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愛しさと逃げ出したい気持ち・後編

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 日雇い仕事が無いかと女将に相談すると、宿屋の雑用はどうかと提案された。「仕事と言っても子どもの小遣い稼ぎのような物だけど」と言われたが、時間が潰せるのならと二つ返事で引き受けた。

 今日から雑用は出来ると伝え、早速ニーナは宿屋の裏手の作業場で薪割りをしている。積まれた木材はけっこうな量だが、体を動かしていると不安な気持ちが薄れて行くような気がした。

 貸し出された厚手の手袋を着けて、持ち手の長い斧で丸太をパカリパカリと割った。ニーナは子どもの頃に家の手伝いで薪割りをしていたので慣れたものだったが、昔より手際が悪くなっていた。

(こういう肉体労働は歓楽街ではやって来なかったからな。まあ、男娼も肉体労働と言えば肉体労働だけど)

 獣人なので体力はあったが、体は鍛えないと強くならない。ニーナはカインの逞しい傷だらけの体を思い出した。

(カインはかっこいい体していたよな~。いつもオレを軽々持ち上げるし。オレももうちょっと鍛えようかな)

 儚げな風貌を売りにしていたので、体はあまり鍛えて来なかった。だが娼館を辞めた今、体はもう少し強くしても良いなと考えていた。

(ああ、またカインのこと考えちゃった! もう……)

 集中が途切れ、丸太の中央からズレた場所に斧を振り下ろしてしまった。中途半端に切れた木の破片が薪置き場まで飛んで行った。

「わぁ!」
「えっ」

 子どもの声がしたのでニーナも驚いて声を上げた。見ると薪置き場の影で黒髪の男の子がしゃがみ込んでいる。馬車に乗っていたあの母親の子どもだ。ニーナは斧を置いて慌てて駆け寄った。

「ごめん! 怪我とかしてない?」

 ニーナもしゃがみ込んで男の子と目を合わせた。男の子はニーナを見つめた後、頬を染めて首を振った。

「……怪我は、してない。びっくりしただけ」
「そっか~、良かった」

 ニーナはほっとして息をついた。

「どうしてこんな所に一人でいるの?」
「かくれんぼしてる」
「かくれんぼ?」
「宿の子と、遊んでる」

 男の子は小さな声でそう言うと、また薪置き場に身を潜めた。宿屋には女将の子どもが二人いたので、仲良くなって遊んでいるのだろう。

「じゃあ、ここに隠れているのは内緒にするね」
「うん」

 男の子はこくりと頷いた。ニーナは微笑ましい気持ちがして、ふふっと笑ってから立ち上がった。

(子ども同士はすぐ仲良くなれて良いな。大人になると色々気を遣って躊躇っちゃうからなあ)

 斧を持ち直し、薪割りを続けていると宿屋の裏口から子どもが二人飛び出て来た。茶色い短髪の男の子とおさげ髪の女の子で、二人とも十歳になるかならないかくらいの年頃だ。宿屋の女将の子ども達だった。

「こんにちは!」
「……こんにちは」

 短髪の男の子が元気良く言った後に、おさげの女の子が囁くように続けた。

「はい、こんにちは~」

 ニーナも笑って挨拶を返した。二人は辺りを見回してしばらくうろちょろしていたが、ニーナが薪割りをしている側には近づいて来なかった。そして「いないかも」とお互い頷き合い、裏口に吸い込まれるように戻って行った。

(オレが仕事していたから、遠慮して近くに来なかったのかな?)

 もう少し近くに来ていれば縮こまっている男の子が見つかっていたことだろう。ニーナは何気ないフリをして作業を続けることに多少緊張していた。

(かくれんぼって見つかるか見つからないかのドキドキが楽しいもんな~)

 チラリと薪置き場の方を見ると、男の子はぎこちなく笑ってくれた。表情から隠しきれない喜びがにじみ出ている。そのまま勢いよく立ち上がると「じゃあね」と言って駆け出して行った。

「元気だなあ」

 小さな子どもと関わることは大人になってからほとんどなかったので、ニーナは弟や妹のことを思い出していた。その思い出は辛いものではなく、子どもの頃にしたままごとや鬼ごっこ、魚釣りといった他愛ない遊びの記憶だった。

(故郷の辛いことばかり思い出していたけど、家族との思い出は楽しいことの方が多かった)

 ニーナは薪を割る手を止め、昼下りの青空を見上げた。気を抜くと目から涙が零れ落ちそうだったので、手袋のままこめかみをギュッと押さえた。

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