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素直になって側にいたい
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「ね、カインはさ。本当にオレで良いの? オレ……今まで、自分の体を使って色んなことして来たんだけど」
ニーナにとって自分の体は金を稼ぐための手段の一つでしかなかった。だから、多少酷く扱われても「仕方ない」とどこか他人事の様に感じていた。
それなのに、カインはいつもいつも大事なものを扱うように優しく触れてくる。自分はカインにとても大切にされている――そう思うと、もう自身を粗末に扱うことが出来なくなっていた。
今までは何とも思っていなかったことだったのに、言葉が上手く出て来ない。耳に触れる指先の感触が離れていないことにほっとしつつも言葉を続けた。
「カインが聞いたら嫌な気持ちになるようなこと、沢山して来たんだ。だから結婚とかさ、オレが相手で本当に良いのかなって……ちょっと考えちゃって」
「ニーナ……」
グイと一層強く抱きしめられ、カインの胸に顔が埋まるような格好になった。傷跡が走る逞しい胸板からは心音がドクドクと響いている。
「……俺から、逃げ出したくなったのか?」
「ううん、そんなわけない……ずっとカインの側にいるよ」
「そうか……そうだな」
ニーナはカインの切なそうな声色に胸がギュッと締め付けられた。
「ごめん、オレ、言い方が本っ当に回りくどいっていうか……素直に伝えるの、慣れてなくて……オレは多分、カインに今までのオレを許してもらいたいんだ」
「許す……?」
少しだけ体を離したカインが首を傾げた。
「許すも何も、ニーナは悪いことは何もしていないだろ」
「……何もってことは、ないんじゃないかなぁ」
最近で言えば優しい大型犬を振り回しては逃げ回っていた。それ以外にも娼館でカインと出会う前のニーナは投げやりな生き方をして来た。
「……ニーナがこれまでどんなことをして来たか、根掘り葉掘り問い詰める趣味は俺にはないな」
「趣味って……」
薄目になったカインがニーナの垂れたままの耳をツンツンと突いた。
「それに、例え俺が『許す』と言ったとしても、ニーナは本当にそれで良いのか思い悩んで以前の様によそよそしくなるんだろ。俺はそんなニーナは、もう見たくない……」
「ぅ……よそよそしくはしないよ。考え過ぎだって」
「そうなのか? ニーナは素直じゃないからな」
困ったような表情になったカインがニーナの耳を指先でツーッと撫でた。
「い、今は素直な方だよ!」
素直だとははっきりと言い切れなかったが、むきになってそう言い返すとカインはふっと息をついた。
「良いんだ。素直になろうと努力するニーナも、素直じゃないニーナも……両方とも俺は好きだ」
「そ、そうなんだ」
カインは穏やかだが真剣な口調でそう言うと、ニーナの唇に軽くキスをした。
「なあニーナ……過去はどうやってもなかったことに出来ないし、取り戻せないということを俺達は良く知っているだろ?」
「うん……」
失った物や行った事、数秒前のことすら自分自身ではどうにも出来ないことばかりだ。
それは例えばどうしようもない戦禍に巻き込まれた獣人の子どもの話だったり、悪竜を討ち取って命を散らした冒険者の弟の話だったり、どうにも出来ない傷を抱えながらも、前に進まなければ出会えなかった二人の話だったり――とにかく、失って、傷ついて、心から望んでも取り戻せないものがあることを、ニーナとカインはよく知っていた。
「俺はニーナを慰めたくて側にいたいわけじゃない。ニーナのことが好きだから、側にいて、一緒に生きて行きたいんだ」
「オレも……カインが大好き。カインの側にずっといる!」
傷だらけの胸にしがみつくと、カインはニーナを包み込むようにギュッと抱きしめた。
「ずっとずっと一緒に生きて行こう。そして、何か不安に思うことがあれば、今のように話をしよう。ニーナが昨日、俺の話を聞いてくれたように」
「うん。オレ、カインとお話するの、好き……」
「俺もだよ。ニーナ」
抱き合ったまま唇を触れ合わせ、見つめ合って、またチュっと唇を合わせた。
「……んぅ……ん……」
二人して夢中になり、唇をペロリと舐めては啄むように繰り返しキスをした。
「ふ……こんなにしていたら、起きれなくなってしまうな」
「まだ朝早いし。ちょっとだけ、ゆっくりしようよ」
ニーナは寝転んだままモゾモゾとシャツを脱いだ。
「……ニーナ、どうして脱ぐんだ」
