【完結/BL/R18】獣人のオレは娼館で働いているのに初心な大型犬に絆されて、それから

テルマ江

文字の大きさ
上 下
41 / 105
愛しさと逃げ出したい気持ち・後編

2

しおりを挟む
 しばらく馬車に揺られていると護衛の冒険者の一人が走る馬車に馬を近づけ、御者に何か言っているようだった。それから程なくして馬車は平原の真っ只中で停まった。

(うわ……雲行きが怪しくなって来た)

 平原に点在する集落で乗り降りがあったため、馬車内には恰幅のいい商人風の中年の男、小さな男の子を連れた若い母親、そしてニーナの四人しかいない。この人数なら何かあれば国境沿いの町に引き返す可能性もあるなとニーナは身構えた。

(確実に……何かがあったんだろうな)

 窓に顔を向けて外を見ると、馬を降りた護衛の一人と御者が深刻な顔で話をしている。二人して地図を広げては唸っているので、明らかにトラブルのようだった。

(ただ見ていても状況は変わらないか……)

 ニーナは顔を正面に戻した。他の乗客達も落ち着きなくそわそわとしている。まだ昼過ぎなので平原は明るい日差しに包まれているが、日が落ちればこの辺りは真っ暗になり身動きが取れなくなってしまう。

(まだ平原の半分も来ていないのに)

 広大な平原を抜けるには馬車で半日以上かかる。ニーナは一旦落ち着こうと旅行鞄の中から砂糖菓子の小袋を取り出した。

 同僚から餞別に貰った菓子はニーナの好きな物ばかりで、特に色鮮やかな砂糖菓子は日持ちして非常食にも最適だ。同僚に感謝をしつつ口に放り込んだ。サクサクとした軽い食感の砂糖菓子は心を落ち着かせるには十分な甘さだ。

(カインと砂糖菓子を食べた時のことを思い出しちゃうな……)

 砂糖菓子の甘さなのか恋心の甘さなのか、よく分からない甘い想いが胸に広がり頬が熱くなってしまった。ニーナは息をついて砂糖菓子をもう一つ食べた。

 砂糖菓子を食べていると母親に寄り添って座っている小さな男の子と目が合った。男の子ははっとして目をそらしたが、砂糖菓子が気になるのだろう。ニーナは新しい砂糖菓子の小袋を二つ取り出すと母親に差し出した。

「沢山あるので、良かったらお子さんとどうぞ」

 知らない者から菓子を差し出されれば警戒されるかなと思い、自分の見た目を利用して目一杯爽やかに微笑んだ。母親はニーナの微笑みを見て一瞬見惚れたような素振りを見せたが、咳払いをして「ありがとうございます」と困り顔で笑った。

 ついでに商人風の男にも小袋を渡すと「菓子には目がないんですよ」と差し出された菓子を喜んでパクパクと食べ出した。母親の方は菓子を男の子に少しづつ食べさせ、馬車の中は次第に和やかな雰囲気に変わって行った。

(砂糖菓子を沢山持っていて良かった。馬車が停まった状態で車内がピリつくのは、中々キツいからな)

 ニーナは商人風の男と世間話をして時間を潰すことにした。男は実際に商人で、王都から国境沿いの町に商談をまとめに来た帰りだと言った。まとまった商談は先に部下に持ち帰らせ、自分は後からゆっくり帰る予定だったのに馬車が予約出来ず、ずっと立ち往生していたらしい。

「それは災難でしたね」
「いやぁ、お陰で観光が楽しめました」

 商人の男は楽しそうに笑った。これくらい豪胆でないと商人はやっていけないのだろう。ニーナはうんうんと頷いた。

「馬車は動きますかね。このままとんぼ返りなんてことにならないと良いんですが」
「冒険者の精鋭達が討伐に来ているようですが、あの噂通りだと一筋縄では行かないようですなぁ」
「あの噂?」

 ニーナが知っている噂は信憑性の低い物ばかりだが、商人の男は他の噂を知っているようだった。

「商人仲間に聞いた話ですが、平原の魔獣は大きなウサギのような見た目をしていて、毛皮が高く売れるらしいんですよ」
「ああ、昔は乱獲されていたとか」

 魔獣から採れる毛皮や角、そして内臓や目玉などは珍品として高額で取引されることがある。

 一般市民は魔獣の生息地には近づかないように暮らしていたが、小さな魔獣などは腕に覚えがあれば冒険者でなくとも比較的簡単に倒せてしまう。そのため平原の魔獣は毛皮目当てに乱獲と飼育繁殖が繰り返され、今では国境沿いの町を脅かす程の個体数が生息している。

「そのせいで今は魔獣の飼育は規制されていて、毛皮も買取禁止品になっているはずじゃ……」
「ええ、そうなんですが、ならず者の猛獣使いビーストテイマー達が魔獣を手懐けて、ある程度の大きさになれば魔獣自ら隣国に移動するように仕向けているそうでしてな」

 商人の男は「隣国は魔獣に関する規制が緩やかですからなぁ」と関心したように言った。

(カインは前に国境警備兵と連携しているって言ってたけど。このことがあったからか?)

 隣国に人間が勝手に入ると不法入国者として捕まるが、野生の魔獣が隣国と地続きになっている平原を移動しただけならば何も手は出せないのだろうか。ニーナは初めて耳にする噂に興味深く聞き入った。

「隣国とは友好関係にありますが、ならず者によってそんなことが行われているとなれば……よろしくない事態ですからな」

 商人の男は髭の生えた顎を撫でつつ唸った。猛獣使い達によって一部の魔獣は個体として優秀になってしまい、群れを率いて集落を襲うようになったそうだ。思っていた以上にきな臭い話でニーナは目眩がした。

「おっと、この話はまだ公にしてはダメだと言われていたんだった……どうか内密にお願いしますね」

 商人の男は人差し指を口元に当て、眉を下げてそう言った。ニーナは噂がどのように広がっていくのかを目の当たりにした気分だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

処理中です...