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こんなに近くにいるのに
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「はっ……は……はぁ……はぁ……」
魔獣に襲われている時には意識していなかったが、呼吸は荒く、心臓がうるさく跳ね、汗がどっと吹き出している。
「はぁ……はぁ……はぁ……うっ、うう……う……」
気がつくと涙がポロポロとこぼれていたので、ニーナはローブの袖で乱暴に涙を拭った。亜麻色のローブは魔獣の鉤爪で切り裂かれ、腕や足の服は破けて所々から血が出ている。
「このローブ……カインが似合うって言ってくれたし、オレも気に入っていたのになあ」
ニーナはボソボソと魔獣への恨み言を呟いた。寄り合い所を出てからまだ一時間も経っていないはずなのに、数時間経っているような気分だ。
「……討伐部隊、まだ来てないのかな」
相変わらず扉からは魔獣が突進する振動が響いており、何か喋っていないとニーナは心が折れてしまいそうだった。
このままここでうずくまっていれば、討伐部隊が来て、全て何とかなるんじゃないだろうか――ニーナはそんな風に考えてしまった。
「お守りだって、あれだけ地面に叩きつけられたんだ。多分、もう……壊れてるよ」
ローブのポケットを探ると木彫りの人形は火傷しそうなほどに熱くなっていたが原型を留めている。
「ああ……オレ……今、壊れてたら良いなんて思っちゃった」
お守りが壊れていればここでうずくまって助けを待つ理由が出来ると考えてしまい、ニーナは自分自身が恥ずかしくて情けなくなった。
「あの子に……お守りは魔獣に襲われて壊れちゃったから、仕方ないよね……なんて、言うつもりだったのかよ……」
自分をギュッと抱え込むように俯いた。
「馬鹿馬鹿……オレはどうして、こう……嫌な奴なんだ……」
体中傷だらけになり、弱気になって諦める理由を探してしまっていた。
「オレは……弟に花を見せられなかった上に……あの子との約束も破っちゃうのか?」
弟と一緒に花を見る約束はもう永遠に叶うことはないが、あの男の子はまだニーナの帰りを待っている。ニーナが諦めない限り、約束を叶えることはまだ出来る。
「オレは……オレはもう、何からも、逃げたくない……逃げたくないんだよ……カイン……」
顔を上げてカインに探知魔法をかけてもらった手の平を撫でた。
「カインに会いたいなあ……」
手の平にそっと口づけてからギュッと拳を握り、ニーナは立ち上がった。探知魔法が反応しているのか、カインのことを考えているせいか分からなかったが、手の平から温もりが広がっていく。ニーナはその温もりを心地よく感じ、段々と平静を取り戻していった。
「……よし」
ニーナは深呼吸をして汗を拭い、頬をペチペチと叩いた。
(大丈夫……きっと大丈夫だ。オレはいつも色んなことを切り抜けて生きて来た。今回も、きっと上手くやれる。それで後になって、ちょっとした笑い話にするんだ)
冒険者でもない者が魔獣相手に無茶をした話――そんな話をカインに聞かせればきっと渋い顔をするんだろうなとニーナは自嘲気味に笑った。
魔獣に襲われている時には意識していなかったが、呼吸は荒く、心臓がうるさく跳ね、汗がどっと吹き出している。
「はぁ……はぁ……はぁ……うっ、うう……う……」
気がつくと涙がポロポロとこぼれていたので、ニーナはローブの袖で乱暴に涙を拭った。亜麻色のローブは魔獣の鉤爪で切り裂かれ、腕や足の服は破けて所々から血が出ている。
「このローブ……カインが似合うって言ってくれたし、オレも気に入っていたのになあ」
ニーナはボソボソと魔獣への恨み言を呟いた。寄り合い所を出てからまだ一時間も経っていないはずなのに、数時間経っているような気分だ。
「……討伐部隊、まだ来てないのかな」
相変わらず扉からは魔獣が突進する振動が響いており、何か喋っていないとニーナは心が折れてしまいそうだった。
このままここでうずくまっていれば、討伐部隊が来て、全て何とかなるんじゃないだろうか――ニーナはそんな風に考えてしまった。
「お守りだって、あれだけ地面に叩きつけられたんだ。多分、もう……壊れてるよ」
ローブのポケットを探ると木彫りの人形は火傷しそうなほどに熱くなっていたが原型を留めている。
「ああ……オレ……今、壊れてたら良いなんて思っちゃった」
お守りが壊れていればここでうずくまって助けを待つ理由が出来ると考えてしまい、ニーナは自分自身が恥ずかしくて情けなくなった。
「あの子に……お守りは魔獣に襲われて壊れちゃったから、仕方ないよね……なんて、言うつもりだったのかよ……」
自分をギュッと抱え込むように俯いた。
「馬鹿馬鹿……オレはどうして、こう……嫌な奴なんだ……」
体中傷だらけになり、弱気になって諦める理由を探してしまっていた。
「オレは……弟に花を見せられなかった上に……あの子との約束も破っちゃうのか?」
弟と一緒に花を見る約束はもう永遠に叶うことはないが、あの男の子はまだニーナの帰りを待っている。ニーナが諦めない限り、約束を叶えることはまだ出来る。
「オレは……オレはもう、何からも、逃げたくない……逃げたくないんだよ……カイン……」
顔を上げてカインに探知魔法をかけてもらった手の平を撫でた。
「カインに会いたいなあ……」
手の平にそっと口づけてからギュッと拳を握り、ニーナは立ち上がった。探知魔法が反応しているのか、カインのことを考えているせいか分からなかったが、手の平から温もりが広がっていく。ニーナはその温もりを心地よく感じ、段々と平静を取り戻していった。
「……よし」
ニーナは深呼吸をして汗を拭い、頬をペチペチと叩いた。
(大丈夫……きっと大丈夫だ。オレはいつも色んなことを切り抜けて生きて来た。今回も、きっと上手くやれる。それで後になって、ちょっとした笑い話にするんだ)
冒険者でもない者が魔獣相手に無茶をした話――そんな話をカインに聞かせればきっと渋い顔をするんだろうなとニーナは自嘲気味に笑った。
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