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愛しさと逃げ出したい気持ち・後編
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しばらく馬車に揺られていると護衛の冒険者の一人が走る馬車に馬を近づけ、御者に何か言っているようだった。それから程なくして馬車は平原の真っ只中で停まった。
(うわ……雲行きが怪しくなって来た)
平原に点在する集落で乗り降りがあったため、馬車内には恰幅のいい商人風の中年の男、小さな男の子を連れた若い母親、そしてニーナの四人しかいない。この人数なら何かあれば国境沿いの町に引き返す可能性もあるなとニーナは身構えた。
(確実に……何かがあったんだろうな)
窓に顔を向けて外を見ると、馬を降りた護衛の一人と御者が深刻な顔で話をしている。二人して地図を広げては唸っているので、明らかにトラブルのようだった。
(ただ見ていても状況は変わらないか……)
ニーナは顔を正面に戻した。他の乗客達も落ち着きなくそわそわとしている。まだ昼過ぎなので平原は明るい日差しに包まれているが、日が落ちればこの辺りは真っ暗になり身動きが取れなくなってしまう。
(まだ平原の半分も来ていないのに)
広大な平原を抜けるには馬車で半日以上かかる。ニーナは一旦落ち着こうと旅行鞄の中から砂糖菓子の小袋を取り出した。
同僚から餞別に貰った菓子はニーナの好きな物ばかりで、特に色鮮やかな砂糖菓子は日持ちして非常食にも最適だ。同僚に感謝をしつつ口に放り込んだ。サクサクとした軽い食感の砂糖菓子は心を落ち着かせるには十分な甘さだ。
(カインと砂糖菓子を食べた時のことを思い出しちゃうな……)
砂糖菓子の甘さなのか恋心の甘さなのか、よく分からない甘い想いが胸に広がり頬が熱くなってしまった。ニーナは息をついて砂糖菓子をもう一つ食べた。
砂糖菓子を食べていると母親に寄り添って座っている小さな男の子と目が合った。男の子ははっとして目をそらしたが、砂糖菓子が気になるのだろう。ニーナは新しい砂糖菓子の小袋を二つ取り出すと母親に差し出した。
「沢山あるので、良かったらお子さんとどうぞ」
知らない者から菓子を差し出されれば警戒されるかなと思い、自分の見た目を利用して目一杯爽やかに微笑んだ。母親はニーナの微笑みを見て一瞬見惚れたような素振りを見せたが、咳払いをして「ありがとうございます」と困り顔で笑った。
ついでに商人風の男にも小袋を渡すと「菓子には目がないんですよ」と差し出された菓子を喜んでパクパクと食べ出した。母親の方は菓子を男の子に少しづつ食べさせ、馬車の中は次第に和やかな雰囲気に変わって行った。
(砂糖菓子を沢山持っていて良かった。馬車が停まった状態で車内がピリつくのは、中々キツいからな)
ニーナは商人風の男と世間話をして時間を潰すことにした。男は実際に商人で、王都から国境沿いの町に商談をまとめに来た帰りだと言った。まとまった商談は先に部下に持ち帰らせ、自分は後からゆっくり帰る予定だったのに馬車が予約出来ず、ずっと立ち往生していたらしい。
「それは災難でしたね」
「いやぁ、お陰で観光が楽しめました」
商人の男は楽しそうに笑った。これくらい豪胆でないと商人はやっていけないのだろう。ニーナはうんうんと頷いた。
「馬車は動きますかね。このままとんぼ返りなんてことにならないと良いんですが」
「冒険者の精鋭達が討伐に来ているようですが、あの噂通りだと一筋縄では行かないようですなぁ」
「あの噂?」
ニーナが知っている噂は信憑性の低い物ばかりだが、商人の男は他の噂を知っているようだった。
「商人仲間に聞いた話ですが、平原の魔獣は大きなウサギのような見た目をしていて、毛皮が高く売れるらしいんですよ」
「ああ、昔は乱獲されていたとか」
魔獣から採れる毛皮や角、そして内臓や目玉などは珍品として高額で取引されることがある。
一般市民は魔獣の生息地には近づかないように暮らしていたが、小さな魔獣などは腕に覚えがあれば冒険者でなくとも比較的簡単に倒せてしまう。そのため平原の魔獣は毛皮目当てに乱獲と飼育繁殖が繰り返され、今では国境沿いの町を脅かす程の個体数が生息している。
「そのせいで今は魔獣の飼育は規制されていて、毛皮も買取禁止品になっているはずじゃ……」
「ええ、そうなんですが、ならず者の猛獣使い達が魔獣を手懐けて、ある程度の大きさになれば魔獣自ら隣国に移動するように仕向けているそうでしてな」
商人の男は「隣国は魔獣に関する規制が緩やかですからなぁ」と関心したように言った。
(カインは前に国境警備兵と連携しているって言ってたけど。このことがあったからか?)
