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こんなに近くにいるのに

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 男の子が何か言葉を返そうとしたのを聞かずに、ニーナは男の子を抱えたまま寄り合い所まで走り出した。

 昔の感覚が戻って来たのか、男の子を追いかけていた時よりは足取りが軽い。自分のすべきことが決められたからかもしれない。

(寄り合い所に戻ってすぐに引き返して、お守りを取って来る――簡単なお使いだ。オレはけっこう足が速いし、大丈夫だ、大丈夫……)

 多少息切れしつつも寄り合い所の前に戻ると若い冒険者が一瞬ほっとした顔をした後に、「早く中に入れよ」とイライラした風に言った。

「はぁ……はぁ……いや、ちょっと、まだ……はぁ……はぁ……あのさ、お守りってどういうやつ……?」
「小さい、星の女神様のお人形……木で出来てて……お母さんの鞄に、いつも入ってる」

 腕の中の男の子がボソボソと呟いたのでニーナはうんうんと頷き、冒険者の腕に男の子を渡した。冒険者は意味が分からないと言った風に首を傾げた。

「はぁ……はぁ……じゃ、ちょっと、行って来るね」

 そう言い終わらない内に走り出すと、後ろで冒険者が何か叫んだが、ニーナは聞こえないフリをした。

(冒険者の人には悪いけど、今、時間が惜しい。サッと行ってサッと戻るだけのことだ……ちょっと魔獣が出るかもだけど。オレはこういう時、大体上手い具合にやり遂げるんだ。大丈夫……大丈夫だ、きっと)

 魔獣が怖くないといえば嘘になるが、ニーナは男の子の母親に何かある方が怖いと感じていた。

(あの小さい子に、弟……いや、オレは自分自身を重ねているな)

 何も出来なくて逃げ出した自分。あの時立ち向かっていれば後悔や苦しみを抱えずに生きて行けたのかもしれない。あの男の子に無力さや絶望を知って欲しくはない――ニーナはそう感じていた。

(自己満足だけれど、やり遂げれば、もしかして、あの時の自分が救われるかもなんて……馬鹿なことだけど、そんな風に考えている)

 気を抜くと足がガクガクと震えるので、ニーナは地面を力強く蹴って走った。心臓が弾み、息が荒くなったが心は穏やかで、今なら何でも出来そうな気がする。

(ほら……宿屋も見えて来たし、もうすぐだ!)

 荒い息を吐き出して、ニーナは目前に迫った宿屋に向かって更に加速した。そして宿屋の前にたどり着くと勢いよく扉を開けて中に滑り込んだ。

「はっ……はっ……はぁ……はぁ……つ、着いた」

 中に入ると避難して来た時に帳簿を書いた受付がある。今は当たり前だが誰もいないので、宿屋は静まり返っていた。

(鍵……開いてて、良かった。開いてなかったら、窓を割る所だったし……宿屋の女将が大らかな性格で良かった。ああ……呼吸……早く整えないと、頭が回んない……)

 続けざまの全力疾走で心臓が跳ねて呼吸が上手く出来ないので、しばらく息を吸って吐いてを繰り返して辺りを見回した。

 受付横には暖炉と小さなソファが二台ある。ニーナは雑用仕事がない時はこのソファに座ってカインへの手紙の内容を考えていたことがあった。

(退屈なくらい平和だったのが、すごく前のことみたいだ)

 無人になっている受付には置き時計があり、秒針の音だけがカチカチと響いている。ニーナは時計の音を聞いていると、段々と心音が整っていくのを感じた。

「は、早く、部屋、行かないとだよね」

 独り言を呟き、一際深く呼吸をしてから男の子と母親の部屋がある宿屋の二階に駆け上がった。

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