「だってこれ、カインのシャツだし。カインが寒くないかなって、ずっと気になってたんだ。オレがカインの服を剥ぎ取っちゃったみたいだから……」
カインはため息をつくと、ニーナにシャツを着せ直した。
「それは違う。湯を浴びた後、ニーナが寝ぼけていたのか俺の服を着出したのでそのままにしていただけだ」
「そうだったんだ」
カインは「誘われているのかと思ってしまっただろ」と困った風に呟いた。
「んー、まあ、そういう気持ちも、ちょっとはあったかな……?」
あわよくば肌を合わせてイチャイチャしたいという気持ちが多少はあった。早朝からそんな風なことを言うのは流石に後ろめたさを感じ、目を伏せるとシャツを着せ直すカインの手が止まった。
「……そうか」
「あー、ごめん。忘れて!」
「嫌だ」
カインは口元に笑みを浮かべると覆いかぶさるような体勢になり、ジッとニーナを見つめた。
精悍な顔に上から見下され、ニーナは昨夜の甘い触れ合いを思い出して胸がキュンと鳴った。
「カイン君て本当かっこいいよね。そんな見つめられたら……ドキドキして、ニーナお兄さんは何でも言うこと聞いてあげたくなっちゃうんだけど……」
暗い色の瞳に熱を感じ、照れくさくなって茶化すように言うと、カインが頭の上の耳に顔を近づけてチュっと音を立ててキスをした。
「では、お願いを聞いてもらおうか」
囁くようないたずらっぽい声が耳に心地良く、ニーナはカインの傷だらけの体を引き寄せた。
熱い体温を分かち合うのはとても気分が良い。肌を合わせ、唇を合わせて深く探り合うと、お互いが溶けて一つの生き物になったような喜びを感じる。
「……ふ……カイン、朝食まで、だからね」
「あぁ……もちろんだ。ニーナ……」
「オレ、二人で朝食を食べるの、すっごく楽しみにしているんだから……」
「ふふ……そうか。そんなに楽しみなのか……」
カインは「この家で誰かと朝食を共にするのは久しぶりだ」とポツリと呟くと、ニーナの瞼に唇を落とした。
「だが……少々遅い朝食になるかもしれないな。良いか?」
低い声色で甘えるように言うカインが、ニーナは愛しくて堪らなかった。
覆いかぶさる体を抱きしめ「良いよ」と返すと、カインは子犬ような表情で心底嬉しそうに笑った。
ニーナはそんなカインを見ていると、何でも許してしまいそうな気分になっていた。
こんなに絆されてしまっては、これから先も大型犬には敵いそうにないなと吐息を漏らすと、カインの耳元に唇を近づけ「大好きだよ」と小さく囁いた。
ニーナにとって自分の体は金を稼ぐための手段の一つでしかなかった。だから、多少酷く扱われても「仕方ない」とどこか他人事の様に感じていた。
それなのに、カインはいつもいつも大事なものを扱うように優しく触れてくる。自分はカインにとても大切にされている――そう思うと、もう自身を粗末に扱うことが出来なくなっていた。
今までは何とも思っていなかったことだったのに、言葉が上手く出て来ない。耳に触れる指先の感触が離れていないことにほっとしつつも言葉を続けた。
「カインが聞いたら嫌な気持ちになるようなこと、沢山して来たんだ。だから結婚とかさ、オレが相手で本当に良いのかなって……ちょっと考えちゃって」
「ニーナ……」
グイと一層強く抱きしめられ、カインの胸に顔が埋まるような格好になった。傷跡が走る逞しい胸板からは心音がドクドクと響いている。
「……俺から、逃げ出したくなったのか?」
「ううん、そんなわけない……ずっとカインの側にいるよ」
「そうか……そうだな」
ニーナはカインの切なそうな声色に胸がギュッと締め付けられた。
「ごめん、オレ、言い方が本っ当に回りくどいっていうか……素直に伝えるの、慣れてなくて……オレは多分、カインに今までのオレを許してもらいたいんだ」
「許す……?」
少しだけ体を離したカインが首を傾げた。
「許すも何も、ニーナは悪いことは何もしていないだろ」
「……何もってことは、ないんじゃないかなぁ」
最近で言えば優しい大型犬を振り回しては逃げ回っていた。それ以外にも娼館でカインと出会う前のニーナは投げやりな生き方をして来た。
「……ニーナがこれまでどんなことをして来たか、根掘り葉掘り問い詰める趣味は俺にはないな」
「趣味って……」
薄目になったカインがニーナの垂れたままの耳をツンツンと突いた。
「それに、例え俺が『許す』と言ったとしても、ニーナは本当にそれで良いのか思い悩んで以前の様によそよそしくなるんだろ。俺はそんなニーナは、もう見たくない……」
「ぅ……よそよそしくはしないよ。考え過ぎだって」
