまま有聖を止めてくれそうになかった。
「あっ、や……」
「イヤなの? でも、お仕置きだから我慢しなきゃいけないね。我慢できるかな? いい子になれる?」
左手に顎を取られて無理やり後ろを向かされると、有聖のこげ茶の瞳が真っ直ぐこちらを見下ろしている。
見つめ合う間も、鞭先は足の付け根辺りを彷徨う。
「……あ、脚は…や、だ」
自分でもわからないけれど、なぜか脚はやめてと懇願してしまった。それを聞いた有聖は、翔がそんなことを言うと思ってなかったのか、驚いたようだった。しかし、すぐに口元が弧を描く。
「脚は嫌なの? 他のところならいいの? お尻にしようか? 悪い子は、お尻を叩かれるんだよ。ね、颯斗くん?」
――颯斗さん?
ぼぉっとしたみまま後ろを振り返る。2人のやりとりを呆然と見ていた颯斗の顔は真っ赤だった。
「へ、あ、いや……」
「颯斗、どうなんだ?」
いつもより低い穂仁原の声。颯斗の体がびくんと跳ねた。
「……そう、です。……悪いことをしたら、お尻を……叩かれ、ます」
そう答えた颯斗の目元が羞恥ゆえかうっすらと赤く染まっていた。
「ほら、颯斗くんもこう言ってる。どうする、翔くん?」
「……わか、んない」
酔って涙腺がゆるくなったのか、極度の緊張のせいか、ぽろりと一筋涙が頬を伝った。
泣くつもりなんてなかった。
嫌なのに――。
更衣室にいたときはこの手を振り払えたのに、今はそれができなかった。
「ちょっとびっくりさせすぎたかな? よしよし、ごめんね」
男にしては細長く整った指先が、涙を拭ってくれた。翔の体を後ろから抱きしめて、あやすように体を前後に揺らす。
「翔には刺激が強かったね。じゃあ、そろそろ行こうか? 有聖くん、悪いが翔を送ってやってくれるかな? 方向は一緒だから」
「ええ、わかりました。すっかりご馳走になってしまって。ほら、翔くん、立てる? お家に帰ろうね」
「いやいや、遅くまでつき合わせてしまって悪かったね。翔、お疲れさま。よく休むんだよ。颯斗は少し待っていなさい。会計をしてくるからね」
穂仁原がそういい残して部屋を出て行った。
「翔、大丈夫か?」
「うん。平気」
ぐすっと鼻をすする。
有聖が靴を履かせてくれて、腰を抱えられて立ち上がった。
「それじゃ、帰ろうか。颯斗くん、お疲れさま」
「颯斗さん、おやすみなさい。オーナーに、ご馳走様って言っておいてね」
半分抱えられるようにして店を出て、有聖の車の助手席に乗せられる。
「家はどの辺り?」
「んと、3丁目のスーパーの向かいのアパートです」
「ああ、近いね。僕の家、駅前のマンションだから」
車がゆっくりとすべりだす。さすがに夜もここまで更けると人影どころか車の通りもほとんどない。
ビールの酔いとほどよい振動が眠気を誘う。ふぁ、と欠伸をかけば、「寝ててもいいよ。着いたら起こしてあげるから」と有聖が言った。
「……有聖さんは、眠くない?」
「事故ったりしないから大丈夫だよ」
そんな心配してないよ、と言おうと思ってやめた。
流れる景色をなんとなしに見つめながら、さっきのことを思い出す。
あのまま翔が泣かなかったら、オーナーや颯斗の前でお尻を叩かれてしまっていたんだろうか?