隣国に人間が勝手に入ると不法入国者として捕まるが、野生の魔獣が隣国と地続きになっている平原を移動しただけならば何も手は出せないのだろうか。ニーナは初めて耳にする噂に興味深く聞き入った。
「隣国とは友好関係にありますが、ならず者によってそんなことが行われているとなれば……よろしくない事態ですからな」
商人の男は髭の生えた顎を撫でつつ唸った。猛獣使い達によって一部の魔獣は個体として優秀になってしまい、群れを率いて集落を襲うようになったそうだ。思っていた以上にきな臭い話でニーナは目眩がした。
「おっと、この話はまだ公にしてはダメだと言われていたんだった……どうか内密にお願いしますね」
商人の男は人差し指を口元に当て、眉を下げてそう言った。ニーナは噂がどのように広がっていくのかを目の当たりにした気分だった。
(うわ……雲行きが怪しくなって来た)
平原に点在する集落で乗り降りがあったため、馬車内には恰幅のいい商人風の中年の男、小さな男の子を連れた若い母親、そしてニーナの四人しかいない。この人数なら何かあれば国境沿いの町に引き返す可能性もあるなとニーナは身構えた。
(確実に……何かがあったんだろうな)
窓に顔を向けて外を見ると、馬を降りた護衛の一人と御者が深刻な顔で話をしている。二人して地図を広げては唸っているので、明らかにトラブルのようだった。
(ただ見ていても状況は変わらないか……)
ニーナは顔を正面に戻した。他の乗客達も落ち着きなくそわそわとしている。まだ昼過ぎなので平原は明るい日差しに包まれているが、日が落ちればこの辺りは真っ暗になり身動きが取れなくなってしまう。
(まだ平原の半分も来ていないのに)
広大な平原を抜けるには馬車で半日以上かかる。ニーナは一旦落ち着こうと旅行鞄の中から砂糖菓子の小袋を取り出した。
同僚から餞別に貰った菓子はニーナの好きな物ばかりで、特に色鮮やかな砂糖菓子は日持ちして非常食にも最適だ。同僚に感謝をしつつ口に放り込んだ。サクサクとした軽い食感の砂糖菓子は心を落ち着かせるには十分な甘さだ。
(カインと砂糖菓子を食べた時のことを思い出しちゃうな……)
砂糖菓子の甘さなのか恋心の甘さなのか、よく分からない甘い想いが胸に広がり頬が熱くなってしまった。ニーナは息をついて砂糖菓子をもう一つ食べた。
砂糖菓子を食べていると母親に寄り添って座っている小さな男の子と目が合った。男の子ははっとして目をそらしたが、砂糖菓子が気になるのだろう。ニーナは新しい砂糖菓子の小袋を二つ取り出すと母親に差し出した。
「沢山あるので、良かったらお子さんとどうぞ」
知らない者から菓子を差し出されれば警戒されるかなと思い、自分の見た目を利用して目一杯爽やかに微笑んだ。母親はニーナの微笑みを見て一瞬見惚れたような素振りを見せたが、咳払いをして「ありがとうございます」と困り顔で笑った。
ついでに商人風の男にも小袋を渡すと「菓子には目がないんですよ」と差し出された菓子を喜んでパクパクと食べ出した。母親の方は菓子を男の子に少しづつ食べさせ、馬車の中は次第に和やかな雰囲気に変わって行った。
(砂糖菓子を沢山持っていて良かった。馬車が停まった状態で車内がピリつくのは、中々キツいからな)
ニーナは商人風の男と世間話をして時間を潰すことにした。男は実際に商人で、王都から国境沿いの町に商談をまとめに来た帰りだと言った。まとまった商談は先に部下に持ち帰らせ、自分は後からゆっくり帰る予定だったのに馬車が予約出来ず、ずっと立ち往生していたらしい。
「それは災難でしたね」
「いやぁ、お陰で観光が楽しめました」
商人の男は楽しそうに笑った。これくらい豪胆でないと商人はやっていけないのだろう。ニーナはうんうんと頷いた。
「馬車は動きますかね。このままとんぼ返りなんてことにならないと良いんですが」
「冒険者の精鋭達が討伐に来ているようですが、あの噂通りだと一筋縄では行かないようですなぁ」
「あの噂?」
ニーナが知っている噂は信憑性の低い物ばかりだが、商人の男は他の噂を知っているようだった。
「商人仲間に聞いた話ですが、平原の魔獣は大きなウサギのような見た目をしていて、毛皮が高く売れるらしいんですよ」
「ああ、昔は乱獲されていたとか」
魔獣から採れる毛皮や角、そして内臓や目玉などは珍品として高額で取引されることがある。
一般市民は魔獣の生息地には近づかないように暮らしていたが、小さな魔獣などは腕に覚えがあれば冒険者でなくとも比較的簡単に倒せてしまう。そのため平原の魔獣は毛皮目当てに乱獲と飼育繁殖が繰り返され、今では国境沿いの町を脅かす程の個体数が生息している。
「そのせいで今は魔獣の飼育は規制されていて、毛皮も買取禁止品になっているはずじゃ……」
「ええ、そうなんですが、ならず者の猛獣使い達が魔獣を手懐けて、ある程度の大きさになれば魔獣自ら隣国に移動するように仕向けているそうでしてな」
商人の男は「隣国は魔獣に関する規制が緩やかですからなぁ」と関心したように言った。
(カインは前に国境警備兵と連携しているって言ってたけど。このことがあったからか?)
隣国に人間が勝手に入ると不法入国者として捕まるが、野生の魔獣が隣国と地続きになっている平原を移動しただけならば何も手は出せないのだろうか。ニーナは初めて耳にする噂に興味深く聞き入った。
「隣国とは友好関係にありますが、ならず者によってそんなことが行われているとなれば……よろしくない事態ですからな」
商人の男は髭の生えた顎を撫でつつ唸った。猛獣使い達によって一部の魔獣は個体として優秀になってしまい、群れを率いて集落を襲うようになったそうだ。思っていた以上にきな臭い話でニーナは目眩がした。
「おっと、この話はまだ公にしてはダメだと言われていたんだった……どうか内密にお願いしますね」
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