「そうなのか? ニーナは素直じゃないからな」
困ったような表情になったカインがニーナの耳を指先でツーッと撫でた。
「い、今は素直な方だよ!」
素直だとははっきりと言い切れなかったが、むきになってそう言い返すとカインはふっと息をついた。
「良いんだ。素直になろうと努力するニーナも、素直じゃないニーナも……両方とも俺は好きだ」
「そ、そうなんだ」
カインは穏やかだが真剣な口調でそう言うと、ニーナの唇に軽くキスをした。
「なあニーナ……過去はどうやってもなかったことに出来ないし、取り戻せないということを俺達は良く知っているだろ?」
「うん……」
失った物や行った事、数秒前のことすら自分自身ではどうにも出来ないことばかりだ。
それは例えばどうしようもない戦禍に巻き込まれた獣人の子どもの話だったり、悪竜を討ち取って命を散らした冒険者の弟の話だったり、どうにも出来ない傷を抱えながらも、前に進まなければ出会えなかった二人の話だったり――とにかく、失って、傷ついて、心から望んでも取り戻せないものがあることを、ニーナとカインはよく知っていた。
「俺はニーナを慰めたくて側にいたいわけじゃない。ニーナのことが好きだから、側にいて、一緒に生きて行きたいんだ」
「オレも……カインが大好き。カインの側にずっといる!」
傷だらけの胸にしがみつくと、カインはニーナを包み込むようにギュッと抱きしめた。
「ずっとずっと一緒に生きて行こう。そして、何か不安に思うことがあれば、今のように話をしよう。ニーナが昨日、俺の話を聞いてくれたように」
「うん。オレ、カインとお話するの、好き……」
「俺もだよ。ニーナ」
抱き合ったまま唇を触れ合わせ、見つめ合って、またチュっと唇を合わせた。
「……んぅ……ん……」
二人して夢中になり、唇をペロリと舐めては啄むように繰り返しキスをした。
「ふ……こんなにしていたら、起きれなくなってしまうな」
「まだ朝早いし。ちょっとだけ、ゆっくりしようよ」
ニーナは寝転んだままモゾモゾとシャツを脱いだ。
「……ニーナ、どうして脱ぐんだ」
「だってこれ、カインのシャツだし。カインが寒くないかなって、ずっと気になってたんだ。オレがカインの服を剥ぎ取っちゃったみたいだから……」
カインはため息をつくと、ニーナにシャツを着せ直した。
「それは違う。湯を浴びた後、ニーナが寝ぼけていたのか俺の服を着出したのでそのままにしていただけだ」
「そうだったんだ」
カインは「誘われているのかと思ってしまっただろ」と困った風に呟いた。
「んー、まあ、そういう気持ちも、ちょっとはあったかな……?」
あわよくば肌を合わせてイチャイチャしたいという気持ちが多少はあった。早朝からそんな風なことを言うのは流石に後ろめたさを感じ、目を伏せるとシャツを着せ直すカインの手が止まった。
「……そうか」
「あー、ごめん。忘れて!」
「嫌だ」
カインは口元に笑みを浮かべると覆いかぶさるような体勢になり、ジッとニーナを見つめた。
精悍な顔に上から見下され、ニーナは昨夜の甘い触れ合いを思い出して胸がキュンと鳴った。
「カイン君て本当かっこいいよね。そんな見つめられたら……ドキドキして、ニーナお兄さんは何でも言うこと聞いてあげたくなっちゃうんだけど……」
暗い色の瞳に熱を感じ、照れくさくなって茶化すように言うと、カインが頭の上の耳に顔を近づけてチュっと音を立ててキスをした。
「では、お願いを聞いてもらおうか」
囁くようないたずらっぽい声が耳に心地良く、ニーナはカインの傷だらけの体を引き寄せた。
熱い体温を分かち合うのはとても気分が良い。肌を合わせ、唇を合わせて深く探り合うと、お互いが溶けて一つの生き物になったような喜びを感じる。
「……ふ……カイン、朝食まで、だからね」
「あぁ……もちろんだ。ニーナ……」
「オレ、二人で朝食を食べるの、すっごく楽しみにしているんだから……」
「ふふ……そうか。そんなに楽しみなのか……」
カインは「この家で誰かと朝食を共にするのは久しぶりだ」とポツリと呟くと、ニーナの瞼に唇を落とした。
「だが……少々遅い朝食になるかもしれないな。良いか?」
低い声色で甘えるように言うカインが、ニーナは愛しくて堪らなかった。
覆いかぶさる体を抱きしめ「良いよ」と返すと、カインは子犬ような表情で心底嬉しそうに笑った。
ニーナはそんなカインを見ていると、何でも許してしまいそうな気分になっていた。
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