なんで脚は嫌なんて言ってしまったんだろう。
有聖さんは、俺のこと――。
「――たたき、たいの……?」
最後だけ言葉に出してしまったようで、「え?」と有聖が問いかける。
「ううん、何でも、ない」
ゆるく首を振って翔は目を閉じた。
穂仁原が目配せすると、有聖が箱から鞭を取り出した。
「あっ……」
――触りたい。
齧りつくように見つめていると、有聖がふっと立ち上がった。翔の隣に腰を下ろすと、翔の右手に鞭を握らせた。
「どう、翔くん? 叩いてみたい?」
耳元で低い声が囁く。艶っぽい声にゾクゾクした。
「あ、や、だ。……叩きたく、ない」
「じゃ、叩かれてみたいのかな? ――叩いてあげようか?」
後ろから包み込むように有聖の右手が翔の右手を握る。鞭の先についたフラップが翔の左太ももをなぞる。
「店で、僕とオーナーの話を立ち聞きしたときのお仕置きがまだだったね。盗み聞きはよくないことだよ」
何か言わなくちゃと思うのに、喉にひっかかって言葉が出てこない。
縋るように穂仁原を見ても、微笑んだまま有聖を止めてくれそうになかった。
「あっ、や……」
「イヤなの? でも、お仕置きだから我慢しなきゃいけないね。我慢できるかな? いい子になれる?」
左手に顎を取られて無理やり後ろを向かされると、有聖のこげ茶の瞳が真っ直ぐこちらを見下ろしている。
見つめ合う間も、鞭先は足の付け根辺りを彷徨う。
「……あ、脚は…や、だ」
自分でもわからないけれど、なぜか脚はやめてと懇願してしまった。それを聞いた有聖は、翔がそんなことを言うと思ってなかったのか、驚いたようだった。しかし、すぐに口元が弧を描く。
「脚は嫌なの? 他のところならいいの? お尻にしようか? 悪い子は、お尻を叩かれるんだよ。ね、颯斗くん?」
――颯斗さん?
ぼぉっとしたみまま後ろを振り返る。2人のやりとりを呆然と見ていた颯斗の顔は真っ赤だった。
「へ、あ、いや……」
「颯斗、どうなんだ?」
いつもより低い穂仁原の声。颯斗の体がびくんと跳ねた。
「……そう、です。……悪いことをしたら、お尻を……叩かれ、ます」
そう答えた颯斗の目元が羞恥ゆえかうっすらと赤く染まっていた。
「ほら、颯斗くんもこう言ってる。どうする、翔くん?」
「……わか、んない」
酔って涙腺がゆるくなったのか、極度の緊張のせいか、ぽろりと一筋涙が頬を伝った。
泣くつもりなんてなかった。
嫌なのに――。
更衣室にいたときはこの手を振り払えたのに、今はそれができなかった。
「ちょっとびっくりさせすぎたかな? よしよし、ごめんね」
男にしては細長く整った指先が、涙を拭ってくれた。翔の体を後ろから抱きしめて、あやすように体を前後に揺らす。
「翔には刺激が強かったね。じゃあ、そろそろ行こうか? 有聖くん、悪いが翔を送ってやってくれるかな? 方向は一緒だから」
「ええ、わかりました。すっかりご馳走になってしまって。ほら、翔くん、立てる? お家に帰ろうね」
「いやいや、遅くまでつき合わせてしまって悪かったね。翔、お疲れさま。よく休むんだよ。颯斗は少し待っていなさい。会計をしてくるからね」
穂仁原がそういい残して部屋を出て行った。
「翔、大丈夫か?」
「うん。平気」
ぐすっと鼻をすする。
有聖が靴を履かせてくれて、腰を抱えられて立ち上がった。
「それじゃ、帰ろうか。颯斗くん、お疲れさま」
「颯斗さん、おやすみなさい。オーナーに、ご馳走様って言っておいてね」
半分抱えられるようにして店を出て、有聖の車の助手席に乗せられる。
「家はどの辺り?」
「んと、3丁目のスーパーの向かいのアパートです」
「ああ、近いね。僕の家、駅前のマンションだから」
車がゆっくりとすべりだす。さすがに夜もここまで更けると人影どころか車の通りもほとんどない。
ビールの酔いとほどよい振動が眠気を誘う。ふぁ、と欠伸をかけば、「寝ててもいいよ。着いたら起こしてあげるから」と有聖が言った。
「……有聖さんは、眠くない?」
「事故ったりしないから大丈夫だよ」
そんな心配してないよ、と言おうと思ってやめた。
流れる景色をなんとなしに見つめながら、さっきのことを思い出す。
あのまま翔が泣かなかったら、オーナーや颯斗の前でお尻を叩かれてしまっていたんだろうか?
なんで脚は嫌なんて言ってしまったんだろう。
有聖さんは、俺のこと――。
「――たたき、たいの……?」
最後だけ言葉に出してしまったようで、「え?」と有聖が問いかける。
「ううん、何でも、ない」
ゆるく首を振って翔は目を閉じた。
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